夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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チャーリーは最初はごくゆっくりと体を動かし、新品のローラースケートに慣れることから先ず始めたのである。
「うーん、腕が羽になっていると、意外と滑り難いな。振ることが出来ないからね」
そう思いながらも、時折羽を少し広げてみて、ニューミニハングライダーの使い勝手を確認した。
十分ほどしてスピードをかなり速く出せる様になると、少しジャンプしてみた。時速にして百五十キロ位出てい
る。ちょっとのジャンプでも五十メートル位は軽く飛んでしまう。
更に十分位して、今度はかなり思い切って飛んでみた。時速は百八十キロ。羽を少ししか広げていないので
スピードは相当に速い。
「オオオオーーーーッ!!」
少し飛んだだけで大袈裟な位の歓声が上がる。チャーリーは無論その歓声は殆ど無視である。一々構って
いたのではジャンプをしくじる恐れがあった。それ位のスピードが出ているのだ。
更に十分位していよいよ高く飛び上がることにした。ただスピードは最初は少し抑えた。うっかりすると飛び
上がり過ぎそうだったからである。
こうして小一時間程で相当自由に飛び上がり、またかなりの急ブレーキも掛けてみたりして、羽の性能や自
分の体の機能が破壊されないかどうかを確認したのである。
「十分練習出来ました。もう時間的にも限界ですから、出発します。お世話になりました。じゃあ、皆さんまたお
会致しましょう!」
あっさりと言って、見守っている連中に不自由な手の先だけを振ると、相当に力を出して滑走して出口に向
かった。出口付近にも空軍の連中が多数見送りに来ていたのだった。
「それじゃ!」
時速は二百キロを超えていただろう。見送る連中の方は全然見ずに声だけで別れを告げて、滑走路の端
の少し手前で飛び上がり、そのまま少し羽を開いて飛び出して行ったのだった。
ケッペルの言った通りにスキーのジャンプ競技の飛び出しの気分で飛び出したのである。ただ、スキーの
ジャンプの場合は速くても時速九十キロ位なので、その二倍以上のスピードならば、飛距離はそれだけで三
百メートル位にはなるだろう。
チャーリーは羽を持っているので、千メートル以上の飛距離にはなる。更にスキーのジャンプ台より遥かに
高い位置からの飛び出しなので、軽く三千メートルは飛ぶことになる。実際には余程の事が無い限り、五千
メートルは超えるだろう。
右へ右へと大きく回り込んで海へ向かって飛べば空軍基地が見える筈である。巨大な基地なので天気さえ
良ければ見逃す事は無い。
大型ヘリコプターのある位置は直線距離にしておよそ三千メートル先。余裕を持って飛べる位置にあったの
だった。ケッペルの計算に誤りは無かったのである。
『右に旋回の時は左の羽を少し広げるか右の羽を少し畳むか、或いは右を下に体を傾ければ良いんだよな。
ケッペルスターの発着基地だと、大半が地下だから、幾ら広いと言っても思い切った旋回等は出来ないから
ね。余り練習は出来なかったな。
羽の開閉は加減が難しいから、緩やかに回るんだったら体を傾けた方が良い様だな。兎に角失速だけはし
ないようにしないとね』
チャーリーは用心深くちょっとずつ旋回して行った。
『ああーっ! しかし外は気持が良いねーっ! これだけスピードが出ていると風が強くて暑さも気にならない
し、湿気も吹き飛ぶから爽やかだしね。
あれっ! ずっと先の方に海が見える! ははーん、その手前が空軍基地だな。大型ヘリコプターは、はは
はは、ここからだと小さくしか見えないけど、確かにケッペルさんの言った辺りに一機だけあるぞ」
ケッペルに空軍基地の位置や大型ヘリコプターのある位置などを聞いて来ていたが、確かに言った通りだっ
たので安心した。
『それにしても素晴しいスピードだ。多分今は時速にして二百五十キロ位だろう。弓矢と同じ位のスピードだ。
うーん、ぐんぐん近付いて来る。この調子だと到着まであと一分も掛らないだろうな。
ああ、このままずっと生きられたら良いのにな。……無理だろうな。おや、大型ヘリコプターの側で何人かが
手を振っているぞ。ああ、正美さん、キャロル、ゲルク、それと男性が一人、あれはアーノルドさんだな。彼も一
緒に行くのかな? 話は聞いていないけどね、どうなんだろう?』
少し疑問を感じたが余り気にしないことにして飛び続けた。
『おやっ! ヘリコプターが回転翼を回し始めたぞ。そうか、時間が無いから到着次第発進する積りなんだ。
いやはや忙しくなったものだな。
売れっ子のアイドルスターは、殺人的スケジュールをこなすと聞いた事があるけど、こんな感じなんだろうな。
本当に大変なものだな』
チャーリーも一度位は売れっ子のアイドルスターを羨ましいと思った事があったが、今は全くそう思わなかった。
実際にはやたら忙しくて精神的に目眩を感じるばかりであることに気が付いたからである。
『おっとそろそろ着陸態勢に入ろう。しかしアナログ可変翼は中々具合が良いぞ。制動距離を相当に抑えられ
る。上手くすると着陸してから殆ど走らずに着地出来るぞ。ううむ、やってみようか?
まあ、今は数十メートルの滑走で止る事にしておこう。ここまで期待されてこけたら格好が悪いからな。はは
はは、しかし今頃になって、俺を世話した美人の女性兵士達の悩ましい姿が思い浮かんで来たな。
お風呂場では濡れると拙いからか、ショートパンツとTシャツだけだったし、熱心に洗ってくれたから、胸やら
お尻やらがかなり触れたんだよね。
ふう、しかしあの時は緊張していたし、何か裏があるかも知れないと思って用心していたからな。来る筈はな
いんだけど、ひょっとして林果が何処かに隠れて見ているんじゃないかと気になっていたからね。ふう、いかん
いかん、性的興奮は今は拙い。もう到着だからね』
思っていたよりもずっと上手く飛べている解放感からか、性的興奮状態になりつつある気持ちを抑えるのに
少し苦労していた。
「ガシッ!」
心に乱れがあるせいか着地にちょっとだけしくじった。やや強く着地の衝撃を受け、予想以上に制動距離が
伸びてしまったのだった。
「ブワッ!」
下手をすると待っていた者達か、ひょっとするとヘリコプターに激突する恐れがあったので、かなり慌てて可
変翼を一杯に開いてスピードを抑えた。
「ブラボーッ!!」
幸いな事に、可変翼の効果が上手く行って、彼らの数メートル手前でサイボーグのチャーリーはピタリと静止
する事が出来たのである。
待っていた者達は、それが予定通りだと思ったらしく、歓声を上げて拍手喝采したのである。
「はははは、何とか上手く行きました。やれやれ遅くなりましたね。早速乗って行きましょう」
チャーリーは本当は恥ずかしさで一杯だったのだ。その気持ちを誤魔化す為に早くヘリコプターに乗る様に
催促したのである。
「いや、それにしても着地もお見事でした。それにあのスピード! 正に矢の様に速かった。何と言うかもう感
激して言う言葉がありませんよ」
アーノルドが真っ先にそう言ったが、他の者達も同様に感じていたらしく、特にキャロルは目に涙さえ浮かべ
ていたのだった。いや、正美も相当にグッと来ているらしかったし、ゲルクも感激の涙に咽んでいたのだった。
「ああ、感激して下さって有り難う御座います。本当は着地に少し失敗したのですが、新しい、その、ニューハ
ングライダーの可変翼に救われました。
本当はもう少しで転びそうだったんですよ。我ながらちょっと情けないですよ、全く仕方の無い男です、若い
女性の色気にその、いや、兎に角乗りましょう。ああ、でもアーノルドさんはどうしてここに?」
チャーリーはアーノルドがそこに居る事が不思議だったのだ。
「いや、私はケッペルさんから連絡を受けて、矢も楯も堪らずにここに来たのです。空を飛んで来ると聞いてね。
ただ他の者達には遠慮して貰いました。
余り大勢が居たら、ここに着地出来なくなると言って、ちゃっかり自分だけ来たんです。はははは、呆れた男
ですね、自分は。
人には来るなと言いながら、自分はリーダーの特権を振りかざして来ているんですからね。しかしそれほどま
でに我々は貴方を崇拝しているのですよ。神のごとくにね。
ああ、私はこれで失礼する。それではご幸運をお祈りしておりますよ。何かこう貴方は本当にアメリカのシン
ボルになるような気がして来ましたよ。じゃあまた!」
アーノルドはチャーリーをべた誉めにして帰って行ったのだった。
「ふう、こうして黙って立っているとニューミニハングライダーの重さを精神的に感じますね。じゃあ、ヘリコプ
ターに乗りますよ」
感激の余りになのか、中々ヘリコプターに乗ろうとしないので、チャーリーはローラースケートを先ず脱いで
から率先してヘリコプターに乗り込んだ。彼の後に、正美、キャロル、そしてゲルクが最後に乗り込んだ。
レディファーストの国ではあるが、無論チャーリーを責める者は居なかった。ヘリコプターはかつて一度位は
乗った事のある、VIP用の内装の豪華なヘリコプターだった。
チャーリーはヘリに乗ると直ぐ、ニューミニハングライダーの装着を外した。パワーがあるので重くは無いが
かなり窮屈に感じていたのである。
「ふう、やれやれ、ああ、もう飛ぶんですね。新しいハングライダーの練習に、一時間位掛ってしまったので遅
れました。どうも申し訳ない」
チャーリーはしっかり頭を下げて謝罪したのだった。三人は恐縮したがヘリコプターが発進すると、早速夕
食の支度に取り掛かるようである。備え付けの冷蔵庫には既に調理済みの物も含めて、色々と食材が入って
いた。