夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「あのう、ちょっと、質問ですが、良いですか!」
 女子大生らしい一人が、やや憤慨して立ち上がった。
「ハイ、どうぞ」
「じゃあ、私達はそこいらにある石ころと同じなのですか? 石ころには命は無いと思いますけど。どうなんでしょ
うか!」

「ふうむ、少し付け加える事があるとすれば、それは命、つまり生命の定義の問題です。しかし、生命もまた物
質であると私は考えていますので、物質であると言う意味では同一のものだと考えています。それで何の問題
もありません」
 もてない筈のおじさんは平然と答えた。

「はい!」
 今度はやや年配の男が手を挙げた。
「どうぞ」
「我々人間には精神という崇高なものがある。石ころには無いでしょう? 貴方は私達人間と石ころとどちらが
重要とお考えですかな。全く価値が同一だと考えている訳ではないでしょうね? もしそうだとすれば、論外です
ぞ」

「お言葉を返すようで申し訳ないが、価値としては同一だと考えています」
 相変わらずおじさんは平然と答えた。

「話にならん! 帰らせて貰う。金森田先生の友人という事で、もう少しましな話しが聞けると思ったのだが、と
んだ眼鏡違いだったようだ。失礼!」
 年配の男性が帰ると、女子大生三人組も席を立って帰ったしまったし、その他にも何人か帰って、残ったのは
三人だけだった。

 昇は女子高生が帰れば自分も帰る積りだったのだが、何故だか彼女は居続けた。
『ちょ、ちょっと拙いぞ。ど、どうしようか……』
 帰るタイミングを失ってしまったので、
「三人も残りましたか、こりゃ大収穫だ。その、もう少し前に出て来て下さいよ。それと折角ですから、お一人ず
つ自己紹介されれば良いと思います。まあ、先ず、どうぞ近くに寄って来て下さい」
 と、言われて仕方無しに、おじさんの目の前に座った女子高生の左隣に座った。女子高生の右隣には三十
代後半位のきちんと背広を着こなした男性が一人座った。

「さて、私も立っているは大変なので、座らせて貰いましょう。ああ、その前に、申し遅れましたが、宝本賢三(た
からもとけんぞう)と申します。一応個人的に研究所を開いております。と言っても自宅にただ一人居るだけの
事です。
 さっきも少しお話に出ましたが、スーハー教の金森田君とは、まあ、幼馴染でして、ものの考え方は全く違うか
も知れないが親しい事は事実なので、その点誤解されない様にして頂きたい。
 それでは自己紹介をして頂きたいのですが、差し支えなかったらで結構ですのでお願い致します、そこの若い
君からどうぞ」

 昇は指名されてちょっとうろたえた。
『チェッ、帰れば良かったな……』
 後悔したが今更引っ込みが付かない。

「あの、林谷昇と言います。現在無職。学生でもありません」
「林谷さん、貴方はどうして最後まで残ったのかな?」
 賢三はニコニコ笑いながら聞いた。

「その、何と無くです」
 昇は嘘をついた。しかし女子高生に気を取られているうちに、帰りそびれたとは言えなかった。いや、絶対に言
えない。
「ほ、ほう、何と無くとは凄い理由ですね。こりゃあ、大したもんだ」
 賢三はマジに誉めた。

「それでは、隣の方、どうぞ」
「高校三年の、桜山林果(さくらやまりんか)と申します。残った理由は、その、おじさんがちょっと魅力的だから
です」
「ええっ、私がですか?」
 もてない筈のおじさんが持てた感じで、本人もビックリである。

「はははは、いや、これは参りましたね、ちょっと信じられませんが。……じゃあ、そのお隣の方は?」
「私はある宗教団体に属している者ですが、居ても宜しいのですよね?」
 三十代後半らしい男は念を押した。
「はい、勿論です。一番最初に私は申し上げました。宗教やイデオロギーに関係ないと。つまり原則としてどなた
でも居て良いのです。
 ただ人の話を最後まできちんと聞いて、それから批判する人にのみ残って貰う様に仕向けたのですよ。過去
の経験からね。そうしないと野次や怒号で収拾が付かなくなるのです」

「良く分かりました。私は石淵信念(いしぶちしんねん)と申します。名前の通りの『信念教』という宗教団体の一
応代表者となっております。
 しばしば新興宗教団体と間違われるのですが、既に二百有余年の歴史を持っている由緒ある宗教団体です。
幸か不幸か私は金森田君と友人でして、彼に勧められたのですよ。宝本と言う男の話を一度は聞いてみたら
良いとね。ただ時間が無いので最後までは居られないのですが、それでも宜しいですかね?」

「はい、結構ですよ。それでは一旦休憩して、午前十時から、講義となりますので宜しく。一応念の為に言って
おきますれば、受講者がゼロになった時点で講義は自動的に終了と言う事になります。では時間まで失礼しま
す」
 賢三は持って来たハンカチで汗を拭き拭き部屋を出て行った。

「いやしかし、君達、若いのに感心だね。ところで、桜山林果さんでしたか、私の記憶違いでなければ、確か、
この間の全国模擬試験でベストテンに入ったと聞いているんだが、違ったかな?」
「ああ、ま、まあね。でもどうして知っておられるのですか?」
「私共の信徒の方にも高校三年生の娘さんが居りましてね、君と同じ北岩(きたいわ)高校なんだが、クラスが
違うけど凄い秀才が現れたとか、話題になっていてね。女子としては北岩高校始まって以来の秀才だと聞いて
いる……」

『チェッ、ああ、俺は蚊帳の外か。時間まで寝ていよう』
 昇は大秀才の隣に座った事を後悔したが、今更帰れないし、話に加わっても面白く無さそうだったので、時間
まで机に突っ伏して眠る事にした。 

 十時までは二十分ほどしかない。その僅かの間に昇は夢を見た。彼にとっては最もポピュラーな夢だった。こ
こ数年来ほぼ毎日欠かさず見る夢、テストの夢である。

『何だ、簡単じゃないか! はははは、軽い軽い!』
 夢の中で昇はスラスラと解答を書いて行く。
『ああ、大体出来たな。あれっ? な、何にも書いてないぞ! 一体どうなっているんだ。……どうなっているんだ』
 確かに答えを書いた筈の解答用紙は、全く白紙のままだった。
『表と裏を間違えているんじゃないのか!』
 そう思って、ひっくり返してみたが、裏も真っ白だった。
『ま、また零点だ……』
 昇は呆然と答案用紙を見詰めていた。

「林谷さん、時間よ」
 女性の声である。
『あれ、母さんかな?』
 一瞬そう思ったが、
「は、はい!」
 思い出した。ここは未来教室の講義の場だった。声の主は大秀才、桜山林果だったのだ。

「いやー、しかし、なかなか頼もしいね。こんな場所で眠れるとは大したものだよ」
 言葉の調子はやはりマジに誉めているのである。
『妙な先生だな。どうして誉める?』
 さっぱり訳が分からなかったが、兎に角一度だけでも講義を受けることにした。

「さて、夏休み未来教室、本編の始まりです。最初に、ここで行われる、主要なテーマをお話しておきましょう。
私がここで言いたい事、それは、『存在を科学する』ことなのです!」
 賢三は熱っぽく語り始めた。

「わたしは最初に言いました。神は存在しない、そして私達は物質であると。これらの事は『存在を科学する』上
で最も重要な事でもあるのです。
 神は存在しない、この意味は、特別なものは存在しないという事です。実は全く同じ意味なのですが、石ころ
も私達人間も同じ存在するものであり、物質であるという事なのです。その意味で価値は同じなのだということ
なのです」

「はい、あの、ちょっと良いですか?」
 信念が即座に言った。
「どうぞ」
「前に出た質問で恐縮なのですが、人間には精神があります。神の存在に関しては議論の分かれる所かも知
れませんが、心の存在は確かです。宝本さんは石ころにも精神があるとお考えですか?」
「はい、なかなか良い質問です。実はこの問題を明確にする為に、一つのテクニックが必要となります。それが
これからお話しようとする、『未来論』なのです」

「ええっ!」
 信念と林果が驚きの声を上げた。話が見えて来ないのだ。
『へえーっ、そうか、それで未来教室なんだ!』
 昇は他の二人とは別の感性で賢三の話を感じ取っていた。

「ただ、未来論とは言っても、現在良く知られている、未来論、近未来論ではありません。遠い未来を考える『遠
未来論』とお考え下さい」
「遠未来論?」
 聞き慣れない言葉にやはり信念と林果とは首を傾げた。

「あのう、良いですか?」
 林果が議論を持ち掛けた。
「はい、どうぞ」
「遠未来と言う事は、要するに遠い未来の事ですよね?」
「はい、そうです」
「無意味なんじゃありませんか? つまり確率の振幅が大きくなり過ぎて、不確実な事ばかりになってしまう。近
未来論があっても遠未来論が無いのは、その為だと思うのですが、どうなんでしょうか?」

「ところがそうではありません。それは歴史の研究に似ています。過去に遡れば遡るほど曖昧になって行きま
す。ですからかつては古代の歴史の研究など無意味だとも思われていた訳です。
 しかし科学技術の進歩によって、年代測定の方法が徐々に整備されて来ると、研究に意味が生まれて来まし
た。今では何億年も何十億年昔の事すら研究されている訳です。それと似た様なものだとお考え下さい」

「あのう、ちょっと違うんじゃないんですかね。過去には物証がある。物があるのです。しかし未来には無いで
しょう?」
 今度は信念が追及する。しかしそこで昇が初めて意見を言った。
「天気予報の長期予報に物証があるんですか?」
 それは賢三にではなく、信念に対してだった。

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