夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              287


「はい、それは勿論の事です。故意でさえなければ、弾みでそうなることは仕方がありません。それでは試合
を始めましょう。三分間一本勝負始め!」
 アンディも何か急いでいた。どうやら時間が押していた様である。

「ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ……」
 猛烈なスピードでチャーリーは動き始めた。初めて自分よりパワーの勝る相手との戦いである。
『捕まったら恐らく勝ち目は無い!』
 そう思って、スピードで圧倒し、ボクシングの『ヒットアンドアウェイ』の様に、攻撃しては直ぐ逃げる作戦を
取った。

「バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!」
 面白い様に拳で撃つ事は出来たが、さすがに手投げ弾程度ではビクともしないと言われる鋼鉄の塊である、
少しずつへこみはしたが、大きなダメージは中々与えられなかった。

「ソリャッ! フハハハハハ、捕まえたぞ!」
 もっとダメージを与えようとして、接近し過ぎた為か、そのチャンスを待っていた相手のロボットの様な、ごつ
い金属製の手に手首を捕まえられてしまったのだった。そこまでで約一分掛っている。

「くらえっ!」
 手首を捕まえながら、もう一方の腕の拳で、チャーリーの体のいたる所を殴り始めたのである。しかし観衆
は信じられない光景を見た。

「オオオーーーッ!!」
 至近距離にいて腕を捕まえられているのにも拘らず、チャーリーと比べれば遅い、とは言ってもプロボクサー
と遜色の無い程速いパワーマンのパンチが、一発も当たらないのだ。素晴しい身のこなしで、全てのパンチを
ことごとくかわしている。

「くそっ、ならばこれでどうだ!」
 パンチでは埒が明かないと思ったのだろう、今度はその重量を生かして、やはり腕を掴んだまま、チャー
リーの上にのしかかって行った。

「ウオオオオーーーッ!!!」
 観衆は更に驚くべき光景を見た。チャーリーは後方に倒れ込みながら両足でパワーマンの体を支え、持ち上
げて後方に投げ飛ばしたのである。柔道で言う所の巴(ともえ)投げにごく近い技だった。

「グワッシャーーーンッ!!」
 パワーマンは凄い音を立てて、仰向けに倒れたのである。その弾みで腕を離してしまった。しかも、パワー
スーツの中のジャックスはどうやら気絶した様である。全く動かなくなったのだ。

 まさか投げ飛ばされるとは予想していなかったのだろう。慌てて、パワースーツのスタッフが駆け寄って来て、
スーツを脱がせてみるとかなりの出血があった。
 今回のダメージが全くの計算外だった為か、逆に内部の人間にスーツのパワーが作用してしまったらしい。
ステージ上にじわじわと血が流れ広がって行ったのである。

「救急車!」
 スタッフが大声で叫んだ。会場の簡単な診察治療施設位では、間に合わないほどの重傷になったらしい。競
技の方は勿論中断したが、チャーリーの圧勝は言うまでも無かった。

「いや、大変な事になってしまいましたね。全く予想外でした。あの巨体は二トンはあるんですよ。それを投げ
飛ばすとはね。いや、お気の毒ですが、勿論こうなる事は予想していなかったのですよね?」
 ステージから降りた所で、アンディは念の為に聞いてみた。ステージそのものは、ジャックスが運び出される
と、役目を終えて片付けられる事になるようである。

「勿論です。この様なパワースーツがあることさえ知りませんでしたから。ですから、分かっていた事と言えば、
動きがやや遅いということと、パワーがあること、外側が頑強で重量があること位でした。
 相手がのしかかって来たから、咄嗟にあの技が出ました。柔道で言うところの巴投げです。もっとも柔道
だって、そんなにしたことはありません。学校の体育の時間にちょっとやった位、ああ、いや、何でも無い」
 チャーリーは慌てて口をつぐんだ。学校の体育の時間に柔道があるとなると、何処の学校なのか当然聞か
れそうだからである。
 日本の高校だったら良くあるのだが、アメリカではそうはあるまい。そのことに気が付いて慌てて打消したの
である。

「学校で柔道をやったのですか?」
 しかしアンディはしっかり聞いていた。
「ああ、今のは思い違いです。学校時代にテレビか何かで見たことを思い出してやってみただけですから。た
だ何処の学校だったかは忘れました。
 ご承知だと思いますが、過去の記憶が曖昧でして、ごく断片的にしか覚えていないのです。多分柔道が記憶
の中に強く印象として残っていたのでしょう」
 必死になって誤魔化した。

「ああ、そうですか。いや、大変なアクシデントですが、一応ここで休憩に致します。今後の事は、まだ不明で
すので、控え室の方でお休みになっていて下さい。
 これからの方針が決りましたらお知らせに上がりますから。一応一時間位は掛りますので、その様にご承
知おきしていて下さい。それでは失礼致します」
 アンディはチャーリーが必死で誤魔化していた事に気が付いた。しかし気を利かせてそれ以上の追求はしな
かったのである。
 これ以上の追求は何か危険な匂いがして、本能的に避けたのだった。背後に大統領もいることを勿論承知し
ていたからでもあった。

 場内はざわついていた。控え室代わりのテントの中に入るまでの間にチャーリーに浴びせられた視線は、
尊敬や羨望の眼差しもあったが、恐怖心や何らかの疑念の眼差しもあった。
『何だか怖い。ダウクーガーみたいになったら、どうしましょう。一つの街が彼に全滅させられたり、支配され
ないとも限らないわね。サイボーグというのはやっぱり怪物なのよ。いない方が良いわね……』
 その様なニュアンスの囁きがあちこちから聞こえて来た。

『ああ、何だか最悪だな。どうしてこうなってしまうのかね』
 チャーリーは精神的にかなりの疲労を感じながら歩いていたが、直ぐキャロルがやって来た。
「お疲れ様でした。何か大変な展開になってしまいましたが、でもチャーリー様には何の落ち度も御座いませ
んわ。ここはゆっくりお休みになって下さいませ」
 キャロルはかなり気を使って言った。精神的な障害なぞ余り感じられない。しかし治ってしまった訳ではな
い。今までの人生経験から、容易く精神障害が治るものではない事をチャーリーも無論良く知っている。

「ああ、お疲れ様でした。大変な事になりましたが、今後はどうなるのでしょうねえ」
 テントに入ると、先ずゲルクが声を掛けた。
「まさかあんな事になるとはねえ。本当にチャーリーさんはツキがありませんわね。でも、悪気があってのこと
ではありませんから。ただものの見事に巴投げが決りましたわね」
 正美はさすがに日本人である。柔道の巴投げの事を知っていた。

「巴投げって何ですか?」
 予想していなかったがキャシャーンもそこにはいたのだった。アメリカ人である彼女は巴投げを知らなかった。
「ああ、相手に押されて後ろに倒れる状態の時に相手の押し倒す力を利用して後方に投げ飛ばす、柔道の
技の事ですよ。
 さっき俺がジャックスさんに掛けた技です。あの技が決ったのは彼が私の腕を掴んで離さなかったからなん
ですよ。
 あのような技がある事を知っていれば、咄嗟に腕を離して、横へ逃れれば投げられずに済んだのですけど
ね。まあ、今となっては言っても仕方のないことですけどね」
「ああ、そういうことだったんですか」
 大袈裟な位納得した表情を見せたのはゲルクだった。

「あのう、チャーリーさん、私にお話しがあったのではありませんか?」
 キャシャーンはチャーリーが前に言った事を覚えていた。
「ああ、そうです。ただ、出来れば二人きりでお話したいのですが、まあ、その、キャロルも一緒ですけどね」
 一応キャロルにも配慮した。

「それじゃあ、私共は少しの間外に出ていますわ。十五分位で良いかしら?」
 正美が気を利かせて言った。
「そうですね、十五分もあれば十分です」
「ああ、じゃあ、私もそうしましょう。キャロルもそうすれば?」
 ゲルクはキャロルに慎重に言った。

「あのう、チャーリー様、ご命令を」
 キャロルも気を利かせる気になった様だった。
「それでは命令する。きっちり十五分間、テントの外に出て待っていなさい。緊急事態以外は中には誰も入れ
ないようにしなさい」
「了解。テントの外に出て十五分間見張りをします。緊急事態以外は誰も入れません」
 キャロルは復唱した。それからおもむろに外に出て行った。その直前にケータイを見て時間を確認した。きっ
ちり十五分で中に戻って来る積りの様だった。

「ふう、二人きりになったわよ。変なことはしないわよね?」
 かすかに怯えた目でチャーリーを見た。さっきのパワーマンことアメリカ陸軍のジャックスとの一戦が頭の中
にこびり付いている。流れ出た血の量の多さに震え上がったのである。

「はははは、変なことだったら、何時でも出来る。俺を誰も止められないだろう?」
「えっ! ああ、そうよね」
「それよりもやっと分かって来たんだけど、ひょっとして俺が嫌っていると思っているんじゃないのかな?」
「ええ、違うんですか? よっぽど嫌いなのかと思っていましたわ」
 その口調は、既にそうではないらしいと思い始めてのものだった。

「まさか、君を嫌うなんて有り得ないよ。その逆さ。魅力が有り過ぎて、困ったんだよ。下の方がむずむずして、
その、興奮して来ちゃってね」
 チャーリーは正直に言った。

             前 へ        次 へ       目 次 へ        ホーム へ