夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              300


 訴訟の国アメリカではあるが、キャシャーンはキャロルの精神状態を知っていたので、暴行罪で訴える気
は無かった。
 幸い怪我の程度は大した事も無く、暫くすると鼻血も収まった。コンポン君達には密かにゲルクがキャロル
の精神状態を説明したので、それ以上騒ぎは大きくならなかったのである。

 しかもチャーリーに命令されて、キャロルは人が変った様に、キャシャーンに親切になったのである。つい
さっきまでのキャロルとは別人の様だった。
 チャーリーとコンポン君の話はまだ続いた。キャシャーンの鼻血で話し合いが中断したが、一段落着くと、
もう一度話し合うことになった。

「そのう、夏休み未来教室の事なのですが、どの位の規模なのですか? 数百人? 数千人? ひょっとし
て数万人?」
 改めてコンポン君は教室の規模を聞いたのだった。

「はははは、小さな教室で良いのです。そうですね、予め予選をして人選をしておけば、せいぜい数十人、
いや、十人前後でも良いですよ。
 これは私事になるのですが、かつてある所で、『夏休み未来教室』という名前の講義を受けた事があった
のです。
 その時には最終的には、三人でした。三人しか残らなかったと言っても良いと思います。先ほど言った様
にその講義は神は存在しないという条件の提示から始まりました」
「へえ、妙な条件ですね。それじゃあ、残った人は三人だけになったのですか?」
 コンポン君は熱心にチャーリーの説明を聞いた。

「いいえ、直ぐそこまでになった訳ではありません。最初は多分百人位も居たと思います。ただその後も幾つ
かの条件の提示で、結局三人しか残らなかったのですよ。
 ところがその講義をした先生が、不慮の事故で亡くなってしまいました。私はその後も彼の講義について
ずっと考え続けて来たのですが、サイボーグになったりして、とても教室を開くどころではありませんでした。
 しかし今こうして少し落ち着いて来て、その講義の続きと言うか、他の人達と話し合うことが出来そうな環
境が整って来たので、やってみようと思い付いた訳です」
「なるほど、しかし、それだったら、何も私などに相談されなくとも、他に適任者が居ると思いますが?」
 コンポン君は自分が頼りにされる事に嬉しさを感じたが、一応常識的な疑問を聞いてみたのである。

「実のところお話しし難い部分もあるのですが、私には時間がありません。今後のスケジュールを今、キャロ
ルやゲルクとも相談してなるべく早いタイミングで実現したいのです。
 何故時間が無いのかは今は言えませんが、遅くても来月中に実現出来れば、いや、来月一杯が限度で
しょう。そこで今これからテレビの番組の中でそのお話もしたいと考えています。
 この様なチャンスはそうそう何度もあると思えません。明日の事は分からないのです。今日だって様々な
アクシデントがありました。
 明日までのんびり待っていられないのです。事態は切迫しているのですよ。直ぐにも行動を起す必要があ
る。そのチャンスが今だという訳なのです」
 切羽詰っているらしい事が、コンポン君やその他のテレビ局のスタッフ達にも伝わった。

「分かりました。それも含めて、これからの番組の中でお話したいと言う訳なのですね?」
 今度はレベッカが口を挟んだ。
「はい、予定していた話の内容と大きく食い違うかも知れませんが、何度も言いますが、事態は緊急を要す
るのですよ。色々な都合があるのです」
 隠し事があっての説得は骨の折れる事だった。しかしコンポン君達にもチャーリーが何か重大な秘密を
持っていて、その上で言っているらしい事は良く分かったのである。

「分かりました。じゃあ、今日はその線で行きましょう。しかし凄い反響を呼びそうですよ。秘密の暴露もある
のですよね?」
 コンポン君はチャーリーよりもテレビ局のスタッフ達に向かって言った。

「はい、相当の事を言う覚悟が出来ましたよ。コンポン君も何かご存知のようですからね」
「ああ、そうですか、じゃあ、後十五分ほどで時間ですが、少しの間控え室でお待ち下さい。その間、スタッフ
とも相談して、色々と話の方向性を決めたいと思いますので。時間になったらお呼びしますから」
 コンポン君はチャーリーの要望を概ね了承したようなニュアンスで言った。
「はい、じゃあ、宜しく!」
 チャーリー一行は控え室で暫く待つことになった。控え室には、大分具合の回復したキャシャーンが案内
したのである。適当にイスに座って必要事項の話し合いが始まった。

「キャロル、先ず聞いて置きたいが、来月、さっき言った様な教室を開けるかな? ほぼ丸一日掛るんだけ
どね」
「はい、週に一度は休養日をとってあります。その日を使えば良いと思います。その、場所はどこにされます
か?」
 キャロルは何一つ疑わずにそう言った。しかし先ずゲルクが疑問を呈した。

「その前に、その未来教室って一体なんですか? 何の事だかさっぱり分かりませんが」
「簡単に言ってしまえば、存在を科学する、ということなんだ。その為には神でさえも邪魔になる。いや、もう
少し厳密に言えば、真理の探究の前にはたとえ神と言えども存在する事は許されないということなんだよ」
「似た様な言い方を聞いた事があります。車椅子の天才科学者、スティーブン・ホーキングは『この宇宙の
創生においては、たとえ神と言えども如何なる関与も出来なかった』と言ったとか聞いています。そのような
事でしょうか?」
 ゲルクは慎重に意見を述べた。下手な言い方はキャロルを刺激する。

「はははは、まあ、似た様なものだな。だからと言ってホーキングが全て正しいとは思わないが、少なくとも
その点においては私と一致している。
 さっきのキャロルの問いに答えると、まあ、場所は静かに話し合えれば、学校の教室位の場所、いや、多
分人数は少ないだろうから、ホテルの一室でも良い。ああ、そうだ、この控え室位の場所で十分だ」
「だったらいっその事、ここにしたらどうかしら? さっきのチャーリーさんのお話は私には良く分かりません
が、ここのテレビ局で番組としてやってみるのも良いんじゃないのかしら?」
 キャシャーンも今度は慎重に言葉を選んで言った。

「そうねえ、その方が人は集め易いかも知れない。内容が難しいですから、普通に募集しても余り人は集ま
らないと思いますわ」
 正美も賛同した。
「ふうむ、そういう方法があったな。分かった、その点をコンポン君と良く話し合ってみるよ。それから時間が
長過ぎるんだったら、もっと絞っても良い。
 テレビ局が要求するのだったら、内容を編集して、後日放映しても構わないよ。ただしこれに関してはギャ
ラは貰わない。まあ、仮に貰うとしても実費程度にしたいと思うんだけどゲルクさん、それでも良いかな?」
 チャーリーはノーギャラの腹積もりだった。

「それはいけません。ある程度のギャラは要求すべきです。あの、その点は私に任せて貰えませんか?」
 ゲルクはノーギャラを認めなかった。
「ふうむ、そうか、じゃあ、任せるよ。ただ、向うで高額のギャラを渋る様だったら、妥協してくれ。教室を開く
ことを最優先にしたいからね」
「はい、全て私に任せあれ。必ずご希望に沿う様に致しますから」
 ゲルクは自信満々で言った。そこいら辺でスタッフが迎えに来た。一旦メイク室に入り、簡単にメイクをす
ると、事前の約束通り、チャーリーと正美とがゲストとして出演する事になった。

「コンポン君の『私は知りたい!』の時間がやって参りました。今夜は今やアメリカ中の話題の主、サイボー
グのチャーリー・クラストファーさんとの対談です。
 どんなお話が聞けるのか、いいや、大変なお話が聞けますよ。貴方の人生観が今夜変ります。それでは
チャーリー・クラストファーさんと彼を良く知る、サイボーグ研究者の植田正美さんです」
「ようこそいらっしゃいました、私はアシスタントのレベッカです。どうぞこちらへお座り下さい。あの、お飲み
物は何になさいますか? お酒以外は大抵揃っておりますわよ」
 コンポン君の紹介とレベッカのアシストで夕方の生番組は始まった。テーブルが斜めに設置されていて、
ハの字型に置かれたソファーに、二人ずつ座って話をする。
 ハの字型にしているのは全員の顔が見えるようにとの配慮である。飲み物が出されるのは、生放送の
緊張を解く為と、午後七時からの二時間番組なので、喉の渇きを癒す為である。
 向かって右側にコンポン君とレベッカが座った。左側にはチャーリーと正美が座っている。コンポン君と
チャーリーは直ぐ隣になっている。メインがこの二人である事を明確にしていた。

「じゃあ、私は、アイスコーヒーで行きましょう」
「私は、アイスミルクティーが良いわね」
 チャーリーと正美が好みを言うと、直ぐレベッカが画面から消えて、間も無くお盆に四人分の飲み物を持っ
て来た。
 ゲストばかりではなくコンポン君とレベッカも飲み物を飲むらしいが、中身はアイスティーの様である。二人
の飲み物はきまっている様だった。

「一応当番組では何か特技をお持ちの場合、それを披露して頂く事にしているのですが、簡単にやってみて
貰えませんか?」
「はははは、特技ですか? そうですねえ、スピード技が得意なのですが、まあ、ジャンプの方が信じて貰え
ますかね」
 チャーリーはテレビ番組ではトリックを疑われると拙いと思って、単純にジャンプをして見せることにした。
対談番組ではあったが、テレビ画面に映らない様な形で、数十人の観客が居たのである。
『この人達の目の前でやって見せれば信用するだろう』
 そう思っていた。

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