夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 小一時間ほどで、スロープは出来上がった。俄か作りなのでかなり強度は怪しいが、見た感じは頑強そう
である。
「よっしゃ、四番目のパターン開始! まあ、ブレーキも兼ねたスロープの性能テストだから、チャーリーさん
一回目はゆっくり、二度目は中速、三度目は最速でお願いする。
 キャシャーンともう一人日本人の正美と言ったか、彼女の出番はまた後だ。今それらしくメークをしている。
アイディアも考え中だ。それで行って貰う。OK?」
「OK!」
 チャーリーは早速一度目は自転車程度で、二度目は百メートルを全力で走る位のスピードで、三度目は
彼の全力で走った。

 スピードガンが設置されていて、最後のドアを抜ける速度が電光掲示板に表示される。慣れもあったから
か、更にスピードは上がって最終時速は八十キロを超えた。
 マットに体をぶつける必要が無いという、心理的な圧迫感から解放されたせいかも知れなかった。スロー
プの状態は頗る良くて、スタッフの腕の良さが光っていた。

「さあ、どんどん行くぞ。今度は五番目。美人のお姉さん達の登場は次からだ。今度は少し冒険、ジャンプし
てみてくれないか?
 少し脚を縮めるだけで良い。まあ、やり方は任せるが、もうスピード的に限界だろうから何か目先を変えな
きゃ面白くないからね。
 はははは、予定外だと言いたいんだろうが、撮影に予定外は付き物なのでね。あんたもこの業界で長く
やっていこうと思ったら、そういうアイディアは自分から出す位じゃなきゃね。OK?」
「勿論、OKだ!」
 チャーリーはちょっとムッとした。
『何か話が違う! そういうことだったら、最初からそう言ってくれれば、それなりのアイディアぐらい幾らでも
提供する。状況を何も知らせずに、いきなりアイディアを出せと言っても無理だよ!』
 そう感じたのである。しかし相手は監督。この場では一番のリーダーである。承知せざるを得なかった。

「そりゃっ!」
 チャーリーは最初はほんの一瞬のジャンプに止めた。最初から凄いジャンプを見せても、更にもっとと要
求してくるのに違いないと思ったのである。

「もう少し何とかならんのかね。今のじゃよっぽど気を付けて見ないと分からないぞ」
 案の定監督は更なる要求をして来た。
「はりゃっ!」
 予定通りにもう少し多めに飛び、三度目は更にもう少し飛んで見せた。まだまだ余力はあるが少しずつアッ
プして監督のもっともっとという要求に答えられる様に、パワーは温存していたのである。
『多分この後も、更に更にって要求をエスカレートして来るだろう。ふん、こっちも自衛策を講じないと身が持
たないよ、全く!』
 そう思いながら、一応目一杯やっている振りを通した。

「さあ、いよいよ美女のご登場だが、正美さんには替え玉というか、吹き替え役をやって貰う。幸い背格好も
似ているし、肌の色は着色クリームで誤魔化してある。
 さあ、正美、スロープのてっぺんに立ってくれ。スタッフに立てる様にちょっとしたせり出しを作って貰ったか
らな、大丈夫ちゃんと立てる筈だ。
 悪いが、我がいとしのキャシャーンには怪我をされては困るのでね。彼女は有名だが君は無名だ。そこの
ところの意味は分かるよね?」
「は、はい。でどうすれば良いんですか? てっぺんに立って何かするんでしょう?」
「ああ、チャーリーが君の直ぐ側に行く。そうしたら目一杯手を差し伸べてくれ。今はそれだけで良い。当然
届きそうで届かない。そういうシーンにするんだよ。
 手の届いたシーンは別の場所でやる。下の競技場の地面の上に今セットを作って貰っている。つまりは魔
女に拉致されたお姫様が、高い塔に動けない様に鎖で縛られている事にするんだ。
 それをチャーリー王子が助けに行く。昔の自動ドアでは助けられないが、我が社の自動ドアだったら助けら
れる。スピードが出せるから高い塔に登って行けるからね。
 王子がローラースケートというのはおかしいかも知れないが、まあ、今時のコマーシャルなんてそんなもん
だからね。分かったかね?」
「はい。じゃあ、行きます」
 正美は不安そうに歩き始めた。どうやら高い所が苦手な様である。

「おい、誰か付いて行ってやれ。それから、上に居るスタッフにこの人が倒れたりしない様に、後ろから旨く支
えるように言っておけ。支えるのは女性スタッフに限るぞ!」
 監督は檄を飛ばしたが、どうやら女性には優しいようである。正美はやがてスロープのてっぺんに着いた。
裾の長い王女らしい服装とメークも同じ感じにしてあるので、下で待機しているキャシャーンと実に良く似て
いた。遠目からは同一人にしか見えなかった。

「さあて、今度は六番目のシーンだ。正美のところへ全力で何度か飛んで行って貰いたい。後ろから魔女が
追い掛けてくる感じで逃げるようにな」
「分かった。それで、手を繋ぐ事は無いんだよね?」
「ああ、そうだな、届きそうで届かないパターンにする。しかし次の七番目はしっかりと手を繋いでくれ。今回
は惜しくも届かないシーンで行く。
 旧タイプの自動ドアの設定にするからドアの前で一回一回立ち止まってくれ。おい、センサーを旧タイプに
変換しろ。スイッチを入れろ」
 監督は大声でスタッフに伝えた。どうやらスイッチ一つで旧タイプの開くのに時間が掛るタイプに戻す事も出
来る様である。慌てて操作しているところを見ると全くの予想外だったのだろう。

「よし、それじゃあ行ってくれ」
「OK!」
 チャーリーは今度は一つ一つ立ち止まって自動ドアの開くのを待ってローラースケートを走らせた。しかし
慣れというのは怖いもの。
 さっきまでの瞬速で開く自動ドアに慣れているせいか、何度もぶつかりそうになった。いや、二回も実際に
は軽くぶつかったのだった。それはそれでしっかりとカメラは捕らえていたのである。
『ぶつかるシーンが欲しかったがうまい具合にぶつかってくれた。はははは、これは儲けものだな』
 監督はそんな風に感じていたのである。

「行くぞ!」
 チャーリーは最後の自動ドアを抜けてから全力で走って行った。これも予想外の事だったが、チャーリーの
パワーが凄く、楽にてっぺんまで届いてしまったのだった。
「おい! チャーリー! 届いてどうする! その位演技しろよ!」
 スピーカーを使って大声で怒鳴ったのだった。もう一度やり直したが、今度は一応旨く行った。しかし、
「おい、如何にもわざと力を抜いた感じだ。もう少し演技しろよ。全力を挙げたが届かなかった、そんな風に
演技しろよな!」
 また大声で怒鳴ったのである。

「くくくっ! だめだ!」
 チャーリーは必死の演技をした。如何にも悔しそうにして後一歩のところで届かない、そんな風に見せ掛け
た。
「OK! やれば出来るじゃないか! さあ、今度は七番目だ。おい、今度はセンサーを最新のに切り替えろ。
間違いなくやれよ。これでぶつかったんじゃあ、意味が無いからな!」
 監督はどんどん撮影をこなして行く。しかし予想外のアクシデントはしばしばあるものである。

「バーンッ!! ガッシャーーーン!!」
 九番目の自動ドアが瞬速で開かずに、ゆっくり開いた為に激突して、粉々に砕けてしまった。スイッチは確
かに切り替えたのだが、何故か一台だけ切り替わらなかったようである。
 生身の人間だったら大怪我をしていただろう。奇しくも初めに監督が予想した事が起きてしまったのである。
彼の言う通りチャーリーは殆ど怪我はしなかった。
 傷は付いたが、疑似血液を丁寧に拭き取って、目立たない様に厚めに肌色のクリームを塗り、何とか誤
魔化した。
 壊れた自動ドアは予備のに取り替えられて、撮影再開である。急ピッチで撮影は続けられていたが、時間は
はもうあと少ししかない。予定されていた十二種類の撮影は到底無理な様である。

「悔しいが、今回の七番目の撮影三回で終了になりそうだ。どうして切り替えスイッチがうまく行かなかったの
か。ええい、お陰で八番目の撮影は無理になった!
 まあ、そんな事を何時までも言っていてもしょうがない。さあ、チャーリー君、今度は全力で頼むぞ! 飛ぶ
様に走ってくれ!」
 撮影が予定より大幅に遅れたので悔しそうだったが、時間的制約が厳しくてどうにもならなかった。七番目
の撮影もチャーリーはパワーを徐々に上げて行った。
 今度はぶつかることも無く、最後の三度目の疾走は皆が目を見張るほど速かった。時折ジャンプしながら
それでも時速は九十キロに達したのである。

「姫、ただ今到着しました!」
「ああ、王子、我が愛する人よ!」
 二人の台詞はアドリブだった。監督の指示は何か言え、と言っただけである。そこで自動ドアを使った撮影
は終了した。後残りは、地上のキャシャーンとのちょっとしたラブシーンだけだった。

「抱き合ってキスしろ! 一発で決めろよ!」
 監督は不機嫌そうにそう言った。キスシーンは周囲に見られていたのでちょっとぎこちなかったが、経験の
ある二人のキスは堂に入っていた。勿論ディープにならない程度に軽く済ませたのである。

「ああ、もうそんなもので良いよ。まだちょっと時間があるな。何かアイディアは無いか?」
 監督は十分ほどの時間の余裕を有効に使いたかった。
「じゃあ、私が抱き上げて、自動ドアをくぐるのは?」
 監督が前にアイディアぐらい出せと言っていたので、チャーリーは早速アイディアを出してみせた。

「ほう、成る程ね。まあ、良いだろう。じゃあ、これが本当の最後のシーンだ。自動ドアの電源は入っているだ
ろうな?」
 言われて直ぐスタッフの一人が走って全部の自動ドアを潜り抜けて確認した。

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