夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ああ、あのう、そちらの方はチャーリー・クラストファーさん、サイボーグの方なんです。済みませんお見苦しい
所を見せてしまって」
ベットに寝ていた小姫が少し体力が回復したのか、自分で事情を説明した。しかも半裸の姿を見せて恥ずか
しがるどころか、逆にチャーリーに謝罪したのである。
「サ、サイボーグ? 空を飛ぶとか言うあのサイボーグ?」
女医は目を丸くして驚いた。
「パワーもある訳ね?」
今度は女性看護師の一人が言った。
「ま、まあ、そうです」
チャーリーは大袈裟に言いたくなかったが、
「あのう、そこの台の上に置いてある鉄の棒を曲げてみせれば信用されると思いますわ」
更に小姫が言った。
「しかし、それは商売道具なんじゃないんですか?」
チャーリーはちょっと渋った。
「どれどれ」
即座に男の看護師が言って、
「うーん、うううむ!」
全力で曲げようとしたが勿論全く曲がらなかった。次いで女医も女性看護師二人もやってみたのだが、当然
びくともしなかったのである。
「持ち主が良いと言っているのだから曲げてみなさい。出来たら信用します。出来なければ、何か薬品でも使っ
たかも知れないと考えて、刑事事件になりますがそれでも良いかしら?」
女医は脅しを掛けたのだった。
「仕方が無いですね、ほりゃっ!」
チャーリーは軽く気合を入れて両腕でぐいと力を入れると、
「ギギギッ!」
かなりの音がして鉄の棒はあっさりとU字型に曲がってしまったのだった。
「オオオオッ!」
「ヒャッ!」
「エエエッ!」
女医も看護師も悲鳴に近い声を上げて驚き恐れたのだった。
「わ、わ、分かったわ。貴方を信じます。ふう、これじゃあ、普通の人間なんて一たまりも舞いわね。ブラを付け
ていたのに手形が付いた訳が分かったわ。
あの、もう宜しいですから、お引取り下さい。ああ、向うの男性も貴方がやったのね? その前に一つだけ聞
きますけど、この女の人に手加減はしたのよね?」
女医はチャーリーのパワーに恐れおののきながらも、きっちりと仕事として聞いたのである。
「はい。一番ダメージが少ないだろうと思って胸を突きました。でも加減が不足していたようです」
チャーリーは小姫の手形をチラッと見て言った。
『うーむ、こいつは拙いぞ。手の形に少し腫れて来ているから、完治して手形が消えるまでは早くても三ヶ月位、
いや、実際には半年以上掛るだろう。ちょっと悪いことをしちゃったな。
それにすっかり手形が消えるまでとなると、何年も掛るんじゃないのか? あああ、本当に気の毒な事をして
しまった。お詫びのしようが無いぞ!』
チャーリーは大いに反省したがもうどうにもならなかった。
その後、応急的な措置をして女医一行は帰って行ったが、小姫とヘンリーは念の為に病院に一日入院して
検査を受ける事になったのである。
女医や看護師達の乗った車と共に、アーノルドの運転で小姫、ヘンリー、ケッペル、シュナイダー博士、そし
てチャーリーも今度は車に乗ってその場を去ったのだった。
空軍の病院に怪我をした二人を送り届けると、アーノルドとケッペルとはノアシティの自宅に一足先に帰って
行った。
博士とチャーリーは二人とは別にノアシティの地下研究所に行った。勿論チャーリーの手術の為であが、博
士を心配した研究員達が車で病院まで迎えに来ていたので、彼等と一緒に帰ったのである。
ついこの間まで研究員達は自由に地上と行き来出来なかったのだが、ノアシティが公に知られてしまった
以上、その様な制限は、
「下手に秘密にすると誤解を招く恐れがある。なるべく行動は自由にするように」
というクラストファー大統領の鶴の一声で、撤廃されつつあった。研究員達が心配したとはいえ、博士を地上
まで迎えに来れたのにはその様な事情も絡んでいたのである。
チャーリーの手術は結局その日、七月一日の夜遅くになった。検査の結果、体の傷みが酷く、ほぼ全面的な
修復が必要と分かり、脳の部分を除いて体のパーツは全部取り替えることになった。
手術には二週間ほども掛る。費用も十億ドルという巨費になる。今後は今までの様な無茶は出来ないと、
チャーリーも博士も研究員達関係するスタッフ達も肝に銘ずることとなった。
『もう、今までの様な訳には行かない。何しろ既に予算が底をついている。次回からは低予算での修復か。う
うむ、ああ、ただただ辛いな。
これから二週間誰とも話したりしない状態が続くのか。ああ、それもまた苦痛だな。何だか林果と昇一に会い
たくなって来た。許されるものなら林果との情交に暫く溺れていたい……』
チャーリーは酷く弱気になっていた。
全面的な修復の場合に頭部は、一旦首から下の体と完全に切り離される。脳波測定は続けられていて、必
要に応じて栄養の補給が、つまり輸血されるのだが、不測の事態に備えて、脳は暫く眠った様な状態に置か
れる。
脳が活発に働くと、何かと体を動かそうとしたりするので、それを防ぐ為だった。歩こうとして足が無ければ、
精神的に非常に苦痛だからである。その結果、長い夢うつつの状態が始まる事になった。
『あああ、先生。お久し振りです。海外旅行はどうでした?』
チャーリーは夢の中では何時だって林谷昇である。彼にとっての先生は『夏休み未来教室』の宝本賢三だけ
だった。彼は昇の心の中では未だに生き続けていたのである。
『ああ、まあ、何とか、息子達に会って色々と話をして来たよ。ところで君の方は進展があったかね?』
相変わらずの、もてない男の六大要素、チビ、デブ、メガネ、ハゲ、貧乏、年寄りは健在(?)だった。ただ服
装だけは海外から帰って来たばかりらしくて、ネクタイは無かったが、きちんと背広姿だった。
『えっと、それがその、余り進展していなくて』
「はははは、慌てる事は無い。君は私より四十近くも若いんだからね。ところで、存在そのものをどう考えるか
ね?』
賢三は新たな問題を突きつけた。
『存在そのもの?』
『ああ、存在そのものだ。別の言い方をすれば、君自身だ。以前にも議論したかも知れないが、君自身の作り
方だ。
神が全てを作ったという人がいる。しかしこれはまあ詭弁と言うか、無意味な言葉に過ぎない。前にも言った
かと思うが、『神がそうした』=『分からない』ということに等しい。
神が全てを作ったと言う人であっても、では神を作ったのは誰かと言うと、言葉に窮してしまう。それは存在
は誰が作ったのかと言うことと同値なのにねえ』
賢三は一つの方向性を示した。
『なるほど、そうですね。それはつまり、つまり、……』
夢うつつの中で昇は懸命に考えた。もう少しで何かが見えそうなのだが、中々見えては来なかった。
『ううむ、神は誰が作ったのかと言われて、言葉に窮した連中の答えは何時も決っている。『神は永遠の過去
から存在していた。最初からあったのだ。誰も作ったりしていない!』そう言って、開き直る。
しかし、待てよ、存在は作れるのか? おかしいぞ。車椅子の天才科学者、スティーブン・ホーキングは『この
宇宙の創生においては、たとえ神と言えども如何なる関与も出来なかった』と言った。全くその通りだと思うが、
しかし待てよ、待てよ、……』
昇は尚も懸命に考え続ける。
『どうした? どうしたの? 難しく考え過ぎているんじゃなくって?』
その声は賢三から母の声にそして林果の声に変って行った。
『ねえ、エッチしましょうよ。難しく考え過ぎよ』
ちょっとドキリとしたのは一瞬目の前にいる女性がヘレンに見えたことだった。しかも今度は、
『私の胸をどうしてくれるのかしら? 私と結婚してくれる?』
そう迫って来たのは、全裸の片岩倉小姫だった。胸に明らかな手形が付いている。
『そ、それはその、ええと、御免、少し考えさせてくれ』
昇は何時の間にか全力で走って逃げ出していた。小姫は魔物の様な姿になって追い掛けて来る。その姿は、
今度はダウクーガーと呼ばれた金森田玄斎の、屈強のサイボーグ男の姿になった。
『ええい、飛んで逃げよう!!』
昇はローラースケートを履いて懸命に走って逃げた。ぐんぐん加速して空に飛び上がる。現実とは違って、両
腕が羽になっていた。
『上手く行った! 逃げられたぞ!』
初めはそう思うのだが、次第に高度が低くなる。
『だめだ、捕まる!』
必死になって飛び続けようとするのだが、どうしても飛び上がれないのだ。
何時の間にか羽は消え、履いていたローラースケートも消え去って、地上を歩いていた。
『ふう、ふう、ああ、随分歩いたな』
幸いもう誰も追い掛けて来なかった。ずっと向うの山の中腹に小学校が見えた。ほんの数秒で小学校は目
の前に現れ、そして校舎に入って行った。
『それではこれから、夏休み未来教室を始めます。いやあ、三人も残りましたか。大収穫ですよ』
賢三が大喜びで講義を始めた。その教室の一番前に三人並んで座っていたのは、自分と林果とそして何故
か息子の昇一だった。
『誰か、存在についての考え方で、分かる者はいませんか?』
賢三はいきなりそう質問して来た。
『ハイ!』
手を挙げたのは息子の昇一だった。
『はははは、小学生には難しい質問ですよ。いや、大学教授や博士にだって難しい質問ですよ』
『うん。考えなければ良いと思います』
昇一の答えは昇に衝撃を与えたのだった。