夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 如何にも申し訳無さそうにキャロルが謝った事で、その場はそれで収まった。程なく、暑い夏の、風も無い夕
闇迫る中、軍のVIP用の大型ヘリコプターは競技場のほぼ中央に降り立った。
 オーランド競技場の特に中央付近は照明が灯され真昼のような明るさである。それは勿論ヘリコプターの
着陸を容易にする為のものだった。

 近くにはテレビカメラや司会者らしい男性や、アシスタントの若い女性、その他のスタッフが大勢出迎えた。
競技場のあちらこちらには、これから行われる種々の超人競技用のセットらしいものがスタンバイされていた。
 間も無くヘリコプターは大勢に見送られて飛び立ち、帰って行った。ヘリコプターが去ると、それを待ってい
たかのように、不要な部分の灯りは落とされ、明るいのはチャーリーの居る辺り半径三メートル位に絞られた
のである。一つには節電の為に、もう一つは演出の必要性からだった。

 各セットの近辺にもスタッフや出演者らしい者達が居て、相当に大掛かりな番組の収録らしい事が分かる。
チャーリーは自分の格好が、如何にも場違いな感じがして恥ずかしかった。
 それを察して、司会者達はそのスタイルについては一言だけ言うのに止めて、それ以上余りそのことには触
れないことにしたようである。

 司会者も含めて全員が比較的ラフで露出の多い格好だった。辺りはすっかり暗くなっていたのだが、猛暑が
続いていて、気温が摂氏三十五度ほどもあったからだろう。
 少し良かったのは先ほどから風が出て来たことである。随所に置かれた巨大な氷柱が、周囲に冷気を漂わ
せていたので、風が吹くとひんやりした冷感があり、外ではあったが幾らか過ごし易いのだ。

「……、初めまして、司会のアンディーです」
「初めまして、アシスタントのキャシャーンです」
「初めまして、チャーリー・クラストファーです」
 司会者が一人だけでミニハングライダーやローラースケートについて簡単に言った後は、出会いの挨拶を
一しきりして、早速仕事に入った。先ず彼が競技に関する説明の口火を切った。無論数台のテレビカメラは
ヘリコプターがやって来た時からずっと回っている。

 カメラはヘリコプターから降りて来た時には、正美、キャロル、そしてゲルクもしっかりと撮影したが、挨拶が
済むと彼等は蚊帳の外になった。映像の殆どはチャーリーを中心に回っていたのである。
 やがて彼等は他のスタッフの案内で、競技場の一角に設けられた、控えの席に移って行く事になった。そこ
で時々意見を言う事になるようである。

「ここで行われる競技は通常の競技とは異なりますが、その道の世界チャンピオン達がチャーリーさんを今
や遅しと待ち受けております。
 競技種目は一応十種類ほど用意いたしました。ただ、チャーリーさんは大きなハンディを背負っていらっしゃ
います」
「大きなハンディですか? それはどういうことでしょうか?」
「はい、ここで支度されている競技の知識が無いと思われるからです。何をするのかご存知ですか?」
「いや、何も聞いていません。まあ、一つだけ、ジャンプ競技の様なものがあるという事は聞いておりますが」
「そうで御座いましょう。そこで、どの競技にするのかは、今のジャンプ競技というより飛行競技ですが、それを
除いて貴方が何を得意とするのかを言って頂く事にしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「はははは、それは好都合ですが、競技と言われましても、沢山ありますからね。何をどう考えれば良いもの
やら」
 チャーリーにはさっぱり分からなかった。

「はい、そこで、私共は、幾つかのパターンを考えました。パワー系の競技は大きく分けて三通りあります。
一つは正に力そのもの。重量挙げなどですね。
 もう一つはスピードを競うもの。短距離走もありますが、その中にはマラソンの様な持久走等も含まれます。
そして最後の一つは正確さを競うものです。アーチェリーなどがそうですね。
 そこでチャーリーさんは何が得意か、それを仰って下さい。ただ、苦手なものも混ぜて頂きます。チャーリー
さんの得意技や苦手な物の中で私共がご用意した、世界チャンピオンが一種のハンディをつけて相対します
から。全部で九種類選んで頂きます。
 得意なものは、チャーリーさんが勝たなければなりませんが、やや苦手なものは引き分けでも勝ったと見做
します。
 それからすっかり苦手なものは、負けても僅かの差であれば勝にさせて頂きます。それで、それらの競技が
全て終了した後で、いよいよラストの飛翔競技に移らせて頂きます」
 キャシャーンは滑らかに淀みなく喋った。かなりの美声でもある。その唇にチャーリーは相当のセクシーさを
感じて内心かなり困った。

『ああ、中々魅力的な唇だ。声も素敵だし、背の高さも俺とほぼ同じ位だし、プロポーションも顔立ちも美しい。
ちょっと参るな、美人過ぎるよ!』
 その気持ちは不快そうな表情として現れた。傍目にはアシスタントの彼女が嫌いな様にも思える。
「ああ、その、分かりました。簡単に言えば、得意なものと、やや苦手なもの、全く苦手なものを三つ位ずつ選
択すれば良いんですよね?」
 チャーリーは少しだけ体を後ろに逸らして話した。かなり接近して話していたので、このままではキスしてしま
いそうだったからである。しかしその行為は彼がキャシャーンをあからさまに避けたのだと思われた。

『チャーリーさんはキャシャーンがかなり嫌いな様だぞ! 顔をしかめて少し逃げ腰になっている!』
 その場に居合わせた、大半の者はそう思ってしまったのだった。キャシャーン自身もその一人だった。
「はい、その通りで御座います。先ず最も得意なものは何でしょうか?」
 司会のアンディーは気を利かせて言った。嫌っているキャシャーンと話すのはチャーリーにとっては勿論の
事、キャシャーン自身にとっても辛い事だろうと思ったのである。

 しかし当のチャーリー自身はそうは思っていなかった。嫌いどころかむしろ大好きなのであるが、だから困る
のである。それこそ、ひょっとして二人きりになり、誰も見ていなかったら、うっかりして暴走する恐れがあった
のである。死期が近いことを悟っているチャーリーには、性的な暴走が起り得る。彼自身その感情を抑え切れ
るかどうか自信がなくなりつつあった。

「そうですねえ、得意なのはスピードかな? 次がパワーそのもの。最後が正確さでしょうかね」
「なるほど、先ずはスピードなんですね。そう言えばローラースケートがお得意だとか。そう来るだろうと思って
おりましたよ。
 ただここは競技場ですからね、ローラースケートはちょっと拙いと言いたい所ですが、ご用意致しましたよ、
ぐるりを御覧下さい!」
 アンディがそう言うと、一旦落とされていた周囲の明かりは再び灯されて、板張りのかなり傾斜のきつい、競
輪場のようなすり鉢型の競技場が、オーランド競技場の内側にもう一つ作ってあったのだった。
 先ほどまでは布などで覆われていて、照明も暗かったのでそれとは分からなかったのである。今はその布も
取り払われて、一周約五百メートルの走路が現れたのである。
 本来は一周四百メートルのコースなのだが、それは一番内側を走った場合であって、内側の壁すれすれの
位置の距離は一周五百メートルにもなるのだった。

「はははは、見事な物ですね。それでここを滑れば良いんですか?」
「はい、そうですが、我々も考えました。普通では先ずチャーリーさんに勝てないでしょう。そこで風変わりなロー
ラースケーターをご紹介致しましょう。エンジン付きローラースケートの第一人者、ミスターローラーマン!!」
 高らかに紹介されたその人は、既に板張りのローラースケート場にスタンバイしていたのである。今度は彼
にスポットライトが浴びせられたのだった。

 今回は一般の観客は居なかった。その代わりタレントの卵達が観客兼応援団として大勢動員されていたの
である。
 更に華やかさを演出する為に、チアガールやブラスバンドも来ていた。チアやブラスはアマチュアの団体な
のだが、活動資金を稼ぐ為にテレビ局や映画の撮影などにしばしば協力していた。いわゆる出演料ではなく、
撮影協力費として幾ばくかの収入がある。
 ギャラが安いからと言ってタレントの卵達やチア、ブラスなどの者達は手を抜くことは無い。上手くすれば本
格的にタレントなどに抜擢される事も有り得るからである。

 実際アシスタント役のキャシャーンは元はその団体のチアガールだったのである。その美貌と明るい笑顔が
話題を呼び、今はタレントとして幅広く活躍している。
 今回この番組のアシスタントに選ばれたのは、美貌だけではない、喋りの上手さからの大抜擢であったの
だが、事態は思わぬ方向へ向かおうとしていたのだった。

「さて、私達も向こうに行きましょう。キャシャーンはここで待っていて下さい。ちょっと遠いですからね」
 アンディは何処までもチャーリーに気を使っていたのである。幸か不幸か、チャーリーにはその辺の事情が
分からなかった。
 予めその予定なのだと思っていたのである。何の疑問も持たずに、
「ああ、そうですか、じゃあ、行きましょう」
 すんなり了承してしまった。

 ローラーマンはまるでアメリカンフットボールの選手の様な格好でスタンバイしていた。一通りの挨拶が済むと、
「さて、ローラーマンの足にご注目下さい。ローラースケートと言うよりは、超小型のモーターバイクを二つ足
に括りつけている様なものです。動力は小さいながらも本格的なガソリンエンジン。
 今回は数多くの競技が御座いますから、ぶっつけ本番、互いに相手をよく知りませんが、直ぐに勝負と行き
ましょう。
 ルールは簡単明瞭。ここをスタートして十周して頂きます。つまり五千メートル競争です。それで宜しいでしょ
うか?」
 アンディは自分も余り知らない状態で判断を競技する二人に任せたのである。

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