夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「さてレベッカさんは現在健康に良い特製ジュースを作ると言って、張り切って別室で支度をしております。番
組終了までに完成出来れば良いのですがねえ」
 コンポン君は咄嗟に嘘を付いた。スタッフは大慌てで観客席に行って小声で、レベッカが病気治療中であ
ると言って、声を出さない様にお願いして回った。
 チャーリーが観客席を見て、僅かに頭を下げて了解するように要請した。彼の威力は絶大で、誰も話など
しなかったし、ましてコンポン君が嘘を言っている等と追求する者は一人も無かった。番組はいよいよ最終
ターンに差し掛かっていたのである。

「はい、えっとそれでどこまでお話したのでしたっけ?」
「サイボーグに好んでなった訳ではないということでした。それと恋愛もセックスも可能になったとか。というこ
とは最初はセックスも出来なかったのですか?」
「はい。それどころか立って歩くことさえままならなかったのですよ。その上食べる事も出来なかった」
「えええっ!!」
 今度は会場から驚きの声が上がった。

「食べる事が出来なかったんですか? でもお腹が空いたのではありませんか?」
「いいえ、性欲も食欲も脳の一部の働きを制御して完全に押さえ込んでいたのです。ですから空腹感も性欲
もありませんでした。ところが次第にそれは苦痛になって来たのです。
 食欲が湧かない事や性欲が無いことが妙に苦痛でした。本来あるべき欲求が無いことが次第に苦痛に感
じられるということは誰も予想していなかったようです」
 チャーリーは昔を思い出しながら話した。なんとも苦い思い出だった。

「はい、そこで私共研究員達はそれらの欲求の復活をする事にしたのですが、それには重大な問題があり
ました」
「重大な問題?」
「はい。食欲が復活すれば、食べるという作業をしたくなります。しかし味覚の復活も当初は大変でした。何
しろ舌がありませんからね」
「ああーーーっ!」
 溜息が観客席からも聞こえて来た。

「ですが、莫大なお金と多くの研究者の必死の努力によって、やっとほぼ人間並みの味覚が復活したのです。
それはセックスも同様です。
 最初は性欲があっても何も感じなかったのですが、それも血の滲む様な研究の成果があって、ついに普
通の人間並の快感が得られるようになりました。
 チャーリー・クラストファーの体は殆どが人の手によって作り出されたものです。それは取りも直さず脳の
働きの偉大さを示すものです。しかしお金の力がものを言った事も事実です」
「お金の力ですか。聞くところによれば、非常に高価な部品も使われているとか。しかもそれらの大半は消
耗品なのでしょう?」
 コンポン君は残り時間を気にしながらの質問となった。

「はい。非常に希少な元素や、宇宙空間で無ければ作り得ない部品などがあるので、一回の小さなメンテナ
ンスに、数百万ドル。大きなメンテナンスだと一億ドルを超える経費が掛るのです」
 正美は金額を言ったが、本当はもっと掛るのである。しかしこれ以上掛ると言えば、
『お金が掛り過ぎる!』
 と、非難されそうに感じて止めたのだった。

「そうですか、それは大変でしたね。いやこれからも大変だと思います。そこで最後に一つだけ。野球の選手
になる気はありませんか?」
「えっ? 野球の選手ですか? うーん、野球は好きですが、ルールに詳しくありませんし、余りやったこと
もありませんからねえ。子供の頃に草野球をした記憶が微かにあるだけですからね」
「でもざっとのルールが分かりさえすれば、出来るでしょう?」
「まあ、そうですが、サイボーグの私がやっても良いのですかねえ」
「しかし、多くのファンは貴方が目にも留まらない剛速球を投げる姿を見たいと思いますがね。それにバッ
ターになって、年間百本位のホームランを打つ、そんな記録が出せると思いますけどね」
「はははは、皆さんが認めてくれるのだったら、やってみましょう」
「はははは、是非お願いします。あああ、レベッカはとうとう特製ジュースの製作が間に合いませんでしたね。
折角張り切っていたのに残念です。
 それでは今日はこの辺で、今夜のゲストはチャーリークラストファーさんと植田正美さんでした。ではまた来
週新たなゲストと共にお会い致しましょう!」
 コンポン君は何とか上手く番組をまとめた。まばらになった観客の拍手は、しかし盛大なものだった。わず
か二時間ほどの間に、想像を絶する光景を目の当たりにしたからである。それから間も無く、話の種をたっ
ぷり仕込むことが出来たことで、意気揚々と帰って行ったのだった。

「ああ、お疲れ様でした。私もレベッカを迎えに行って宜しいでしょうか?」
 コンポン君は丁寧に聞いた。
「はい。しかしレベッカさんの処置は相当に難しい。キャロルとは当分一緒の行動ですから、何とか抑えが効
くと思いますが、レベッカさんは局のアナウンサーなのでしょう?」
「いえ、局のアナウンサーではなくタレントなんです。しかしこの局の仕事が殆どなのですが、どうするのか
本人に会って確認してみたいと思います」
 一行は控え室に向かって歩きながら話をしたが、コンポン君は如何にも心配そうにしていた。ずっと一緒
に仕事をして来た間柄だからだろう。

「命令違反は無かったろうね?」
 控え室に着くとチャーリーは早速レベッカとキャロルにやや冷酷に聞いた。
「イエス!」
「イエス!」
 まるで機械の様に正確に二人は答えた。

「宜しい。これからは普通に話しなさい。コンポン君がレベッカに聞きたい事があるそうだが、少し話をする
と良い」
「はい、あのうコンポン君、何かしら?」
「君は今後もここの局の仕事を続けるんだよね?」
「いいえ、チャーリー様と一緒に行きます。チャーリー様、私も一緒に連れて行って下さい。ギャラはいりませ
ん。もし一緒に行けないのでしたら、……死にます」
 レベッカは死ぬということを割合あっさりと言った。その軽さは、普通なら冗談に受け取れるのだが、この
場合は本気であることを示していた。

「分かった。ゲルク、今後はレベッカと共に行動する。原則ギャラは出さない。レベッカ、一つ聞くが、家族は
どうしている? それと住まいとかは?」
 チャーリーは先ず了承してからその他の事を聞いた。

『ノーだったら即座に死の行動をしてしまう可能性がある。確かにそれが最も簡単な恐怖心からの解放に
なるのだからな。ふう、迂闊な事は間違っても言えないぞ。ああ、酷く疲れる……』
 そういう印象を持っていたからであった。

「私に家族は無いのと一緒よ。私を捨てた人達ですからね。今はマンションに一人で住んでいます。恋人が
一人いましたが、彼は過去の人です。今日、明日中にも電話して別れます。
 それとお金に関してですが、それなりの蓄えもありますから特に不自由は御座いません。ですが全額チャー
リー様に寄付したいのですが宜しいでしょうか?」
 レベッカの返答は徹底していた。全てをチャーリーに捧げる積りの様である。

「成る程、良く分かった。それだったらその様にしなさい。その作業には明日から掛りなさい。今日はこれか
ら皆で食事に行きますからね。
 ゲルク、それとキャロル、宿の手配とかを頼みますよ。ああ、そのコンポン君、そういうことなので、レベッカ
は暫く私と共に行動するので宜しくね」
「あ、は、はい。今日はもう遅いですから、今後の事はまた明日以降ということで、お願いします」
「はい、承知しました。レベッカが明日にも連絡を入れると思いますが、コンポン君も局の方に宜しく伝えて
おいてくれませんか?」
「はい、分かりました。それじゃあ今日はこの辺でさようなら」
「さようなら」
 コンポン君はやや複雑な表情で帰って行ったのだった。

「あら、でも困ったわね、全部で六人だと、車に乗れないわ。五人乗りなのよね」
 レベッカやキャロルを刺激しない様に話をじっと聞いていたキャシャーンが、拙い事に気が付いて言った。
「そうか、レベッカが増えたからね。しかしあれだね、ここからホテルまで車で十分位だよね?」
 チャーリーには閃いた事があった。

「はい。いいえ、もう九時過ぎていますから、車通りも少ないですので、もっと早いと思いますけど。せいぜい
五、六分ですわ」
「だったら、尚良いね。まず女性だけでホテルに行って貰いたい。それからキャシャーンは折り返しこっちに
戻って来てくれないか? そこで私とゲルクを連れて行って貰いたい。
 先に行った三人、正美とキャロルとレベッカはホテルの最上階のレストランに行って、待っていてくれない
か? 十五分位で行けると思うからね」
「えっ! 私一人ですか?」
 正美は思わずそう言った。
『健常者は私一人だけなの!』
 と言いたかったが、さすがにそれは堪えた。

「はははは、他にレベッカとキャロルがいるから大丈夫だ。ただこの二人は少々羽目を外す恐れがあるか
ら、今から守るべき事を言っておく。気をつけ!」
「はっ!」
「はっ!」
 軍隊のような調子でチャーリーは二人に号令を掛けた。厳しい号令に二人は正に軍人の様に気をつけの
姿勢をとったのである。

「君達は正美が好きか嫌いか正直に答えなさい。先ずキャロル」
「私は嫌いです」
「分かった。次はレベッカ」
「私も嫌いです」
「そうか、良く分かった。それでは君達の仕事だが、その嫌いな正美の命令に次に私と出会うまで、つまり
ホテルのレストランで落ち合うまで従いなさい。
 特別な用事、例えば小用の時などに限って、正美の許可を得て行動すること。それ以外は認めない。正美
さん、貴方は不可能な命令や矛盾した命令はしないように。分かりましたか?」
「はい、了解!」
「了解!」
「承知致しました!」
 キャロルとレベッカは軍隊的な口調で答えた。それに釣られたのか、正美まで軍隊的な口調で答えたの
だった。

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