夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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暫くして、カウンターの奥の方から声が掛った。注文した料理などが次々にコールされる。一人分ずつプラス
チックのお盆に載せられているが、チャーリーは自分のものが直ぐ分かった。
『ああ、本当に大盛になっている。うーむ、他の人も食べないかな?』
チラッと牛タンを見ると十枚位にスライスしてあるが、全体として舌の形になっていて、如何にもそれらしかった。
「はははは、こんなに大盛だとは思いませんでした。皆さんもどうぞ遠慮なく食べて下さい。いやあ、美味しそう
だな」
かなり無理して言った。しかし誰もチャーリーの大盛の皿から牛タンを取って食べてくれはしなかった。
『こうなったら食うしかないな。ああ、うーん、拙くは無いけど、何かねっとりと舌にくっ付く感じだな。食機能が
相当に回復して、舌の感触も蘇(よみがえ)ったから尚更良く分かる。
キスの味も分かるようになったのは良いけど、これじゃまるで牛とキスしているみたいだ。ううむ、ちょっと気
色悪いけど、今更やめる訳にも行かないしな』
チャーリーは少し青くなりながらも、必死の思いで何とか大盛の牛タンの塩漬けを食べ切った。
「いや、確かに中々美味しかったですよ。ふう、でも大盛はちょっと多過ぎました。ああ、さてこの後はどうする
のですか?
出来れば暫く休みたいのですがね。かなり疲労が溜っていますし。ああ、その手術でしたか? 確かに体の
表面が傷だらけですね。かなりマシンガンで撃たれましたし、ダウクーガーにも蹴られたり体当たりされたりし
ましたからね」
「えっ! マシンガンの弾が命中したんですか!」
ヘンリーがかなり大きな声で驚いて言った。
「はい、七、八発位命中したと思いますけどね。幸いにも同じ場所に何発も当たらなかったから良かったのです
よ。激しく動いていましたからそう簡単には同じ場所に当たりませんけどね」
チャーリーは至極当然と思って言った。
「ははははは、それはちょっと凄いですね。ううん、勝てそうもありませんね。でも一度だけ対戦してみたいの
ですが、何とかチャンスを貰えませんか?」
ヘンリーはしつこく食い下がった。しかも妙な事になった。
「あのう、私も一度だけでも対戦してみたいですわ。勝てないと知っていても格闘家としての血が騒ぐんです」
小姫まで対戦を希望したのである。
「いや、その、手加減が下手ですし、お互いに怪我をしては何にもならない様な気がするのですがねえ」
チャーリーは早くその場を切り上げたかったのだが、
「お疲れの所申し訳ないが、ちょっとだけ相手をして貰えまいか。自分のボディガードの力量をより良く知ってお
きたいのでね」
意外にも暫く沈黙していた博士が言った。
「ま、まあ、博士がそう言うのでしたら、まあ、そうですね、手術は今夜ですか?」
「ああ、そうだ。手術の前は一応絶食にして貰うから、今のが手術前の最後の食事という事になる。対戦すると
言っても一人頭五分ずつと言う事でどうだろう。
もしもの時には直ぐ手術をする事にしてやってみたら宜しい。五分の対戦のあとで五分休んでまた五分対戦
する。
どちらが先にするかだが、ヘンリー君、君はハイテク機器を使うそうだが、何をどの程度使うのかな? それ
と拳銃も使うのかね?」
博士は何気なく聞いた。
「ええと、そうですね、拳銃は……」
ヘンリーは迷っていた。
「ええと、念の為に申しておきますが、拳銃を使うとこちらの攻撃も厳しくなりますよ。軽い怪我では済まなくな
る恐れがありますが宜しいですか?」
チャーリーは念を押した。
「ほほう、それはむしろ楽しみですね。私は今までどんな強者と相対しても怪我はかすり傷程度でした。時間が
五分だけでしたら、問題は無いと思います」
ヘンリーはプライドを懸けた言い方になった。
「あのう、私も短い鉄の棒を使っても宜しいでしょうか? これなんですが?」
小姫は腰の所に差し込んであった、昔の十手の様な道具を取り出して見せた。
「ふうむ、別に構いませんが、攻撃が厳しくなればなるほど私は手加減しなくなります。それでも良ければ、そう
しますが」
チャーリーにとっては、通常の拳銃や単なる鉄の棒は恐るるに足りなかった。
「手加減は無用に願います。私も格闘家の端くれですから。噂が事実かどうかこの目で、この体で確認したい
のです。ああ、御免なさい、私、何か誤解される様な事を言いましたわね」
小姫は顔を真っ赤にして俯いてしまった。エッチなことを想像したのだろう。大柄な図体に似合わず意外に
純情なようだった。
「はははは、別に変な意味に受け取ってはいませんよ。じゃあ、どちらもオッケーとして、場所は何処に致しま
しょうか?
拳銃の弾が飛ぶとすれば、それなりの場所で無いと拙いでしょうからね。どこか適当な場所はありませんか、
博士」
チャーリーは二人のボディガードと対戦する気持ちを固めながら言った。
「そうですな、空軍基地の一角でやれば宜しいのではありませんか。場所はだだっ広いですし、拳銃の弾が飛
んでも大丈夫な場所で見ていることも出来ますからな」
アーノルドが場所の提供を申し出たのだった。
それから一時間後、望んだ事ではなかったが、基地の一部へ殆どの者は車で向かった。博士やケッペルを
除いては直接、チャーリーのローラースケートの勇姿(?)を見た事が無いというので、大サービスで見せる事
にしたのだった。
基地の建物の中は冷房が効いていて快適だったが、外は暑かった。気温はその日も摂氏四十度を超えて
いた。ただ太陽はかなり傾いた位置にあって暑さの峠は越した様である。
「オオオオッ!!」
「ウヒャッ!!」
車はアーノルドが運転したが、まだ見た事のなかった二人はあきれ返るほどに驚いて叫んだ。時速八十キロ
の車にチャーリーは軽々とついて来ていたのである。
ローラースケートはダウクーガー退治の時に使った物を返して貰っていたので、それを使った。ミニハングラ
イダーは今回は使わないことになった。
「いずれ機会を見てお見せ出来るでしょう。今日はハイスピードのローラースケートだけでご容赦願いたい」
チャーリーの願いは一応聞き届けられた。
『さっさと仕事を片付けて休みたいのだからね。今度からはただという訳には行かないぞ、全く』
恩義のある博士の勧めだから従ったが、そうでなければ対戦もローラースケートもやる気は無かったのであ
る。ましてミニハングライダーなぞ、全くその気が無かった。
「はははは、少しは驚かれましたかな。まあ、下が良い舗装だからこのスピードで走れるのですよ。一応、私は
サイボーグですからね。サイボーグになれば誰でもやれますよ」
チャーリーは車と併走しながら、窓を開けて貰って中の者達に話し掛けたのだった。実に気軽にスイスイと
滑っている。
『あのローラースケートに何か仕掛けがあるのではないのか?』
あまりに悠々と話しながら滑っているのでボディガードの二人は怪しんだ。
「さあ、着きましたよ。あの建物のガラス窓は強力な防弾ガラスになっています。銃撃戦の実地訓練の時など
に使うのですよ。さてどちらの方から始めますかな?」
アーノルドが簡単に説明してからチャーリーとの対戦順序を改めて聞いた。
「そうですねえ、ここはアメリカですから、レディファーストでどうでしょうか?」
ローラースケートに若干の疑いを感じながらもヘンリーは対戦の先行を小姫に譲る事にした。
「そうですわね。あの、その前にそのローラースケート、ちょっと見せて貰えませんか? その、私もちょっとだけ
滑ってみたいんですけど」
小姫はチャーリーからローラースケートを受け取ると、何処かに動力が付いていないか調べてみたのだった。
『変ねえ、普通のローラースケートだわ。かなり材質は良さそうで値段も高そうだけど、何も変った所は無いわね』
小姫はちょっとがっかりして、
「御免なさい、サイズが合わないから、ちょっと無理みたいだわ。それじゃあ、早速、試合の方、お願いします。
私は飛び道具は使いませんから、そこで立って見ていられても大丈夫ですわよ」
「いやいや、外は暑くてかなわんから、観察室に入らせて貰うよ。皆もどうぞ」
アーノルドは率先して建物の中に入って行った。
「あの、私は外で見ていたいのですが宜しいですか? 技の研究の為に是非近くで見ていたいのです」
ヘンリーだけは側に立って見る事にした。勿論窓から外れた位置に立って室内の観察者の邪魔にならない
様にである。
かなり遠いがそこから海が見える。海を背にしてチャーリーは立った。いや、その様に小姫は誘導したので
ある。
反対側に山並みが見えるが、その少し上に太陽が輝いていた。小姫は太陽を背にして立つという有利な位
置を確保したのである。
戦闘訓練の観察小屋は両者を横から観察する位置にあった。ただ、実際には建物は正方形で四方に大き
な窓があり、様々な軍事訓練に対処出来る様にしてあったのだった。
見かけはただの小屋だが、通常軍部の上の者が使うことが多いので、内装はかなり立派で、設備も整って
いた。
長期戦の訓練もあるのでベットすら備えてあったのだ。勿論テーブルもイスもあって、大型の冷蔵庫に大量
の食材もあり、食事も出来るし、バス、トイレも完備していた。当然冷暖房完備である。
「どの位持ちますかね?」
ケッペルがアーノルドに聞いた。
「ふふふ、私の勘だと三十秒でしょうな」
「はははは、まだ甘い。十秒でしょうよ」
思い掛けない位博士はボディガードの小姫の能力を低く見積もっていたのだった。いや、その逆にチャーリー
の、サイボーグの能力を高く見積もっていたのである。