夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「この仕掛けに一体どういう意味がある?」
ブツブツとそんな事を呟き、何かサプライズの設定があるかも知れないと思って、きょろきょろ辺りを見回し
ながら慎重に歩いて行く。
まるで田舎から出て来て、初めて自動ドアを見る、そんな感じに思えたのだったが、それがスタッフ達の
狙いだったのである。だから何も知らせずにいきなり自動ドアを通らせたのだった。
『あれっ? 妙にドアの開くスピードが速いぞ。閉まる時はゆっくりだけどね。ふふーん、これだったらもっと速
く走れそうだ』
チャーリーは最新型らしい自動ドアの開閉、特に開く時のスピードが異常な位速い事に気がついたが、そ
の時にはもう、最後の自動ドアに掛っていた。
「はい、OKです! じゃあ、もう一度こっちへ戻って来て下さい!」
叫んだのはアシスタントディレクター、いわゆるADだろう。言われた通り、自動ドアの脇を通り抜けて一番
手前に戻って来た。
「それじゃあ、もう一度お願いします。ああ、さっき言い忘れましたが、カメラテストを兼ねて一応写させて貰い
ました。時間がありませんので、もう少し速くお願いします。スピードアップでね」
今度は監督が言った。しかし何か隠している様な気がした。
「あの、逆方向から来れば効率が良いんじゃありませんか?」
念の為に聞いてみた。
「はははは、逆方向からは開かないんですよ。センサーがこっちにしか付いていないのでね」
監督は笑いながら言ったが、
「うーん、どうしてですか。普通両方から通れると思いますけど?」
チャーリーは更に当たり前の事を聞いてみた。
「予算の関係ですよ。それと撮影の都合とです。十枚もの自動ドアなので、センサーを両側に付ければ倍の
お金が掛かる。
このセンサーは最新型だから値段もさることながら、数も少ないしね。それと撮影は右から左へと決ってい
るんですよ。
逆から写せばカメラの位置や背景の設定も新たに考える必要がある。そんな事をしていては時間も倍掛か
るからです。お分かりになりましたか?」
監督は少し面倒臭そうにしながらも、一応丁寧に説明した。
「はい、良く分かりました。じゃあ、もう一度やってみましょう」
チャーリーは何か引っ掛るものを感じながらも一応了承して自動ドアの潜り抜けの二回目を実行した。一
回目は恐る恐るだった事もあって五分位掛ったが、二度目は遥かに速い。
次々に猛スピードで開く自動ドアであることが分かって、早足位のスピードで通り抜けた。一分を切っていた
のである。しかし監督は満足しない。
「折角のローラースケートが無意味ですよ。もうちょっと速くお願いします」
「はい、じゃあ、もう少し速くしてみますけど、ドアにぶつからないでしょうね。壊すと拙いんでしょう?」
「はははは、一つ二つなら平気ですよ。予備が五、六台ありますからね。それに貴方はサイボーグなのです
よね?」
「はい、そうですが」
「だったら自動ドアにぶつかった位では怪我はしませんよね?」
「ま、まあ、そうですが」
「失礼な言い方かも知れないが、ぶつかっても怪我をしないだろうから、だから貴方を選んだのですよ。これ
が生身の人間だったら、大怪我をする恐れがある。そうなっては元も子もありませんからね。悪いのですが、
ぶつかる覚悟で行って貰いたい」
とうとう本音を吐いた。
「はははは、私は一種の実験道具なのですね?」
「まあ、そのようなものです。その為に高額のギャラをお支払いしている」
「分かりました。私にも意地がありますから、やると言った以上やります」
やや憮然とした表情でチャーリーはスタートラインに立った。
「今度は本番! 用意! スタート!」
監督の厳しい声が飛ぶ。先ほどまでののんびりしたムードは一変したのだった。
『ええい、こうなったら一つ二つぶち壊してやる!』
その積りだった。今度は自転車位のスピードでしかも一切立ち止まったりしなかった。時間は僅か二十秒。
しかし自動ドアにはかすりもしない。
『やっぱり妙だぞ。こっちのスピードに合わせて、ドアの開くスピードも速くなっている気がする』
そう思ったが、今度は監督に何も言わなかった。
『あの男は俺を実験動物位にしか考えていない。くそっ!』
そんなふうに感じて止めたのである。
「さあ、次のパターンです。また着替えてメークもやり直して貰いますよ」
監督はその場のスタッフ達全員に言った。直ぐテントに入って服を着替えたりメークも変えたり大忙しだった。
再びローラースケートで自動ドアに突っ込んで行った。今度は更に速く、時速にして三十キロ位。次が四十キ
ロ位。
二番目のパターンの最後は時速にして五十キロ位だった。それでも自動ドアには相変わらず全く触れる事
が出来なかったのである。
「はははは、口ほどにもありませんね。それにまだ自動ドアにぶつかるかも知れないと思っているようですね。
ぶつかれるものならぶつかってみなさいよ。
ぶつかったら個人的にボーナスを差し上げましょう。ふふふふ、丸秘ボーナスをね。まあ、無理でしょうけど
ね、はははは」
監督は意地悪そうに言って豪快に笑った。四十そこそこの比較的若い髭面(ひげづら)の監督だった。
「もっと頑張ってみますが、助走距離が殆ど無いので、もうそろそろスピードとしては限界に近いのですがね。
助走距離がもっとあればもっともっとスピードは出せますよ」
チャーリーは反論したが、
「これ以上の助走は無理だね。スピードがこれ以上出ないんだったら、撮影は打ち切りますよ。何とか頑張っ
てもっとスピードを出して下さい」
と、取り付く島がなかった。
三番目のパターンが始まった。チャーリーのスピードは更に速くなった。今度はいよいよ本気でぶつかる積
りになっていたからか、最終の最高スピードは時速七十キロほどになった。最早限界である。
しかも困る事があった。最後の自動ドアを通り抜けたところで、ブレーキは掛けるのだが、止り切れずに予
め用意してあるマットに激突する。そのマットがついに破れてしまったのである。これは予想外だった様である。
「ううーん、拙いですね。撮影はまだまだあるのに、マットがいかれましたか。困りましたね、どうすれば良い
のか……」
豪放な監督だったが、この時ばかりは困り果てた様だった。予備のマットは一つも用意していなかったので
ある。
「あのう、こうしたらどうですか。木製の台や床材は競技場の資材置き場に沢山用意してあります。昨日の『世
界の超人集合!』に使ったものもありますからそれを観客席の端に載せるのです。
それから観客席の上にもスロープを作って上って行く感じにするのです。そうするとかなりの距離を稼げま
す。それと上りなので自然にブレーキが掛りますから、体をマットにぶつけなくても止まれます。
帰りにはスロープを降りて来れば、勢いで何もしなくても一番手前の自動ドアの所に戻れます。そうすれば
一石二鳥でしょう?」
何時の間にやって来たのか、キャシャーンが自分のアイデアを披露した。
「ほほう、しかしセッティングに時間が掛るんじゃないのかな?」
「そこはサイボーグの強み。万一、落っこちても、怪我なんかしません。不具合があったらその都度応急処
置をして撮影を続けて行けば宜しいでしょう?」
「なるほど、ああ、君はタレントのキャシャーンだったね。側で見ると一段と奇麗だ。頭も良い。さっそくそのア
イデアを使わせて貰うよ。
それとついでだから、君も出ないかね、出てくれれば個人的にギャラを弾むけどね。美女とサイボーグ、何
とも良い取り合わせだと思うからね」
監督は舌なめずりをしながら言った。個人的感情むき出しだった。
「出演はOKです。ただ、向うで見ている人達も出演させて下さい。退屈し切っていますからね」
キャシャーンは条件を出した。チャーリーの立場に配慮したのである。
「分かった。ただし、ギャラは小遣い銭程度だけど良いかな?」
「勿論、大金を貰おう何て考えていませんわ。ただ見学の積りで来て、出演出来るんだったら、それだけで儲
けものですもの」
「交渉成立だ、握手してくれ」
監督はいやらしい目付きでキャシャーンを見たが、キャシャーンは目をそらして仕方無しに握手した。
「へへへへ、滑々(すべすべ)で可愛らしい手だ。良し、皆聞いての通りだ、手の空いている者は全員で資材
置き場に行って木製の台と床材を持って来い。大急ぎでスロープを作るんだ!」
大声で指示を出した。スタッフが大勢駆け出した。
「ええっ! 私達も出演するんですか?」
正美は随分驚いたが、まんざらでも無い様子だった。しかし、
「キャロル、君は出演してはいけない。キャシャーン、監督にも言って置いてくれないか」
観客席の中へのスロープを作る間休憩していたチャーリーが険しい表情で言った。
「あの、私はどうして駄目なんでしょうか? チャーリー様は私と一緒に出演したくないのですか?」
悲しそうな目でキャロルは言った。
「いや、君は特別だからね。私の大切な秘書だからだよ。それとゲルク、君もだ。私のマネージャーは出ては
いけない」
チャーリーは内心では必死の思いだった。
『精神障害者を出演させる訳には行かない。しかし彼女一人だけではちょっと拙いから、ゲルクも出ないこと
にすれば一応格好がつく』
そう考えていたのである。