夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ああ、じゃあ私はショートケーキにしようか」
 コンポン君はレベッカの様子が少しおかしいことに気がついたが、大したことはあるまいと感じて自分の好
みを言った。

「えっ、あ、その何でしたっけ?」
「はははは、ショートケーキですよ。大丈夫ですか?」
「コンポン君はショートケーキですね。分かりましたそれでは少々お待ち下さい」
 かなり慌ててレベッカは別室に入って行った。少しして直ぐケーキをお盆に載せて持って来た。やたら早い
のは奥の方にスタッフが居てスタンバイしているからである。

「お待たせしました。チャーリー様はチーズケーキで御座いますわね。正美さんはチョコレートケーキ。コン
ポン君はショートケーキ。私はチャーリー様と同様にチーズケーキ」
 レベッカは間違えないように口頭で言って確認しながらケーキを配って行ったのだが、一つだけ違うのは、
チャーリー様と言ったことである。
 今まではチャーリーさんと言っていた。しかし些細な事なので、その時には特に誰も気に留めなかったの
である。

「それでは食べながらで結構ですから、先ほど言っていた、もう一つの厳しい条件というのを聞きましょう。
いや、中々美味しいケーキですね」
 コンポン君は緊迫感の漂っている場を何とか和やかにしようと、ケーキを美味しそうに食べて見せた。

「ああ、このチーズケーキは中々美味しいですよ。そうですね、それは我々人間も完全に物質であるという
ことです。だから私達は物質の法則に従う。例外はありません。
 今言った条件と前に言った神は存在しないという条件。その二つを容認出来る人だけ、私の講義を受ける
資格があります。
 どちらか一方でも認められない人はこちらからお断りです。教室にやって来て暴れられても困りますから
ね。それで最後に一つ」
「ああ、申し訳御座いません、またコマーシャルです」
 コンポン君が言い終わるか終らないかのうちに画面はコマーシャルに切り替わった。放送局には多くの非
難の声が寄せられた。
 しかし賛同する声やパフォーマンスに対する感嘆の声、逆に疑いの声も多数寄せられた。何れにせよ大
反響を呼んだのである。

「さて、今回は少し長いコマーシャルですが、その合間に会場の声を聞きましょう。これは放映されませんの
で気楽にお答え下さい。
 当然の事ですが何をお答えになっても罰せられるような事は御座いませんから。ああ、ええと、そうですね、
レベッカ、客席に行ってマイクを向けて聞いてくれないか?
 簡単に講義を受けるかどうかだけでも良いから。まあ、チャーリーさんは余り来ない事を予想しておられま
すから、ノーでも全然大丈夫ですよ」
 コンポン君は依然として残っている、チャーリーのパフォーマンスを見たことによる恐怖心、に配慮して言っ
たのである。

「ああ、それではお聞き致しましょう。一応私は是非講義をお受けしたいですわ。チャーリー様の講義ですも
の素晴しいのに決っています。あのう貴方はどうですか?」
 レベッカの聞き方はやはり少し変だったが、それでも許容の範囲内だと皆思っていた。

「いや、私は遠慮します。私は神の存在を信じておりますので」
「まあ、それは残念ですわ。じゃあそちらの方は?」
「あのう、私も遠慮します。人間がすっかり物質だというのはどうも受け入れられません。レベッカさん貴方は
本当に受け入れられるのですか?」
 女性の観客は逆にレベッカに質問し返した。

「わ、私は勿論チャーリー様は絶対に正しいと思いますわ。彼の言う事は全て正しいのよ。批判するなんて
どうかしているわ」
 レベッカはやや呆れ気味に言った。
「ああ、レベッカ、そんな言い方をしては拙いよ。もう良いからこっちに戻って来てくれ」
 コンポン君は慌てた。
『レベッカはどこかおかしいぞ、どうしたんだ?』
 やっとレベッカの精神状態の異変に気がついたのである。

「あのう、チャーリー様、戻っても宜しいでしょうか?」
 レベッカにはチャーリーの命令の方が重要に思われた。ノーだったら質問を続ける積りだった。
「ああ、戻って来てくれ。強制はいけないよ」
 チャーリーにもレベッカの異変が分かったので、やや命令口調で言ったのである。チラッとコンポン君の方
を見て頷き合った。更に正美も頷いて、三人ともレベッカが少し精神を病んでいる事を了解し合ったのである。

「さあ、コマーシャルも終りましたから、先ほどの条件の他に最後の一つというのを聞きましょう」
 対談は後半に入っていた。コンポン君は反響の凄さをスタッフに聞かされていたが、これから徐々に話を
まとめる方向に持って行く積りである。

「最後の一つと言っても、それが講義の目的なのですが、その真の目的は、神の存在を否定する事でも、
人間が物質である事を強調する事でもありません。
 目的はただ一つ。『存在を科学する』事です。そこに摩訶不思議な精神世界だの、天国だの地獄だのを
持って来ては何時まで経っても、存在そのものに科学のメスを入れることは出来ません。
 存在そのものの謎に科学のメスを入れること、それが『夏休み未来教室』の主要テーマなのです。他のど
の国よりも、この自由の国アメリカこそが、その研究の進展の可能性があると思います。
 講義の日にちはたった一日。恩師の研究と私の研究とを合わせて、少しばかり存在そのものについて語っ
て行きたいと思います。
 大した事が分かった訳ではありませんが、その方向性をほんの少しでも示せれば、私としてはそれで満足
です。その先は後世の人達に継承して貰いたい、そう思っています」
 チャーリーの真摯な態度に会場は感動的な雰囲気に包まれたのだが、
「俺はお前の言うことなど信じないぞ! 神の領域に踏み込むんじゃない! お前は神を冒涜している!」
 大声で叫んだ者があった。直ぐスタッフに会場の外へ連れ出されたが、一緒に十人くらいの観衆も出て
行ったのだった。

「はははは、まあ、予想通りですね。先人達の労苦がしのばれますよ。このアメリカでは未だに進化論を信
じる事が出来ずに、ただ盲目的に批判するやからが大勢いると聞いていますからね。
 全ては神が創ったのだと言ってね。しかし、そういう人に言いたい。神が一度でもそう言った事があったか
と。そう言ったのは人間であって、けっして神ではない。
 神は進化論が誤りだなどと一度も言っていないと思うのですがねえ。神がそうしたのだと言う事は何も考
えないと言うのと同値なのですが」
 チャーリーは呆れ気味に言った。

「そうよ、チャーリー様、私は貴方の言う事を信じます。貴方を批判するなんてどうかしているんだわ」
 レベッカはチャーリーと同様に呆れ加減に言った。常にチャーリーと調子を合わせる積りらしい。
「えっと、それでは次ですが、レベッカお皿を片付けて、皆さんに紅茶をお入れして下さい。甘いケーキの後
は日本だと緑茶などが良く出されるのですが、それにしましょうか?」
 コンポン君はチャーリーがひょっとすると大黄河夕一郎やソード・月岡と同一人物で日本人ではないかと
も思っていたので、緑茶も支度していたのである。

「ああ、緑茶が良いですね。抹茶入り玄米茶だったら尚良いのですが、それは無いですか?」
「はい、御座います。直ぐそれをお持ち致しましょう」
 素早くレベッカは言うと、すぐ別室に入って行った。今度は少し時間が掛った。アメリカ人のスタッフには抹
茶入り玄米茶の事が良く分からなかった為に手間取った様である。

「はい、お茶ですわ。その、抹茶入り玄米茶です」
 レベッカは紅茶用のカップに入れて来たのだが、飲んでみると甘かった。どうやら紅茶用のメープルシロッ
プを入れたらしい。
 コンポン君と正美、そしてチャーリーとは顔を見合わせて、どう言うべきか迷ったが、
「はははは、甘くて美味しいけど、この甘さはメープルシロップかな?」
 チャーリーが聞いた。

「はい、そうですが、拙かったでしょうか?」
「レベッカさんは日本の風習をご存じないから仕方ありませんけど、日本ではお茶には甘味料は入れないの
ですよ。コーヒーで言えばブラックでそのまま飲む、そんな感じで飲むのが一般的なんです」
 今度は正美が言った。

「あ、そ、そうですか。済みません、知りませんでした」
「いや、謝る事はありませんよ。詳しく説明しなかった私が悪かったのです」
 今度はコンポン君が慰める感じで言った。

「ううううっ、チャーリー様御免なさい。本当に不勉強でした。罰をお与え下さい。お願いします」
 レベッカはチャーリーの僕(しもべ)である事を強調した。
「そうだな。もう一度入れ直してくれないか。それでチャラと言う事にしよう」
「はい、直ぐお持ち致します。あのう今お飲みの物は片付けますから」
「いや、別の容器に、えっと、コンポン君、日本の茶碗はあるのかな?」
「はい、ちゃんと用意してあります。ああ、レベッカ私も行くから。別に拙くは無いから捨てることは無いよ」
「そう、これはこれで美味しいから一応頂いておくよ。今度は茶碗に入れて頼みますよ。コンポン君と一緒に
入れて来て下さい」
「はい、かしこまりました」
 レベッカはチャーリーに言われてホッとした様子で別室にコンポン君と共に入って行った。対談番組なの
に肝心の司会者のいない妙な状態になった。

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