夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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『うふふふ、昇一、それじゃあ答えになっていないでしょう?』
林果はたしなめる様に言った。
『はははは、何か小学生らしい発想ですな。まあ、それでも良いですよ、何も言わないよりもね』
賢三は常識的な捉え方をした。
『あのう、今のは一理あると思うんですけど。いや、そうじゃないな。何かが微妙に違う。そう考えるんじゃ無くて
そのう……』
何かを捕まえたと思ったのだがはっきりと分からないうちに、周囲はすっかり変ってしまった。一般の住宅の
一室になっていた。
『ねえ、もっと、もっと抱いて!』
聞き覚えのある声。グラマラスな肢体。
『鏡川、鏡川キラ星さんっ! 生きていたのか!!』
昇は絶叫した。
『勿論よ。貴方をどれだけ愛しているか、知っているでしょう? もう何処にも行かないで下さい。ここでずっと
ずっと一緒に暮らしましょうよ!』
キラ星は全裸で抱き付いて来た。しかし何か妙だった。
『ええっ! この妙な臭いは何だ? 死、死臭だ! 可哀想だけど、確かキラ星さんは死んだ筈!』
昇はぞっとした。
『ええい、離すものか!! 私と一緒に死ね!!』
凄い力でキラ星は抱き付いて来た。しかもその肉体は腐り掛けていて、所々から白い骨が見えていた。
『御免、俺はまだ生きていたい!!』
死に物狂いになって、キラ星の絡み付いて来る手や足を振りほどいて逃げ出した。ひたすら走った。何処ま
でも何処までもひたすら走り続けた。
最初の内はキラ星は恐ろしい形相で追い掛けて来たがやがて、見えなくなった。だが前方からゆっくりと歩い
て接近して来るのは、やっぱりキラ星だったのだ。今度はちゃんと服を着ている。
『ま、まさか。に、逃げよう』
しかし今度は逃げられなかった。足音がどんどん接近して来る。足が動かないのだ。
『分かった。俺が責任を取る。もう、死に時かも知れない』
昇は逃げるのを止めた。
『ああ、嬉しい。私と一緒に黄泉(よみ)の国に行きましょうよ。貴方は人としてはもう生きられないのよ。分かる
でしょう? 貴方は生きていてはいけないのよ。そうでしょう?』
『うん、分かった。何もかも捨てて、お前と一緒に行くよ。お前を一人ぼっちにはさせないよ』
『ああああ、嬉しい!! もう絶対に離さないわよ!!』
鏡川キラ星は再び全裸になって昇に絡み付く様に抱き付いた。直ぐに肉体は腐り始めた。しかし今度は昇
は逃げなかった。
昇の体も腐り出して二人の体は骨と骨との隙間から食い込み合い、半ば合体した様な一つの塊になって、
その場に倒れ伏してしまった。
『ああ、何て気持が良いのでしょう。最高に感じますわ!!』
キラ星は激しく興奮して叫んだ。
『ああ、俺も最高に感じるよ。こうして、永遠に一緒に果て続けようよ。ああああ、気持ちが良い!!』
全身に性の快感が駆け巡り、絶頂に達すると、物凄い満足感を得たと思った。しかしその途端に何も分か
らなくなって、闇の中に自分が一人居た。
『あれ、暗いな。キラ星はどうした? ああ、そうだ、キラ星はもうとっくに死んだんだよな。だとするとさっきのあ
れは夢だったのか?
俺は昇? いや、今はチャーリー・クラストファーだ。ああ、瞼(まぶた)が動くぞ。そうか、俺はサイボーグの
体の手術を受けていたんだよな。どうやら手術はもう終ったみたいだな。さて、目を開けよう……』
チャーリーは恐る恐る目を開けて見た。ひょっとして目の前にキラ星がいるのではないかという、説明の付か
ない様な恐怖心があった。
「お目覚めになりましたか。お早う御座います、お久し振りで御座いました」
どこかで見た事のある女性が日本語で声を掛けたのだった。しかし少なくともキラ星ではなかったのでホッと
した。
「ええと、貴方は確か、……」
「ふふふふ、もう何年にもなりますからお忘れになったのも無理は無いわね。研究員の植田正美です。まあ、
それにしても随分変られましたわね。
とても同じ人には見えませんわ。うふふふふ、以前に比べるとグンとハンサムになられましたわね。しかも白
人に。ふふふ、何だか惚れてしまいそう」
「ああ、その口調は思い出しました。植田正美さん、ああ、そうだった。あの、他の人達は健在ですか?」
チャーリーは懐かしさの余り気軽に言ったが直ぐ正美の顔は曇ってしまった。
「お話しするのがとても辛いのですけど、灰田瀬知恵さんも拍子木薫君や他の研究員の人達もダウクーガー
の餌食になってしまったの。
かつての研究員で残っているのは私一人だけよ。金森田がまさかあんな怪物になってしまうなんて、思いも
しなかった。
以前から残虐な男だったけど、サイボーグになってから、その残虐さに更に拍車が掛ってしまったのよ。林
谷さんが素敵なサイボーグになったのとは全く違っていたのよ。
ああ、何て言ったら良いのかしら。私達研究員はついこの間まではここノアシティの収容所に隔離されてい
て、間接的な支援しか出来なかったのですけど、ゴールドマン教授にそそのかされて脱出した人達が皆犠牲
になってしまったのよ。あああ、それを考えるととても辛いわ、うううっ」
正美は少し涙ぐんだ。
「それは大変でしたね。どうも他人行儀であれなんですけどもね」
チャーリーは慰めようが無くて、逆にあっさり言う事で悲しみを紛らわせようとしたのだった。
「ああ、いいえ、今はそんな事を言っていられないわね。貴方は今は、チャーリー・クラストファーですわよね?」
「はい。一応大統領の遠い親戚とか。何か勝手な話ですけど、お金を出して貰っているので文句も言えません
しね。
ああ、そうそう、今日は何日ですか? どうも手術の時は時間の感覚が分からないんですよね。夢の記憶か
らすると一日しか経っていない様な気がするんですけどね」
毎度の事なので今更聞くことも無いと思ったが、実際何日なのか分からなかったので、聞いてみることにした
のである。
「今日は七月十五日ですわ。その、これから大変に忙しくなります。もう、スケジュールがびっしりなんですのよ。
それと、今後は私が何時も貴方と行動を共にして、貴方の健康面のサポートをしますから。
ああ、あのう、ケッペル先生からお聞きと思いますけど、貴方の秘書の方とマネージャーの方とがもう間も無
く来られますわ。と言っても三時間位掛りますけど。
チャーリーさんにはこれから種々のテストを受けたり、お風呂に入って頂きますから。それで身支度をされて
から、お二方とご対面がてらお食事と言う事になります。宜しいかしら?」
「ああ、了解。じゃあ行きましょうか?」
「はい。参りましょう」
二人は連れ立って検査室に向かった。それから種々のテストを受けて、新しいサイボーグのボディが上手く
装着されている事が確認されたのである。
「林果、桜山さんには会わせて貰えないんですか?」
二人はノアシティの午後九時の位置にある、商店地区に向かっていた。ノアトレインに乗って座って話をして
いた。お客は他に余り居なかったし、日本語だったので割合気楽に話すことが出来たのだった。
「申し訳ないのですが、当分お会いになれませんわ。どうしてもと言うのなら、何とか致しますけど。まあ、昇、
いいえ、チャーリーさんと彼女との仲はもうすっかり有名ですからあれなんですけど、貴方は一応独身ですか
らね。
もう、スター並の扱いになっていますのよ。これを言うのは心苦しいのですけど、貴方の健康維持の為には
莫大なお金が掛り、その為には圧倒的な人気が必要なのですわ。その為には独身で無いとね。
それと、ああ、もうその話はまた後にして頂きますわ。ところで商店地区に行かれたことは御座いますか?
私は実は初めてなんです」
正美は何かウキウキしていた。
「いや、確か無かったと思う。歓楽街には行った事があったけどもね」
「ふうん、歓楽街ねえ。如何わしい所とか?」
「はははは、ちょ、ちょっとだけ。でもそこで大変な事になってしまってね。事務室にいた連中を叩きのめしたん
だよ。死人も出た」
「えええっ! 死人! ああ、ご、御免なさい」
死人と聞いて正美は慌てて叫び、それから声を潜めた。
「はははは、その時は、私は大黄河夕一郎と名乗っていたんだけど、実はその名前、大黄河がダウクーガー
になったんだそうだ」
「な、何ですって。それは初耳ですわね」
「ああ、私も全く知らなかったけど、本人から、ダウクーガーから聞かされて初めて知った。言われて見れば
確かにその通りだと思うよ。金森田がそう名乗った訳じゃないしね」
「へえーっ、そうだったの……」
正美は複雑な表情になった。
「ああ、そうそう聞くのを忘れていたけど、そのダウクーガーはどうした。相当の重傷だと思うけどね」
「あまりに危険な男なので、ボディは全て外されたままになっているわよ。今は半睡眠状態になってある場所
に保管されているわ。
彼の場合、誰かに利用でもされたら大変なので、保管場所は絶対の極秘扱いです。私にも場所は分かりま
せん。知っているのが誰なのか、それすら極秘なんです。
その点に関してはシュナイダー博士さえ知りませんわ。シュナイダー博士はその管理を誰かに頼んだらしい
のですけど、その後どうなったのかは博士も知らないと言っていましたから」
「へえー、それでも死刑扱いにはならなかったんだ」
「はい、何しろ裁判を受けていませんからね。あれかしら、死刑にした方が良いと思います?」
正美は当然と言った感じでチャーリーに聞いた。