夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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会場内は相当にざわついている。思いもかけないアクシデントに、やとわれ応援隊達がどう対処したら良い
のか分からなかったのだ。
けが人が出ることは予想していたのだが、不正を疑われての再試合は、全く予想外の出来事だったからで
ある。
「ええと、会場の皆様、お静かに願います。今回の録画は史上最強とも超人とも言われる、人類の英知が生
み出したサイボーグ、チャーリー・クラストファーさんを迎えての特別企画でしたが、大変残念な事に、私共は
疑われております。
このまま疑われっぱなしでは、局の名誉にも関わる事ですし、何よりもチャーリーさんに無礼だと存じます。
従って予定時間をかなりオーバーしてしまいますが、何としてでも疑いは晴らしたいのです。
皆様にも色々とご事情が御座いましょう。時間的余裕の無い方は静かにお帰り下さい。録画取りに後一時
間位掛りそうですが、宜しければご一緒にチャーリーさんと我々の用意した、最強のスタッフとの戦いを最後
まで見届けて下さい。
これは強制でもありませんし、当初予定のギャラはお支払い致します。また最後までおられた方には、局の
方から若干ですがボーナスが出るそうです」
アンディは場内向けの放送を通じてそう言った。無論局側からの指示だったが、ボーナスと聞いて、場内に
は大きな歓声が湧き起こったのだった。
「オオオーーーーーッ!! 最後まで見届けるぞ! ボーナスを頼んだぞ!」
何とも現金な話ではあるが、ボーナスと聞いて大半の者はその場に残ったのである。都合の良い事に幾ら
か気温が下がって、風も少し出て来ていて、過ごし易くなって来た事もその理由になった様である。
星は会場が明るいので余り多くは見えないが、夏にしては奇麗な星空だった。たった一つだけ気に掛る事が
あるとすれば、木星の付近に見慣れない星が一つ、微かに光っていたことだったろう。
「どうです、交互に撃ちませんか? それだったら、疑いの余地は無いでしょう? それとも今度は私が細工
でもするとお考えですか? 貴方の目の前で銃を撃つだけですが、それでも疑いますか?」
テントの中でチャーリーは冷静に言った。
「くっ! それじゃあこうしましょう。私が先ず五発撃ちます。次に貴方が五発、その次に私が五発、最後に貴
方が五発撃つ。これで手を打つわ。どお?」
エイコはギリギリの妥協を示した。彼女としてはそれが精一杯なのだろう。
「なるほど、それだったら、不正しにくいですね。宜しい貴方を信じましょう」
チャーリーは全く逆の言い方をした。その意味では妥協していなかった。
「信じてくれて有り難う。じゃあ、行くわよ。命中させると言っても、中心部分の直径十センチの円の中に限りま
すからね。その中だけが当たりで、それ以外は外れにします。もう手加減はしませんからね」
「はははは、最初から手加減して欲しいなどとお願いしていません。どうぞ、良く狙ってお撃ち下さい。私は全弾
命中させる自信がありますが、貴方はどうですか?」
「煩い! 気が散るから静かにしてよね!」
エイコは激しい気性を見せたのだった。
「パチッ! パチッ! …… 、チッ! 一発外した。側で煩く言うから外したじゃないの!」
モニターに映った的を見て、エイコはチャーリーを罵った。
「はははは、そうでしたか。しかし世界チャンピオンともあろう者がねえ。さて、私の番ですね。それじゃ撃たせ
て貰います。でも貴方の予想では私は一発は当てられても二発以上は無理だそうですね。良く見ていて下さい」
「ふん、じっくり見させて貰うわよ。でも不正の余地が無くて困っているんじゃないの?」
相も変らず減らず口を叩き続けたのである。
「パチッ! パチッ! …… 、はははは、全弾命中のようですが? エイコさん見ていたでしょう?」
「うっ! そんな馬鹿な! こ、今度は私だわ。側でガチャガチャ言わないでね」
「はい」
チャーリーはそれっきり口をつぐんだ。
「パチッ! パチッ! …… 、嘘! 二発も外した!」
エイコはカッカしている。しかしチャーリーはその後も全弾命中で彼の予想は的中したのだった。だが、
「喜ぶのはまだ早いわ。弾を調べますからね。良いわね!」
エイコはチャーリーの返事も聞かずに的まで走って行った。チャーリーはゆっくり歩いて後を追った。
「信じられない! 確かに全部私の銃の弾だわ。どうして、どうしてこんなことが出来るの?」
エイコはもう泣き出しそうになりながら、今までの威勢の良さは何処へやら、すっかりしょげ返って小さな声
で言った。
「私がサイボーグだからです。エアーライフルの弾の命中率はどうすれば上がりますか?」
「それは、体の揺れを出来るだけ少なくすることよ。私もこの競技をするまでは全く知らなかったんだけど、人
の体というのは小刻みに常に揺れているのよね。
その揺れとの戦いがエアーライフルの競技の戦いでもあるのよ。だから平常心が必要なのよね。私はカッカ
していた。絶対負ける筈がない、圧勝して当然だと思っていたから平常心を失っていた。
全てにおいて私の負けだけど、本当に今日が初めてなんですわよね? 私がここまで来るのに、世界チャン
ピオンになるまで、五年掛っている。
それでも天才少女出現って騒がれたのよ。それがたった一日、いいえ、僅か数分で追いつかれるなんて、
普通有り得ないでしょう? ううううっ!」
エイコはついに涙を零した。頭の中がかなり混乱しても居た。
「さっきも言いました。私はサイボーグ。呼吸をしていません。心臓もありません。筋肉も人間のそれとは違い
ます。体の揺れの大部分は肺呼吸と、特に止る事の無い心臓の動きとで作り出されます。
それが無いのですから、殆ど揺れません。筋肉もその気になれば微動だにしないのです。銃の扱い方、標
準の合わせ方さえ分かれば、それと、弾道が水平に撃った時、僅かに重力の影響で下がる事を計算に
入れさえすれば、百発百中なのですよ。インチキの必要性がない。お分かりでしょうか?」
チャーリーは諭す様な感じで言った。
「貴方は本当にサイボーグなの? 私の目には人間にしか見えないわ。体の継ぎはぎもありませんし」
「はい。ずっと以前は体にたくさん傷があったのです。継ぎはぎがね。でも最近は高度の技術によって、殆ど
継ぎはぎが見えなくなりました。しかし、私の心臓の位置に耳を当ててみて下さい。どうぞ、遠慮はいりません」
チャーリーは遠慮しているエイコの顔を、自分の胸に引き寄せて耳を当てさせ心臓の音を聞かせた。
「あああっ! 本当だ! 心音が聞こえない! す、済みません、もう一度聞いてみたいのですが?」
「ああ、どうぞ」
チャーリーは心音停止をイメージした。人工的に作り出されている心音などの臓器音は意識スイッチでON、
OFFが出来る。
「信じられないけど、本当なんですね。はははは、そうなんだ、サイボーグになってチャンピオンになりたかった
のね! サイボーグだったら勝てて当り前よね!」
再びエイコはチャーリーを罵った。一度はしおらしくなったのだったが、本来の負けず嫌いがまた頭をもたげ
て来たのだろう。
「はい、勝てて当り前です。ですが、サイボーグになりたかった訳ではありません。貴方はサイボーグになって
でも勝ちたいですか?
一度サイボーグになったら、二度と元の人間には戻れないんですよ。私の体はもう焼却処分されてしまった。
もし貴方の体と取り替えられるんだったら、どうです、取り替えませんか?
サイボーグですから女性にもなれますよ。勿論子供は生めませんけどね。私にも当然ですが子種はありませ
ん。貴方もサイボーグになりたかったらシュナイダー博士にお願いして下さい。いや、私からお願いしてみま
しょうか?」
皮肉を込めてチャーリーは言った。
「サ、サイボーグになればどうなるんですか?」
「お金の切れ目が命の切れ目になります。サイボーグを維持するのに莫大なお金が掛ります。はっきり言って
長生きは出来ませんよ。ダウクーガーを知っていますか?」
「ダウクーガー、あの殺人鬼の?」
「はい、彼はサイボーグでした。お金を余り掛けないとああなります。ああ、それと、最初はとても苦しいですよ。
今は大分楽になりましたが、性欲や食欲は全く無くなりますからね。
生きたロボットみたいになります。欲求を感じないのに何か不足している様で、精神的に不安定になり、残虐
な行為をしたくなる。
ダウクーガーが殊更に残虐だったのはその為だったんです。彼は元々残虐な性格だったのですが、その
性格が何十倍にも増幅されたようです。
失礼ですが貴方は疑り深く、なお且つ負けず嫌いですね。その性格が何十倍にも増幅されたらどうなるんで
しょうね?」
チャーリーは淡々と言って、エイコの反応を待った。
「理解出来ません。貴方は自分からサイボーグになった訳ではないのですね?」
「はははは、誰が好き好んでサイボーグになるものですか。ある男に脅されて仕方なくなったのですよ。好きな
女性を人質に取られて仕方なくね。ああ、済みません、余計な事を言いました」
「……、分かったわ。負けは負けね。でも、人間に負けた訳じゃないから、良しとしましょう。これで失礼します」
エイコは複雑な表情で去って行った。会場内は別の意味でざわついた。
「何だ、そうだよな、勝てて当り前だったんだ。馬鹿馬鹿しい、帰ろう!」
そんな気持ちが広がった。その時点でかなりの者が帰宅したのだった。考えてみればもうとっくに約束の時
間は過ぎている。チャーリーとエイコのやり取りで目が覚めた、そんな感じだった。