夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「それじゃあ、ジャンプをしてみましょうか。誰かタオル持って来て頂けませんか?」
「タオルは何に使うのですか?」
「床に敷いて下さい。今、裸足になってジャンプします。以前にもジャンプをして見せた事があったのですが、
靴が怪しいと思われた事があります。
 裸足だったらその疑念は無いでしょう? もっとも、細いピアノ線で吊るしていると思われたら、しょうがな
いのですが」
「いや、その心配はありません。何しろついさっき来て頂いたばかりですし、このスタジオは初めてですよね?」
「はい。ですが私の今までの経験では随分疑り深い人達が居て、幾ら説明しても信じて貰えませんでした。
挙句の果ては喧嘩の様になった事さえあります」
 チャーリーは過去の苦い経験を思い出していた。

「成る程ねえ、疑り深い人達ですか、それは困りましたね。先ず兎に角ここにタオルを敷きますから、ああ、
その前に試しに他の人にやって頂きましょう。
 ええと、会場に来ている方の中でジャンプの得意な方はおられますか? 靴を履いたままで結構ですから、
ここでジャンプしてみて下さい」
 コンポン君が言うと三人の男性と女性一人が早速前の方に出て来たのである。ここいら辺りがアメリカら
しいところ。日本では滅多に出て来る者はいない。

「じゃあ、順に飛んでみて下さい。ええと、垂直飛びですよね?」
「はい、幅跳びでは壁にぶつかる恐れがありますからね。助走無しでお願いします」
「じゃあ、助走無しの垂直飛びを一人ずつお願いします」
 コンポン君が言うと、レベッカが誰から飛ぶのか指示を出した。

「えいっ!」
「それっ!」
「はいっ!」
「きえーーーっ!」
 四人の内、最も高く飛び上がったのは最後の若い男性だった。何か格闘技をしているのだろう、鋭い気合
で、二メートル近くは飛び上がった。会場内は拍手と歓声に包まれた。

「いや、中々やりますね。それではチャーリーさん、どうぞ」
「はい。じゃあ、先ず靴を脱いでっと、それから靴下も脱いで、あの、ピアノ線とかで吊るしていないか、ここ
に出た人達は良く見て下さい」
「何も無いな」
「無いわね」
「絶対無いね」
「本当に全く無い。見たところ格闘技の経験も無さそうだけど、本当に飛べるのか?」
 疑わしそうに最後に一番ジャンプした男は言った。

「じゃあ、少し下がって、降りて来る時ぶつかるかも知れませんからね」
 チャーリーはどの程度飛んで見せるか少し迷った。余りやり過ぎるとかえって疑われてしまう。結局ほどほ
どに飛んで置く事にした。

「そりゃ!」
 チャーリーは力をセーブして二メートル五十センチほどジャンプして見せたのだった。
「オオオオーーーッ!!」
 どよめきが起った。空中のチャーリーは敢えてくるくると膝を抱えて三回転してから床の上にスタッと降り
立った。降り立った瞬間は微動だにしなかった。オリンピックなら正しく金メダルだろう。

「ウオオオオオーーーッ!!」
 二度目のどよめきが起った。
「ふん、パフォーマンスが過ぎるな。何故空中回転なんかする? かなり胡散臭いぞ」
 一人だけその場に残っていた一番ジャンプした若い男は不愉快そうに罵った。
「空中回転したのは上から吊るしていない事を示したのですよ。もし吊るしていたら、ああいう回転は出来な
いでしょう?」
 チャーリーは穏やかに切り替えした。

「それはどうかな? 本当に確かだったら、俺と一戦交えてみないか? たった今この場でね」
 青年は余程自信があるのだろう。
『この様なシチュエーションは前にもあったな。しかし、テレビの生放送中だ。殴り倒す事は容易だが相当に
拙い。ここは殴り合いは避けよう』
 チャーリーの腹は決った。

「ああ、済みません、タオルどうも有り難う御座いました。そこの人、ちょっと待ってくれないか、今靴を履く
からさ。勝負はそれからということで」
 チャーリーはそう言うと、靴下と靴を履いた。

「あのう、ここで喧嘩は困ります。君もいい加減にしないと、外へ出て行って貰うよ」
 コンポン君は慌てて仲裁に入った。
「はははは、殴り合いはしません。そこの人、今からそうだな一分間俺を全力で倒しに来てくれ。俺はひた
すら逃げるから。
 勿論この広くなっている所から一歩も出ないから安心してくれ。あのう、誰か時間を計って下さい。一分間
逃げ切れれば私の勝ちという事でどうでしょうか? あなたは殴っても蹴っても良いですよ」
「な、何! ば、馬鹿にするな!」
 青年は激怒した。

「はははは、自信が無いんですか? 一発でも殴れたら貴方の勝ちという事でどうですか?」
「後悔するなよ、骨が砕けるかも知れんぞ!」
 青年は両手の拳ダコを見せつけて叫んだ。確かに凄まじい拳ダコである。体格も良いのでミドル級のボク
シングの世界チャンピオンクラスだろう。

「どこまでも疑り深いのですね。だったらこうしましょう。少しそこで見ていて下さい。あの、コンポン君とレベッ
カさん、お二人で私を捕まえてみて下さい。こういう風に私の上着の何処かをむんずと掴めば勝ちとします」
「掴めば良いのですか?」
「それだけだったら、簡単に出来ますわよ。私一人ということにしましょうか?」
 コンポン君とレベッカは心配げに言った。

「はははは、まあ、試しにやってみて下さい。彼を倒す事は造作もありませんが、軽い怪我では済まないと
思いますからね。この人はかなり強い。だから困るのですよ、こっちもつい本気で殴ってしまいそうになりま
すからね」
「分かりました。じゃあ行きますよ」
「捕まえても恨みっこ無しにして下さいね」
 コンポン君とレベッカはやっと了承して、やることにした。青年は怒りに燃えていたが、サイボーグの力量を
その目で確かめたいと思っても居たので、一応見てみることにした。

「それっ!」
「捕まえた!」
 コンポン君もレベッカも直ぐ捕まえたと思ったのだったが、何時の間にか少し離れた場所に立っていた。
「オオオオオーーーーッ!!」
 またも場内はどよめいた。離れた位置から見ると素晴しい身のこなしで二人から逃れていた事が分かった。
その後も、どよめきの連続だった。チャーリーの動きは少しも衰える事無く、余裕を持って二人から逃げお
おせているのだ。その動きは人間離れしている。

「はあ、はあ、はあ、……」
「はああ、もう駄目ですわ、疲れました。降参です」
 コンポン君とレベッカはすっかり疲れ果ててしまって、一分ほどでギブアップしたのだった。その動きを見て
いた青年は目の色が変った。
 少し離れた客席からだったらいざ知らず、直ぐ側で見ていた彼の目には、チャーリーの動きが殆ど見えな
かったのである。

「わ、分かった。今日のところは気分が乗らないから、止めておこう。対談を続けてくれ」
 青年は戦意を失った。相手の動きが見えないようでは勝負あったのと同然だったからである。
「やれやれ、それでは、ああ、ここでコマーシャルです」
「はあい、コマーシャルよ」
 司会とアシストの二人は少しの間とはいえ、随分走り回って汗も掻き、髪形なども乱れたので、コマーシャ
ルに逃れたのだった。
 直ぐ控え室に行ってざっと汗を拭き、メークも、し直す積りである。その間はスタッフが繋ぎ役になるようで
ある。

「いや、チャーリーさん、見事なものですね。大人三人でも捕まえられませんかね?」
 スタッフの一人がそう言った。
「はい、何だったら、コマーシャルの間にやってみましょうか?」
 チャーリーは気軽に言った。

「じゃあ、誰かやってみたい人は前に出てみて下さい」
「俺がやってみる」
「私もやってみたい」
「私もやってみましょう」
「私、是非お願い致しますわ」
「僕も参加して良いかな」
「いや、その三人という事なんですが……」
 一種の鬼ごっこなのだが、結局五人が名乗りを上げた。

「いや、別に五人でも良いですよ。私は捕まりませんから」
 チャーリーが自信有り気に言うので、スタッフは五人がかりでやることを了承したのだった。
「じゃあ、どうぞ、遠慮なくやって来て下さい。用意、スタート!」
 チャーリーは号令を掛けた。五人は一斉に捕まえに来たが、チャーリーは全く余裕を持って逃げることが
出来ていた。
 チャーリーの移動速度はさっきより更に速く、少し離れた客席からでさえ、殆ど分からない位だった。
「オオオオーーーーッ!!」
 またも歓声とどよめきとが湧き起こったのである。

「終了! そこまでにして下さい。後一分でコマーシャル終了です。どうぞ客席に着いて下さい」
 スタッフは大きな声で、放送再開まで後一分であることを告げたのである。チャーリーを捕まえようとした
観客達は口々に礼を言って自分の席に戻って行った。
 その様子を客席で見ていた先ほどの青年は、戦わなくて良かったと安堵したのである。動体視力の良い
彼には少し離れていたこともあって、チャーリーの動きが良く分かったのだったが、全く余裕を持って動いて
いる事も良く分かったのである。

『まだ動きにかなり余裕がある。あのまま戦っていたらとんだ赤恥を掻くところだった。あああ、本当に戦わ
なくて良かった。ふう、やれやれ……』
 そんな風に感じていたのだった。

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