夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ええと、そうだな、服装が七番目と同じじゃ芸が無いな。おい、チャーリーの衣装を二分で取り替えろ。メー
クも簡単で良いからな! 全部で五分未満だ、早くやれ!」
 監督が叫ぶと、早速スタッフがやって来て、チャーリーは本当に二分という早業でロビンフット風な衣装に変
えられた。メークもたった二分。合計で四分で終ったのである。

「さあ、行くぞ、用意、スタート!」
 何もかも慌しく進んだ。チャーリーは王女に扮したキャシャーンを抱き上げて、微笑みながら次々に自動ド
アを通り抜けて行った。キャシャーンはうっとりとチャーリーを見詰めている。
 一度目は往復に一分掛った。直ぐ監督から、スピードアップの声が掛った。二度目も同じく一分だったが、
今度はグンとスピードは速い。
 その為にスロープの頂上付近まで昇って行ってしまったのである。ところがそこにはまだ鎖に繋がれた正美
がスタッフと共にいた。鎖を外している真っ最中だったのだ。

「馬鹿やろう! 上の連中早く降りて来い! 王女が二人いてどうする! キャシャーン、悪いがもう一度今の
シーンを撮るから。もうちょっとの辛抱だからな。我慢してくれ」
 相変わらず監督は特にキャシャーンにだけ気を使っている。

「さあ、邪魔者は消えた。これが最後だからな、用意、スタート!!」
 監督はいよいよ最後というのでいっそう大きな声で叫んだ。
「ああ、チャーリー、キスして」
「ふふふ、喜んでさせて頂きます」
 これも全くのアドリブ。次々と高速開閉自動ドアを潜り抜けながら、二人は短いキスを何度か繰り返した。特
に最後のスロープを登るシーンでは、ずっとキスしっぱなしだった。
 さすがに降りて戻って来る時には、撮影しているカメラマンや監督の姿が目に入って、キスは止めたが、か
なり本気のキスだった。
 この時キャシャーンは今の恋人と別れる決心をしていたのである。最近関係がギクシャクしていたので渡り
に船だった。本気のキスはその証(あかし)でもある。

「ええい、何もキスすることはあるまい! 誰も注文していないぞ! しかし、まあ、一応自然な流れだから、
畜生、OKだ!」
 何とも悔しそうに監督はOKを出したのだった。そこで全ての撮影は終了したが、監督はチャーリーには目
もくれず、ひたすらキャシャーンとだけ話をした。個人的なギャラの支払いについての事の様だった。

 その話も終って、チャーリー一行は今度はキャシャーンの車でテレビ局に向うことになった。本来はゲルク
の車を使う積りだったのだが、キャシャーンがかなり強硬に言ったので、やや渋々ながらそれに従ったのだっ
た。
 ゲルクの車はホテルの駐車場に置いてあるので、少し歩く必要がある。キャシャーンの車は、競技場の駐
車場に置いてあるので、即刻行けるというのが彼女の主張だった。

 一つ問題があるとすれば、キャロルの目付きがキャシャーンに対して、相当に厳しいものになっていた事
だった。
『事件が起きなければ良いが……』
 ゲルクと正美と、そしてチャーリーとはそれを大いに心配した。

「さあ、着いたわよ。自分で言うのもあれですけど、ここは自分の庭みたいな所ですから、分からない事がお
ありでしたら、どんどん聞いて下さい。
 ふふふふふ、カレン、お早う。トーマス、お早う。今日は私のお友達を連れて来たのよ。こちらはもうご存知
でしょう、サイボーグ、いいえ超人のチャーリー・クラストファーさんよ。これから生出演なのよ」
 テレビ局の廊下を歩いていたが、キャシャーンは何とも張り切っていた。

「今晩は、コンポンです! あの、今日の対談宜しくお願いします」
 チャーリーは事前の打ち合わせをしようとして、スタジオの一角での司会者を見て驚いた。彼にとってはお
馴染みの日本のコンポン君、本名、根本新之助だった。しかし初対面の振りをする必要がある。

「あれ、日本の方ですか?」
「はははは、良く日本人だとお分かりですね。大抵中国人かアジアの人ですかと言われるのですが、日本に
お詳しいのですか?」
 コンポン君には勿論初対面の男性にしか思えない筈である。

「いや、何と無くそう思ったのですよ」
「あら、貴方の事は私がチャーリーさんに言った事があったからでしょうきっと。日本では有名ですもの。でも
どうしてアメリカに?」
「はははは、話せば長くなるのですが、実はこちらにうちの親戚の者がおりまして、それと是非チャーリー・ク
ラストファーさんにお会いしたかったのですよ。
 日本で私はソード・月岡という人や大黄河夕一郎という、どこか貴方に似た人と仕事をした事が御座います
ので、その確認をしたくてやってまいりました。
 まあ、テレビ局の人と個人的に知り合いもおりましたので、アメリカのテレビ事情の勉強の為にも一度どう
しても来たかったので、とうとう来ちゃいました。
 アメリカ大リーグに来る野球選手のような心境ですね。日本の二倍以上の人口と圧倒的経済力を持つア
メリカという国を肌で感じたいと思って来たのですよ」
 コンポン君は熱っぽく抱負を語ったのだった。

「あの、私はレベッカと言います、宜しく。コンポン君の親戚と言うのは実は私なんです。父親が日本人、母親
がアメリカ人なんです。
 もう亡くなりましたが父親がコンポン君の親戚なものでして。ところでキャシャーン、貴方どうしてここに? 
お休みじゃなかったの?」
 レベッカはキャシャーンと親しい間柄の様だった。

「えへへへ、チャーリー・クラストファーさんとちょっと個人的にあれだからよ。分かるでしょう?」
「もう、気が多いんだから。ここの局の彼とはどうなっているの?」
 レベッカは顔をしかめて言った。
「彼とはもう終ったのよ。今度こそはと思ったんだけど、一度抱かれたらもう、横柄な態度で頭に来たわ。ああ、
済みません、プライベートな質問は無しにしてよ、レベッカ!」
 キャシャーンはチャーリーをチラッと見ながら言った。

「はははは、レベッカさん、本番では今の様な質問はしないで下さいね。ただ色々とショッキングな事も聞く
かも知れません。
 私も色々な情報を得ています。かなり大胆な推測を言いますが、それでも宜しいでしょうか? それともやっ
ぱり拙いですか?」
 コンポン君の目付きは急に厳しくなった。ただ事では無い気配がある。

「はははは、なんだか怖いですね。例えばどんな事ですか?」
 チャーリーは半信半疑だったがしかし、長い付き合いでもある。
『ひょっとすると真相を嗅ぎ付けているかも知れない』
 そう感じた。怖くもあったが、何もかも洗いざらい曝け出したい心情もあった。本来正直な性格の彼には嘘
を吐き通す事が苦痛だったのだ。

「例えば、例えばソード月岡、大黄河夕一郎、そしてチャーリー・クラストファーが本当は同一人だという様な
事です。
 まあ、それは幾らなんでも有り得ないでしょうが、何か共通点があるような気がしてならないのですよ。そ
の点に付いて、本番で多少なりとも聞きますが宜しいですか?」
 並々ならない決意がコンポン君にはあった。

「はははは、参りましたね。……良いでしょう。受けて立ちましょう。私は大統領の召使じゃありませんからね。
そうですね、たった一つだけ条件があります。それを受け付けてくれたら、何もかも正直にお話しましょう。
 この業界に顔がきくんですよね、コンポン君、それとレベッカさん、キャシャーン。あなた方の力で何とか私
の願いを叶えて欲しいのです」
 ついにチャーリーは決断した。

『林果に顔向けの出来ない事をしつつある。もう後は死ぬ時を待つばかりだ。好きな女と好きなだけ情を交
わして、消滅する。
 その前にどうしてもやって置きたい事がある。それが出来るのだったら、俺の正体がばれようと何しようと
構う事は無い!』
 自分の決断を確認してコンポン君達の回答を待った。

「ほ、ほう。その条件というのは?」
 コンポン君の顔色が変わった。真剣そのものだった。
「もう直というか、もう夏休みですよね?」
「そうよ、それがどうかしたの?」
 キャシャーンが真剣なコンポン君の顔と、何時に無く険しいチャーリーの顔とを見ながら慎重に言った。

「教室を開きたいんですよ。『夏休み未来教室』と言う名前のね。キリスト教の国アメリカではタブーかも知れ
ませんが、神の存在を否定するところから始まる、まあ、実験的な教室です。
 年齢制限の無い、出来る限り広い視野を持つ生徒を募集してからにした方が良いでしょうけどね。一応午
前九時から午後九時までの間、勿論何度か休憩を入れて討論したいのですよ」

「えええっ! 正気なのチャーリー! そんな事をしたら大変な事になるわよ。止めた方が良いわよ!」
 キャシャーンが驚いて言った。
「チャーリー様にそれは無いでしょう、キャシャーン! 貴方、何かと癪に障るわね!」
 キャロルの堪忍袋の緒が切れた様である。

「バシィッ!」
 キャロルはキャシャーンを平手打ちにした。手加減無し、全力で殴ったのである。
「キャッ! ああああ、鼻血が!」
 激しく鼻血が滴り落ちた。

「キャッ! 誰かお医者さんを!」
 大慌てでレベッカが叫んだ。
「キャロル、もう少し気持ちを抑えなさい。今、事件を起こしては拙いですよ!」
 厳しくチャーリーはキャロルを叱った。

「は、はい。申し訳御座いません。わ、私を殴って下さい!」
 キャロルはチャーリーには絶対服従の姿勢を貫いている。
「殴る位では済まないな。気に食わない女だろうが、キャシャーンの面倒を暫くみなさい。嫌な女の世話をす
るのがお前の当為面の罰です。分かりましたか?」
「はい。暫くの間、キャシャーンの面倒をみます。ですからチャーリー様、私を見捨てないで下さい」
「分かった。言う事を聞けば見捨てない。命令を着実に実行すれば、ご褒美もある。しっかりやりなさい」
「はっ!」
 チャーリーとキャロルのやり取りは事情を知らない者達を驚かせた。

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