夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あれ? キャロルは?」
「はあっ? はははは、キャロルさんなら、隣の部屋ですよ。正美さんとおめかしの真っ最中です。彼女の事
が気に掛りますか?」
「いや、その、どうやら夢を見ていたようだ。悪いんだけど、一風呂浴びてから行く事にするよ。昨日は、まあ、
キャロルさんに体を拭いて貰ったけど、何か落ち着かなくてね。
本来だったら昨夜のうちに風呂に入っておけば良かったんだけど、余りにも疲れてその気力さえなかったか
らね。良いかな?」
「はい、勿論です。ちなみに私はもう入りましたから、どうぞお気遣い無く」
「ああ、じゃあ、ちょっと失礼。少し長くなるかも知れないよ、何かこう、気持ちを落ち着かせたいからね」
チャーリーは長風呂になることを匂わせてから入った。
『ふう、アメリカ式のお風呂は日本人にはちょっと違和感があるんだけど、まあ、湯船が大きいから良いよね。
久し振りに沈み入りをやるか。今は全然眠く無いから、うっかり寝過ごす事は無いだろうしね』
そう思うと早速それ式をやった。
『ああああ、サイボーグになって良かったのは、夢の中でキャロルに指摘された通り、髭とかが伸びない事だ。
それともう一つ、この様にお風呂の底に沈んで入れること。ふう、落ち着く。
しかし、さっきの夢はリアルな夢だったな。林果に叱られて、息子の昇一にまで怒られて、悪いお父さんだ
よな全く。でもキャシャーンとの半端だったけどセックスは悪い気がしなかった。あれは浮気か?
それとキャロルとのキス。一応彼女の気持ちを考えての事だけど、その割には美味しかった。ふうむ、金
森田みたいにレイプ三昧じゃないけど、複数の女性と関係を持ったことに変りは無い。
もし夢で見た様に、林果が現れたらどうする? 彼女はまだ地下のノアシティに居る筈だけど、その後音
沙汰が無いし、油断は出来ないな。
拙い、思いっ切り拙い。おっと、何時までもこうしてはいられない。そろそろ上がろう。ああ、しかし、どうした
ら良いのか、どうしてこうなったのか……』
幾ら考えても埒が明かないので、成り行きに任せて兎に角風呂から上がって、皆と一緒に昼食を取る事に
した。
「やあ、お待たせ、じゃあ、行こうか」
「はい。昼食はここのスカイレストランの席を予約して置きましたから。そこで今日の予定について詰めて置
きます。ただ、コマーシャルの撮影は時間に余裕が御座いませんから、かなりの強行軍になるらしいですよ」
「はははは、脅かさないでくれよ。ふう、しかし売れっ子のタレントってこんなものなのかな?」
「いえいえ、もっと凄いらしいですよ。今日みたいにのんびり眠らせてはくれないらしいです」
「へえ、そうなんだ」
二人は話しながら廊下に出た。
「お早う御座います。チャーリー様、今日は一段と素敵で御座いますわ」
キャロルが遠慮なく褒め称えた。
「お早うと言うか、お昼ですから今日は、かしら? さあ、参りましょう」
「はははは、二人とも何と言うのか、随分ドレスアップしたんだな。驚いたよ。私は相変わらずのジャージー
姿だよ。ちょっと高級な感じのものだけどね。でもディナーショーに行く訳じゃないし、昨日みたいにフォーマル
な衣装で良かったんじゃないのか?」
見ようによっては如何にも不釣合いだった。
「いいえ、チャーリー様付の秘書ともなりますと、この位の衣装で丁度良いのですわ。チャーリー様の衣装は、
これからローラースケートに乗るのですから、その衣装で当然だと思います」
「そうですわね。私は今夜テレビ出演がありますから、やっぱりこの位ドレスアップして当然ですわ」
「しかし、二人とも何かこう映画の女優みたいな衣装だね。露出も多いし」
少し呆れ気味なのは二人の女性の服装について行けなくなっているゲルクだった。彼は昨日と同様のフォー
マルな背広姿で、マネージャーらしさを演出していたのである。
「ま、まあ、お二人が良いのであれば、それで良いよ。兎に角レストランへ行こう」
チャーリーは二人のドレス姿にちょっと見とれたが、余り見とれ過ぎると、後々怖い事がありそうで、直ぐ気
持ちを振り切って歩き出した。無論二人の女性はその一瞬を見逃しはしなかった。
『うふふふふ、チャーリーさん、まんざらでも無さそうね。作戦大成功!』
二人の女性はそんな感情を持ったのだった。ただ目の前にライバルが居る事が少々辛い事でもあった。お
互いに嫌いな訳ではないから尚更である。
「こちらで御座います」
ウェイターが四人を案内した。四人は周囲から好奇の目で見られた。ここは普段着で入れる中級のレスト
ラン。ラフなスタイルの連中が多かった。
むしろチャーリーが一番ここに相応しかったかも知れない。ゲルクはそこそこだったが、二人の女性はやた
ら目立っていたのである。
「はははは、なんか目立っていますね。でもまあ、お二人は奇麗だから、私は好きですよ、その衣装も、まあ、
中身もね」
「ふふふふ、女優は目だって何ぼの商売ですからね」
キャロルは女優の気分になっているようだった。
「そうね、私は今回テレビ初出演だけど、ひょっとすればちょくちょくテレビ出演やひょっとすると映画出演も
あるかも知れませんしね、まあ、誰かさんがお気に入りだったら、他の人が何と言おうと、全然気にしないわ」
正美もいたって強気である。
「さ、お話はそこまでにして、何になさいますか?」
ゲルクに言われて、またしても困った。相変わらず英語で書かれているメニューが読めないのだ。こうなる
と正美にすがるしかない。
「正美、これはなんて書いてあるんだ? 手書き風の字体じゃ読めないんだよ。せめて活字だったら良いんだ
けどね」
こういうこともあろうかと正美の隣に座ったのだった。他の者に聞かれると何かと面倒だと思って、日本語
で囁いたのである。
「もう、こんな時に小用なの? あそこみたいよ。メニューは私に任せてね」
正美は巧妙な言い方で助け舟を出した。
「じゃあ、済まないけど、お願いしておくよ。ちょっと失礼」
今度は英語でそう言うと、チャーリーは小用に立った。無論正美の機転に調子を合わせたのである。行き
たくは無かったが、トイレに行くしかなかった。
しかし、この時チャーリーはここがアメリカである事を一瞬忘れていた。目立つ四人組は、金持ちそうに見
えた様である。
「へへへへ、金を出しな。大きな声を出すと、死ぬぞ!」
トイレの中で四人の若い黒人達に囲まれてしまったのである。手に手に大型のサバイバルナイフを持って
いた。一人だけトイレの入り口で見張りをしている。
「申し訳ないが、持ち合わせが無い。怪我をしたくなかったら止めた方が良いぞ!」
逆にチャーリーが凄んだ。
「無い? じゃあ、死ね!」
男達は一斉にナイフを振りかざして来たが、
「バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!」
四人とも顎を強打されていた。この時初めてチャーリーはかなりの手加減をした。今までだったら顎の骨を
砕いていた。
「ウグググッ! な、なにくそっ! これでも喰らえ!」
三人は戦意を失ったが、一人リーダーと思(おぼ)しき男は頑張った。尚執拗にナイフで攻撃して来たので
ある。
「危ないな、こういうものは使えない様にした方が良いだろうよ」
あっさりとナイフを奪い取ると、
「ムンッ!」
力を入れてサバイバルナイフの刃先をUの字型に曲げてしまったのである。
「はははは、さあ、これで良いな。返すよ」
チャーリーは笑って言った。
「ヒャッ!! ウギアガグッ!!」
「ギャッ! ヒーーーッ!」
意味不明の言葉を発したり悲鳴を上げて男達は逃げ去ったのである。全員がズボンの前をかなり濡らし
ていたのは失禁してしまったのだろう。
『ふう、やれやれ、二度と悪さが出来ない様にもっと痛めつけた方が良かったのかな? いやいや、これで
良いのだ。今までやり過ぎたからな』
過去に、殺したり半死半生の目に合わせて来たことが、ずっと心の奥底で引っ掛っていた。少し甘くなった
とも思ったが、更生のチャンスを与える事も必要だと思うようになって来ていたのである。
「どうしましたか!」
男達が悲鳴を上げて逃げ去ったのを見て、慌ててゲルクがやって来た。
「チャーリー様! お怪我は御座いませんか?」
「だ、大丈夫なの?」
キャロルも正美も心配して駆けつけた。男子トイレに平然と入って来たのである。
「はははは、四、五人の男達に金を要求されてね。少し懲らしめておいたから良い薬になったと思うよ。それ
にしても、キャロルさんと正美さん、ここは男子のトイレですよ、早く出た方が良いですよ。危ない女性だと思
われると拙いですからね」
「平気ですわ、そんなこと。チャーリー様にもしもの事があったら、私生きていけませんから」
「ええ、そうですとも、それに比べたら男子トイレだろうと何だろうと、えっ、きゃっ!」
正美は途中で正気に戻った感じで大慌てでトイレから出て行った。しかしキャロルは全く平然としていた。ど
こか精神がおかしいと、改めてチャーリーとゲルクとは感じたのである。
「あのう、ここで騒ぎを起されては困るのですが」
四人が元の席に戻ると、直ぐ先ほどのウェイターがやって来て注意した。そう言えばレストラン中がざわつい
ている。
「冗談じゃないわよ。こちらにおられる方を誰だと思っていらっしゃるの? 天下のチャーリー・クラストファー
様なのよ! 言葉に気を付けなさい!」
激しい口調でやり返したのは秘書のキャロル・ピースだった。