夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               30


 昇と鏡川とが並んで帰る姿は、同じ時間に帰った、数人のアルバイター達に目撃された。ここのスーパーでは
従業員は正規の者かアルバイトのみである。
 いわゆるパート従業員といった扱いの者は居なかった。それだけ身分的に不安定だったし給与も安い。その
為、アルバイトの掛け持ちをする者も結構多いのだ。
 アルバイトが終って女と連れ立って帰る昇は、目立ちもするし妬まれたりもする。大沢木雪美もその一人だっ
たろう。この後午後七時から繁華街の酒場で午前零時までアルバイトなのだ。

『ふん、いい気なものね。私は彼氏を作る暇も無く働いているのに。ああっと、バスに遅れちゃ大変!』
 雪美は足を速めて別のバス停に向った。近くのバス停だと時間的に都合の良いバスが無いので、十分ほど
歩いて、別の路線バスに乗るのである。午後六時位に働いている酒場近くに着くのだが、店には行かずに近く
の喫茶店に入って夕食を取るのが日課の様になっていた。

 そこのマスターとは実は関係を持っているのだが、彼女は彼氏だとは思っていない。夕食をただにして貰う為
の体の提供と考えている。
 五十代のマスターの方は結構本気なのだが、雪美は本命を探している最中であった。マスターが結婚を仄め
かすと何時ものらりくらりと逃げていたのだった。
 マスターは何とかその気にさせようと、年に数回温泉旅行に連れて行ってみたり、プレゼント等もしているのだ
が、一向に埒が明かないままずるずると関係が続いていたのである。

 雪美にとっても昇は魅力的な男だったが、既に彼女が居ると聞いているので、最初から諦めムードだった。し
かし今、彼女とは違うらしい女性と仲良さそうに並んで帰って行く姿を見るにつけ、メラメラと妬みの感情が沸き
起こって来て仕方が無かった。

 その様な目で見られている事など露知らず、昇とキラ星は北岩高校の裏門の向かい側から横道に入って
行った。
「だけどあれなんですね、ここは一つの団地というか集落というか、入り口の所に関係者以外立ち入り禁止って
書かれていますね。
 俺が入っても良いんですか? 前に来たときも、何か雰囲気が違うと思ったけど、関係者って何の関係者なん
です?」

 昇は前日に来た時、何か普通の住宅地とは違うと感じたのだったが、夜だった為もあって、入り口の所に書
いてある看板を見落としていたのである。
「はい、SH教の信者の集合住宅になっているんです。関係者というのはSH教の関係者の事です。数年前から
なんですが、元々SH教の信者の多い地区だったんですけど、今はこの辺り一帯は全部SH教の信者の住宅に
なってしまいましたから。
 ああ、でもそれ程厳格じゃなくて、SH教の人の友人やクラスメートや同じ職場の人は自由に出入りして宜しい
んですわ。
 ですから勿論昇さんは私の家に来て、泊って行っても宜しいのです。ああ、べ、別に泊らなくても良いのですけ
どね」
 キラ星は慌てて訂正したが、気持ちの方は見え見えだった。

「ああ、そうなんだ。どうりで雰囲気が違うと思ったけど、SH教の巣みたいなものなんだね」
「ええっ、巣ですか? ああ、そう言われればそうかも知れませんわね。ふふふふっ、私の巣にようこそ!」
 キラ星はくすぐったそうに笑いながら鍵を開けてドアを開け、昇と一緒に家の中に入った。

「あの、そこに座って居て下さい。今お茶を入れますから。うふふふふ」
 何とも楽しげにキラ星は台所の方へ行った。今回は手回しが良く、お湯の入ったポットは予め用意してあった
し、湯飲み茶碗や急須などもテーブルの上に置いてある。
「あのう、これを召し上がって下さい」
 お盆に入れて持って来たのはチョコレートケーキが二つだった。洒落たお皿に入っていた。スプーンも洒落た
感じのもので如何にも買ったばかりの様だった。

「ああ、あの、直ぐお暇(いとま)しますからお構いなく」
「はい、分かっています。これだけでも召し上がって下さいな」
 今日は着替える事も無く、やはり向き合って足を崩して座ったが、昨日より尚スカートの丈が短くて、目のやり
場に困った。豊満な胸も気に掛る。仕方が無いので、なるべく顔だけを見て話す様にした。

「えっと、それで話というのは?」
 昇はケーキを食べながら、如何にも急いでいるという感じで言った。本当に急いでいる訳ではない。本能は半
ば彼女の虜になっている。しかし理性はまだ死んでいない。際どい所に彼の心はあった。

「はい、あのう、私、昨日色々考えたんです。それで、ノートの件なのですが、処分しろと言ったのが誰なのか、
思い切って言う事にしました」
「ええっ! で、でも大丈夫なんですか? ばれたら罰を受けるんでしょう? 無理しなくても良いですよ」
「知りたくは無いんですか?」
「そりゃ、勿論知りたいですけど、キラちゃんの身が危ないんじゃないんですか? ……罰ってどんな罰なんです
か?」
 昇はその瞬間に五分で帰ると言った事を忘れてしまった。

「それは、秘密を守って貰わないと申し上げられません。SH教独自の戒律です」
「SH教独自の戒律?」
「はい。あ、あのう、ケーキの方、もっとお食べになって下さい」
「ああ、はい」
 昇はすっかりキラ星のペースに巻き込まれてしまっていた。気持の何処かに、今夜帰って来るという父親と顔
を合わせたくないという感情もあったかも知れない。

 お茶を飲み、ケーキを食べ、またお茶を飲む。昇とキラ星とはその間殆ど無言だった。ケーキを食べ終わって
から昇は一旦本題から外れた。
「いやあ、美味しかったです。これは何処のケーキですか?」
「ふふふふ、『マリナー』で出しているケーキですのよ。まだ他に何種類かありますから、近い内にまたいらして
下さい。あの、『マリナー』にじゃなくて、ここにです」
「ま、まあ、そのうちにね。それでその、戒律って、何なのかな?」
 一応出されたケーキのお礼の積りで、その話題に振ったが、それからまた本題に入って行った。

「……本当に申し訳ないのですけど、SH教の信者以外の人には、教えられない事になっています。でも、他な
らない昇さんにだけお教え致します。絶対に秘密にして下さい」
「ああ、分かった。誰にも言わない」
「それでは申し上げます。秘密を漏らした者の罰は漏らした相手をSH教に改宗させる事。どんな手段を使って
でもです。そうすればSH教の信者以外に漏らした事にはなりませんから、罪は許される事になります」
「しかし、もし改宗させる事が出来なかったら?」
「……、万策尽きた時には、その相手を、殺す事です。それも出来ない場合には、自殺を強要されます」
「えええっ! ちょっと酷過ぎるんじゃないのか!」
 昇は呆れ気味に叫んだ。

「私も酷いと思います。しかしSH教に入信する時にはその誓いをさせられます。皆何がしかの悩みを抱えてい
ますから、『溺(おぼ)れる者は藁(わら)をも掴(つか)む』の心境で、戒律に問題があるとは思わないんです。
 でも今になって考えてみると、法律に違反した戒律である事が分かります。だけど誰も訴えません。何しろ誓っ
た相手が人ではなく神様なのですから。
 法律を超越しているのだと言われれば、きっとそうに違いないと思ってしまう。私も怖くて訴えられないんです。
妹がここを離れた理由もそこにあるんです。妹は私が幾ら勧めてもSH教には入らなかったんです。
 当時は凄い姉妹喧嘩をしましたけど、今になってみると、妹の方が正しかったんじゃないかって思っているん
です。でも私はSH教を抜けられません。勿論一度入信したら死ぬまで改宗は出来ないんです。
 テレビのコマーシャルで、入会脱会は自由って言っていますけど、あれは嘘です。脱会は自由だけど、現世で
は出来ない事になっています。つまり脱会する為には死ぬしかないのです」
 何とも辛そうにキラ星は言った。

「うーん、しかし、それが許されているとは信じられないけどね。それに、SH教はいわゆる新興宗教じゃなくて、
百年以上の歴史があるとか聞いているけどね。昔っからそうだったのかな?」
 昇は抑制していた情欲の事も忘れて普通に言った。うっかりキラ星の下半身に目が行ってしまった。太腿の
奥に白いパンティらしき物が見える。
『うひゃっ!』
 慌てて目を逸らした。昇の態度をキラ星は見逃さなかった。

「あのう、ちょっとお願いがあるのですけど……」
 スッと立ち上がって、昇に接近して来る。昨日と同様、ミニスカートはたくし上がった状態のままになっていて、
純白のパンティがもろに見える。昇はますます目のやり場に困って、俯いてしまった。

「私を助けて下さい。私を、私を抱いて下さい……」
 昇の隣に座り、即座に抱き付いて、耳元でそう囁いた。遠慮なく抱き付き、胸の豊かさを昇に感じさせた。昇
は戸惑いっぱなしだった。どうしたら良いか判断出来ない状態だったのだ。
 キラ星はもう遠慮なく、昇の体をまさぐり、顔や喉にキスを始めていた。昇の戸惑いは尚続いている。その時
だった。

「ピポピポピポピポ……」
 幸か不幸かケータイが鳴った。
「ちょっと、済みません。出ないと……」
 昇は助かった様な、残念な様な、複雑な気分だった。

「ああ、母さん。そうだな、後一時間位したら帰るから」
 昇はキラ星の要求を受ける事にした。
『童貞の捨て時かも知れない……』
 そう思ったのだ。不遇な高校時代にはセックスのチャンスなどありはしなかった。県下有数の進学校だったか
ら尚更だった。

『セックスの勉強の為だ。林果を裏切るのじゃない!』
 そう自分に言い聞かせた。しかし不安もある。
『キスが拙かったらどうする? キラ星が辛いかも知れないぞ!』
 インターネットを使ってのセックスの知識はかなりあると思っていた。
『大好きな人とのキスは美味しい、って事はそうじゃない人とのキスは拙いという事になるよな……』
 そんな不安を抱えながらの、昇のそれが初セックスだった。

 激しい興奮状態のキラ星と、やや冷めた感じの昇との情交が始まった。少しやっているうちに、徐々に要領が
飲み込めて来た。
『林果とキスしていると思えば、結構美味しいキスになるぞ!』
 そんな発見をしながらのセックスだった。

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