夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ええと、皆さんどちらへ行きたいのですかな? マイアミにでもしましょうか?」
妙な感じの声だった。
「ちょっと、ふざけないで下さいよ。全然方向が違うでしょう!」
ムッとしたのか正美は怒って言った。
「はははは、女のヒステリーは怖いですねえ、正美さん」
今度は聞き覚えのある声だった。
「えっ! その声はケッペルさん! もう、うふふふ、すっかり騙されましたわ」
「ケッペル先生、冗談は止めて下さいよ。さっきのあの声は何だったんですか? はははは、ちょっとビック
リしましたよ」
正美は直ぐ気がついたし、チャーリーも気が付いて笑った。笑っていないのはキャロルだけである。
「ケッペル先生だったのですか? それでどちらへ行くのですか? チャーリー様を混乱させないで下さい!」
キャロルは良く知っている筈のケッペルに対して、まるで他人の様な、しかも厳しい言い方をした。
「はははは、これは申し訳なかった。何か皆さん緊張されている様だったので、気持ちを解そうと思ったので
すが、失敗だったかな?」
ケッペルはキャロルの病状を知っている様だった。
「ケッペル先生、そろそろ教えて下さい。およその見当は付きましたけどね」
ゲルクは確認したかった様である。
「ふうむ、この方向だと、アメリカ空軍基地ですね?」
チャーリーにも見当が付いた。
「はい、追っ手を振り払う為には止むを得ません。ヘリも車も、基地内には入れません。上空もです。ニュー
ヨークでの大きなテロ事件、国防総省もやられたあの事件以来、空中からの侵入に対しては撃墜も辞さな
い体制がとられておりますからね。地上からの侵入も同様ですが。
マスコミ各社に対しても厳重に警告しておりますからな。勿論このヘリはきっちり許可を取ってあります。
さあそろそろ基地ですぞ。
ふふふふ、それにしても私の変装は誰も見破れんかったようですな。まあ、大きなヘルメットとサングラス
で顔を隠していますから、分からんのも通りですがね。声色を使って別人に成り済ましておりましたからね」
「しかしそこまでやる必要があったのですか?」
正美が聞いてみた。
「今回の件に私が関わっていたと思われると何かと問題がありますからねえ。その、しかし、チャーリー君思
い切ったことをやってくれましたな、『神は存在しない、人間は完全に物質である』ということでしたな」
「はい。どうもお金の稼ぎ方が下手なようです。お陰でキャンセルだらけです」
「はははは、そりゃそうでしょう。今回の貴方の発言はアメリカばかりでなく、全世界に波紋が広がっており
ます。クラストファー大統領もかんかんですぞ。まさか彼を怒らせる為にわざと言ったのではないでしょうね?」
ケッペルはうがった見方をしてみせた。
「いいえ、未来教室を開きたかったからですよ。そのようなチャンスはそう滅多にあるものじゃないと考えま
した。それであのチャンスに賭けてみたのですよ。
少なくとも反響の大きさは狙った通りでした。後は教室の場所なのですが、どこも貸してくれないかも知れ
ません」
少し弱気に言った。
「それは大丈夫。詳しい事はおいおい話すとして、君に会いたがっている女性があって少し困りましたよ。
何しろ毎日のようにやって来る。
知っていると思うが日本人の桜山林果君だ。彼女には息子が一人いる。ひょっとして、君の、ああ、いや
何でもない」
ケッペルは慌てて口をつぐんだ。心の病の者が一人いるのである。彼女に気を使った。間も無くヘリコプ
ターは空軍基地内に到着した。
彼の言う通り、そこまで付いて来ていたマスコミのヘリコプターも、勿論車もそれ以上は入って来れなかった。
ただ、基地の何処へ行くのかは双眼鏡などを使ってしきりに見て確認していた様である。
「では、こちらへどうぞ」
ケッペルが案内したのは今まで見たことも無いようなかなり大きな二階建ての住宅だった。真新しい所を
見ると、ごく最近完成したばかりの様である。
「ケッペル先生、ここは?」
ゲルクも知らなかったらしく、驚いて聞いてみた。
「超人チャーリー・クラストファー様の秘密の隠れ家ですよ。出来立てほやほやなのでちょっとペンキ等の臭い
がするかも知れんが、まあ我慢してくれ。
ここには小さいながら会議室もある。そこでお望みの『未来教室』とかをやれば宜しい。ただしここを使え
るのは八月二日までです。厳密に言うと二日中にここは引き払う必要があります。
それから新たな住人、まあ、本来の住人がやって来る事になっている。ゴールドマン教授の一人息子の
ゴールドマン・ジュニア将軍が空軍の新しい司令として赴任して来る事になるのでね」
「ええっ! ゴールドマン・ジュニア将軍!」
一行は話に出て来た会議室に入って、適当に座り、ケッペルの話を聞き続けたのだった。
「しかしまだ若いのではありませんか?」
ゲルクが当然の疑問を言ってみた。
「いやいや、そう若くも無い。まあ、年寄りではないが、四十そこそこだ。今回のダウクーガーの事件なんか
でゴールドマン教授の株が上がってね、彼の息子の株も大いに上がったと言う訳なのさ。
大統領の支援もあって異例の抜擢となった。一応ここに彼は家族と一緒に住む事になった。念の為に言っ
ておくが、ここは前々から建物を建設する予定があった場所だからね。
けっしてチャーリー君やゴールドマン・ジュニアの為に作った訳ではないからね。その点は誤解のないよう
にね。
それと、ああ、余り先の事を言ってもあれだから、まあ今はここで寛ぎたまえ。部屋数も多いから、君達で
相談して決めれば良い。
どの部屋にも、生活出来る様に、バス、トイレ、冷蔵庫、インターネット、無論通常の電話なども完備して
いるから一人一部屋でゆったりと暮らすことが出来るからね。
ただしさっきも言った様に、八月二日中には出て行って貰う。それまでにその後の行き先を決めておけば
良いだろう。それじゃあ私は暫く失礼するよ。
ゲルク君部屋の割り振りが決ったら電話で連絡してくれたまえ。色々と話して置きたい事もあるからね。
それじゃ、失礼!」
ケッペルは急用でもあるのか急いでその場を去ったのだった。
「ふう、ここは静かだし冷房も良く効いていて快適ですね。マスコミに追われた時にはどうなるかと思いまし
たが、はははは、ケッペル先生がお出ましになるとは思いませんでしたよ」
チャーリーは一息ついた感じで言った。
「そうねえ、それで早速だけど、誰が何処でお休みになることになるのかしら? ああ、うまい具合に、ここ
のお屋敷の見取り図がありますわね」
正美は壁に張ってある屋敷の見取り図を見て言った。会議室は一階だったが、各人の部屋は全部二階
にある。一階には会議室の他に食堂やキッチン、資料室や大きなクローゼット室、エアロビ室、通信機器の
揃った通信室などがあった。
「二階の各部屋にも、一通りの設備があって至れり尽くせりよね。部屋数が八つもあるのね。凄いわね、
ちょっとしたホテル並みよ。
一応部屋に番号が付いていて、1号室から8号室まであるわね。単純に1号室から4号室まで使う事にし
ましょうよ。隣り合っている方が良くは無いかしら?」
正美は簡単に決める積りだった。八つの部屋は廊下を挟んで二列に四つずつ並んでいる。
「あのう、私は当然、チャーリー様と同じ部屋ですわ。身の回りのお世話をする必要が御座いますから。他
の部屋はどうぞご自由にお使い下さい。そうねえ、単純に1号室にしませんかチャーリー様、うふふふ」
キャロルはすっかり甘えた感じで言った。ゲルクも正美も眼中に無いようだった。
「そ、それは駄目よ、男と女が同じ部屋だなんて。身の回りの世話だったら、通いですれば良いわ!」
正美は目を剥いて厳しい調子で言った。心の病があったとしてもそれだけは譲れなかったのだ。
「正美さん、何言っているの? 私達はもう一心同体なのですわ。ああ、少し違うわね。私はチャーリー様の
僕。四六時中お世話をする必要があります。
通ってなんかいたら、万一の場合対応が出来ませんわ。それに男の人の生理の問題が御座いますから、
尚更ですわ」
キャロルは夜の営みを一緒にすることを仄めかした。いや、生理という言葉を使って、はっきりと宣言した
のである。
「な、何を言うの! それは幾らなんでも許せないわよ、キャ、キャロル!」
正美は怒りを爆発させた。
「ああ、まあ、少し冷静に、正美さん、それとキャロル。先ず部屋は一人一部屋に一応決めておく。後の事
は君達の部屋に行って個別に話し合う事にする。ゲルク君、君は1号室で良いよね?」
チャーリーは問題を先送りにして、部屋の割り振りを先ず決める事にした。
「はい。それでチャーリーさんは?」
「私は3号室。キャロルさんは2号室。正美さんは4号室。それで良いよね?」
チャーリーは一方的に強引に決めた。女二人には恋の火花が散っていて、とても任せられないと思ったの
である。
「はい、私は異存はありません」
「うふふふ、何事もチャーリー様の言う通りに致しますわ。私がチャーリー様の僕である事を、どうかお忘れな
さらない様にお願い致しますわ」
ゲルクは簡単に了承したが、キャロルは何か条件付の様な感じだった。
「どうして私が4号室なんですか? 何だか納得出来ません」
正美は異議を唱えたのだった。