夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ちょっと小用が我慢出来ないからって行ってしまったんだけど、怪しいわね、帰ったのかしら?」
キャシャーンは小声でアンディに言った。
「まあ、もう少し待ってみるけど、こっちも少し拙かったな。チャーリーさんがもう少しで同点になりそうだった
んで、つい声援してしまったんだけど、配慮が足りなかったかも知れない」
少し待つと、残留組からの大きな声援を受けながら、チャーリーが先ず戻って来た。
「お疲れ様でした、いや素晴しかったです。今日が初めてでここまでやれるとはねえ。ううーん、他にサイボー
グの人が居ないから比較出来ないのですが、何かこう、単にサイボーグだけということでは無い様な気が致
します」
アンディは感嘆して言った。
「本当に素晴しいですわ、チャーリー。ああ、素敵ですわ、ああ、……」
キャシャーンはうっとりとチャーリーを眺めていた。
「どうしてそうなるのかしら? もっと離れて下さい!」
突然キャロルが特設ステージに上がって来て怒鳴ったのだった。
「ああ、そ、そうね、悪かったわ」
キャシャーンは目が覚めたみたいに飛び跳ねるようにして一メートル位離れた。
「キャロル、ここに上がって来てはいけない。離れていろと言った筈だ。少し罰を与える。正美とゲルクの所で
大人しく待っていなさい。これは命令だ」
チャーリーは心を鬼にして言った。
「うううっ、はい、分かりました。申し訳ありませんでした」
キャロルは少し泣きそうになったがグッと堪えて、その場を去った。それから少しの間待っていたのだが、
とうとうウォルフは戻って来なかった。スタッフが怒って帰ってしまった旨伝えに来たのである。
「あああ、残念ですが、世界トップクラスのウォルフさんのコメントは今回は聞けませんでした。しかし、最初の
お約束通り、我々の基準ではチャーリーさんの勝ちと致します。
おめでとう御座います、これで九種目全部の競技が終了致しました。普通の意味では六勝二敗一引き分け
ですが、ハンディを考えれば、八勝一敗ということになります。いや、お見事でした。どうでしたか、世界トップレ
ベルの人達と戦ったご印象は」
アンディは感無量になりながら聞いてみたのだった。
「ふう、そうですね、正直言って疲れました。特に最後のブーメランは失敗の許されない競技でしたからね。
まさかろうそくの火を消して、その上戻って来るブーメランをキャッチするルールだとは思いませんでしたか
らね。
これがどちらかだけだったら良かったのですが、その為に五分間全力で練習しました。あの時も、うっかり
ろうそくの火を消してしまうんじゃないかと気が気ではなかったんですよ」
チャーリーは本当に疲れた様子を見せて言ったのだった。
「そうですわね、それではごゆっくりお休み下さい。ですが、まだ帰らないで下さいね。最後の一つが残ってい
ますから。実は貴方と対戦する筈のハングライダー乗りの人達が、帰ってしまったんです。
もうすっかり遅くなってしまいましたからね。仕方がありません。予定時間を二時間以上過ぎていますから、
無理も無いと思いますけど。
ああ、あの、本当に申し訳ないのですが、三十分休憩の後、お一人でデモンストレーション飛行をお願いし
ます。ええと、あの、それでも宜しいでしょうか? ああ、……」
キャシャーンは何か甘える感じで言ったのだった。少し陶酔気味になっている。
「えへんっ! ええ、キャシャーンさんの言う通り、本来なら競技する筈のハングライダー乗りの人達が、まさ
か全員帰ってしまうとは、これも全く予想外の事です。
恐らくチャーリーさんに恐れをなしての事だと私は推測しているのですよ。今までの戦いぶりからしても到底
勝ち目が無いと判断したのでしょう。
それでは三十分後にまたここに来て下さい。ただその時はローラースケートは後で履くとして、翼の方は装
着して来て下さい」
「はい、じゃあ、ミニハングライダーの方は装着して、ローラースケートは手に持って来ます。それで宜しいので
すね?」
チャーリーは念を押した。
「はい、宜しくお願いします」
「うふふふふ、今から楽しみですわ、空を思いっ切り飛べるなんて、何て素敵な事でしょう。ああ、チャーリー、
ああ……」
キャシャーンはまたもチャーリーを陶酔しながら眺めたのだった。アンディが咳払いで注意したのだが、効
き目が無かった様である。
「あの女、本当にムカつくわね!」
チャーリーがステージ上で話をしている時の様子は、競技場の大画面でも、正美達、チャーリー関係者の
居る場所にあるモニターテレビにも映っている。
その様子を見て、キャロルも正美も憤慨していたのだった。キャロルはチャーリーに釘を刺されていたので、
口に出しては言わなかったが、気持ちは正美と同様だった。
「ああ、ただ今。じゃあ、一旦控え室に戻ろうか?」
チャーリーは正美達の場所に来てから、皆と一緒に控え室になっているテントに向かった。無論キャロルの
身を案じての事である。
「ふう、もう午前零時ですよ。さすがに遅くなりましたね。明日が大変だ。あのう缶コーヒーでも買って来ましょう
か?」
ゲルクが気を利かせた。
「そうだな、ちょっと遅くなったからここは男性に頼もうか」
チャーリーは今回はキャロルに頼まなかった。罰を与えた直後だったので気が引けたのである。
「外は少し涼しくなって来たけど、テントの中は何か蒸し暑いね。こういう時は逆に熱いコーヒーが良いね。確
かホットのも一種類位あった筈だから、それを頼むよ」
チャーリーの言葉に全員が従った。
「ふう、熱い!」
ゲルクはハンカチにホット缶コーヒーを四つ持って来た。結構熱そうである。実際じかに持つと熱くて火傷し
そうだった。
「はははは、まさかこんなに熱いとは思わなかった。すこし、テーブルの上に置いて冷まそう」
チャーリーがそうするとやはり全員が同様にした。暫く雑談してから缶コーヒーを飲んだ。暫く飲み物を飲ん
でいなかったせいか、中々美味かった。
「ああ、しかし、風が出て来ましたね。大したことは無さそうですけどね」
ゲルクがテントの揺れを感じて言った。
「うん、そう言えば、少し風の音が聞こえるようになって来たね。外の気温も下がって来たみたいだしね。多分
三十度を切っているんじゃないのかな」
チャーリーも風の音を聞いて言ったが、それより気温が低くなって来て、過ごし易そうな事の方が重要に思え
た。
『暑いと何かと精神的に参るからね。涼しい方が冷静になれて良いよね』
キャロルの精神状態や、キャシャーンの陶酔振りや、正美の過激そうな態度が気になっていたので、そう感
じたのである。
「それじゃあ、時間ですわよ」
今回迎えに来たのはキャシャーンだった。正美とキャロルの目は険しい。ゲルクとチャーリーはハラハラして
いた。チャーリーは約束通りミニハングライダーの翼を装着して、ローラースケートは手に持って行った。
「あれっ? 随分人が少なくなったね。まあ、遅いし、空模様も何だか怪しくなったからかな?」
四人が外に出てみると、星は全く見えなくなっていた。風も段々強くなって来ている。一時間もしないうちに
ひと雨来そうだった。応援隊は雨の予感があったからか、更に減って、七、八人しか残っていない。
「あの、空模様が怪しくなって来ましたので、直ぐ、高架ステージの方へ行きます。準備が出来次第、飛んで
下さい。
今大急ぎでスタンバイしています。一応自由に飛んで下さって結構ですが、競技場の外には出ないで下さ
い。それで、競技場の中央に直径十メートルの円形のステージを作ってありますので、そこに降りれば宜
しいですわ。
ああ、少し雨が落ちて来ましたわね。もしお嫌であれば、中止しても宜しいですわよ。無理をなさる事はあり
ませんから」
キャシャーンは本当に心配そうに言った。
「うーん、ひとっ飛びします。これが番組の目玉なのでしょう?」
「それはそうですが、チャーリーさんの命には代えられませんわ。死んでは絶対にいけませんわ。貴方は人類
にとっての宝物ですから」
最高の誉め言葉をキャシャーンは言ったのだった。
「はははは、そりゃ大変だ。責任重大ですね。でも大丈夫。私の体は電気を通しませんから、雷に撃たれても
平気ですからね。心配なのは失速する事ですが、まあ、大丈夫ですよ、随分慣れて来ましたから」
チャーリーが雷の話をした途端だった。
「ピカッ!! ゴロゴロゴロっ!!」
本当に稲光と雷鳴が鳴って、いよいよ空は荒れ模様になって来たのである。
「はははは、少し急ぎましょう。こりゃ、あと三十分もしないうちに一雨来るな。スタンバイは良いのかな?」
「はい、もう大丈夫な筈ですわ」
「じゃあ、勝手に飛ばせて貰いましょう!」
言うが早いか、猛スピードでチャーリーは走って行った。時速にすれば八十キロ位だろうか、あっと言う間
に高架ステージの上に立っていた。一旦しゃがみ込んでローラースケートを履いた。
雨がポツリポツリと落ちて来る。本来なら色々な効果、例えばスポットライトを当てるなどの効果を考えてい
たのだが、予想外の事が数多くあって、しかも一番の予想外、雷鳴と共に激しい雨が降って来そうだったの
で、もうその様な事は考えていられなかった。競技場は全ての照明が灯されて、真昼の様に明るくなったの
だった。