夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「さて早速お話をお伺い致しますが、先ずそのお名前からなんですが、チャーリー・クラストファーと言いま
すと、現アメリカ大統領と関わり合いがおありなのですか?
差し支えなければ、なるべく正直にお答え願いたいのですが。まあ、私がそう言いますのは勿論理由が
御座います。
亡くなられたゴールドマン教授は大の日本びいきの方でした。訪日された事も何度もあって、日本の著
名人とも対談された事もありますし、日本語にも相当に詳しかったのです。
彼はアメリカ英語と日本語の相互の翻訳法を開発する為の共同研究を、日本人の研究者とした事もあっ
た位です。
これは風聞に過ぎないのですが、貴方は本当はアメリカ人では無いと聞いたのですが、真相はどうなので
しょうか?」
控え室から帰って来たコンポン君はいきなり鋭く突っ込んで来たのである。
「この期に及んで、嘘は言いません。ただ本名だけはご容赦して貰いたい。私は確かに、元は大黄河夕一
郎だった。
それ以前はソード・月岡とも言いました。ソード・月岡以前の事は言えません。これで宜しいですか、コン
ポン君。私は君と何度も会っています。まさかここで再会するとは夢にも思っていませんでしたが」
とうとうチャーリーは真実を語り始めたのである。
「オオオオーーーーッ!!!」
相当のどよめきが起った。今までの単なる脅威に感じてのそれとは違って、複雑な感情が流れている。
『本当は白人のアメリカ人じゃ無かったんだ。コンポン君と何度も会っているという事は恐らく日本人!!』
そんな風に感じてのものだったのだ。
「あ、そ、そうですか。はははは、じゃあ、日本語で全然OKですね?」
コンポン君は日本語で話してみた。
「はい。先ほど貴方が言われた様に、私は高性能の翻訳機を使っています。シュナイダー博士が作ったも
のですが、ゴールドマン教授の全面協力によって作り上げられたと聞いています」
チャーリーも日本語で答えた。会場の殆どの者には、二人が何を言っているのか分からなかった。そこで
コンポン君が一通り英語に翻訳して、それからは英語で話を進めたのである。
「どうも正直に話して頂いて有り難う御座います。ですが明日から大変ですよ。マスコミに追い掛けられる。
その対策は何かありますか?」
コンポン君は自分で聞いたことなので責任を感じて言った。
「はははは、もうどうにでもなれですよ。まあ、秘密の行動には慣れていますが、私は元来嘘が嫌いなので
すよ。
もしそれでテレビや映画などへの出演が危うくなるのでしたら、それはそれで仕方がありません。私はそ
もそも定期的なメンテナンスが必要な体なのです。
ただその為に莫大なお金が必要です。そのお金を作る為にこうしてテレビの対談番組に出たりしているの
ですが、段々精神的に疲れて来ました。
はははは、これは愚痴が過ぎましたね。それでその、是非とも、やっておきたい事があります。私がサイ
ボーグであるかどうかに一切関係が無いのですが、近い内に教室を開きたいと思っています」
チャーリーはいよいよ核心に触れ始めたのである。
「事前の打ち合わせで出ていた、『夏休み未来教室』のことですね?」
「はい。私が一番の恩人と考えている人物、彼はもう亡くなりましたが、その彼の開いたのが今言った名前
の教室でした。たった一日限りのものでしたが、私は大いに影響を受けたのです。
その教室で学んだ事のいわば続編の講義をしたいと考えているのですよ。まあ、講義というよりも討論の
ような形式になると思うのですが、それに参加される方をこの場を借りて募集致します」
「それには条件がおありなのでしょう?」
今度はレベッカが言った。
「確か、『神は存在しない』でしたわね?」
レベッカに対抗する感じで正美が言った。彼女は随分前から、宝本賢三の『夏休み未来教室』の事を知っ
ていたのである。
その場に居合わせた者の内で、一番チャーリーの正体を良く知っているのは植田正美だった。しかし彼
女はチャーリーにすっかり惚れていて、何とか彼の力になりたいと思っていたので、今はチャーリーが秘密を
暴露し過ぎないように、一種の監視役になっていた。
「その条件を聞いた時には驚きましたよ。でもそれじゃあ誰も講義など聞きに来ないのではないかと心配し
たのでしたよね?」
「はい。でも、アメリカは広いですからね。無神論者の方も沢山おられると思います。しかし条件はそれだけ
ではありません。もう一つの厳しい条件を言いましょう。それは……」
「ああ、申し訳御座いませんが、コマーシャルの時間です。続きはコマーシャルの後にして下さい」
またレベッカが言った。その直後にコマーシャルが始まったのである。
「しかし、直ぐ反響がありましたよ。今、局の方に電話が殺到しているようですよ。ネットのメールも全国から
数百通来ているようです。その数はどんどん増えていますよ」
スタッフが状況の報告をした。今回のコマーシャルは短く直ぐ続きが始まった。
「それでは早速先ほどの続きですが、その前に、もっとパフォーマンスを見せろという声も殺到しています。
何か見せて頂けませんか?」
穏やかな調子でコンポン君が言った。どうやら反響が大き過ぎるので、少し視聴者の気持ちをなだめる
ように持って行けと、番組のディレクターからの注文が入ったようである。
「パフォーマンスですか? うーむ、何が良いでしょうね?」
チャーリーはちょっと考えあぐねた。
『何をやってもトリックだと疑われそうだしね』
そう感じていたからである。
「スプーンの折り曲げ!」
珍しく会場のお客さんの方から声が掛った。
「はははは、あれはマジッシャンの方のお得意だと思いますが。それにスプーンが無いでしょう?」
「いいえ、スプーンだったら御座いますわよ」
レベッカが即座に言った。
「じゃあ、そうですね、誰もやらなかった技と言えば、ええと、スプーンは何本ありますか?」
「その気になれば十本でも二十本でも御座いますけど?」
「じゃあ、重ねられる様に同じ物を十本持ってきて下さい。見やすい様に大き目の物が良いですね」
「分かりました。少々お待ち下さい」
レベッカは立って別室の方へ行った。そこは先ほどアイスティーなどを持って来た部屋である。
「お待たせしましたこれで良いですか?」
レベッカは大き目の同型のスプーン十本を持って来たのである。結構重い。
「有り難う御座います。先ず良く調べて下さい。十本全部ですよ」
チャーリーが言うとレベッカや正美、コンポン君も一緒になって調べた。
「トリックとかは無いですよね?」
「はい、全くありません」
「無いですわね」
「ありませんわ」
コンポン君、レベッカ、正美共に断言した。
「じゃあ、十本を重ねて手渡しして下さい。一気に折り曲げてみますが、それでも良いですか? 使い物に
ならなくなる恐れがありますが。と言うより使えなくなると思いますよ。弁償はしませんが良いですか?」
「あはははは、その位私のポケットマネーでも何とかなりますから大丈夫。遠慮なくやって下さい」
コンポン君は笑って保証した。
「それじゃあ、行きますよ。それっ!!」
やや大きな声で気合を入れると、十本重ねのスプーンは造作も無くグニャリと折れ曲がってしまったのだっ
た。更に大きな声で気合を入れる。
「クオリャーーーッ!!」
「ギュギッ!!」
曲がりはいっそう深くなり、得の部分とお玉の部分とがすっかりくっ付いて、もうバラけ無くなってしまった。
一塊の現代風なオブジェの様な物になってしまったのである。
「ウオオオオーーーッ!!」
今度も歓声が上がったが、その凄まじい力を目の当たりにして、相当の恐怖心が入り混じっていた。勿論
ジャンプの時の青年もたまげてしまっていた。
『本当に、本当に戦わなくて良かった。ああ、良かった!』
恐怖に震えながらそう感じたのだった。
「もうここまで来たら、バラバラにはなりません。さっきも言いましたが、弁償はしませんよ、はははは」
チャーリーは気楽に笑って言ったのだったが、コンポン君もレベッカも声を失っていた。特にレベッカに
は怯えが見えた。
『しまった、やり過ぎたか!』
また失敗したと思ったが、
「大丈夫ですわよ、チャーリーはとても優しいのよ。女の人には特にね」
正美は助け舟を出した。
「はははは、そうですよね。先ほどから言っておりますように、私とチャーリーさんとは実は長い付き合いな
のです。ですが一度だって私は危険な目に会っていません。
悪党には恐ろしい男ですが、そうでなければ借りて来た猫の様に大人しいのです。本当ですよレベッカ。
特に貴方のような美人には優しいですから安心して下さい」
コンポン君もレベッカの怯えの表情に配慮して、大袈裟にチャーリーの優しさを強調したのだった。その
甲斐あってかレベッカは何とか本来の表情に戻ったのだった。
「ああ、御免なさい。余り凄いので私ビックリしちゃって。その、忘れておりましたが、今度はお茶菓子の時
間ですわ。
何種類かのケーキを用意しておりますが何が宜しいかしら? イチゴの載ったショートケーキ、チョコレート
ケーキ、それとチーズケーキが御座いますけど?」
「えっと、私はチーズケーキ」
「私はチョコレートケーキが良いですわ。コンポン君とレベッカさんは宜しいのかしら?」
「いえ、私も食べます。わ、私はその、チャ、チャーリーさんと同じ、チ、チーズケーキにします。コンポン君は?」
レベッカの声は何故か震えていた。彼女もまたキャロルの様に心を病み始めていた。
『殺されない為にはチャーリーの女になる事よ!』
心の奥底でそんな意味の言葉が響いていたのだった。打ち消しても、打消してもその声は響いて来る。