夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「しかし夜景は奇麗ですね。静かだし、良い雰囲気ですね」
 ゲルクの言葉は何故か虚しく響く。
「はははは、確かに奇麗だし静かだ。ただ私には嵐の前の静けさの様に感じられる。まあ、今夜はゆっくり
食事をしましょう。明日から厳しい試練がある様な気がしますからね」
 チャーリーには嫌な予感があった。

『今のままでは済むまい。明日から何があるのか……』
 そのようなイメージを正美も持ったし、キャシャーンも持った。フワフワと宙に浮いている様な感覚は、キャ
ロルとレベッカである。
 一寸先の危険が二人には見えなかった。ただ少しばかりではあるがチャーリーに愛されているらしいと
思うだけで満たされていた。

「乾杯!」
「乾杯!」
 気がついてみるともう随分お腹が空いていたのだ。夜も十一時近くになると徐々に客は減って行く。大分
少なくなったレストランの中でかなり目立つ六人は、ステーキなどで空腹を満たすと、話は今夜の宿の事に
なった。

「キャシャーンはもう宿を決めてあるのかな? ああ、自宅に帰るのか?」
 ゲルクが聞くと、
「私は今夜はここに泊まるわ。ちょっと見栄を張ってスィートルームにしたけど、皆さんは?」
「まあ、各人共に昨日と同じですが、レベッカ、君はどうする?」
 ゲルクはちょっと心配になって聞いてみた。

「勿論、チャーリー様と一緒よ。他には考えられないわ」
「な、何ですって! だったら私もそうさせて貰うわ」
 案の定、困った事になった。レベッカに対抗する様にキャロルもチャーリーと一緒の部屋にすると言い出
したのである。

「相部屋は嫌ですね。私は眠る時は何時も一人にしています。レベッカとキャロルは相部屋にしなさい。こ
れは命令ですよ!」
 チャーリーは厳しい口調で言った。
「はい!」
「はい!」
 二人は食事を中断して、座った状態で姿勢を正して了承した。

「明日の朝は二人で一緒に私を起しに来なさい。時間に余裕を持って早めにですよ。鍵は開けておきます
からね。仲良くする必要は無いが喧嘩は認めない。分かりましたね?」
「はい!」
「はい!」
 チャーリーは命令と共にご褒美を暗示した。

「私には何も無いのですか?」
 正美が不満を漏らした。
「ふうむ、まあ、考えておきましょう」
 チャーリーは仕方無しに了承した。

『こりゃますます林果に嫌われそうだ。しかしそれで良い。彼女に愛想を付かされ俺と別れることになれば
それで良い。もう一度会ったら今度こそ離れられなくなる。
 『女たらしのとんでもない馬鹿男!!』
 そう言って罵るのに違いないと思うけど、それで良い。お前達まで騒ぎに巻き込みたくない。林果、昇一
を頼むぞ!』
 チャーリーはその時林果との別離を決意していた。二人の安全の為にはそれより方法が無いと思ったの
である。
 未練がましくもう一度会うこともすまいと決心した。それから間も無くお開きになって、それぞれの部屋で
休むことになった。

「ふう、これが最後の安穏(あんのん)としたお風呂になるかも知れないな」
 その夜は心行くまで湯船に沈んであれこれ思いを廻らした。時々独り言を呟きながら延々と考え続けた
のである。

『さてテレビの対談とは言え、とんでもない事を言ったよな。本当に教室を開けるのかどうか。次のメンテナ
ンスもやれるかどうか分からんぞ。
 しかし、たった一人でも良い。誰かが俺の講義を聞きに来たら一応今考えられる最高の講義にしなけれ
ばならないな。
 まあ、教室が開催される確率は低いが、考えるだけは考えておかないとね。しかし妨害が無ければ良い
のだが。
 爆弾を持ち込まれたら俺は兎も角、客人が大変だからな。その点のチェックはきっちりやらないと拙いだ
ろうね』
 チャーリーは専ら『続・未来教室』の事を考えていた。開ける確率が低いことは言うまでも無いが、一部の
テロリストにも警戒が必要な事を気持ちの中で確認していたのである。
 それらについて暫く考えた後、疲れて少しうとうとしたが、間も無く目覚めて、湯船の底に沈んだまま、再
び考え始めた。

『さて明日の朝はキャロルとレベッカにどう対応しようか? ああ、頭が痛い。あの場ではああ言ったが、そ
う言わないと収まりが付かない感じだったからで、本当はどうしようかなんて考えていなかった。
 まあ、多少のエッチはする必要があるだろうが、しかし正美さんまであんな事を言うとはね。さすがにキャ
シャーンは俺の苦悩を知っている様で黙っていたけど、彼女も何かして来るのかな? ふう、ますます頭が
痛いよ。駄目だ、後は成り行きに任せよう』
 女達の事を考えると頭が痛くなって来るので、それ以上は考えないことにした。

「さて、そろそろまともに眠ろう。しかしゲルクが早いとこ精神科医を紹介してくれないかね。ああ、だけど、
恋愛がらみだからな。きっと厄介だと言われるぞ」
 チャーリーにはたとえ精神科医の治療を受けたとしても、そう簡単に二人の病状が回復するとは思えなかっ
た。それに関しても嫌な予感があったのである。

「チャーリー様、起きて下さい」
「お早う御座います。チャーリー様、起しに参りました」
 キャロルとレベッカの声がした。

「ああ、お早う。今は何時かな?」
「はい、午前五時で御座います」
「早めにと仰ったので、五時にしましたが、早過ぎたでしょうか?」
「いや、これで良い。しかし二人とも寝巻きのまま、というかネグリジェ姿だが?」
「ご不快で御座いましたら、着替えて参ります。まだ朝早いので、この方が宜しいかと思いまして。チャーリー
様は日本のお方だと聞きまして、日本の風習に合わせた積りです」
 キャロルは如何にももっともそうに言った。しかし多分嘘である。

「私もキャロルさんと同じにしてみましたが、ご不快でしたら着替えます。あの、着替えを持って来ましたから」
 レベッカは布製の小さなバックに自分の服を入れて持って来ていた。キャロルも同様だった。
「はははは、手回しが良いね。しかしまだ眠り足りないから、一緒に眠ろうか?」
「あ、はい。それでは失礼します。でもキャロルさんはどう致しましょう?」
 レベッカは早速チャーリーのベットに入り込んで当然の様に言った。

「ああ仕方が無い、じゃあ、反対側に入って来なさい。ただしセックスは無しだぞ。添い寝だけだ。それ以上
はどんなに辛くても認めない。これも命令だ。了解したか?」
「はい!」
「はい!」
 二人は声を揃えて了解した。その声は弾んでいる。

『何も無くても添い寝だけで十分に幸せだわ。ああ、今、私は最高に敬う彼と同じベットの中に居る!』
 そう思うだけで十分に満足の様だった。勿論何時もこの手が通用する訳ではない事もチャーリーは良く
知っていた。
『ふう、何か危ない綱渡りだな。ああは言ったものの俺の方が危ないかも知れない。しかし、たとえ勃起して
も情交は認めない。男の朝立ちは当たり前の事だからな』
 そう思うと、間も無く寝入ってしまった。

「チャーリーさん、朝ですよ。起きて下さい! えっ!!」
 起しに来てゲルクはビックリ仰天した。ベットの中にチャーリーとキャロル、レベッカが一緒に寝ているで
はないか。
「ああ、お早う。じゃあ、君達はそうだな、お風呂場で着替えなさい。その前にお風呂に入った方が良さそう
だな。そうしなさい」
「はい!」
「はい!」
 二人はゲルクには目もくれずにいそいそと起き出して風呂場に向かった。

「はーっ、女二人のお守りは大変だよ。ああ、そうそう、誤解しないでくれたまえ。添い寝だけだからね」
 チャーリーはそう言ったのだったが、朝立ちのペニスがパジャマからはみ出て、むき出しになっていた。
しかもかなり濡れている。
「あれっ? 変だな。さてはやったな? いや、しかしやらない様に命令しておいたのだがな。ううむ、無意
識のうちにやる場合もあるかも知れない。兎に角、俺は少なくとも意識的にはやっていないからね」
「そ、そうですか。しかしやったからといって私にはとやかく言う権利はありませんし」
 ゲルクは複雑な表情を見せた。しかし直ぐ仕事モードに戻った。

「それは兎も角、マスコミの方が大変な事になっています。昨日の放送に関して、新聞にも大きく取り上げ
られていますし、朝のテレビのワイドショーなどでも、どの放送局も取り上げています。
 それと、早速出演のキャンセルがありました。今夜の予定も明日の予定もありません。そればかりではあ
りません。どこで嗅ぎ付けたのか、ここのホテル周辺が騒々しくなって来ています。
 窓の外を御覧下さい。テレビ局の車や取材陣、空にはヘリコプターが数機飛び交っております。それと
一部の過激な連中がホテルに入り込もうとして、係員ともめています。
 こうなったら、上手く逃げ出すしかありません。幸いな事にここのホテルの屋上はヘリポートになっていま
す。後一時間位でヘリコプターがやって来ますから、それまでに朝食などを済ませて支度していれば良い
と思います」
 ゲルクは一気に必要事項を言い切った。女二人と一緒にいた事がかなりショックな様でもあった。

 チャーリーは窓から下の方を見た。
『うへ、数百人は居るな。マスコミと野次馬か。こりゃ予想はしていたけど、予想以上にマスコミの嗅覚は鋭
かったな』
 ウンザリして下を見るのは止めた。

「ああ、分かった。じゃあ、朝食はどこでする?」
「キャシャーンが支度しています。彼女のスィートルームで朝食を取って、頃合を見計って屋上に出ます。
屋上へは通常は使用禁止になっている非常階段を使います。手筈は全て整っておりますから、早速参り
ましょう」
 少しして風呂から上がって着替えたキャロルとレベッカもやって来た。四人はキャシャーンの居るスィート
ルームに正美と共に向かったのだった。

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