夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
315
「あっ! うわ、これは……」
思わず声が出たのは、妙に赤い感じの肉片が胸の辺りにこびり付いていた事だった。
『これは彼女の恐らく唇の一部。ううむ、愚かな、一体何を考えているんだ! 自爆テロは殆ど宗教がらみ。
それが一体何になる! たとえ目的が達成されたとしても、その犠牲は余りにも大きい!
そもそも指導者達はのうのうとしているんだしね。人を操り、操られた人の犠牲の上に自分の富と名声が
ある。
あの連中を許しておく訳にはいかんな。しかしもう多分幾らも時間が無い。来週にはここを出なくちゃなら
ないんだし、全く気が滅入る話だ』
チャーリーは体に刺さったりこびり付いたりしている破片を丹念に取り除きながら、苦い思いを噛み締め
ていた。
「ハーイ! ふふ、どうかしらこれで?」
予想に反して陽気に正美が現れた。部屋に入るなり服を脱ぎ捨てると、中から現れたのは、ビキニの水着
スタイルだった。自慢げに見せるだけあって頗るスタイルは良い。
「ああ、成る程、それだったらお風呂場で体を洗い流しても大丈夫だね。ところで私の服は?」
「あはははは、忘れちゃった。ちゃんとバックに入れたままクローゼットの側に置いて来ちゃったわ。御免な
さい。後で取りに行くから先に体を洗いましょう」
正美は悲惨な状況なのに、何故か酷く張り切っている。
「やけに元気だな。こっちはもう大変何だからね、破片の数が多くてね。おまけに、ああ、いや、何でも無い」
チャーリーはさっき見たソフィアの唇の件を言おうと思って途中で止めた。
『段々気持ちが悪くなって来た。もうその事を考える事も止めよう』
そう感じたのである。二人は一緒に風呂場に行った。チャーリーは全部脱いで風呂の浴槽の中に入った。
そのチャーリーの体から暫く破片を取り除くと、今度は入念にシャワーを掛けながら愛情を込めて洗ったの
だった。
『少しはその気になってくれても……』
正美は多少期待していたのだが、結局それらしい行動は一切無かった。
『まだ三十代なのになんて酷い事を。一体誰の命令なんだ! SWX教団の幹部か!』
そう思って怒りすら感じていたものだから、セックスどころではなかったのである。
「もうすっかり奇麗になったけど、完全には汚れは落ちないわね。小さな傷も沢山付いたし。メンテナンスが
出来ないんじゃ、当分は我慢するしかないわね」
「ああ、でも、随分奇麗になったよ。どうも有り難う。それで、困ったね、正美さん水着が濡れたから、それも
取って体を拭かないとね。
ああ、私が拭いてあげよう。奇麗にして貰ったお礼だ。えっと水着は自分で脱げるよね。それとも脱がし
て欲しいかな? ああ、そうしよう」
チャーリーは正美の水着を脱がせて全裸にし、体の隅々まで丁寧にタオルで拭いたのだった。余り広くは
無い浴槽の中で全裸で体を拭きあう奇妙な光景となった。
もっともある程度拭いた所で二人とも浴槽から上がって、仕上げの水分拭き取りを、更に入念にしたので
ある。
「さて、ほぼ完璧だね。じゃあ、服を着て私の服を持ってきて下さい。ええと、下着もですよ。分かっています
よね?」
「はい、でも一つだけ、私が恋する女だということを忘れないでね」
「勿論良く心得ていますよ。でも今はその気分にはなれませんよ。目の前で一人の女性が粉微塵に吹き飛
んだのですからね。ショックでなかったと言えば嘘になります。はーっ、当分夢に見そうですよ」
「分かったわ、じゃあ、近い将来に期待して、正美軍曹、チャーリー・クラストファー様の服一式を取って参り
ます!」
正美は冗談っぽく敬礼までして服をクローゼット室まで取りに行ったのだった。
『しかしこの部屋には下着が無かった。多分俺の入居は想定外だったのだろうな。それで慌てて準備した為に、
多少の手抜かりがあったんだろう。ふう、しかし正美とエッチするのか?』
チャーリーは頭が痛くなって来た。
『俺とエッチして良かった奴がいたかな? どうも余り記憶に無いな。女性を皆不幸にして来た気がする。
うーん、俺って疫病神? はあ、正美は良い女だから尚更辛いよ』
全裸のままイスに座って待っていると、
「コン、コン!」
ドアのノックの音。
「正美? どうぞ入って良いよ。何遠慮しているんだ?」
チャーリーは当然の様に日本語で言った。理解したのかどうか分からなかったが、英語で喋りながら入っ
て来た女性があった。
「あのう、チャーリーさん、ゲルクさんがお呼びですが、きゃっ!」
まさかと思ったのだが、やって来たのは新人秘書のララである。ドアを開けたまま下を向いて、真っ赤に
なって俯いている。そのまま固まって動けなくなってしまったのだった。
「ああ、ははは、済みません。今、正美さんに服を持って来て貰うところだったんですが、妙に早いと思ったら
ララさんだったんですね」
「お待たせ、え、何、チャーリー、もうこの女子(こ)に手を出したの?」
「ああ、違うよ、兎に角服を早く」
「あいよ、それっ!」
正美は如何にも親しげに服一式を投げてよこしたのだった。
「おいおい、投げるなよ。まあ、中々上手いけどね」
正美の投げた服は奇麗に飛んでチャーリーの胸の辺りにスポッと収まった。すぐさま下着から始めて一分
ほどで服を着終わった。
「さあ、ララさん、ご用件は何でしたっけ?」
「は、はい、あのう、ゲルクさんがお呼びです。一応これが初仕事と言う事でした。私、貴方の秘書ですので。
秘書と言えば夫婦も同然ですから、今後は別に裸でも構いませんわ。今はちょっと初めてだったので驚い
ただけですから」
ララは急に強気に言ったのだった。
「ちょっと、秘書がどうして夫婦同然なのよ。そんな諺、聞いた事が無いわ。私のチャーリーに余り馴れ馴れ
しくしないで頂戴!」
正美は小姑の様にズケズケと文句を言ったのだった。
「す、済みません。ですが、チャーリー様は貴方と夫婦では無いでしょう?」
ララは簡単には引き下がらなかった。
「まあ、その位で終ってくれ。ゲルク君に今行くと伝えてくれたまえ。えーと、ララさん」
「ああ、はい、それでは失礼致します」
最初は散々愚痴っていたララだったのだが、あがいてもどうにもならない事に気が付いて、開き直った様
である。
「ああ、本当に失礼だったわよ!」
正美はかなりの剣幕で追い返した感じだった。ララは委細構わず部屋を去って一階の会議室に戻った様
である。
「ねえ、チャーリー、あんな青臭い娘が良いの?」
正美はララをライバル視した様である。
「はははは、心配性だねえ。まあ、今のところはこれで我慢してくれ、チュッ!」
チャーリーは考えあぐねて正美の唇に初キッスをしたのだった。軽いキスだったが、正美にとっては一瞬の
甘味な夢の様に感じられた。
「ああ、そうよねえ、ふふふふ、その、行きましょう」
夢心地のまま正美はフワフワとした気分でチャーリーと並んで会議室へ歩いて行った。
「えっと、ゲルク君何か用事かな?」
「はい、今、アーノルドさんから許可を貰って、あちこち電話していたんですよ。今回の自爆テロは世間には
公表していないので、皆さん結構集まりましたよ」
「何が集まったのかな?」
「はい、未来教室の生徒ですよ。まあ、何とか二桁になりそうですよ。ただ前から話がありましたけど、身体
チェックが厳しくなりそうです。疑わしいだけで、落とされる人も出て来ると思います」
「ううむ、それは仕方が無いね、こんな事件の後じゃね。でも、たとえ一人であっても講義はやるからね。今、
気持ち的にはその準備で忙しいんですよ。
内容は頭の中で着々と出来上がりつつありますからね。もう余り日にちがありませんから、半日掛っても
大したことは出来ないかも知れませんけど。それでその受講希望者はどんな人達ですか?」
チャーリーは多少は学者達の応募を期待した。その方が深い議論が出来ると思ったからである。
「そうですねえ、様々な分野から来ています。学生、宗教家、スポーツ関係、物理学者や数学者。ああ、日
本人も数名居ますね」
「ほお、日本人ねえ。えっ、日本人! ま、まさか、桜山林果っていう人はいないよね?」
チャーリーは冷やりとした。
「ええと、彼女は、はははは、気になりますか?」
ゲルクも林果の事は知っていた。だからチャーリーが他の女性と関係を持つことに不快感を示したので
ある。しかしそれはマネージャーの関知するべき事とは違うとも思えた。
相手は雇い主である。プライベートには踏み込まないのが原則だった。だが、時として女性関係には金銭
が絡んで来る。従って全く関与しないとも言えない微妙な部分もあるのだった。
「ご想像通り、応募して来ています。その他に彼女を含めて全部で十二人ですが、経歴は軍を上げてチェッ
クしています。最終的にはもう少し減るかも知れません。ですが、少なくともゼロと言う事にはならないでしょう」
ゲルクは何かチャーリーに釘を刺す感じで言った。彼にとってはチャーリーは女遊びが過ぎる、と映った
様である。
「ああ、良く分かった。それじゃあ、昼食と行きませんか? 腹が減っては戦が出来ないとも言いますから
ね」
「そうですわねえ、もうすっかり冷めてしまったでしょうから、もう一度温め直してからに致しましょう」
正美は一人でやる積りったが、ララが申し出て、結局二人で協力してテーブルの上に出しっぱなしになっ
ている昼食を温め直したのだった。