夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 程なくやって来たノアトレインに五人全員が乗り込んで発車した直後位だったろう、
「ああ、やっぱりチャーリーはここよ!」
 一旦はチャーリーを神と崇めたが、やはり側に居たいと思った熱烈なファン達は、鋭い勘を働かせて駅まで
辿り着いたのである。

 チャーリー達にとって幸いだったのは、間一髪のところでドアが閉じて走り出してから、彼女達が駅舎内に到
着した事だった。
 ノアトレインに乗って居たチャーリーを、ドアの閉じる寸前に駅舎の窓から目撃したのだったが、何処へ向
かったのかまでは分からない筈である。

 しかし、ファンの一人はケッペルを知っていた。
「ケッペルさんが一緒だったからきっと、ケッペルポイントに行ったのよ。そうに違いないわ!」
 そう叫んだ者があった。結局彼女達の内の何人かは尚しつこくケッペルポイントまで追い掛けて行ったの
だった。
 勿論、ケッペルスターの発着基地にまでは入れないことは分かっていたが、駅舎付近にたむろして、チャー
リーが帰ってくるのを待つ積りだった様である。

「しかし、上機嫌だね、正美さん。何か良い事でもあったのか?」
 ノアトレインに乗った後も、何故かニコニコしている正美にチャーリーは聞いてみた。
「ふふふふ、だって、凄い人気だとうことを改めて知ったのよ。それも、ここみたいに余り人の多くないところでこ
の位なのですからね、地上の都市だったらどんななのか想像が付くわよね。
 そのスーパースターとこれから当分一緒に居られると思うと、何かワクワクして来るのよね。さっきは、死刑
廃止論で揉めたけど、それはそれとして、世界の中心に自分が居る様な充実感というのかしら、そういう気分
に満ち溢れて来ちゃったのよ。何かとっても幸せな気分なのよ」
 正美は一種の陶酔感に浸っている様である。

「ふうやれやれ、ここにも一人チャーリー君の熱烈なファンがいたのか。おっと、余り言わない方が、良いのだっ
たな。アリャ遅かったか」
 ケッペルは自分が迂闊だった事を思い知った。正美は陶酔していたりスーパースターなどと言ったが、決し
てチャーリーの名前は口に出していなかったのである。
 ケッペルはうっかりチャーリーと言ってしまったので、効果は覿面(てきめん)だった。

『ひょっとすると、彼はチャーリー・クラストファーじゃないのか?』
 半信半疑だった車内の数人の若者達が側に寄って来たのである。
「あのう、チャーリー・クラストファーさんですよね」
 等と言って握手やサインを求められたり、しきりに話しかけられたり、中には怪力の噂を聞いているのだろ
う、鉄製のかなり太いボルトを取り出して、
「これを曲げてくれませんか。一生の宝物にしたいんです」
 等と言う者もあった。

「はははは、仕方がありませんね。それっ!」
 チャーリーは苦笑しながらも、要求に応えた。鉄製のボルトはあっけなくU字型に曲がった。人間の力では絶
対に有り得ない事である。

「オオオオーーーーッ!!」
 列車内の誰もが驚いた。ケッペルを除けば、ほぼ全員が、
『自分は神のそばに居る! ああああ、何という幸福な事だろう!』
 そんな陶酔感に浸り切っていた。ただチャーリー本人は何か苦々しいものを感じていた。

『俺は神様でも何でも無い。ただの出来損ないの人間だ。哀れなサイボーグに過ぎない。べらぼうな金食い
虫に過ぎないんだよな』
 自分に陶酔する者が多ければ多いほど、その気持ちはいっそう強くなって、尚更辛くなるのである。

『貴方は生きていてはいけないのよ!』
 ふっと、そんな台詞が頭の中に聞こえて来た。夢の中で鏡川キラ星が言った言葉が、鮮烈に蘇ったのだった。
『そうだ、俺は生きていてはいけないのだ。俺一人をこしらえる為に、金森田玄斎は数万人の命を奪った。とこ
とん利用して、数兆円の金に変えた。
 そのこと自体が誤りなのだ。つまり俺は誤って作られた様なものだ。しかし、俺はサイボーグに向いているの
だという。だけど凄い能力は別の方向から考えれば、お金の力に過ぎない。
 金の切れ目が命の切れ目。もうその金は尽き掛けている。命のともし火はもう余り永くは無い、せいぜい今
年一杯だろう……』
 チャーリーは自分の死期をその時、明確に悟った。

「さあ、着きましたよ。降りましょう!」
 皆がボーっとしているので、ケッペルは喝を入れる意味で、やや大きな声で言った。
「ああ、じゃあ、降りましょう」
 チャーリーがそう言うと、何故か他の客まで降りたのだった。

「チャーリー・クラストファー様、またお会い出来る日を楽しみにしております。さようなら!」
 そこに降りたノアの客達は、ケッペルポイントの基地内に入って行くチャーリーに、手を振って別れを惜しんだ
のだった。

「はい、またお会い出来る日を楽しみにしておりますよ」
 何も言わないのも心苦しいので、チャーリーは見送った者達に、そう言って別れを告げたのである。勿論形
式的な辞令だったのだが、彼等はその言葉にさえ感激したのだった。

「ふう、疲れますね。少し崇(あが)め過ぎます。ああ、何か違和感があるんだけどねえ。しかし、正美さん、
それにキャロルとゲルクさん、あなた方まで陶酔されては困ります。私はただのサイボーグなのですからね」
 チャーリーは釘を刺した積りだったのだが、三人とも陶酔感は続いている様である。

「さて、ここにはおあつらえ向きの部屋がありますぞ。私の個人的な研究室があるのですが、まあ、五人や六
人位なら入れますからな。
 親しい者達を呼んで意見交換をする部屋がありますから、そこで今後の事を話し合いましょう。と言っても、
私が関与するのは、今日限りです。さあ、もう直です。ああ、そこですから」
 ケッペルの研究室は、ケッペルポイントの駅から歩いて三分とは掛らない位置にある部屋だった。何回か廊
下を曲がって歩いて来ているので、駅から直接は見えないのだが、一本道に近く分かりやすい場所にあった。

「ガチャガチャッ!」
 一応鍵は掛けてあった。それを開錠して中に入った。部屋の中は書類の類が山積になっていて、如何にも
学者の研究室風だった。
 部屋の中に更に幾つもの部屋やベット、バス、トイレ、冷蔵庫、キッチン、ミニ会議室等もあって、長期に渡っ
て生活可能な様にしてあった。

「最近作って貰った、私のお気に入りの部屋でね。そこの会議室でじっくりと話し合いが出来る。さあ、まあ
座って。今コーヒーを作って進ぜよう」
 ケッペルは手馴れた感じで五人分を作ると、
「後は君達にお任せする。私は向うの部屋で研究活動をして居るから、用が済んだら、知らせてくれたまえ。
それでは失礼するよ」
 そう言いながら、銘々の座ったテーブルの上にコーヒーを置くと、自分の分を手に持ってさっさと居なくなった。

「はははは、最初からここにすれば良かった様な気がしますけどね」
 チャーリーは苦笑しながら言った。
「でも、ここでは余り食事はしたくありませんわ。書類の山に囲まれての昼食なんてぞっとしますもの」
 正美はコーヒーを啜りながらも、ちょっと苦言を呈したのだった。

「そうですね。ただ、今後は何処で落ち合うかも、今決めて置いた方が良いですね」
 ゲルクはそう言うと、上着のポケットから超小型のノート型パソコンを取り出した。どうやらそれがマネー
ジャーの手帳代わりらしい。

「その通りですわね。チャーリー様のスケジュールは殺人的ですのよ。よ、宜しいかしら?」
 キャロルはチャーリーを様付けで呼んだ。
「あ、あのチャーリーで良いよ。様を付けられると、何かこう落ち着かない」
 チャーリーはかなりくすぐったい感じだった。
「それは出来ません。私にとってチャーリー様は神様なのですから。何時でもお好きな時に抱いて下さっても、
ああ、いいえ、何でもありません」
 キャロルは激しい恋愛感情も垣間見せたのだった。

「しょ、しょうがないな、まあ、それで良いか。無理は禁物だからね」
 チャーリーは直ぐ諦めた。そういうことでエネルギーを費やしたくなかったのである。
「それでは改めて、申しますが、私は専らお金の方面を担当します。仕事の依頼を受けることや取捨選択も致
します。
 例えば、テレビ出演の依頼に対する出演料の交渉を致します。勿論出来るだけ高額の出演料を要求します。
それで宜しいですね?」
 先ずゲルクがビジネスの話を切り出した。

「はい。申し訳ないのですが、原則として低額の出演料の仕事は断って下さい。次の手術まで三ヶ月として、
最低でも一億ドルは稼ぐ必要があります。
 私の体には極めて高価な部品が多々使われているので止むを得ません。それと、拘束時間の長過ぎるも
のも断って下さい。サイボーグの体には時としてアクシデントが有り得ます。不測の事態の為に出演時間は
短い方が良いのです」
 チャーリーは傲慢かも知れないと思ったが、
『最早遠慮などしていられる場合ではない!』
 そう強く感じていたのである。
『死期は近い!』
 そのイメージも関係していただろう。

「それから私の仕事ですが、チャーリー様の秘書として、行動計画、つまりスケジュールの一切を取り仕切り
ます。ゲルクさんとも話し合って最良のスケジュールを調整いたしますが、健康面は植田正美さんとよく話し
合って決めますので宜しくお願いします。
 それであの、多少なりともナイスバディだと自負しておりますので、タッチは何時でもOKですわ。キスも勿論、
それ以上も」
 キャロルはあからさまに性的な誘いの言葉を言ったのだった。

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