夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
279
「さあ、少し早いのですが夕食に致しましょう。さすがはVIP用のヘリコプターですわね。色々揃っていますわね。
でも、ゆっくりはしていられません。
オーランドの競技場まで40分で到着するそうですから、ここは簡単にハンバーガーとスープという事にして下
さい。今レンジでチンしますから」
照れ臭そうにそう言ったのはキャロルだった。
「そうね、VIP用のヘリと言っても、火を使うのはご法度ですしね。えへへへ、でも本当は料理がへたくそなんで
すけど、私はね。キャロルさんは料理の方はどうなの?」
正美が聞いたが、キャロルは次々に電子レンジでハンバーガーを温めるのに忙しそうにして、ハッキリとは
答えなかった。
『ははーん、キャロルも料理は苦手なんだろうな、多分』
他の者達はそんな印象を持った。レンジでチンする位、男でも簡単にやれるのだがキャロルは率先してやっ
ていたのである。
「どうぞ冷めない内に召し上がれ。私も直ぐ後で頂きますから」
キャロルはテーブルの周りに座っているゲルクとチャーリーに、紙袋に入ったままのハンバーガーを手渡し
した。
「さあ、クリームスープも出来ましたわ。今カップに注ぎますから」
電磁調理器で正美は鍋に入れたスープを温めていたのだが、それも出来て各自の前に置かれたマグカップ
に、次々に注いで行った。
本来なら深皿を使うのだが、それだとスプーンも必要な為、なるべく皿洗いなどの手を抜ける様に、マグカッ
プにして飲む事にしたようである。そのマグカップで後でコーヒーも入れて飲ませる積りの様だった。
「さて、それでは話を始めましょうか」
全員がテーブルの周りに座って、少し早めの夕食を取り始めてから、ゲルクが切り出した。
「はい、今夜の予定は聞きましたが、明日朝早くの事は聞いておりませんからね」
チャーリーはハンバーガーとクリームスープを美味しいと誉めながら言った。実際ただ温めただけの物にし
ては美味しかったのである。
「うふふふ、VIP用のハンバーガーの味は格別ですわね。市販のハンバーガーも何度かレンジでチンして食
べた事があります。
それなりに美味しかったのですけど、でも、これには敵わないですわねえ。……あっと、それでは説明いたし
ます」
キャロルはVIP用として冷蔵庫に入れてあった、ハンバーガーの美味しさに目を見張りながら食べていたの
である。その為か少し説明が遅れてしまったのだった。
「明日の朝はコマーシャル撮影があります。今回は空を飛ぶ必要はありません。ただ得意のローラースケート
を使うそうです。
自動ドアの会社なんですけど詳細は聞いておりません。内容は極秘だそうです。その撮影に十二時間掛け
ます。一時間に一つずつで十二通りのパターンの撮影だとのことです。
月替りで放映して行くらしいですわ。でも放映の仕方まではこちらの知ったことではありません。ギャラの方
はゲルクさんお願いします」
「はい、キャロルさんが言うように、放映の仕方に注文はありませんが、その期間には制約があります。放映
期間は一年間。
毎月十万ドルずつということで、一年で百二十万ドルで請け負いました。仮にそのコマーシャルを翌年以降も
使うとすれば、一月当り、やはり十万ドルずつ支払う事になりましたが、それで宜しいでしょうか?」
ゲルクは多少不安げに言った。テレビ番組の出演料に比べると少し安いと思ったのである。
「ふうむ、拘束時間はかなり長いのですね。まあ、ギャラはそれで良いでしょう。朝は何時から、何処で始める
のですか?」
チャーリーはあっさりと了承して、今度はキャロルに必要事項を聞いた。
「早朝六時からですわ。幸いなのは撮影場所はこれから行く同じオーランド競技場なんです。ですから近くの
ホテルに一泊して遅れない様に競技場に行けば宜しいのですわ。
早朝の理由は競技場は午後七時からテレビの番組で使う予定があるからだそうです。それで夕方六時まで
に終了が絶対条件ということで早朝からの撮影という事になったらしいですわ。
十二時間の拘束は余裕をみての話らしくて、実際には半分の六時間位で終るそうです。少なくともそういう
腹積もりらしいですわ。アクシデントが無ければですけど。食事は朝昼晩の三食とも競技場内でのお弁当にな
るそうです」
「それに付け加えれば、撮影が早く終ってもギャラに変動は無くて、そのまま解散だそうですよ。従って拘束時
間は六時間で終る事も有り得ます」
ゲルクが補足して言った。
「なるほど分かりました。その後はどうなんですか? その日はそれで終了ですか?」
「いいえ、夕方七時から今度はテレビ番組に生出演が待っています。それには正美さんも出演して頂きます
から」
「えっ! き、聞いていないわよそんなこと! 何時そんな事が決ったのかしら!」
正美は慌てて少し怒り気味に言った。
「済みません、ついさっき、チャーリー様が来る少し前にケータイで、テレビ局の方とお話して決めました」
「はい、その方がギャラが良いという事で急遽決ったのです。午後九時までの二時間で二十万ドルです。本
当に勝手で申し訳ないのですが、その内の一万ドルは正美さんにお渡し出来ますが、もしどうしてもお嫌だっ
たらお断りしますが……」
キャロルの補足をまたゲルクがしたが、
「え、私も貰えるんですか、その、一万ドル? まあ、それだったら我慢しますけど」
ギャラを貰えると聞いて、急に正美の態度は変った。
「はい、チャーリー様お一人だと十万ドルだけだったのですが、何時も一緒に正美さんが付いていて、何かと
世話をしている旨お話したら、是非一緒に出て欲しいと言う事になりました。
それでギャラの交渉をして、上手い具合に二倍のギャラを出させることが出来ました。チャーリー様はそれ
で宜しいでしょうか?」
「ああ、私は構わないけど、どんな話をするんだ? 余り過去を根掘り葉掘り聞かれるのはちょっと拙いんだ
けどね」
チャーリーは調子に乗ってうっかり事実を話してしまいそうで、そのうっかりが怖かった。
『生放送だと、ついうっかりが出易いからな。正美さんに多少はフォローして貰えるだろうけど、限度があるし
ね、その方面の話はしないに越した事は無いからな』
そんな事を感じていた。
「ああ、あのう今コーヒーを入れますから」
今度はゲルクが立った。
「ああ、私がやりますから」
キャロルも立とうとしたが、
「いや、あまりじっと座っていると健康に良くないそうですからね。ええとマグカップはそのままで良いですか?
お嫌でしたら洗いますが?」
「いや、このままで良いよ。洗う手間が省けるし、洗う回数が減ればそれだけ地球環境にも良いしね、ははは
は」
チャーリーの笑いながらの一言に皆従った。最初からその積りではあったが、もし彼が洗った方が良いと言
えば、皆洗う事になっただろう。チャーリーはそういう存在になっていた。
「コーヒーを入れると言っても、冷蔵庫に入れてあるパック入りの奴を温めるだけですから。電磁調理用の鍋
に入れてまあ、五分もあれば温まりますから。その、キャロルさん生放送の中味を皆さんにお話して下さい」
「はい、それでは少し説明致します。一応トーク番組なのですが、随所にチャーリー様のパワーを見せて頂く
事になっています。
ただ事前に、チャーリー様は過去の記憶が曖昧で聞かれても殆ど答えられないと言ってありますから、その
点は大丈夫だと思います。
それで正美さんにはサイボーグについて少しお話して頂く事になっています。ただ、余りグロな事は話さない
で下さい。それと下ネタも原則禁止です。
その番組のスポンサーは大統領と関係のある企業ですから、彼のイメージアップに繋げる内容にしたいらし
いからです」
「はい、お待たせしました」
そこでゲルクが鍋に入れて温めたコーヒーを持って来た。零さない様に慎重に各自のマグカップに注いで行く。
コーヒーの良い香が狭い機内一杯に広がった。
「おお、いい香ですね。コーヒーはこの香が命だ」
「はははは、これもVIP用だからか、なんとも美味しいですね」
チャーリーが言うと、すかさず自分の入れたコーヒーを賞味したゲルクが言った。
「ああ、本当に美味しい。気持ちが落ち着くわね」
「本当ね、何か癒されますわね」
ギャラやらスポンサーの背景やらの現実の圧力の話が続いて、幾分尖った気分だったキャロルと正美もしば
しうっとりした気分になったのだった。
「ああ、もう競技場が近いわね。向こうの方に見えて来ましたわ」
コーヒーを啜りながら、ふと夕暮れ時のオーランド近郊の街並みを眺めていた正美が言った。
「あっと、言い忘れておりましたけど、このヘリコプターの到着も撮影されるようですわよ。私達がヘリから降り
るところも写されて、番組で使われる可能性があるそうです」
「もう、それを早く言ってよ。私のこの格好が写される訳? もう堪らないわね、知っていたらちゃんとして来た
のに!」
折角の和やかな雰囲気がキャロルの一言であっけなく崩れ去った。
「でも、アップで写すのはチャーリーさんだけだそうですから、それほど気になさらなくても。ああ、もう直着きま
すわね。そろそろお開きにして降りる支度を致しましょう。
それとチャーリー様はスケートとそのミニハングライダーも装着して下さい。そのスタイルで降りるところを撮
影したいという事でしたので」
キャロルは又も言い忘れてしまったと後悔し、顔を真っ赤にして謝罪した。