夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「なるほど、それで五人のチャレンジャー達は防護服に身を固めているのですね?」
ゲルクは男の意地に懸けても弱みを見せまいと、如何にも冷静そうに言った。
「ええ、そうなのですが、少し違います」
「少し違うと言うと?」
今度はキャロルがテレビでの放映を意識して平静に言った。ここでもテレビカメラは回っている。編集でカット
されるかも知れないが、放映されないとも限らないので、怯えた表情を長く見せられないと思ったのである。
「これはここだけの話なのですが、本当は出演を渋っていたのです。ダウクーガーを一撃で倒したという噂の
ある、人間ではないサイボーグと戦うんじゃ、身が持たないと言って、拒否し続けていたのです。
しかしそれでは番組が盛り上がらないとスタッフが知恵を絞った結果、窮余の一策として、最強の防護服を
使うことでやっと承知して貰ったのですわ」
キャシャーンは努めて冷静に話していたが、内心では、
『私は何故だかチャーリーさんに嫌われてしまった。ああ、どうしてなのかしらねえ……』
そんな憂鬱な気分を隠しての話し合いだったのである。
「ここからだと小さくてはっきりしないけど、テレビのモニターでみると、アメリカンフットボールのような
ごつい防護服に身を固めているわね。
でも、過信しない方が良いですわよ。チャーリーのパワーは計り知れないものがありますからね。一番良い
のは彼を怒らせないことね。
普段は本当に優しくて素敵な男性なのよ。でも怒ったら恐ろしい事になる。彼が本気で引っ張れば、人間の
手足なんか、簡単にもぎ取れてしまうのですからね。ああ、済みませんちょっと言い過ぎたわね、御免なさい」
正美は番組の趣旨に相応しくない事を言ってしまったと思って謝罪した。
「えええっ! そうなんですか! こ、怖いわね……」
キャロルの百年の恋はその時点で冷めてしまった様である。正美は内心ではしめたと思った。
『ふふふふ、口ほどにも無い。所詮はガキね。うっかり口が滑ったけど、どうせ録画だから、今のシーンはカット
されるかも知れないし、災い転じて福となすってこの事ね!』
嬉しくてつい顔がにやけてしまった。勿論慌てて普通の表情に戻したが。
その様な裏事情など、勿論チャーリーは知らなかったが、兎に角ゴーサインのピストルは、
「パーンッ!」
横一列に並んだ状態で、撃たれたのである。早速賑やかな応援が始まった。殆どがチャーリーに対するも
のだった。
「先に行かせるな!!」
五人の内のリーダーらしい男が大声で叫んだ。チャーリーの前で五人は併走しながらスクラムを組んで走った。
ところがそうすると、右端か左端が開いてしまう。
チャーリーはその隙を狙って右や左に移動するのだが、その度に一旦スクラムを解消して、隙間を埋めるの
である。しかし徐々にチャーリーもそのやり方に慣れて来て、とうとう一人の選手の左横に並んでしまった。
一旦抜かれたら、もうスピードでは勝てない事を知っていたので、つい拳でチャーリーの顔面を殴ってしまっ
たのだが、そう来る事を読んでいた。
「ガンッ!」
パンチの来た方向に頭を振って、カウンターで側頭部での頭突きをした。普通なら有り得ない位置の頭突き
だったが、チャーリー自身はその威力をよく知っていた。
「ウアーーーーッ!!」
軽くぶつけただけに見えたが、男の拳の骨が砕けていた。偶然もあったが、絶妙のタイミングで頭突きが
決ってしまったのである。
男は悲鳴を上げて、自転車ごと引っくり返ってしまった。直ぐに救護班が走り寄って来て、タンカで選手を臨
時に作られた医療施設に運んで行った。勿論自転車も片付けられたが、怪我人が出ることも予想していたの
だろう、実に手際が良かったのである。
『ふう、大丈夫そうだな、やれやれ』
チャーリーはノロノロと走りながらその様子を見ていた。命に別状無さそうだったので、安心して再び猛スピー
ドで、四人になってしまったパワーケイリンの選手達に、追いついて行ったのである。
既に一周していて残り一周になっていた。何とか逃げ切ろうと躍起になっていたのだが、あっと言う間に追い
つかれてしまった。
『畜生、仲間の仇だ、思い知れ!』
リーダーは反則と知りながらも、勝つ為にチャーリーに体当たりを試みたのである。半ば偶然を装っての事
だったが、間一髪でチャーリーに上手くかわされてしまったのだった。
「ウワーーーッ!!」
勢い余ったリーダーは外側の壁に激突し、転倒してこれも自転車諸共斜面を転げ落ち、内側のコースの端
から更に数メートルほどコースアウトしてやっと止り、その衝撃で気絶してしまった。
彼がそこまでしたのにはちょっとした訳があった。勝てばギャラを二倍出すと言われていたからだったので
ある。
『拳を痛めた奴の治療費を捻出する為には何が何でも勝つ必要がある!』
そう考えての事だったのだ。しかしそれも幻となって消え去った。転倒気絶から十秒ほどでもうチャーリーは
ゴールインしていたのだから。
場内は大歓声。チャーリーの名前を連呼する大興奮状態になった。それに対してチャーリーは苦笑しなが
ら、手を挙げて声援に応えたのである。
「いやー凄い戦いでした。二周目の体当たり攻撃をよくかわしましたね。見ていて本当にハラハラしましたよ。
場内の大歓声はその戦いぶりに対する声援でもあるみたいですよ。ちょっと苦笑いされていたのは反則で来
たからですか?」
「いや、こんなに怪我人を出しての勝利ですので、素直には喜べませんでした。でも折角声援してくれている
のに、何もしないのも悪いと思って、笑おうとしたのですが上手く笑えなかったのです。結果として苦笑いになっ
てしまいました。出来れば次は怪我人の出ない競技が良いですね」
チャーリーの本心だった。
「ああああ、お優しい気持ちなのですね。本当に素晴しいです。ですが、ゆっくりはしていられません。さっそく
次の競技ですが、まあ、もうお分かりでしょうが、こちらで準備した競技以外は出来ません。
最初からそう言えば良かったのですが、番組の進行の都合上そうなってしまいました。申し訳御座いません。
それでこちらから言いますと、次の競技は、やはりこのコースを使いますが、今度は極めてシンプルにスケ
ボーとの対戦です。
またまたエンジン付ですが、今度のはミニジェットエンジン付です。このコースは本当は彼の為のものだった
のです。
今日の為にわざわざ日本からやって来た、ソータロー・タカハシ君です。ソータロー君、どうぞこちらへ来て下
さい!!」
どうやら真打登場ということらしかった。今まではチャーリーに対しての応援が圧倒的だったが、ここに至って
初めて挑戦者に対する大声援が起こったのである。
「やあ、いらっしゃい。今のお気持ちはどうですか?」
「まあ、どうって事は無いですね。僕が勝ちます!」
いわゆる膝当てや肘当て、ヘルメットなどを被ったスタイルで現れたのは、かなり生意気な少年の様である。
「おやおや大変な自信ですね。それもその筈です、ソータロー君は、ジェットスケボーの世界チャンピオンで
あり、この様なコースで最高時速二百キロをマークした事もある天才少年なのですからね。ええと何才でし
たっけ?」
アンディは知っている年令を敢えて聞いてみた。
「十六才。おっちゃん、早くやろうぜ!」
日本人にしては達者な英語だった。
「はははは、それでここを何周するのかな?」
「二十周だけど。俺は余り話したくないから、そろそろ試合させてくれよ」
かなりせっかちな少年の様でもある。
「それじゃあ、最後に一つだけ、チャーリーさん勝つ自信は?」
「さあ、ジェットスケボーがあるなんて知りませんでしたから。それより、二十周なんですね?」
「はい。五百メートルコースを二十周、一万メートルです。それではさっそくスタンバイして頂きましょう」
アンディの言葉がまだ終らないうちに少年はコース上で身構えた。チャーリーもゆっくりと身構える。
「位置に付いて、用意、パンッ!!」
何かピストルの音まで大きく感じられた。いや、実際大きかったのである。それもまたテレビ局側の演出だっ
た。チャーリーはテレビ番組に出た事をこの時ちょっぴり後悔していた。
『結局は、テレビ局という企業の操り人形みたいなものだな。その後ろでクラストファー大統領が更に操ってい
る。ふう、ギャラを稼ぐというのは、心身ともに疲れることだな。まあぼちぼち行きますか』
「ギューーーーーンッ!!」
凄い音を立てながら、通常より一回り大きくマシンが絡みついている感じのジェットスケボーは、遥かに先行
していた。初期加速では到底ジェットエンジンには勝てない。そもそもチャーリーには余り勝とうという意識は
無かった。
『こんな子供に勝っても仕方が無い。それにしても人使いが荒いねえ。さっきから殆ど休み無しだ。時間的な
制約があるのだろうが、ちょっとは休ませてくれても良いだろう?』
のほほんとそんな事を考えていたチャーリーだったが、そのうち困った事が起きて来た。尿意を感じたのであ
る。
『えええっ! うーーん、これは困ったぞ。より人間らしくする為に尿意や便意も感じる事が出来るようになった
のだけど、一応出さないと苦しいな』
出さずに我慢する事は可能なのだが、かなり辛くなる様に設定されていた。そうなると、体をよじって我慢す
る事になる。
『その姿をテレビで映されたんじゃ堪らないな。ううむ、そうだ、早く終らせれば良い。良し、全力を出すぞ!』
さっきまでノロノロ走っていたチャーリーは、顔色を変えて猛スピードで走り出したのだった。