夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それではルールのザッとのおさらいをしておきましょう。右のコースには赤いエアーライフルを持ったエイコ・
ヘプバーンさんが、左のコースには青いエアーライフルを持ったチャーリー・クラストファーさんがスタンバイし
ています。
銃は連射式で弾はそれぞれ二十発。使い切ったら終わりです。的は色々な色に塗り分けられた風船です。
当然当たれば割れます。
近い順に一点ずつ点が高くなり、一番遠い所にある風船に当たると十点が加算されます。全部割れれば
55点となります。
その後はボーナスの風船が今度は下から上へ飛ばされて行きますが、これも近い所から少しずつ遠くなり
ます。得点は動きのある分だけ高くて、2点、4点、6点、となって最後は二十点になります。もし一つも外さず
全部に的中すれば合計得点は165点となります。
ただしボーナスの風船は一度でも外すとその時点でゲームオーバーです。制限時間は五分、それでは用意、
スタート!」
今度も長々とキャシャーンが説明した。相変わらずの美声で一度も支えることなく説明を終えた。彼女のス
タートの声で、競技者の前に張ってあった幕が下へ落とされた。
予め風船の位置が分かったのでは、経験豊富なエイコが有利に決っているというスタッフの発案からそうし
たのだった。
「パンッ、パンッ、パンッ、……」
エアーラーフルの発射音は殆ど聞こえない。火薬を使った銃と違って拍子抜けするほど静かな発射音で、
聞こえて来るのは、風船の割れる音ばかりだった。
今回は撃つ姿勢などは全く自由だったので、エイコは立ったまま銃を普通のライフルの様に構えて、狙いを
定めて次々に撃って行った。
エイコとチャーリーとは仕切りがあって互いに姿は見えないが、風船だけは見える。従って、うっかりすると、
相手の風船を撃ってしまう事も有り得るのだ。
「パンッ!」
チャーリーはそのミスを最初の一発でやってしまった。
「ありゃっ! しまった!」
「ふふふふ、有り難う、お陰で一発、儲けたわよ!」
エイコは皮肉っぽく笑って言った。
「一分経過です。現在、エイコさんが風船8個を割って、ノーミス。しかもその内の一つはチャーリーさんのオウ
ンゴールの様なもの。うっかりエイコさんの6点の風船を割ってしまいました。
対してチャーリーさんは風船5個を割って、三発のミス。一発はエイコさんの風船を割ってしまったので、極め
て不利な状況です。さあ、残り四分の勝負ですが、果たしてチャーリーさんの奇跡の大逆転があるのでしょう
か? それともこのまますんなりエイコさんが逃げ切ってしまうのでしょうか?」
キャシャーンが特設ステージに設置してあるモニターテレビを見ながら解説した。アンディはエイコの態度に
腹を立てて、今は控え室に引っ込んでいた。競技終了までは出て来ない積りである。
二人の様子は他の観衆にも大きな画面に映されて得点等の情報と共にの表示されていた。その観衆達の
多くが気が付いた事がある。
「この暑いのに、まるで温室みたいな無風の部屋に入れられて尚更暑そうだな。特に、エイコの方は汗が目
に入りそうになっているぞ」
そんな事を囁いていた。実際野外でも三十度を越えていたのだが、エアーライフル競技をしている二人の
コースあるテント内は、四十度に近かった。
エアーライフルは風が大敵なので、二人の居る場所には窓が無いのである。競技時間を五分と短めに設定
したのにはその様な事情を考慮してのものだったのだ。
これは勿論サイボーグであるチャーリーに有利なことであった。しかし普通に考えれば、エアーライフルが
未経験の者にはそれでもまだまだハンディとしては不足だったろう。
「二分経過です。ここで、エイコさん最後の十点の風船にてこずっています。ですが、つい先ほど、三発のミス
の後で、見事に的中。今はボーナスの風船を次々に割り始めています。動く風船は三個目まで来ました。
一方のチャーリーさんはここに来て徐々に調子を上げて来ました。ミスが三発の後はノーミスです。ただ、時
間がかなり掛っています。ボーナスの風船まで後二つ、9点と10点の風船を割らなければなりません。
しかしこれ以上ミスをすると殆ど勝ち目が無さそうですが、どうなるでしょうか。チャーリー選手にとっては厳し
い戦いが続いています。何とか頑張って欲しい」
キャシャーンは心配そうに中継した。明らかにチャーリーを応援していた。その声はスピーカーを通して、エ
イコにも届いていた。
『ふん、えこひいき丸出しだわね。誰が負けるものですか! ええい、どうしてこんなに暑いのよ、全く!』
エイコはムキになって撃って行った。汗が目に入っても、構わずに撃ち続けた。しかし気負いは禁物、ムキ
になったその結果が彼女自身に跳ね返って来たのである。
「三分経過。あああ、たった今、エイコさんボーナス風船七個目で失敗。競技終了です。通常得点55点、ボー
ナス得点42点。合計97点で競技終了となりました。
チャーリー選手、ますます好調です。ボーナス風船の撃ち落しも完璧にこなしています。ここで四個目。更に
五個目。つ、ついにやりました、六個目! これで同点です。あああ、七個目が失敗。本当に残念ですが、こ
の勝負引き分けです!」
キャシャーンは如何にも残念そうに叫んだ。観衆は例によって大声援を、特にチャーリーに送ったのだった。
競技の終了を知ってアンディが大急ぎで控え室から特設ステージにやって来た。選手の二人もやって来たが、
怒りを露にしていたのはエイコだった。
「何よこれ、納得出来ないわ。インチキよ。風船に細工してあったのに決っているわ!」
開口一番そう叫んだのだった。
「冗談じゃありませんよ。何を根拠にそう言うのですか!」
アンディも黙ってはいなかった。
「初めてのエアーライフルでこんなに当てられる筈が無いわ。風船だもの、幾らでも細工が可能よ。こんなの
まやかしに決っているわ!」
エイコは一歩も引かなかった。
「な、何ですって。幾らなんでも言い過ぎよ。謝って下さい!」
今度はキャシャーンも怒って叫んだ。
「まあまあ、その、エイコさんが疑うのもごもっともですから、その、エイコさん、どうすれば信じて貰えますか?
何だったら貴方の銃でやってみましょうか?
風船じゃなくて、そうですね、さっきの吹き矢の的を使うとかすれば良い。弾も貴方の持って来たものを使え
ば、後で確認出来ると思いますけどね。
それでどうですか? まあ、私が貴方の銃を使うことが不愉快でなければそうしても良いのですが。ただ、
持って来ていないでしょうね?」
チャーリーは落ち着いて、三人をなだめるように言った。
「へえ、私の銃を使う? 面白いことを言うわね。良いわよ。こんな事もあろうかと、ちゃんと持って来ています
からね。
風の影響があっては拙いから、やっぱりさっきの場所でやりませんか? ふふふ、今行ったら、都合が悪い
かしら?」
エイコは何処までも疑っていた。
「チャーリーさんが良いのだったら、そうしましょう。スタッフの方、そういう事ですので、何とかお願いします!」
アンディはムカつきながらも、うまくするとエイコの鼻を明かせると思って彼女の指示通りにすることにした。
「じゃあ、私は控え室から銃を持って来ますからね。ドタキャンはしないでね、ふふふふ」
エイコは勝ち誇った様に笑って走り去った。自分の考えに絶対の自信があるのだろう。
「本当に申し訳御座いません、チャーリー。気を悪くなさらないでね、ああ、チャーリー……」
キャシャーンはチャーリーに特別な配慮をしているようにも見える。しかしそれをキャロルは見逃さなかった。
「ちょっと、済みません。キャシャーンさん、貴方、チャーリー様に寄り過ぎです。もっと離れて下さい。不愉快
ですわ」
つかつかと歩み寄ってかなり厳しい口調で言ったのだった。
「あっ、そ、そうですわね。し、失礼しました」
キャシャーンはキャロルの精神状態の事を聞いていたので、直ぐ納得して、チャーリーの側から一メートル
ほど離れたのだった。
「あのう、今度は、私がチャーリーさんと一緒にコースのある所に入っても良いですか?」
「それは駄目だ。テントまでは来ても良いが、テントの外で待っていなさい」
「はい、ではそう致します」
チャーリーが機転を利かせてキャロルに命じた。それでその場はうまく収まったのである。
「ふふふふ、良く逃げなかったわね。それだけは誉めてあげるわ。これが私の銃。ちゃんと二十発、弾込めし
て来ましたからね。
プラスチックの弾には、全部に私のサインが入っていますから、絶対に誤魔化しは出来ないわよ。先ず私
が十発撃ってみせますからね。
わざと中心は外しておきますから、チャーリーさん貴方はその中に十発撃って頂戴。まあ、まぐれで一発位
は当たるかも知れませんけど、三発以上は先ず無理ね。
もし三発以上当てられたら、そうねえ、頭を剃って、貴方の弟子になりますわ。それだったら、皆さんご納得
でしょう?」
特設ステージに戻って来たエイコは何処までも強気に言った。
「いや、頭を剃る必要は無いですよ。それより貴方に不正は無いでしょうね? 十発目から弾に細工がしてあ
るとか」
「な、何ですって。たとえ天地が逆様になっても絶対に有り得ないわ。その必要性がありませんもの。もう、頭
に来たわ。早く行きましょう! 大きな円を描いて多少は楽させてあげようと思ったのに、思いっ切り難しくし
てやる!」
エイコは怒り過ぎて、意味不明なことを言ったのだった。
『大きな円を描いて多少は楽にさせるって何だ? それで三発以上当たったら困るのは自分じゃないのか?』
エイコの側に居た者達はそんな風に思って首を傾げたのだった。