夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「いや、私は死刑廃止論者だからね」
チャーリーの言葉に正美は少しムッとして反論した。
「あの男を生かして置くのですか? 一人で直接、間接に何万人も殺した男ですよ。あいつに少なくとも数千
人の女性はレイプされています。
あの男、金森田玄斎だけは許せない! さっさと裁判に掛けて、死刑にしてしまえばいいんだわ。裁判すら
必要無い位だわ!」
かなり激高して叫んだ。
「怒る気持ちは分かるけど、そうやって殺してしまうことは結局、彼と同じ事ですよ」
「な、何が同じなんですか! 全然違うじゃありませんか!」
「貴方のその目が同じです。いやむしろもっと悪い。私は彼を良く知っている。随分話し合いましたからね。彼
はしかし少なくとも私を殺しはしなかった。
ダウクーガーになる前には、彼にとって無意味な殺人はしていない。レイプも同様だ。奇妙な男だったが何
時も彼にとっては意味のある事をした。
サイボーグになってからは無意味な殺戮も行われた様だけど、サイボーグの状態がどれほど苦しいものな
のか私は知っているからね」
「か、彼を庇(かば)うんですか!」
正美の目は釣り上がった。
「いや、そうじゃない。私は正義を語りたいんですよ。如何なる理由があろうとも、捕らえた者を殺害する事は
正義ではない。
私は彼を殺そうと思えば出来たし、今まで他のもの達に対してだって、皆殺しにして口を封じる事も出来た。
そうすれば私はもっと気高い人間に見られていたでしょう。
しかしそうはして来なかった。時には怒りに身を任せた事があったとしても、決して抵抗しない者を殺戮はし
て来なかった積りです」
「で、でも彼は別格よ。死刑になって当然の男だわ。それ以外の選択肢は無いわ!」
正美は頑として譲らなかった。しかしそれはチャーリーも同様でおいそれとは譲れない。
「しかし貴方の考え方は人道に反しています。先ほどから言っている様に、貴方の考え方は正義ではない。つ
まり人道に反している。
確かにダウクーガーと呼ばれた金森田玄斎は人道に反していた。しかし人道に反しているという事において
は貴方は彼と同じだと私は言っているのですよ」
「じ、人道に反していても良い。彼だけは、彼だけは許せない!」
「いや、多分貴方と同様に考える人も多いことでしょう。つまり多くの人が人道に反する行為を認めてしまう事
になる。
それは結局、また何時の日か彼の様な人道に反する男、或いは女を生み出す土壌になると私は考えます。
その様な鎖を断ち切らない限り、何時まで経っても極悪非道な人間の出現を防げないと思いますが」
「き、奇麗事よ! 昇さん! いいえ、チャーリー、貴方を見損なったわ!」
正美はチャーリーに対する好ましい感情も忘れて叫んだのだった。
「こ、怖い女だな」
数人居た他の乗客達は日本語が分からずにただ正美を恐れて英語でヒソヒソと話し合ったのだった。
「シューッ!」
ノアトレインは間も無く商店街に到着した。時計回りだったので到着したのは第七商店の筈だったが、何か
違う様だった。
「あ、あの、商店街に着いたようですわ。さっきまでのお話はお話、これからはビジネスですからね。そこの所
宜しく!」
随分気まずい状態で二人は降りたが、秘密になっている筈の商店の作りは全くオープンで、大きなガラス
窓があって、しかも『ノアトレイン商店街時計回り駅』等と十ヶ国語位で書き記されていた。
「あれ? 何か今までと印象が違うというか、改造された形跡があるね」
駅から出て歩きながらチャーリーは話し掛けた。
「そ、そうね。あの、これからノアシティショップレストランに行きますから」
正美はぶっきら棒に言った。さっきまでの怒りが尾を引いている様である。
「ショップレストラン? 何だかそのまんまなネーミングだね。はははは。如何にも急ごしらえな感じがする」
チャーリーの勘は当たっていた。まだ出来てからそう日にちが経っていなかったのである。シュナイダー博
士とクラストファー大統領は、近日中のノアシティの公開の為に、急遽工事を進めて、なるべく秘密色の無い
物にする事に大童(おおわらわ)だったのだ。
チャーリーと彼の秘書やマネージャーとの対面兼食事会もその様な事情があって、商店街のレストランにし
た様である。その他の地区では一部を除いて大半が大々的な工事中だったのだ。
「ここらしいわね。あの、今後は英語でお話しますから宜しくね」
「ああ、分かった。優れものの翻訳機のお陰で若干言葉は遅れるけど、十分に意思の疎通が出来るからね」
ノアシティショップレストランも中が外から良く見える様な殆どがガラス張りの作りだった。中は明るく従業員
達の笑顔が目立った。
「へえ、随分、愛想が良いねえ」
チャーリーは早速英語で話し掛けたが、
「そうね」
正美は相変わらずぶっきら棒だった。
「ああ、こっちですよ」
レストランに入ると、比較的近い席に座っていたケッペルと、秘書とマネージャーになるらしい二人の男女が
手を振って合図していた。
「お待たせしました。こちらがチャーリー・クラストファーさんです。私は健康面をサポートする植田正美です、
宜しく!」
正美は何とも愛想良くチャーリーと自分とを紹介した。
「ああ、私がケッペル・ギルバートです。それと秘書志望のキャロル・ピース、そしてマネージャー志望の、
ゲルク・マルロー。
一応志望ということにしておきましたが、採用はして貰えるよね? どうしても嫌だったら別の者にかえます
がどうでしょう?」
ケッペルはやや弱気に言った。
「そうですね、こういうのは相性もあるかも知れませんから、暫くは仮採用でどうでしょうか? まあ、一ヶ月位
様子を見るということで」
チャーリーは慎重だった。何しろ、たった今まで正美と殆ど喧嘩状態だったのだから。
「それが良いですわね。私もそうして貰いたいのですけど、宜しいかしら?」
「あ、ああ、別に構わないけど」
チャーリーが了承すると、
「初めまして、キャロルです、宜しく、宜しく!」
「初めまして、ゲルクです。あ、あの、一生懸命やりますから宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
チャーリーは感激しているらしい二人と固く握手をして親交を結んだ。
「さあ、それでは昼食と行きましょう。ええと、確か、チャーリーさんは牛タンの塩漬けが好きでしたよね」
ケッペルはチャーリーが牛タンの塩漬けの大盛を食べたことを覚えていた様である。
「はははは、確かにそうですが、そう何時も何時もではちょっとねえ。今日は単純にステーキで行きたいです
ね。あと、その、ライス、ああ、いや、パンとミルクで行きましょう」
また牛タンの大盛を食わされては大変だと思って、先にメニューを注文したのだった。
「焼き方は?」
「勿論レアで」
ケッペルはその後も次々に注文を聞いて行った。どうやらアーノルドの真似をする積りらしい。しかし、結局
皆チャーリーに合わせて同じ物を注文したので、彼の記憶力の良さを披露する事はお預けになってしまったの
だった。
「ああ、ところでシュナイダー博士はどうされました? 随分な悪役になってしまったと嘆いておられたと思いま
すが?」
チャーリーは博士が全く姿を見せないし、誰も話題にしないので、自分から言ってみたのである。
「ああ、それがですね、これは一応秘密なので他言無用に願いたいのですが、宜しいですか?」
ケッペルが慎重に言った。
「ひ、秘密ですか?」
「はい。秘密は守って貰えるものとしてお話致しますが、博士は今は、宇宙にいるのです」
ケッペルは急に声を潜めて言った。
「ええっ! 宇宙にですか?」
チャーリーも急に声を潜めた。
「はい。何しろダウクーガーの件さえ、博士が間接的に作ったことになってしまったのですからね」
「えっ? 何かの間違いじゃないんですか?」
チャーリーには信じられなかった。
「それがそうじゃないのよ。ダウクーガーを作ったのは実際にはゴールドマン教授だったんだけど、そうする
様に彼を追い詰めたのが博士だという事になってしまったのよ。
噂というものは怖いものよね。それに輪をかけてマスコミが騒ぎ立てるし。本来マスコミは真実を語る機関であ
るべきなのに、世評に迎合して、テレビなんかの視聴率アップだけを考えているのよね。全くろくでもないことよ
ね!」
ケッペルが言う前に正美が早口で捲(まく)し立てたのだった。
「いやはや、それは博士には災難でしたね。しかし博士はどうして宇宙なんでしょうか? 極秘にするのでし
たら、何処でも良いと思うのですが?」
「はははは、そこが博士らしいというか、宇宙に一足先に行ってチャーリーさん、貴方が来るのを待つんだそう
ですよ。小惑星『ニューアメリカ』に核を撃ち込んで、コースを変える為の準備に忙しいらしいですよ」
「でも、博士はお年なのではありませんか? もう既に宇宙にいるという事はかなりの長期間宇宙にいるので
しょう? 大丈夫なんでしょうか?」
チャーリーは相当に心配して言った。博士には強い親しみや恩義を感じていたからである。
「あはははは、その為にケッペルスターがあるのですよ。子供からお年寄りまで誰でも宇宙に行ける。その為
にケッペルスターはあるのです!」
「あの、少し声が大きくは無いですか? 博士の居場所は秘密なんでしょう?」
初めてゲルクが声を発した。
「そうですわ。おじ様はケッペルスターの事になると、何時も大抵声が大きくなってとても心配ですわ」
次いでキャロルが声を発したのだった。