夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「済みません、こちらはチャーリーさんのお宅でしょうか?」
ドアの向こうから若い女性の声が掛る。一般の人は入れない筈だから、許可を得て入って来たか、
或いは軍関係の人だろう。
「私が出ましょうか?」
「いや、正美さんは食事の支度をしていて下さい。私が応対しましょう」
正美を制してチャーリーが玄関のドアを開けた。初対面の女性なので、ドアは開けたままの状態で玄関先
で話をした。
「こんにちわ、あの、初めまして、今度こちらの秘書に採用された、ララ・ペリーネです宜しくお願いします」
かなり緊張した面持ちでメガネを掛けた、フォーマルなスタイルの実直そうな女性である。その女性が、
いきなり自己紹介を始めたのだった。何故かゲルクは付いて来ていなかった。
「ああ、初めまして。チャーリー・クラストファーです、宜しく」
チャーリーはアメリカ的な親近感を示す挨拶としての抱擁を好まなかったが、ララが瞬間的に抱き付
いたので、仕方無しに応じた。
『何か変だな?』
実直そうなのに、かなり強き抱き付いて来たし、何より胸が大きくしかも酷く硬かった。その一瞬だった。
チャーリーは凄い力で、ララを弾き飛ばしたのである。かなり遠くまで飛ばされたが、それと殆ど同時に、
「ドォォォーーーーンッ!!!」
爆発したのである。自爆テロだった。忽ち警戒のサイレンが鳴り響き、多数の武装した軍関係者が集まっ
て来た。女性は粉々に吹き飛んで、体のどの部位か分からない肉片や砕けた骨が散乱している。
地面にはやや大きな穴が開いていて爆発の凄まじさを物語っていた。幸いだったのはチャーリーが弾き
飛ばしたので、住宅等には被害が殆ど無かったことである。
「ふう、危ない! しかし、どうしてだ、どうして爆弾を持って来れる?」
集まって来た軍関係者に聞いたが、埒が明かなかった。少し遅れてアーノルドがやって来た。
「いや、これは災難でしたね。怪我はありませんか?」
「まあ、少しはありましたが、間一髪で難を逃れました。はははは、服がボロボロです。それにしても、今
のはアメリカの白人女性でしたよ。
挨拶的に抱き付いて来たんですけど、胸が鉄の様に固かったから、ピンと来て弾き飛ばしたんですよ。
しかし、情報が洩れている気がします。それと彼女はどうしてここに入り込めたのですかね?」
チャーリーは険しい顔のアーノルドに努めて冷静に言った。
「全てはこれからの調査によりますが、チャーリーさんにも事情を聞かなければなりません。どうぞ、家
の中に入って下さい」
アーノルドの他の何人かの軍人と共に、やがてゴールドマン・ジュニア将軍とその家族の住まいになる筈の
大きな住宅に入って行った。
「だ、大丈夫だったの、チャーリー!」
玄関先に出て来ていた正美は、一度日本語でそう言ってから、
「ああ、服がボロボロね。新しい服と取り替えましょう」
周囲にアメリカ人が居る事に気を使って、今度は英語でそう言った。
「ああ、あなたは上田正美さんですね、貴方にも事情をお聞きしたいので、どうぞいらして下さい。一階の会
議室です」
アーノルドはそう言うと、彼の部下の兵士達に二人を遠巻きにさせて一緒に歩いて行った。間も無くゲル
クもやって来た。
若い女性を引き連れている。自爆テロの女性とは似ても似つかなかった。同じなのはメガネを掛けている
事位だったろう。
「うーん、何処で情報が洩れたんでしょうね?」
アーノルドに事情を聞かれたゲルクも首を傾げた。
「今似顔絵を描ける者がやって来ますから少し待って下さい」
兵士の一人が言った。そのまま暫く待たされた。そのうちやって来たのは軍服等を着ていない一般の人
だった。
「お待たせしました。ええと特徴をお知らせ下さい」
アーノルドの知り合いらしい、痩せぎすの中年男性が手馴れた感じで言った。
「ええと、比較的若い女性で、顔は面長、黒ブチのメガネを掛けていました。それで髪は短めですが全体に
パーマを掛けていたと思います。その、白人です。
感じとしては実直そうだし、幾分太り気味でした。幾分ですよ。顔もふっくらとしていて、胸が変に大きかっ
た。でも、あれは多分爆弾だと思います。金属の様な感触でしたから。
それと、目は大きく、瞳はブルー。 フォーマルな秘書らしい服装で、メガネを外せば結構美人なんじゃな
いのかな? それから……」
少ない情報なのにさすがは専門家、如何にも良く似た雰囲気になった。
「ああ、この女性は!」
何人かの軍人も、ゲルクも叫んだ。
「うーん、信じたくないが、間違いは無い。大統領の側近の娘さんで、ソフィア・ローレンスさんです。噂では
スーパーホワイトエックス教団、SWX教団の一員だとか」
苦々しい顔でアーノルドは言った。
「しかし、そのような人が何故ここに? それに軍人以外はここに来れないと思うのですが?」
「いいえ、彼女は軍人なのですよ。しかも専ら諜報活動に携わっていました。種々の情報を知り得る立場に
あったのです。
当然、ゲルク君やチャーリーさんの情報も把握していたでしょう。元秘書のキャロルさんや、もちろん正美
さん貴方の情報もね。
しかし軍人であっても勝手な行動は出来ませんから、恐らく彼女は部下や或いは上司を仲間に引き入れ
て、今度の事件を起こしたのでしょう。
君達、ソフィアの関係者を全員拘束しなさい。私も今行くから。尚、これは口外無用。上層部には私から連
絡しておく。行け!」
「イエッサーッ!!」
アーノルドの部下達は早速走って出て行った。
「申し訳ない事をしましたが、これも職務なのでご容赦願いたい。しかし、うーん、この事件は後始末が大変
ですよ。
場合によっては大統領が免職になる位の大事になる。はははは、頭が痛いですよ全く。ふう、それでは皆
さん失礼します。
ああ、あの、申し訳ありませんが、四、五日はここを出られませんからね。事件が一応解決するまでは、
関係者の外出などは極力防ぐ必要がありますし、マスコミは更に煩くなりそうですからね。
暫くこの近辺は厳重な警戒網が敷かれます。外からも中からも移動は極力減らさなくてはなりません。第
二、第三の事件が起きては更に大変な事になってしまいますからな。それではまたそのうちにお会い致しま
しょう」
最後まで苦そうな表情でアーノルドは似顔絵描きと共に去って行った。
「ああ、もう、アーノルドさんも無情な人ねえ。服がこんなにボロボロになっているのに、それに長い付き合い
だから、チャーリーさんに問題なんか無いって分かりそうなものよね。
あああ、出血も大分酷いわね。二階に行って今治療して来ますから少々お持ちになっていて下さい。ええ
と、ララさんでしたっけ?」
正美は顔をしかめてアーノルドを非難したが、直ぐチャーリーの着替えと傷口の一応の治療とを申し出た。
一応気の毒な立場のララにも声を掛けたのだった。
「はい、うううっ、私、何て運が悪いんでしょう。そりゃ住み込みで暫く働く積りだったけど、テロ行為の真っ只
中だなんて、聞いて無いわ全然!」
ララは泣きそうになりながら、不満を言った。
「ああ、本当に済まない。まさかこんな事になるなんて、夢にも思わなかったよ。ああ、その、正美さん、チャー
リーさんの着替えと、治療の方お願いします。暫くここで待っていますから」
ゲルクはララの側に居てやらないと申し訳ないと感じてそう言った。
「はい、じゃあ、行きましょう、チャーリー」
「ああ、じゃあ、なるべく早く来るから、後は頼みます」
チャーリーも新しく秘書に来たララが酷く可哀想だと思ったが、どうにもならないのである。
「私の部屋でと言うか、先ずお風呂に入れば宜しいと思いますわ。えっと、ご自分の部屋になさいますか?」
「そうだね、一緒に風呂に入るか?」
「ええっ、その、良いんですか?」
「勘違いは困るんだけど、全身に細かい破片が突き刺さっているみたいなんだよ。悪いんだけど、背中の破
片を先ず取ってくれないか、私の部屋でね。
でも、細かい破片はお風呂場で一つ一つ取らないとね。それから更に小さな破片はシャワーで洗い流さな
いと拙いんだけど、背中が見えないから、正美さんに洗い流して欲しいんだよ。
ついでに前の方もね。意外と自分では分からないんだよね、だから正美さんに結局全身を洗い流して貰
うことになる。
本来だったらメンテナンスの手術になるところだけど、余りお金が無いから、部品が揃わないかも知れな
い。だから今回はシャワーで誤魔化しておくよ」
チャーリーは少し悔しそうに言った。
「はははは、そうですわね。ちょっと期待しちゃった。ああ、残念だわ。でも、頑張るわ、無償の愛よ。分かっ
て下さいますわよね?」
「うん、今は兎に角そうしてくれないか。着替えは一階の大きなクローゼット室にあるんじゃないかな?」
「そうらしいわね。じゃあ、ご自分の部屋で待っていて頂戴。下へ行って、それらしい服を見繕って戻ります
から」
「ああ、ざっとの破片は一応取って置くからね」
二人はやはり日本語でやり取りして、チャーリーは二階の3号室に、正美は一階のクローゼット室に行った。
「うーん、恐れていた事が起ったな。まさか白人が自爆テロとはね。しかしどうしてだ? SWX教の信者?」
チャーリーには理解出来ない行動だった。
「それにしても普通の人だったら、大怪我は必定だったな。手足の一本や二本吹き飛んでいたかも知れ
ない。さて、破片を取りますか……」
ブツブツ言いながら破片を取って、ダストボックスに一つずつ投げ入れて行った。特に大きな物は無いが、
小指の先位のコンクリートの破片などがあちこちに食い込んでいた。