夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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『ふうむ、なるべく怪我をさせないようにするには……』
チャーリーはまったく無傷で対戦が終るとは考えていない。
『ううむ、背も高いしガッシリした体だ。幾分やつれた感じを除けば、相変わらずの素晴しいプロポーションだ。
それにしても豊満な胸だな。このボリュームだったらクッション代わりになるな』
チャーリーは方針を決めた。
「それじゃあ、始めましょう」
「行くわよ!」
のんびりムードのチャーリーと違って、小姫の顔は急激に格闘家のそれに変貌した。しかし予想外の事が
あった。
「スチャッ!」
右手に持っていた鉄の棒の他に、左手でもう一本の鉄製の棒らしき物を取り出して、その瞬間に飛び掛って
来たのである。
「そりゃっ!」
気合は日本語だった。しかし驚いたのは両方の棒をチャーリーの目を目掛けて突き出して来たことだった。
人によっては、卑怯だとも反則だとも言うかも知れない。
「まだまだっ!」
チャーリーは軽くかわして回り込み、両手で小姫の豊満な胸をかなり強く、しかし彼にしてはややゆっくりと押
した。
「ドンッ!!」
だが、小姫の体は軽々と宙に浮き、何と観察小屋の方へ七、八メートルも吹っ飛んで行ったのである。
「バーーーンッ!!」
凄い音がして、小姫はしたたかに防弾ガラスに体を打ち付けられてしまったのだった。
「ううううっ! ま、まだ、うううっ!」
小姫は何とか立ち上がろうとしたのだったが、全身に全く力が入らずに結局倒れ伏してしまったのだった。
「そこまで、そこまで!!」
ヘンリーが慌てて試合終了を宣言した。別に審判ではないが、万一チャーリーが小姫をこれ以上攻撃したら、
『命が危ない!』
と判断して大声で叫んだのだった。
「ああ、済みません。かなり力をセーブした積りですが、だ、大丈夫ですか?」
「と、兎に角、中に運びましょう!!」
小屋の中で見ていた三人が飛び出して来てそう叫ぶと、アーノルドはもう一度中に入ってタンカを持って来た
のである。
「ああ、私共が運びましょう」
チャーリーとヘンリーとで小姫を何とかタンカに載せて二人で小屋の中のベットに寝かせた。男性が女性を
運ぶのは不用意に下腹部や胸などに触らない様にかなり気を使うので、中々大変だったが、パワーのある
二人だったので、幾分胸に触れた程度で、何とかなった。
「うううっ! 済みません、私は弱過ぎました。こんな事では余り役に立ちませんわね。もう一本の棒の方は先
が尖っていて、場合によっては手裏剣の様に投げて使う積りでした。
正攻法ではとても勝てないと思ったので、卑怯かも知れませんけど、不意打ちをして見ました。それでも全く
通用しませんでした。本当に情けない限りです」
小姫はベットの上で涙ぐんで自分を卑下した。
「いや、そんな事はありません。サイボーグは世界にあと多分いないと思いますから。相当の筋力があります
から、暫く休めば回復すると思いますが、胸の方は大丈夫ですか?
他の部位だと骨折の恐れがあると思ったので、まあ、敢えて小姫さんの胸を狙ったのです。回り込んで防弾
ガラスにぶつかる様に弾き飛ばした積りです」
「全部計算尽(ず)くだったんですか?」
驚いて言ったのはヘンリーだった。
「はい。なるべく怪我の無い様にした積りです。下は固いコンクリートですからね。そこに頭でも打ったら命に関
わりますから。さてそれではそろそろヘンリーさん、始めましょうか?」
「は、はい。全力を上げさせて貰います」
ヘンリーは最早勝負有ったと感じたが、ここで止めては如何にも情けないと思ったので蛮勇を奮ってでも挑
戦する事にしたのである。
「念の為に、医者に来て貰うが良いよね? ええと女医さんが良いかな?」
アーノルドは責任を感じて言った。
「ああ、是非そうして下さい」
返事はチャーリーがした。小姫は黙って頷いた。チャーリーの言葉に素直に従ったのである。格闘家は自分
より圧倒的に強い相手に従順に従うことが良くある。しかも本当は両方の胸が相当に痛かったのだ。かなり腫
れて来ている様に感じていた。
もう随分日は傾いて来ていて、そろそろ夕日と言って良い頃だろう。もうヘンリーは奇策を弄する積りは無い。
予(あらかじ)め拳銃を右手に持って、
「私が使う武器は拳銃と肉体のみ。ただし全身にハイテク防具を使っていますのでダメージは半分以下になり
ます。それでは、行きます!」
そう叫んで走りながら乱射した。特殊な二十連発銃で速射の出来るタイプだったので、一秒位の間に八発ほ
ども発射されたのである。
「うううっ! ば、馬鹿な!」
しかし彼の目標とするチャーリーの姿はもう目の前から消えていた。簡単に後ろに回り込まれていて、左腕で
首を絞められ、更に右手で拳銃を持つ手をねじ上げられていた。
小姫の時よりも遥かにスピードが速かった。
「ガシッ!」
拳銃は下に落とされ、首を強烈に絞められて、
「うぐぐぐっ!」
既に意識が遠のいていた。拳銃での攻撃はチャーリーの攻撃本能をかなり刺激する。下手をすると首の骨が
折れそうだった。
「バタンッ!!」
慌ててドアを開けて、観察小屋からアーノルドとケッペルが飛び出して来た。
「そ、そこまでにして下さい。もう完全に気絶している!」
「手、手を緩めてゆっくり寝かせて下さい。今タンカを持って来ますから」
再びアーノルドはタンカを持って来た。今度はアーノルドとチャーリーとで観察小屋にヘンリーを運び入れた
のである。ベットは五床ほども並べてあったので、異性である事に配慮して、小姫から一番離れた端のベット
に寝かせた。
「チャ、チャーリー君、も、もう少し手加減しないと、死んでしまうよ」
博士は青くなって言った。
「す、済みません。いきなり連射されたので少しムキになりました。元の裏娼妓X号館での戦闘を思い出したも
のですから」
「ふう、む、無謀でしたな、まさかここまで差があるとは。小姫君もヘンリー君もオーデションで楽々優勝した世界
でもトップクラスの格闘家だったのですがねえ。
いや、考えてみればコインを四つ折にしたと聞いていますからな。マシンガンの銃身を軽く曲げてしまったとも
聞きましたから」
アーノルドが呆れた感じで言った。
「もう直お医者さんが来ますが、どうします? チャーリー君は手術の必要がありますから、アーノルドさんが車
の運転をして、博士と一緒に帰られても宜しいですよ。私が留守番をしていますから」
ケッペルが気を利かして言った。
「ああ、申し訳ないが、チャーリー君、もう少し待っていてくれないか。今度の事は私に責任がある。ボディガー
ドの力量を測るなどと、どうかしていた。
医者の診察結果を見てからでないと落ち着いてチャーリー君の手術に対処出来そうも無い。ああ、本当に申
し訳ない。
この頃世間の人達に追い詰められていてね。ストレスが相当に溜っていて、その、意味不明な行動だった。
許してくれたまえ」
博士はかなり深く頭を下げて謝罪した。
「ああ、博士、頭を上げてください。私も疲労が重なった事と、どうも外の暑さに少しやられたみたいで、手加減
が上手く行かなかった様です。私の方こそ申し訳御座いませんでした」
今度は逆にチャーリーが頭を下げて謝罪したのだった。
「キィーーーッ、バタンッ!」
車が止る音がした後、ドアがやや乱暴に開けられて、女医と三人ほどの男女の看護師が機材も持ってやっ
て来た。
「患者さんは何処かしら? ああ、ベットに寝ている女性ね。あら、もう一人いますわね。ええと、簡易衝立を使
いますから。
間違っても覗かない様に。特に患者さんが女子の場合にはね。ただ、喧嘩の当事者、ああ、いいえ、格闘技
の試合の当事者は後で事情を聞く事がありますので、ここに残っていて下さいね。絶対に帰らないこと!」
女医は何かズケズケとものを言うタイプの様である。
「はははは、まるで犯人扱いですね」
ケッペルはチャーリーに少し同情して言った。怪我の程度が重ければ刑事事件になるかも知れない、女医
の言葉がその様に受け取れたからである。
しかしチャーリーは無言だった。ついつい過激に攻撃してしまうことは今までにもあったことである。しかしそ
れらの教訓が生かされなかったことが身に応えていた。
「あのう、こっちに来て貰えませんか?」
暫くして男の看護師が衝立の間から出て来てそう言った。
「えっと、私ですか?」
「はい、試合をしたのは貴方ですよね?」
「はい、そうですが」
「じゃあ、どうぞこちらへ」
看護師にチャーリーはついて行った。
「えっ!」
チャーリーは一瞬顔を背けた。上半身裸で小姫がベットの上に寝ていたのである。
「ああ、ちょっとこっちへ来て良く見て下さい。胸に、オッパイに付いている手の跡は貴方の物かどうか確認し
たいのですよ。
見事に手形が付いているでしょう? さあ、重ねてみて。何遠慮しているのよ、良いチャンスよ。女性の胸に
大っぴらに触れるんですからね」
女医はそう言うなり、尚躊躇っているチャーリーの手を取って無造作に小姫の胸に両方あてがってみた。
「ああ、間違いないわね。ピッタリだわ。でもどうやったらこんなに見事に手形が付くのかしら? 今のままじゃ、
所見が書けないのよね。
普通有り得ないわ。こちらの方の胸は羨ましい位に豊満で弾力があるから、プロレスラーだってここまでには
出来ないと思うの」
女医はしきりに首を傾げていたのである。チャーリーがサイボーグであることを聞かされていない様だった。