夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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場内が少し騒がしくなった。抹茶入り玄米茶を入れることになったのだが、残っている殆どのアメリカ人
には何のことなのか良く分からなかったからである。
「ああ、あの、そうですね、今の内にちょっとだけパフォーマンスをお見せしましょう。今ジャパニーズグリーン
ティーを入れているのですが、皆さんには退屈でしょうから、一回だけもう一度ジャンプしてみます。
さっきは少し遠慮していたのですが、折角ここに残ってくれたのですから加減無しでやってみましょう。じゃ
あ、先ほどの場所で、今回は靴とかは脱がずにやってみます」
チャーリーは、二つの条件をクリアした者達へのサービスの積りで本気のジャンプを見せることにした。
厳しい条件を出した積りだったが、まだ十数人は残っていた。
『さすがに自由の国アメリカだ。思考範囲もかなり広いのだろうな』
そう感心したのである。
「じゃあ、飛びます。とりゃーーーっ!!」
チャーリーは今度は遠慮なくとんだ。スタジオの天井は高く、最大で十メートル位はある。ただその下に通
路などもあって、色々な操作が出来る様にしてある。
照明器具などを取り付ける為の鉄管が縦横に幾層にも走っていた。その高さは最も低い所で約五メート
ルである。
その一番低い鉄管に飛び付き、その勢いで体を引き上げ、腰の位置で両腕を下に伸ばして支えた。それ
から前方回転を数回やって、その後真逆様(まっさかさま)に飛び降りて来たのだった。
「きゃっ!!」
何人かの観客やお茶を持って来たレベッカが悲鳴を上げた。無論そのまま地上に激突などしない。くるり
と回転して、やっぱりスタッと微動だにせずに床の上に降り立ったのである。
「ウオオオオーーーッ!!!」
大きな歓声が上がった。
『我慢して残っていた甲斐があった! 得したな、凄いものを見せて貰ったぞ、やった!!』
そんな良い印象を強く持ったのだった。
「はははは、パフォーマンス有り難う御座います。これほど飛べるということは先ほどは力をセーブしていた
のですか?」
レベッカに持たせたお盆の上の、抹茶入り玄米茶をテーブルの上に並べながら、コンポン君が聞いた。
「はい、余り飛び過ぎるとかえってトリックだと疑われると思ったので、控えめに飛んで見せたのですよ。でも、
折角残ってくれたお客さんにそれでは申し訳ないと思って、少し本気を出しました。
ただ一つだけ、このテレビを見ている、全国のチビッコ達は真似しないで下さいね。勿論大人もですよ。
サイボーグだから出来るのですからね。普通の人だと大怪我をしますからね。絶対に真似をしないで下さ
いよ」
チャーリーはずっと昔、子供向けアクション番組のテレビのヒーローの真似をして、高い所から飛び降り、
大怪我をしたり、死者まで出したことを思い出していた。
「そうですよ、真似をしてはいけません。こんな事が出来るのはチャーリーさんだけなんですからね」
コンポン君も口頭で注意した。それから改めてお茶を啜(すす)り始めたのである。
「ああ、この香、この味です。円筒形のこの茶碗も中々風流で良い味を出していますね。うーん、日本に帰っ
たみたいな気がする。ああ、済みません今の言葉は忘れて下さい」
つい本音が出てしまったが、もう余り強く否定する気にはならなかった。
「やっぱり故郷は日本なのですか?」
これはレベッカが真剣な表情で聞いた。
「はははは、それはご想像にお任せします。一言言えば私は日本には帰る積りはありません。ああ、そう
言ってしまったら、日本人である事を暴露したも同然ですね。
ただ、私は『夏休み未来教室』、そうですね厳密に言えば『続・夏休み未来教室』ということになります。今は
それが当面の最大の課題です」
「成る程、その後の予定は?」
今度はコンポン君が短く聞いた。
「申し訳ありませんが、今は言えません。ですが、この地球上の皆さんのお役に立てれば良いと思っていま
す。それともう一つ、私はさっきも言ったと思うのですが、定期的にメンテナンスが必要です。
少なくとも二、三ヶ月以内にはメンテナンスをする必要がありますから、その時には暫くお休みを頂く事にな
ります。ふう、美味しいお茶でした」
チャーリーは言うべきことを言い、飲みたかった懐かし抹茶入り玄米茶を飲めて、大いに満足したのだった。
しかし、キャロルとレベッカの精神状態が酷く気に掛ってもいた。
「どの位掛るのですか、そのメンテナンスに」
レベッカが言うと、
「メンテナンスの水準にもよりますが、数週間程度ですわ」
正美が手早く答えた。
「まあ、そのお話はそこまでにして、今度は明るく、恋のお話でも致しましょう。失礼ですがサイボーグでも恋
は出来るのですか?」
「ううむ、微妙なところですね。サイボーグになりたての時は出来ませんでした。しかし改良に改良を重ねた
結果、恋愛もセックスも可能になりました。
ただし子供だけは出来ません。私には子種がありませんから。脳を除く殆どの体は、もう死んでいます。
本当はとても辛いのですが、仕方がありません」
チャーリーは実際辛そうな表情を見せたのだった。
「サイボーグになる事を望んだ訳ではないのですね?」
コンポン君は徐々に核心に近付いて行った。
「はい、金森田という男に脅迫されて強制的にさせられました。もしそうでなければ、誰がサイボーグになる
ものですか!」
チャーリーはかなり怒って言った。
「あのう、そんなに怒らないで下さい。私はチャーリー様が怖い、ああ、済みません、何でもありません」
レベッカは慌てて打消した。
「大丈夫、君には何もしないよ、レベッカ」
チャーリーは優しくそう言った。しかしレベッカの恐怖心は、収まるどころかますます高まって来ていたので
ある。
「お願いです、私をあなたの女にして下さい」
テレビで中継されている事を知りながら、レベッカは悲痛な表情でそう言った。
「ああ、それでは最後のコマーシャル!!」
コンポン君は大慌てでコマーシャルに逃げた。局の方ではコマーシャルのタイミングをコンポン君にある
程度任せている。その特権を今は最大限に利用したのだった。
「レベッカ、君には彼氏がいた筈だろう? その彼をどうするんだ?」
「別れるわ。仲が悪い訳じゃないけど、特に良い訳でもなかったのよ。チャーリー様に比べたら、月とスッポン
だもの」
レベッカがそこまで言った時である。
「あんた、何を寝言いってるのよ! ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」
会場に乱入して来たのはキャロルである。恐らく控え室のモニターテレビを見て、レベッカの態度に腹を立
ててのことだろう。
「キャロル、よさないか!」
ゲルクが後を追って来た。
「キャロルさん、止めて!」
キャシャーンも後を追って会場に入って来た。
「えええっ! キャシャーン!」
少なくなったとは言え、観客達に大きくどよめきが起ったのだった。タレントとして有名なキャシャーンが現れ
たので、観客達はますます得をしたと感じたのである。
「キャロル、静かにしなさい! 今はテレビ放映中だ。まだコマーシャルの最中だが、怒った君の姿がテレビ
に映る事は、容認出来ないな。
それからレベッカ、テレビカメラがあることを知りながら、自分を私の女にしてくれと言うのも、感心しない。
場所柄をわきまえなさい! キャロルとレベッカ。君達二人に罰を与える。もう間も無く放送が終る。その間
私達の控え室に居て、私の行くのを待っていなさい。
ただしその間、ゲルクとキャシャーンの言葉には従うこと。それからイエス以外の言葉を言ってはいけない。
分かったか?」
「イエス!」
「イエス!」
キャロルとレベッカは即座にチャーリーの言葉に従順に従った。直ぐ会場を出てチャーリー一行の控え室
に向かったのである。
「エエエーーーッ!!!」
奇妙な驚きの声が上がったがチャーリーを非難出来る者はいなかった。
「じゃあ、私達はこれで失礼します」
「皆様お騒がせ致しました。あの二人を許してやって下さい。ちょっと事情があって、情緒的に不安定になっ
ているのです。本当に申し訳御座いませんでした」
ゲルクはあっさり言ったが、キャシャーンはタレントであるからか、お客達には丁寧に事情を仄めかして言っ
たのだった。
「良く分かったぞ、キャシャーン。その代りにサインしてくれ!」
調子に乗った何人かの観客は走り寄って来てサインをねだったのである。大急ぎでキャシャーンは求めに
応じた。サインも終って、二人が会場を後にする寸前に放送は再開された。
ゲルクは上手く逃れたが、キャシャーンはテレビの画面に映ってしまったのである。こうなると理由も言わ
ずにその場を去る訳にも行かなかった。
「ああ、たった今、キャシャーンさんが、不意に会場に立ち寄りました。コマーシャルの撮影でチャーリーさん
と一緒だったのですが、当番組に出演すると知って応援に駆けつけられました」
コンポン君が適当に嘘の事情を説明すると、
「ハーイ、近い内に私とチャーリーさんのコマーシャルが入るわよ、楽しみに待っていてね! バイバイ!」
キャシャーンは陽気に笑いながら、手を振ってその場を去ったのだった。何とか上手く誤魔化せた様であ
る。