夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はははは、いや失礼。いや、その済まなかった。ここはちょっとあれだね、話し難いね。秘密の話は余り出来
そうも無いから、食事の後、場所を変えて話し合わないかね? 重要な事も多々あるからね。どうだろう?」
ケッペルは謝りついでに、場所変えを提案した。
「そうですね。でも、折角ですから、差し障りの無い事はここでお話しませんか?」
チャーリーは秘書とマネージャーの力量や、どの程度事情を知っているのかを早く知りたかったのである。
「そうね、ここ、雰囲気としては悪くないわよ。BGMも洒落た大人っぽいムードだし、適度に騒音があるしね」
正美は少し澄ました感じで言った。チャーリーと激しくやり合って、気拙くなった関係を多少なりとも是正しよ
うとしている様だった。
「はははは、面白いことを言う。BGMが洒落ていて良いのは分かるが、適度に騒音があるというのは、珍し
い誉め言葉だねえ。日本ではその様な言い方をするのかね?」
ケッペルは不思議な印象を持った様である。
「いや、日本でも珍しいと思いますよ。た、多分ね」
チャーリーは自分の意見を日本人として言ったが、すぐ拙いと思って誤魔化した。
「日本の事にお詳しいのですか?」
直ぐキャロルが言った。
「まあ、多少は。こちらの正美君に大分鍛えられましたのでね。ついさっきも死刑廃止論者の私の考えが奇麗
事だと、こっぴどく叱られましたからね」
「死刑廃止論者? でもそれはかなり難しい議論ですよ。被害者の遺族にしてみれば、犯人を処刑して欲しい
と願うでしょう。
僕にもその気持ちは分かります。しかし一方で死刑という制度そのものが、刑罰という本来の趣旨からは法
律的に見て認められないものであるという意見もある。
僕もかなり考えましたが、中々結論は出せませんでした。死刑もまた殺人の一種ですからね。人を殺すなと
言っていながら一方では人を殺すことを容認する。
これは矛盾です。ですがもし自分の親族を殺されたとなると、果たして死刑制度廃止と言い切れるかどうか
自信がありません」
やや長めにゲルクは自分の意見を述べた。
『ほほう、良く考えている。相当深い知識を持っていそうだな。死刑制度という難しい課題に対して真摯に向き
合い、慎重に意見を述べている。うーん、合格だな』
チャーリーは少なくともゲルクはメガネに適(かな)うと感じた。
「お待たせしました。あのう、こちらの方はチャーリー・クラストファーさんではありませんか?」
注文した品々をワゴンで一気に運んで来たウェートレスがキャロルに話し掛けた。年代的に一番近く、同性と
いう事もあって話し易かったのだろう。
「ああ、そうですが」
キャロルが言うのを躊躇っていたので、チャーリーが直ぐ認めた。
「わあっ! あの、済みません、今、その、ちょっとお待ちを」
大急ぎで持って来たステーキなどをテーブルに載せると、あたふたと帰って行った。
「もう、お忍びなんですからね、チャーリー。貴方は超有名人何だから、今後は直接一般庶民とお話はしない
で下さい。うっかりすると大変な事になりますわよ」
正美は厳しく注意した。
「あ、あのう、このワインはほんの気持ちですから。どうぞ飲んで下さい」
「あのう、これは私からのプレゼントです。どうぞ受け取って下さい」
「ああ、ここのコックなんですが、今日のステーキ代はいりません。その代わりと言ってはあれですが、この帽
子にサインをお願いします」
「私、貴方を崇拝しています。一度で良いですから抱き締めて下さい」
正美の言った事が現実になった。チャーリーはレストランのスタッフ七、八人に囲まれて、プレゼントを貰うや
ら、握手を求められるやら、サインを求められ、更には抱きつかれたり等して、とても食事どころではなくなっ
てしまったのである。しかも噂を聞きつけて、他のテーブルのお客達まで側に寄って来て、サイン等をねだった。
「ふう、早々と退散した方が良さそうですね」
昼食のステーキは半分も食べていなかったが、チャーリーはそう言った。
レストランに新たに入って来たお客達の中にも目敏い者が居て、直ぐ寄って来て話しかけるし、兎に角数人
の熱烈なファン(?)がチャーリーの側から離れないのである。
その内の一人の若い女性はチャーリーの食事が終るのを待っている様である。恐らく終ったら猛烈にラブア
タックでもして来る積りなのだろう。直ぐにも抱き付きそうな構えをしている。
「だから言ったでしょう。貴方は今や世界的なスーパースターなのよ。シュナイダー博士とは別の意味でまとも
に外を歩けないのよ。特にこういう人の多いところはね」
正美は敢えて日本語で言った。
「ああ、分かった。それじゃあ、次は何処へ行く?」
チャーリーも日本語で答えた。他の者達には何を言っているのか分からなかったようである。
「あのう、……」
正美はケッペルに耳打ちをした。次の行き場所を聞いてみたのである。
「だったら、……」
ケッペルは今度は逆に正美に耳打ちをした。正美はチャーリーに、
「ノアトレインでケッペルスターの発着基地に行きます。あそこは一般人は入れませんから」
と言った。同様の事をキャロルにも耳打ちした。ゲルクにはケッペルが耳打ちして知らせた。
「しかし、ノアトレインに上手く乗れるか? 熱狂ファンが付いて来そうだぞ。ちょっと拙くないか?」
チャーリーは再び日本語で正美に聞いた。
「そうねえ、困ったわ。ノアトレインに強引に大勢乗り込んで来たら、事故の発生の恐れもあるわね。どうした
ら良いかしら?」
二人が困っていると、突然、キャロルが日本語で話しだした。英語訛りがかなりあるが、一応ちゃんと話が
出来る。
「ゴメンナサイ、ワタシスコシニホンゴワカリマス。コウシタラドウデショウカ?」
「あれっ! 日本語が分かるんだ。えっと、何か良いアイデアがあるのかな?」
チャーリーはビックリしたが、アイデアを聞いてみた。
「もう、人が悪いわね。日本語が分かるのに、さっきまで知らん振りしているんだもの、うふふふ」
正美も驚いて、しかし笑いながら言った。
「スミマセン、アマリジョウズデナイノデ、ハズカシカッタノデス。ソレデ、ココノダッシュツノホウホウデスガ」
キャロルは慎重に考えながら言った。
「ワタシタチト、チャーリーサンガ、ベツベツニコウドウスルノデス。レストランヲデタラ、フタテニワカレマス」
「ふむふむ、それで?」
チャーリーは熱心に聞いた。
「チャーリーサンハ、スバラシイキビンサガアリマスカラ、ファンノヒトタチヲフリキレマス。ワタシタチハマッスグ
エキヘムカイマス。チャーリーサンハ、トオマワリシテエキニキテクダサイ」
「なるほどねえ、確かにチャーリーだったら熱烈ファンに取り囲まれたとしても、上手く振り切れるわ。普通の
人の五倍以上のスピードで動けますからね。
誰も追いつけないし、捕まえられないわね。至近距離だったら、人間の目には見えないものね。良いアイデ
アだわ、キャロルさんさすが!」
正美はべた誉めにしたのだった。
「分かった。レストランを出て少し行った所で十字路があるから、皆さんは真っ直ぐ行って下さい。私は右に行っ
て、振り切ってからノアトレインの駅に向かうから。
じゃあ、お二人さん、ケッペルさんとゲルクさんにこっそり伝えて下さい。まだ食事の途中だけど、とても落ち
着いて食べていられないので、これで終りにしますから」
チャーリーの言葉はケッペルとゲルクにも伝えられた。
「それじゃあ、皆さん、時間も来ましたから、帰ることに致しましょう」
何かわざとらしくケッペルは言った。一応昼食代を払おうとしたが、勿論、レジの女性は受け取らなかった。
七、八人に取り囲まれた状態で、ぞろぞろと一行はレストランを出た。
「それじゃあ、ここで失礼します。ちょっと用事がありますので」
チャーリーの言葉もわざとらしかったが、熱烈ファンにはその真意など分かる筈も無かった。当然のように
ファン達はチャーリーの周りにつかず離れずぞろぞろとついて来たのである。殆どが若い女性だった。
『気持ちは嬉しいけど、とても相手をしていられないからね、御免!』
チャーリーは心の中で熱烈ファン達に謝罪して、行動を開始した。
「ヒュッ!!」
ファン達は風を感じた。ここは地下都市である。エアコンのゆるい風だったら感じた事があるが、それよりは
ずっと強い風だった。
「あれっ! 今の風は何?」
何人もの女子がきょろきょろと辺りを見回した。風の原因を探ってみたのである。
「ええっ! チャーリーがいない! ど、何処へ行ったの! ひょっとして今の風は、チャーリー?」
「オオオーーーッ!」
熱烈ファン達は悔しがったが、逆に激しい衝撃を受け、そして陶酔もした。
「目の前から消えた! 彼は神様だったのよ! おお、神よ、チャーリー、私は貴方を絶対に、この命を懸け
て信じます! この私の全てを捧げます!」
殆どの女子が両手を組んで、チャーリーを神と崇めて、祈りを捧げたのだった。
「ふう、お待たせ!」
チャーリーが少し息を切らして商店街の駅に入って来た。無論本当に息が切れている訳ではないのだが、
如何にもそれらしく見せる仕組みが上手く働いていたのである。
「ふふふふ、全然待っていないわよ。私達もついさっきここに着いたばっかりですもの」
正美は上機嫌でそう言ったのだった。