夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                                 


「それは違うでしょう。現在の情報を過去のデータから、演算する事によって近い将来の天気を予測する訳です
から。やはり近未来論の範疇(はんちゅう)です」
 信念は明確に反論して見せた。

「でも、物は無いですよね。物証が絶対な訳ではないです」
 昇は信念が物証に拘った事を言いたかったのである。
「あのう、先生の遠未来論の内容をお聞かせ下さい」
 林果は肝心の事を聞き忘れていた事に気が付いて言った。

「その、先生と言うのは止めて貰えませんか? それ程の者じゃありませんから。ケンちゃん、位で良いですよ」
 賢三は先生と呼ばれる事に抵抗があるようだった。
「じゃあ、あのうケンちゃん、一体遠未来論って、どんな事を研究するのですか?」
 林果は即座に言い直した。

「はい、議論が煮詰まって来た様なので言いましょう。遥かに遠い未来の事なんか分かりはしないとそう思って
いるのでしょう。
 それに対する最も明快な反論は、分かる事を、それだけを研究するのです。例えば一万年後の明日の天気
予報は先ほど林果さんが言われた通り、不確実過ぎて無意味でしょう。またその必要性もありません。
 ところが地球の温暖化などはどうでしょうか? 一万年後は遠未来の範疇に入ると思うのですが、ある程度の
予測は可能です。正確な数値は忘れてしまったのですが、仮に百年に0.1度Cずつ気温が上昇したとすれば
一万年後には地球上の平均気温が十度も上がる事になります。
 更に十万年後には百度も気温が上がって生命が滅亡してしまう危険性があります。勿論今言った事は単純
計算ですので、その通りにはならないかも知れませんが、地球温暖化が待った無しの緊急課題である事が、
遠い未来を考えると逆に明確に分かって来るのですよ」 

「成る程と言いたい所ですが、地球温暖化の話なのですか?」
 信念は期待外れの顔をした。
「いいえ、今のはほんの例え話。さて、それでは、本題に入ります。さっきも言いましたが、遠い未来には分かる
事と分からない事、意味のある事、余り意味の無い事とがあります。
 私は先ず、未来を二つに分けて考えます。一つは幸福な場合。もう一つは不幸な場合です。幸福な場合につ
いてはどんな事が考えられますか?」

「医学の進歩によって病人が居なくなる、のかな?」
 昇が自信無さげに言った。
「幾ら医学が進歩しても病人が居なくなる事は無いでしょう。エイズとか、鳥インフルエンザとか新たな病気が生
まれて来ていますしね」
 信念はここでも即座に反論した。

「上手くやれば、貧しい人が居なくなるかも知れない。上手くやればですけど」
 林果も自信無さげだった。
「はははは、じゃあ、不幸な場合はどうでしょうか?」
 何故か賢三は軽く笑いながら言った。

「最悪の場合は人類が滅亡します。その日は意外に早く来るかも知れません。その日が来ない様に我々は日々
祈りを捧げているのです」
 信念は宗教者らしい言い方をした。
「そこですよ問題は」
「えっ!」
 生徒は三人ともちょっと驚いた。

「遠未来論では未来が存在する事を前提に考えます。人類が滅んだ後の事を考える必要が無いのは勿論の
事、滅亡の可能性のある事を単純に負の要素と呼んで、研究の対象から外します」

「ええーっ!!」
 特に大きな声で驚いたのは林果だった。
「あの、先生、そのケンちゃん、一体何が言いたいのですか? さっぱり分からないんですけど」
 かなり不服そうである。

「いきなり結論を出してもかなり分かり難いので、あえて遠回りしているのですよ。そろそろ良い頃合ですね。私
は負の要素について言いましたが、幸福な場合は正の要素と考えます。ところが第三の場合があるのですよ」
 賢三の言葉は確かに理解し難いものだった。

「第三の場合、そんなものがあるんですか?」
 信念は首を捻った。林果も昇も同じ気持だった。
「はい、ここでズバリ答えを言いましょう。そのものの名前をロボットと言います」

「ロ、ロボット?」
 信念はキョトンとした。
「あのう、ケンちゃん、SF小説の読み過ぎじゃないんですか? 私も時々読みますけど、今回のテーマは、『存
在を科学する』でしたよね。何の関係があるんですか?」
 ますます不満そうに林果は言った。

「それが大有りなのですよ。先ずロボットは何の為にあるか考えてみて下さい」
 賢三が言うが早いか、
「人間に奉仕する為にあるんです」
 林果が即答した。

「そうです。ところが厄介な場合がある」
「原則は人間に危害を加えない事ですけど、ロボットの軍隊が考えられます。アメリカなどでは盛んに研究されて
います。もう既に原則は崩れていると言って良いと思います」
 猛スピードで林果が答えた。顔に失望の色が見える。

「残念ですが、全く違います。それは負の要素です。負の要素は考えないとさっき言ったばかりですよ」
 賢三は微笑みながら言った。

「じゃ、じゃあ、何なんですか!」
 林果はちょっと切れた感じだった。
「あのう、……チェスじゃないんですか?」
 暫く沈黙していた昇が恐る恐る言った。
「チェス? 何ですか? それは関係ないでしょう?」
 相変わらず信念の昇に対する反論は早い。

「はははは、私の見込み通り、昇君は鋭い。その通りなんですよ。人間はチェスでコンピューターに負けました。
歴史的事実です。あの勝負に関しては私も注目していました。
 ただ、厳密に言えば、あれはまだ本当にコンピューターの勝利とは言えないと思います。試合の途中でコン
ピューター側の人間がプログラムを変更しているのです。その変更が無ければ恐らく人間が勝っていたでしょう。
 しかし、ここで時間の軸を遥か未来に延ばしてやるのですよ。今はまだコンピューターの完勝とまでは言えな
いでしょう。しかし百年後、千年後だったら、どうでしょうか?」

「千年後だったら、人間はチェスでコンピューターには全く勝てない事になるという訳ですね。ほう、ほんの少し
ですが見えて来ました」
 信念にも賢三の考えが朧(おぼろ)げながら分かって来た様である。

「そうです、コンピューターは人間にチェスの相手をするという、奉仕をしているのです。コンピューターはロボット
の頭脳であり、広い意味でロボットと同じものだと考えても良いでしょう。
 しかしそのコンピューターに人間は勝てない。そしてそのコンピュータが人間そっくりの外見を持つ様になった
らどうなるのか。
 今は盤上のゲームについてだけ言いましたが、スポーツの分野でも同じ様な事が言えるのです。ロボットが殆
ど全ての分野で人間に勝ってしまう日が、何時かは来るのでないでしょうか?
 その日は何千年も何万年も先の事になるのかも知れません。そこで遠未来論では、もうその日が来たと考え
るのです」

「ケンちゃん、それは考え過ぎです。チェスは負けましたが将棋はまだまだですし、囲碁に至っては遠く及ばな
いと聞いています。それに例えば芸術の分野ではゼロに等しいと思います」
 林果の顔にはまだ失望の色が見える。

「いやいや、芸術の分野だって油断は出来ませんよ。それに、ああっと、そろそろ時間ですね、ここで昼食休憩
をしてから午後一時再開という事で宜しいでしょうか。
 念の為に申し上げておきますが、まだ肝心な事は殆ど言っていないのですよ。まだ導入部分に過ぎません。
どうか、その、もう少しお付き合いして頂きたい。それでは失礼致します」

 賢三はやはり汗を拭き拭き教室を出て行った。
「何処で休んでいるんだろうな?」
 昇はふっと、そう思って呟いた。林果と信念には余り関心が無かった様で、微かに頷いただけだった。

「ところで、お二人は午後も講義を聞くのかな?」
 信念は二人の顔を代わる代わる見ながら聞いた。
「うーん、もうちょっと聞いてみる。何か奥が深そうだし」
 昇が即答した事に林果と信念は意外だという顔をした。

「そうねえ、ケンちゃんが言う、肝心の事を聞いてからでも良いわね。肝心な事が下らない事だったら、即帰る
けど」
「こんな事を言ってはあれだけど、受験勉強の方は大丈夫なんですか? まあ、余裕はあると思いますけどね」
 信念はちょっと心配して言った。

「今日は丸一日、休息日にしているのよ。明日からまた勉強をする積り。予定通りだから心配は要りません」
「ああ、そうだったんですか。それを聞いて安心しました。ところでお二人さんは昼食は何処で食べますか? 
もし宜しかったら、一緒に食べに行きませんか? 車で七、八分の所に、予約しているレストランがあるんです
よ。
 私が奢りましょう。……ああ、その、別に私の所に入信しなさいとかそんな事ではありませんから。絶対にそう
いうことではありませんから安心して下さい」

 信念の申し出に、昇と林果は顔を見合わせた。軽く頷き合って、
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
「あの、宜しくお願いします」
 林果が言い、昇が言って、三人は外に出た。

「ああ、車の中に居たんですね」
 信念は一つの発見とばかりに言ったが、軽乗用車の中で、コンビニから買って来たらしいおにぎりとおかず
を、賢三はしきりに食べていた。エンジンを掛け窓を閉め切っているので、冷房を効かせているのだろう。

 三人は賢三と目が合ったので軽く頭を下げて、信念の乗用車に乗り込んだ。大きく立派な外車であった。しか
も運転手付だった。何時でも出発出来る様にスタンバイしていた様である。車の中はほど良く冷房が効いていた。
 運転手は車から降りて来て、林果と昇を後ろの席に乗せ、信念は助手席に乗った。内装も立派で、その様な
車に乗った事の無い昇はきょろきょろと辺りを見回した。

『田舎もん!』
 落ち着かない昇を横目で見て、林果は幾分軽蔑の表情になったが、無視を決め込む事にしたようである。そ
の後は全く喋らなかった。

              前 へ      次 へ       目 次 へ     ホーム へ