夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ふうん、だったらキャロルと交換するか? まあ、これは仮にだけど、私がキャロルの部屋に入ると、正美
の部屋からも勿論ゲルクの部屋からも離れる事になる。大声を出してもまあ、聞かれる心配は無いな」
チャーリーはわざと情交の時の声を暗示した。
「えっ、それはちょっと、ま、拙いわね。でも、こういう順序だったら良いわよ。1号室はゲルクさん。2号室は
チャーリーさん。3号室が私。4号室がキャロルさんにすれば良いのよ。
「へえ、そうするとこうなるぞ、これも仮にの話だが私が正美の部屋でアレしたりすると、声はキャロルに
聞かれるかも知れない。
正美が私の部屋に来てアレしたら、今度はゲルク君に聞かれるかも知れない。まあ、仮にの話だよ勿論。
本当にそんな事はしないだろうがね」
チャーリーは情交の時の声を聞かれるということを、『仮に』を強調しながらそれと無く暗示した。
「でも、最初の順序だったら私が正美さんの所に行った場合はあの時の声は、勿論仮に、の話ですよ。兎に
角誰にも聞かれずに安心してやれるのですがね。二人の世界に没頭出来る。何度も言いますが、仮に、のお
話ですよ」
チャーリーは何度も何度も『仮に』を強調しながら、まるで正美と情を交わすかのような言い方をした。
「そ、そうねえ、まあ、チャーリーさんの最初の部屋割りで良いですわ」
チャーリーの作戦は功を奏して、渋々ながらも正美は納得したのだった。
『ふう、骨の折れる人だ。訪ねて行った時にどうするかはまだ先の話。考えると気が滅入るから止めて置こ
う』
そう感じて、散会にした。今日は各自の部屋で銘々自由に食事を取ることにした。
「それで、一応皆さんと個別に今後の方針なんかを話し合いたいので、私が訪ねて行きます。行く前に電話
を入れますから宜しくね。
必ず今日中に行きますからのんびり待っていて下さい。一応目安としては一人一時間位ですから。それで
一緒に食事はしませんけど、何か飲み物を出してくれれば嬉しいですね。ああ、そうだ、飲み物は電話で注
文しますけど良いですか?」
チャーリーの提案を皆はあっさりと受け入れた。ゲルクとチャーリーとは何気なく、正美とキャロルはお互い
に警戒し合いながら、各自の部屋に入ったのだった。
「ああ、やっと一人になれたな。おや、随分立派な冷蔵庫だぞ。ああ、食料がびっしり入っている。ははは
は、何だか嬉しくなるねえ。誰にも気兼ねなく食えるのだからね。さて適当に摘むか」
チャーリーは先ず昼食を簡単に済ませた。トイレで出すものを出してから、例によって風呂に入った。
『ふう、なんと言ってもお風呂の沈み入りが一番だね。……最初はゲルクの所に行ってみるか。次はそうだ
な、部屋の順序でキャロル、最後に正美だな。
女達は俺を誘って来るかな? 先ず十中八、九そうだろう。しかし正美さんがここまで思い詰めるとはね。
うーん、彼女は恋人がいないという事なのか? まあ俺より年上だけど、結構な美人だからいると思ってい
たんだけどねえ。
キャロルも面倒だが、正美さんはもっと面倒かも知れないぞ。何しろ付き合いが長いんだからね。それに
俺の正体をきっちり知っている。
キャロルの場合はまだ手術の現場の洗礼は受けていない。あれを見て目が覚める可能性は十分にある。
しかし正美さんは、何しろ自分で手術をしたことがあるのだから始末が悪い』
暫く物思いに沈んだが、妙案が思い浮かばないままに風呂から上がってゲルクに電話した。
「ああ、ゲルク君、これからそっちに行くけど良いかな? 一応飲み物はコーヒーという事にしてくれないか」
「はい、即刻コーヒーを入れますので、直ぐにおいで下さい」
「コーヒーはブラックだよ」
「はい、承知しています」
そんなやり取りの後、直ぐチャーリーはゲルクの部屋に入って行った。
「いや、コーヒーの良い香が部屋中に充満しているね。でもこれって、インスタントだよね?」
「はい。でも、最初に封を切った時には、本当に良い香りがするんですよ。インスタントと言っても馬鹿には
出来ませんよ」
「はははは、それは、日本にいた時も経験済みですよ。ああ、もう日本人である事はバレバレだから言って
も良いよね。ただしそれ以上の事は詮索しないで欲しいんだけどね」
「はい、十分に承知しています。どころでご用件の方は? やっぱりキャロルさんの事ですか?」
「うん、その、前に話しておいた、精神科医の方はどうなったかな?」
「そう来るだろうと思って、実は連絡を入れておいたんですよ。かなり忙しい人なので二十分程度しかお話出
来ませんが、それでも宜しいでしょうか」
「ああ、兎に角話をしてみたいですね」
「じゃあ、今電話をしますからちょっとお持ち下さい」
ゲルクは一口コーヒーを啜ってから電話を掛けた。当の精神科医が出た様である。
「初めまして、チャーリー・クラストファーです。実は私のマネージャーのキャロル・ピースという女性なのです
が」
「はい、大体のところは伺っております。恋愛がらみだと聞きましたが、もう少し詳しくお聞かせ下さい」
「ご存知と思いますが、私はサイボーグでして、彼女の前でその能力を見せ付けてしまったのです。それか
ら彼女は私の僕だと自ら言う様になりました。そして……」
チャーリーはかなり詳しく、一部始終を聞かれるままに話したのである。
「ううーん、なるほど。しかし、厄介ですね。もう一人似た様な症状のレベッカという人は治ったのですね?」
「はい、私が日本人である事を知った途端に、目が覚めた感じでした。しかしキャロルは目が覚めません。
もう一度言いますが、正常な意味での僕だったらまあ、別に構わないのですが、余りに極端なので心配な
のですよ。
何か恐怖心の裏返しの様な感じなのです。それに恋愛感情がくっ付いた様な感じで、ちょっと怖い感じな
んです。些細な事で自殺しかねないのですよ」
「分かります。ただ、その恐怖心もまた恋愛感情から来るものだと思います。貴方を恐れる事が、貴方に従う
ことの理由付けになっている可能性がありますからね。いや、恐らくそうだと思いますよ。
しかしその感情を彼女自身は意識していない。自分でも知らないうちに、何時の間にか何と無くそうなって
いる、そういうことだと思います。
もし本格的に治療するのでしたら、貴方とご一緒に来て頂くしかありませんね。そうでなければ彼女は承
知しないでしょう?」
「ううーん、それが簡単に出来れば良いのですが、色々と事情がありまして中々行けないのですが……」
「ああそうですか、それは残念ですね。そろそろ時間もあれなので、今日はここまでにさせて下さい。もし何
か変化が御座いましたら、また連絡して事情をお聞かせ下さい。
貴方の命令に従っているうちは大丈夫だと思いますからね。ですがなるべく早く都合をつけて来て下さい
よ。それではまた、失礼します」
「ああ、どうも有り難う御座いました。何かありましたら、またご相談お願いします。さよなら」
チャーリーは予想通りの結果だったので、少し落胆した。
『一緒に病院に行けるんだったら良いのだけど、マスコミがあの状態だし、キャロルを精神科の病院に連れ
て行くだけでも一苦労だしな。それに、今後どうなるのかお先真っ暗だしな』
コーヒーの苦さが何か身に染みたのだった。
「そばで聞いておりましたが、ご一緒に病院に行かれるのが良いらしいですね。でも、今現在は相当に難し
いです。
マスコミもあれですが、一部の宗教者達に不穏な動きもあるようですし、動かれない方が宜しいかと思う
のですが」
ゲルクも結局チャーリーと同様の考えだった。
「分かった。暫く様子をみる事にするよ。しかし行動がエスカレートしなければ良いがね。じゃあ、今後とも宜
しく頼むよ。
それで今後の方針としては、八月一日に未来教室をここの会議室で開く積りなんだけどね。その積りで準
備してくれないか?
本来ならキャロルの仕事だとも思うけど、あの状態では迂闊に任せられないからね。過激に走ってしまい
そうで怖いからね」
「はい、承知しました。それであのう、その、これはお願いなのですが。その、身勝手なお願いなのですが、
宜しいでしょうか?」
ゲルクは如何にも言い難そうだった。
「えっ? 何の事?」
チャーリーには全く見当が付かなかった。
「はい、キャシャーンがさっき電話して来て、ここに住みたいと言って来たのですが」
ゲルクはそう言うと顔を赤らめた。
「しかし、空軍の許可が必要だろう?」
「そこをチャーリーさんのお力で何とかと言って来たのですが。私は空室が四部屋あることを言ってしまいま
した。期間が八月二日までである事もですが」
ゲルクの顔は尚更赤かった。キャシャーンが好きなことが見え見えだった。
「ふーん、頼んではみるけど、許可が下りるかどうかは保障出来ないぞ。私は司令長官でも何でも無い、言
わば居候なんだからね。別の言い方をすれば留守番役みたいなものだからね」
「はい、兎に角お願いしてみて頂けませんか?」
「分かった、言うだけは言ってみるよ。しかしキャロルや正美が何と言うかな」
「大丈夫ですよ。短い期間なんですから。何とでもなりますよ」
ゲルクは強気に言い放った。
「それじゃあ、それは今日、明日にも言う事にするけど、余り期待し過ぎない様にね。じゃあ、今日はここま
でにして、後はまた明日。これから二人の厄介な女性達と交渉しなければならないからね、じゃあね。はあっ」
チャーリーは如何にも気分重そうにゲルクの部屋を出たのだった。