夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
313
「一つ聞くけど、キャロルの目はどうだった?」
チャーリーはゲルクの覚悟などにはお構いなく冷静に聞いた。
「キャロルの目?」
「ああ、正気の目だったか?」
「は、はい、何もおかしな所はありませんでしたが……」
ゲルクには意味が飲み込めなかった。
「ふう、良かった。荒療治をした甲斐があったよ。もう二度とここへ来る様子は無かったんだね?」
「あ、は、はい。その荒療治と言うのは……」
「私と相当に激しいセックスをしたことは知っているかな?」
「ま、まあ。その、少しはしたと思いますけど、私は実はかなり長い時間電話であちらこちらに連絡をしてい
て、済みません知りませんでした。彼女に聞いて知りました。自分から打ち明けてくれたのです」
「自分から打ち明けた?」
「はい、愛を確かめ合ったのに、直ぐ正美さんと怪しくなったので、かっとなって正美さんを襲ってしまったと
聞きました。
私は本当にずっと電話の掛けっぱなしで、一段落ついて一休みしていたら電話が、キャロルから電話が
掛ってきたのです。泣きながら話すものですからその……」
ゲルクにもチャーリーの意図が少しずつ見えて来ていたので、さっきまでの勢いが削(そ)がれてしまった様
である。
「本当の事を言うと一つの賭けだったんだよ。まあ、セックスはちょっと個人的な理由があっての事だったけ
ど、厳しい罰を与える事によって、彼女にショックを受けさせて、精神を正気に戻す積りもあったのさ。
まあ、最初からその積りだった訳ではなかったけど、成り行きでその方法も有り得ると感じて、思い切って
やってみたんだよ。どうやらうまく行った様だな。ああ、良かった」
チャーリーは本心でそう言った。
「じゃ、じゃあ、本気で潰す積りは無かったんですか?」
「いや、本気だった。本気でなければ、彼女も直ぐ見破る。本気だったからこそ彼女の自衛本能が働いたの
だと思うよ。だから一か八かの賭けだったんだ。
ただ殺す積りは無いよ、最初から。何処か体の一部を潰して使えなくする積りだった。それは本気だった。
何度も言うけど、本気で無ければ彼女は正気には戻らなかったと思う。
もっともお陰で正美さんにも見損なったと言われて、嫌われてしまったようだけどね。しかし反省はしない。
ああ、その電話って何処にしていたんだ、その、何時間も」
チャーリーにはゲルクの長電話の意味が良く分からなかった。
「殺す積りは無かったんですね、最初から?」
「はははは、まさか、有り得ないよ、その必要性は全く無かったからね。もう一度聞くけど、電話は誰に?」
「わ、分かりました。そのう、電話は色々です。先ず仕事の依頼とそれから教室の件です。『夏休み未来教
室』のね。それとキャンセル料の交渉と。三時間位掛けっぱなしでした。ふうっ!」
ゲルクは死ぬ覚悟が肩透かしを食った感じで少し戸惑ったが、安堵の溜息も出たのだった。
「それはご苦労様でした。それで成果はありましたか?」
「はい、仕事はさっぱりですが、キャンセル料はバッチリです。チャーリーさんの噂が相当に広がっているら
しくて、ギャラはもう振り込んだというところが大半でした。講座を調べてみたら、三千万ドルを超えていまし
たから」
「へえ、しかしそれって、全額支払った事になるのかな?」
「はい。皆さんの声に怯えが感じられました。何しろ噂は尾ひれが付いて、核爆弾でも死なない事になって
いるようですよ。生きた核爆弾ということにもなっているようです」
「ええっ! い、生きた核爆弾? 何だそれは?」
チャーリーは面食らった。意味が分からない。
「はははは、相手の様子がおかしいので、ちょっと聞いてみたらそう言ったんですよ。つまりこういうことらし
いです。ダウクーガーはマシンガンでも死なないと思われています。
そのダウクーガーが一瞬でバラバラになった、そう思い込んでいます。ということはダウクーガーは爆弾で
も死なない。
その爆弾でも死なない男が一瞬でバラバラになるとすれば、もうそれは核兵器しかないということらしいで
す。チャーリーさんが核爆弾のパワーを持って居るのですから、核でも殺せない男ということになっています。
その様な恐ろしい男を敵に回したのでは命が幾つあっても足りない。
だから後腐れの無い様に、全額支払ってしまえ。そうすれば安心だ、そう信じ込んでいるらしいのですよ。
お金のある連中ですからね、はははは」
ゲルクはもう死ぬことは無いのだと分かったからか、時折笑いながら雄弁に喋り続けた。
「ふうん、そういう事になっていたんだ。へえ、何かあまり嬉しくは無いけど、まあ、お金的にはうまく行ったん
だね。しかしそんな恐ろしい男の仕事を断るのも勇気がいるんじゃないのかな?」
「はははは、もしチャーリーさんが交渉したら多分直ぐOKでしょう。私が相手ですから断り易いのですよ、多
分ね」
「はあ、そういうものかな。それで未来教室の件はどうだろうね?」
一番気に掛る事を聞いてみた。
「はい、そっちの方はボチボチです。ケッペルさんやアーノルドさん、それにルーカスさんにも当たって依頼を
しておきました。皆さん、一応協力を約束してくれましたよ。それで期日は八月一日で宜しいですか?」
「ああ、その積りです。日にちが余りありませんから、ギリギリに考えてその位でしょう。時間はそうですね、
一応午前九時から午後九時までにしましょう。ついて来れなくなったら適宜に帰って宜しいとします。
講義は一気に二時間。三十分の休み。また二時間の講義。また三十分の休みを入れる、そんな感じにし
ます」
チャーリーは宝本賢三のやり方を真似てやってみる事にしたのだった。
「分かりました、その旨伝えておきます。しかしこの国はキリスト教の国ですからそうそう多くの人が集まるか
どうか。余り期待しない方が良いかも知れません」
「はははは、それは前にも言ったと思いますけど、宝本先生、まあ私の恩師の様な人ですが、彼の『夏休み
未来教室』だって最終的には三人だけだったんですからね。一人でも来ればそれでOKですよ」
「そうでしたよね。ただ、過激な連中も居るらしいですから注意が必要です。講義を受けに来た振りをしてド
カンッ! ということも有り得ますからね。自爆テロが一番怖い」
「そうです。ですから、教室には事前に入念なチェックが必要です。軍関係者の協力が必要ですね。その点
も宜しく頼みますよ、ええと、秘書兼マネージャーのゲルク・マルロー君」
「ええっ? 私は秘書役もするのですか?」
「一人リタイヤしましたからね。他に適当な人も居ないようですしね」
「うーん、正美さんはどうでしょうか?」
ゲルクは荷が重いと感じた。
「彼女は怒り狂っていますよ。キャロルに捻り潰すと言った事が許せないらしいですからね」
「そうですか。だったら代わりの人を雇いましょう。チャーリーさんには女房役の女の人が必要だと思います
からね。ああ、それからキャロルには今日までの給料を支払いたいのですが、宜しいですか?」
「勿論良いですよ。給料の方はもう少し色をつけて、倍額にしても良い位ですがね、そうしましょうかね?」
「いいえ、それは止めた方が宜しいでしょう。口止め料に思われては心外でしょう?」
「成る程、そういう考え方もありますね。じゃあ、そっちの方は全面的にお任せします。ああ、随分遅くなりま
したね。もう直夜が明けるんじゃないかな、じゃあこれで失礼します。
ゲルク君も自分の部屋に戻られた方が良いですよ。もっともここは空室ですから居ても良いですけどね。
それじゃあお休みなさい」
「はい、お休みなさい、ああ、私も部屋を出ますから」
二人は連れ立つ様にほぼ一緒にキャロルの部屋から出て行ったのだった。
『ああ、東の空が白み始めて来たな。ああ、何だか疲れたな。明日は特に、いや、もう今日だけど、予定は
無いから一眠り、いや二眠り位しよう。ああ、疲れた』
自分の部屋に戻って間も無く、チャーリーはぐっすり眠ってしまった。冷房は良く効いていて快適に眠れた。
目覚めたのはお昼近くになってからである。
「コン、コン」
ノックの音でベットから飛び起きた。
『あれ、寝過ごしたか?』
そう感じたからだった。
「チャーリーさん、あのう正美です。じきお昼ですけど、昼食ご一緒しませんか? 昨夜は申し訳御座いませ
んでした。ついさっきゲルクさんからもお話を聞いて、チャーリーさんの真意が分かりました。
そのう、新しい秘書の方がおみえになるそうですわ。ご紹介方々お昼をご一緒にという事になりましたけど、
起きられたら下の食堂にいらして下さい。それじゃあ失礼します」
ドア越しに一方的に言って正美は去って行った。
「ああ、今支度したら行くから」
かなり慌てて服を着て、髪形などを整えてから下に降りて行った。
「お早う御座います!」
「ああ、お早う御座います」
慌ててお早うの声を掛けたチャーリーだったが、食堂で昼食の支度をしていたのは正美一人だった。ゲル
クと新人の秘書の姿は無かった。
「あれ? 新しい秘書の方は?」
「はい、今、ゲルクさんが迎えに行っています。間も無く戻って来られると思いますけど。確か名前は、ララ・
ペリーネさんとか言いましたわね」
「ララさんですか。何と無く楽しそうな名前ですけど、どんな人でしょうかね?」
「さあ、詳しくは聞いておりませんけど。ああ、でも本当に昨夜は申し訳御座いませんでした」
二人きりの時はいつも日本語で会話するのだが、ここでも正美は改めて日本語で謝罪したのだった。