夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 高架ステージの上にも何人かのスタッフは居たが、彼等は本来他のハングライダーの連中を整理する為
に居たのである。今はすることも無く、ただ地上のスタッフとの連絡役になっていた。
「それじゃあ、行きますから。本来だったら、飛ぶコースなんかもざっとのところは設定して置きたかったんだ
けど、今はちょっと無理だから、テレビカメラの方、頑張って撮影して下さい」
 チャーリーは気持ちを落ち着かせる為にそんな事を言った。高架ステージの助走距離が二十メートルほど
しかなく、高さも約二十メートル。
 競技場の外から中心部の方向へ向かって真っ直ぐ伸びている助走路だが、反対側の客席が如何にも邪
魔なのである。
 競技場は普通楕円形をしているが、ここもその様になっている。助走路は長い方の側から伸びているので、
短い方に比べれば幾らかましであるが、余り自信が持てなかった。

『全然助走距離も高さも足りないぞ。これじゃあ、失速しない様にするだけで精一杯だぞ。おまけに少し雨が
落ちて来て、ステージが濡れ始めている。スリップすると拙いし、直ぐ行くしかないな。良し、行くぞ!』
 チャーリーは決心した。高架ステージを作ったスタッフはミニハングライダーのスピードや性能をよく知らな
いのである。
 普通のハングライダーの様にゆっくり飛ぶのではないことが分かっていないので、この様な形にしてしまっ
たのだろう。

『まあ、仮に反対側の客席に激突しても、それでも多分死ぬ事はあるまい。それくらい俺の頭蓋骨は頑丈な
んだからな!』
 自分にそう強く言い聞かせて助走に入った。
『ああ、やっぱり少し滑る。しかし、兎に角飛べ!!』
 不十分なスピードだったが、もう後には引けない。仕方が無いので飛び出して直ぐ羽を一杯に広げた。落下
速度を少しでも遅くしようと考えたのである。

『おおっ! いい具合に風に乗ったぞ!!』
 チャーリーにとって幸運だったのは、強い雨と風が一気にやって来てくれたことだった。かなり強い向かい
風で、速度は落ちたが、高度はぐんぐん上がって行った。
 競技場から飛び出すなと言われていたので、途中で右旋回してまた戻って来たが、高度は三十メートルを
超えていた。

『良いぞ、風も旋回している! また高度が稼げる!』
 二度も幸運が続き、高架ステージより遥かに高く、地上から五十メートル位の高さになった。もう一度、今度
は左旋回して試してみたかった事をする事にした。

『ひょっとすればここで命が尽きるかも知れない!』
 一瞬恐怖心を感じたが、
『別に死んでも良いさ!』
 その時はそう感じた。時々激しい雷鳴があったが、不思議にその音と光が気を落ち着かせてくれたのだった。

「それっ!!」
 声を出して、羽をたたんで、急降下に近い角度で地上に降りて行ったのである。
「えええっ!!」
 地上から悲鳴が聞こえた。失速したと思ったのだろう。しかし少し羽を広げ地上高数メートルの辺りを水平
に猛スピードで飛んで、それから更にもう少し羽を広げて揚力を得、再び飛び上がることに成功したのだった。

「宙返り!!」
 それも声を出して試みた。再飛翔の後、一旦垂直に飛び上がり、更に角度をつけて大きく宙返りをした。
『そろそろ限界だな。最後はゆっくり降りよう。ああ、しかしすっかり雨に濡れてしまったな』
 そう思いながら羽を一杯に広げてもう一度今度は左旋回し、競技場の中心部に向かって低空飛行した。

「それ、着地!」
 中央の円形のステージの直前で体を起し、空気抵抗を最大にして強くブレーキを掛け、ステージの端っこ
の方に着地し、後はローラースケートで滑って、丁度中央に到達した。
 そこには雨合羽を被ったアンディ、キャシャーン、正美、キャロル、ゲルク、カメラマンやその他のスタッフ、
最後まで残っていた、七、八人のチャーリーの熱烈ファン達が正に熱狂して出迎えたのだった。

「ウオオオオーーーッ!!! 凄いぞ、チャーリー・クラストファー! 君こそ正に超人だ!!」
 ごく短い時間チャーリーは歓迎攻めにあったが、生憎の豪雨と雷。直ぐにその場を立ち去って、それぞれの
場所へ移動する事となった。テレビ局側の者達とチャーリー一行とはその場で別れることになった。
 予定時間を大幅に超えていたので、収録終了後の打ち上げパーティー的なものも全てキャンセルになって
しまったのである。

「先ず着替え致しましょう。他の人達はちょっとの間ご遠慮下さい。これは秘書の仕事ですから」
 一旦競技場の中にある控え室でチャーリー一行は小休止を取ってから、直ぐ側にあるホテルに宿泊する予
定だった。
 キャロルはチャーリーの面倒は自分がみると言って、テレビ局のスタッフから貸して貰った、タオルや着替え
の服を用意して、二人きりになることを宣言したのだった。

「わ、分かったわ。早目にしてね」
「ああ、じゃあ、お願いする」
 キャロルの精神が少し狂っていることを知っているので、正美とゲルクは二つ返事で従った。

「ああ、チャーリー様、お可哀想そうに、すっかり濡れてしまわれて。先ず服を脱がせて差し上げますわ」
「はははは、子供じゃないからね。一人で脱げるから、大丈夫だよ」
「はい、それでは、お願いします」
 キャロルは従順に従った。しかし衣服を脱いだチャーリーの身体を有無を言わせずに、結局は下着まで脱
がせて何の羞恥心も無いかのように甲斐甲斐しく丁寧に拭いたのだった。

『まあ、この位はやらせないと後が怖いかも知れないからな』
 チャーリーは目一杯勘を働かせて対応した。すっかり着替えが終ると、何故かキャロルはもじもじしていた。
顔を赤らめているので小用ではない様である。
「そうだな、一生懸命やったんだから、ご褒美を上げよう」
 ピンと来て、数分間キスをした。
「今日はここまでだ」
「はい、有り難う御座いました、ああ、素晴しかったですわ……」
 キャロルはうっとりとしていたのだが、やはりどこか目付きがおかしい。その後で一行は雨が小止みになっ
た午前二時頃にホテルに着いて、一泊した。部屋は二部屋。男同士と女同士が泊った。

「お早う御座います。吉報ですよ、チャーリーさん」
 チャーリーが寝ている間に、ゲルクは午前五時ごろから起き出して、仕事をしていた様である。
「ええと、吉報? 何の事だっけ?」
 チャーリーには何の事だかさっぱり分からない。そもそも今どうしてここにいるのかさえ良く分からなかった。

「はい、今朝のコマーシャルの撮影の件ですが、昨夜の雨で、機材の搬入が遅れて、撮影の方は午後
二時からになりました。
 ですから、もう暫くお休みになって下さい。午前十一時頃に皆で昼食を取る事にしましたから。撮影の方は
それからと言う事で」
「ああ、そうか、コマーシャルの撮影があったんだ。はははは、すっかり忘れていたよ。いや、昨日は正直、
命懸けだったからね、あの飛行はね」
「えええっ、そうだったんですか? 僕はてっきり自由にのびのびと飛んでいたのかと思ったんですが、違うん
ですか……」
 ゲルクは険しい顔になって言った。

「ああ、詳しい事はまた後で話すけど、嵐が来たお陰で助かった様なものなのさ。かなりの幸運だったよ。えっ
と今は何時だ?」
「今は午前六時です」
「そう、じゃあ、悪いけど、もう一眠りさせて貰う。ホテルのチェックアウトの方は大丈夫なのかな?」
「はい、そういうこともあろうかと、ここは二日間泊る予定にしておいたのです。その間、掃除などもしない様
にして貰いました。それで良いですよね?」
「ああ、のんびり出来るんだったら、それで良い。じゃあ、時間が来たら起してくれ。精神的に相当疲労したか
らゆっくり休みたいからね」
「承知しました。私ももう少し眠らせて頂きますが、御用の節はどうぞ遠慮なく起して下さい」
「分かった、じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
 二人は再び眠りに着いた。

「チャーリー様、起きて下さい」
 今度は女の声だった。
「あれ? もう時間か?」
 チャーリーの目の前にはキャロルが立っている。
「はい、もう午前十一時になりましたわ。うふふふ、私変なことに気がつきましたわ」
「変なこと?」
「ええ、お髭が全然伸びておられないのですね。つるっとしていて、何だか心地良さそうですわ」
 キャロルはそう言うと、遠慮も無く顔を撫で回した。

「ああ、はははは、まあ、サイボーグだからね。唯一良い点があるとすれば、髭剃りの必要が無いことだろう。
しかし、キャロル、部屋から出て待っていてくれないかな。今服を着るからね。その前に、一風呂浴びたいしね」
「あの、私がお背中お流し致しますわ。変なことはしませんから大丈夫ですわよ。しても勿論構いませんけど」
 キャロルは一緒に風呂に入る積りの様である。
『うーん、ちょっと拙いぞ。セックスを求めて来るのに決っている。一応覚悟はしたけど、ううむ、どうしたもの
かな』
 今頃になって林果の顔が思い浮かんで来た。しかし何かおかしい。気が付くとそこには林果が立っていた。
「あれ、林果、いつここに来たんだ?」
「たった今よ。この浮気男! あんたなんかとは絶交よ!」
「パパ、酷いです!」
 昇一まで居るではないか。

「チャーリーさん、時間です」
「えっ!」
 今度は男の声である。
「どうしたんですか?」
 ふっと目が覚めた。どうやらキャロルや林果や昇一の姿は夢で見たようだった。ゲルクが少し心配そうに顔
を覗き込んでいた。

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