夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ふうむ、パフォーマンスねえ。でも何だか手が汚れそうだけどね。一応飲み切っているけど、ちょっとは残って
いるし」
「ちょっと貸して下さい。こうすれば大丈夫よ」
 正美はティッシュを何枚か折り重ねて、その上にコーヒーの空き缶を逆さにして、残っていたコーヒーを一滴
残らず、拭き取ってしまった。

「こうしておいて更に、ティッシュで空いている方を押さえれば大丈夫よ。ね、私は是非見たいわ。チャーリー
だったら簡単でしょう?」
「まあ、多分ね」
 チャーりーは、テントの中なので他に誰も見ていないことを確認してから、
「えいっ!」
 左手を下に、穴の空いている方を上にしてティッシュで空き缶を押さえながら、思いっきり力を入れた。

「グヮシャッ!!」
 やや大きな音を立てて、勘は縦にペシャンコに潰れてしまったのだった。上のほうに白いティッシュが張り付
いている。それを取り除いて見ると、まるで大きな鉄製のハンマーで、何度か叩いたみたいに一枚の薄い鉄
板の様になっていた。

「ヒーーーッ!!」
 引き攣った声を出したのはキャロルだった。
「ウグエッ!!」
 驚きも度を過ごした声で、やはり顔を引き攣らせたのはゲルクである。
「す、す、凄い、凄い、こ、これほどとは思わなかったわ!!」
 顔を強張らせて驚嘆したのは正美である。

「ああ、ちょっと、やり過ぎたか?」
 三人がかなりの恐怖心を見せたので、チャーリーは後悔した。
『もう少し手加減すれば良かったな』
 そう思ったのだ。

「い、い、いいえ、私が頼んだんですから、でもここまでペチャンコになるとは思わなかったのよ。これじゃあ、
相手がプロレスラーだって一たまりも無いわね。
 いいえ、象でもライオンでもゴリラでもイチコロだわね。時速三百キロのスピードは、伊達じゃあなかったの
よね……」
 正美もちょっと後悔した。

『過ぎたるは及ばざるが如しよね。妙な事にならなければ良いけど』
 正美はキャロルが気になった。恐怖心は時と場合によって異常な心理状態を生む。例えば絶対の信奉者に
なったりする。その恐れは現実のものになった。

「私、チャーリー様を信じます。僕(しもべ)になります。何なりとご命令を」
 いきなり立ち上がってチャーリーだけを見詰めそう言ったのである。
「ええっ!」
 驚いて皆、キャロルの顔を見た。目の何処かに狂気の色が見える。脳の一部が壊れてしまった、そんな印象
を三人は受けたのである。

「命令はいずれ下す。それまでは今までのキャロルでいてくれ」
 チャーリーはそれらしく命令した。命令しなければそのまま何時間でもその場に立って居そうだったからで
ある。
「承知しました。今までの私で居ます。他に何かご命令は?」
「今は無い。ああ、そうだ、空き缶を屑入れに捨てて来てくれ。四つ全部だ」
「はい、空き缶を屑入れに捨てて来ます」
 キャロルは無表情に全員の空き缶を、すっかり潰れてしまったチャーリーの分まで持って行った。

「チャーリーさん、キャロルがああ言ったからといって、本当に命令する事は無いでしょう。可哀想ですよ」
 ゲルクがやや厳しい口調で言った。
「いや、あの状態では命令されないと苦痛だと思います。今までの人生経験から、およその想像が付きます。
彼女は当分の間、本来の姿には戻らないと思います。
 その間、適当に命令して、行動させた方が、気持ちが楽だと思いますから、暫くそうさせて下さい。いずれ精
神科のお医者さんに診て貰いますが、たとえ医者の命令でも、そう簡単には言う事を聞かないでしょう。
 それと多分多少の苦痛を与えた方が良い。つまり成し遂げる事がやや苦しい事で無いとやっぱり不安にな
ると思います。私に僕となって従うということはそういう事ですからね」
 チャーリーには黄味麻呂ユウカリの事が念頭にあった。

『ユウカリさんが精神的におかしくなったのは、自分に責任がある。あそこまでやる以上、金森田にレイプされ
る事があったとしても、それでも耐えられる為には、強い命令が必要だった。
 お願いだけでは駄目だったんだ。それと、事が発覚した場合の想定をもっと厳しくしておくべきだった。しか
し、お陰でとても良い勉強になった。キャロルをきっと本来の姿に戻してみせる! 必要とあればセックスもし
なければならない……』
 チャーリーは今度は林果の顔を思い浮かべた。激しい嫉妬に怒り狂う彼女の顔がチラリと見えたが、甘んじ
て受ける覚悟をしていたのだった。 

「ええと、時間になりましたから、皆さんこちらへ」
 男のスタッフがやって来て、チャーリーの次の競技が始まることを伝えた。
「チャーリーさんは、そちらのスタッフの方とご一緒して下さい。他の方々は私と一緒に先ほどの場所へ行きま
すから」
 そう言ったのは、スタッフの後ろに居たキャシャーンだった。ところがキャロルが言う事を聞かなかった。

「済みませんが、私はチャーリー様とご一緒します。私は秘書ですから」
 そう言って皆を驚かせた。
「ええと、しかし、困りましたね、その、チャーリーさんには独身男性という設定にして頂いておりますので、た
とえ秘書の方でも、側に居る事はちょっと拙いのですが」
 男のスタッフは如何にも困った様子だった。

「いや、キャロルには側に居て貰う。少し離れた位置に居るのだったら良いでしょう?」
 チャーリーも譲らなかった。無論キャロルの心情を考えた上での事である。
「わ、分かりました。なるべくご期待に沿うようにします」
 男のスタッフは渋々承知したのだった。

「ふん、身勝手なものね!」
 聞こえよがしに言ったのはキャシャーンである。しかしキャロルが黙っては居なかった。
「何ですって、チャーリー様を侮辱すると許しませんよ!」
 凄い形相で怒鳴ったのである。

「ま、ま、まあ、その、キャシャーン、謝って下さい。今回の主役はチャーリーさんですから。なるべく主役の方
の期待に沿う様にするのが、我々スタッフの役目なのですから」
 男のスタッフは困り果ててそう言ったのであるが、今度はキャシャーンが言う事を聞かない。

「あらそう、じゃあ、私は下ろさせて貰うわ。ギャラなんかいらないわ。違約金を払えというのならそうするわ。
ふん、馬鹿馬鹿しい!」
 そう言うなり、スタスタと歩いて行ってしまったのだった。その後をゲルクが追った。歩きながらしきりに事情
を説明していた。
 かなり強引に自動販売機の空き缶入れの所に連れて行って、蓋を開け、ペチャンコに潰れた空き缶を取り
出して見せ、尚懸命に事情を説明し続けたのである。
 暫くぐずっていたが、ペチャンコの空き缶を見せたのが功を奏したのか、不快そうな顔のまま、しかし戻って
来た。

「御免なさい。私、少し誤解していたみたいです。どうも済みませんでした」
 顔は必ずしも謝っていなかったが、一応形だけは謝ったのである。
「誤解。何か凄い誤解がある様な気がする。キャシャーンさん、次も休憩時間がるんですよね?」
 チャーリーはこのままでは相当に拙いと感じて言った。

「はい、次はパワーの三つの戦いがあって、また三十分位の休憩時間になります。それが何か?」
「その時に少しお話しましょう。どうも、誤解があるようですから」
「わ、分かりました。でもまさか二人きりじゃないでしょうね?」
「はい、有能な秘書と一緒ですよ」
「分かりました。じゃあ、その時に」
 やっと、事態は解(ほぐ)れた。

「ああ、それで、今度は可変翼のミニハングライダーは要らないんですか? ローラースケートも?」
「はい、今度はパワー系ですから、手や足を使いますから」
 スタッフはそう言った。暫く歩くと、何時の間にかステージが競技場の中央付近に作られていた。そこには一
人の男が両手に鞭らしき物を持ってしきりに動かしていた。普通の皮製の鞭では無い様である。

「ああ、私から二メートルほど離れて立っていなさい。直ぐ動けるように楽な姿勢で」
 チャーリーはステージの近くまで来るとキャロルに命令した。
「はい、承知いたしました」
 キャロルは言われた通りに直ぐ動ける姿勢をとったが、目は険しかった。次の命令で何時でも動けるように
していたのだ。

 スタッフはキャロルが側に居る事を司会のアンディにざっと説明した。ちょっと顔をしかめたアンディだったが
「ああ、アンディ、実は……」
 走り寄って来たのはキャシャーンである。何やら耳打ちをした。アンディは何度か頷いたが、やがて納得した
のだろう、
「はははは、それでは、次に参りましょう」
 本来の笑顔になって次のパワー系の説明に入った。

「今度はパワーそのものの戦いということでしたが、毎度言いますが、普通にやったのではチャーリーさんに
は到底勝てませんから、奥の手を使います。
 今ステージ上では第一の刺客が両手で鞭を操っておりますが、無論ただの鞭ではありません。高圧電流の
流れる超危険な金属製の電気鞭なのです。
 今は練習中なので電気は通っておりませんが、試合開始と同時に通電されます。勿論普通の人間ではイチ
コロです。
 念の為に申し上げておきますが、テレビを御覧の方は、危険ですので絶対にまねをしないで下さい。この超
危険な電気鞭と戦って頂きます。
 如何にチャーリーさんがサイボーグであっても、触れれば痺れます。数秒でダウンするだろうと考えられま
す。そうなったらチャーリーさんの負けと致します。
 戦う時間は三分間。ステージの広さは十メートル四方。チャーリーさん、先ず聞きましょう、戦いますか、それ
とも止めますか?」
 司会のアンディは今迄で一番厳しい顔になった。ノーは有り得ない、そんな顔だった。

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