夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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それから一週間ほど四人は、空軍基地内の住処(すみか)にしている住宅に缶詰状態になった。外からの
情報は極端に少なくなったし、相変わらず外出は認められなかった。
チャーリーは正美とも勿論ララとも距離を取って、けっして深い関係にならない様に気を配っていた。その
気になれば乱交でも何でも出来る状態だったが、そうであればあるほど、チャーリーの意志は頑(かたく)な
になって行った。『未来教室』に林果がやって来ると聞いたからかも知れない。
ゲルクがむしろ苦しんでいただろう。チャーリーが見込み無いと知ったからなのかどうか、ララが最近では
ゲルクにもかなりモーションを掛けている。
露出の多い服装で何かとゲルクに接近しているのだ。しかし七月三十一日になって、ゲルクの態度は一
変した。昼食時に彼は張り切って重大な発表をしたのだった。
「今朝入った情報なのですが、その、明日の『夏休み未来教室』にキャシャーンが参加するそうです。それと
もう一つ二つ重要なお知らせが御座います」
ゲルクの顔は上気している。やはりキャシャーンが来る事が嬉しいのだろう。
「へえ、キャシャーンさんがねえ。しかし講義を受けるというのはどういうことなんだろうね?」
チャーリーは首を傾げた。
「どうやら、ここに住む事が出来ないと分かったかららしいですよ。勿論、私達だって、明後日には出て行く
のですから、住めないのですけどね。
ただどうしてもチャーリーさんの講義を受けたいと言って来ているようですよ。彼女は存在について知りた
いのだそうです」
ゲルクは気持ちを抑えながら言った。
「へえ、そうなの。だったら私も受けてみようかしら。あの女は何をするか分からないし!」
強い警戒心を正美は示したのだった。
「へえ、誰が受けても良いの?」
キョトンとした顔でララは言った。
「何をするのか分かっているのかしら?」
正美はまたも警戒心を示した。
「知っているわよ。超有名よ。神は死んだとかいう事でしょう?」
「はははは、相当に違いますけど、そんな風に思われていたんですか。勿論誰が講義を受けても構いませ
んよ。多分少ないだろうから、受ける人は多ければ多いほど良いですよ」
チャーリーは一応歓迎してみせた。
「ああ、それでその件なのですが、実は困った事が起きました。応募者の殆どが危険人物であることが判明
したのですよ」
「ええっ! 殆どが危険人物!」
ゲルクの言葉はチャーリーにとっては青天の霹靂(へきれき)だった。
「まあ、一人二人じゃなくて、殆どだったの?」
正美も驚いて言った。
「はい、今朝のアーノルドさんからの報告でビックリしましたよ。ただ、今言ったのは少しでも疑わしい者は参
加させない方針なので、ひょっとすると、何でも無い人もいるのかも知れませんが、特に多かったのはSWX
教団の人だそうです。
彼等は普段身分を明かしませんけど、今回の自爆テロで逮捕された彼女の仲間の軍人等から、聞き出し
たようです。
それによると、SWX教団の一部の者は本気でチャーリーさん、貴方を抹殺しようとしているようですよ。少
し分かって来たのはSWX教団の連中に二つの派があるらしい事です。
どうやら鯨肉を仕込んだ連中は穏健派、自爆テロのソフィアは過激派のサブリーダーの一人だったようです。
その二派はチャーリーさんを貶めようと、しのぎを削っているのでしょう。
一種の主導権争いをしているらしいのですが、一部軍人の自供によって、SWX教団の名簿らしき物が入
手出来たとのことです」
「へえ、名簿ねえ。だったら一網打尽なんじゃないの?」
ララは気楽な感じで言った。
「ところがその名簿には、全員の名前は載っていなかったそうです。殆どが下っ端ばかりで、リーダーやサ
ブリーダーの名簿は作られていないとの事でした。
万一の事も考えて、リーダーやサブリーダーは直接指令は出しても、表には出て来ないみたいなんですよ。
中々巧妙なやり方です」
「それで何人残ったんですか?」
チャーリーはかなりがっかりして聞いた。
「はい、その、二人だけです。桜山林果さんと宗教家ですが危険性は無いということで、石淵信念という人で
す。ご存知ですか、その、信念SH教とかいう宗教団体だそうですが」
「はい、良く知っています。ああ、石淵信念さんがねえ。それでその念の為に聞きますが、皆さん全員が講
義を受けられるんですか?」
チャーリーは何か気の重いものを感じた。
「はい。私は前々からチャーリーさんの『神は存在せず、またあらゆる生命も全て物質そのものだ』という主
張に心惹かれておりましたから。是非講義をお受けしたいのです」
正美は以前から支度しておいた理由をサラサラと言い切った。
「えっと、私は何と無く聞きたいわね。何だか面白そうだもの」
「何と無くですか?」
「あら、何と無くじゃ駄目ですか?」
「いいや、それで十分です。中々良い理由ですよ」
チャーリーは賢三先生に誉められた理由が今分かった気がした。
『そうか、あの時の先生はこんな気持ちだったんだな。キャロルの精神状態について精神科の医者に相談し
た時、確か何と無くというのは無意識的な行動だと聞いた。
つまりは本当はちゃんとした理由、はっきりと言葉で言い表せない、しかし強い理由の可能性があると聞い
た。実際そう感じるよね。
何と無く参加するということは、逆に言えば何と無く参加しないことも可能なのに、敢えて参加するのだか
ら、実際にはとても強い気持ちがあることになる。いやいや参加するということとは全く違うのだからね。
もっとも、あの時は、帰りそびれて仕方なくだったんだけどね。はははは、だけど正美さんの場合は色恋
が絡んでいる様な気がするけどね。だから何と無く気が重いんだよね。つまり目茶苦茶気が重いんだ、ハア』
チャーリーはかなり複雑な思いで聞いていた。
「私はそのう、一度チャーリーさんと論戦してみたかったのですよ。貴方の考えはきっと間違っているという
気がするのです。
殆どの人は宗教を信じている。その宗教の中核には神が存在する。それを否定するという事は、世界中
の宗教を否定するのと同じだと思うんです。ああ、いや、これ以上は明日に致しましょう」
ゲルクは一応もっともそうな理屈を付けた。
「へへへへ、ゲルクさん、無理してるわよ。本当はキャシャーンに会いたいだけなんじゃないの?」
ララはからかい気味に言った。しかし図星なのである。
「ば、ば、馬鹿な事を! だ、断じて有り得ないぞ、そんな事は。誰もキャシャーンの事を言って無いじゃな
いか!」
大慌てで否定したが、嘘が見え見えである。
「その、キャシャーンも明日来るんですよね?」
「はい、朝九時までには、ああ、済みませんもう一つ言い忘れていました。アーノルドさんから警備の必要上
もっと時間を短縮してくれとの事でしたが、どう致しましょう?」
ゲルクは肝心なことを今思い出した。やはり相当キャシャーンの事が気になっていて、忘れてしまったのだ
ろう。
「うーん、時間の短縮ねえ。じゃあ。半分の六時間ならどうですか? いや、正確に言うと五時間になるな。
午前十時から始めて十二時に終る。昼食休憩を一時までにして、一時から三時までを午後の部とする。
午後三時で終了だったら、翌日に慌てて住宅を出て行く支度をしなくても済むでしょう? その日の夜に
支度して翌二日の朝にホテルのチェックアウトみたいに出て行くのですよ」
「行く当てはあるんですか?」
正美は現実的なことを聞いた。
「いや、まだ決っていません。全ては明日の午後三時、『夏休み未来教室』が無事終ってから決めようと思っ
ています。その先を考える気にはならないんですよ。教室でどんな意見が出て来るか分かりませんからね」
チャーリーの頭の中は今は未来教室の事で一杯になりつつあった。
「それじゃあ、その様に連絡を付けて置きます。警備の都合もあると思いますから、午前九時から会議室に
入室開始、午後三時に終了後解散で良いですね?」
「ああ、それで良いです。じゃあ、お願いしますよ。ええと、そうすると全部で六人ですかね?」
「はい。今ここに居る、僕と正美さんとララさんで三人。外から来る林果さん、信念さん、それとキャシャーン
の三人。合わせて確かに六人です」
「はははは、宝本先生の時より、大分多いですね。六人ですからね。でも、一応断って置きますが、無理に
残る必要はありませんよ。
帰りたかったら何時でも静かにお帰り下さい。まあ、皆さんの場合は義理で残ってくれるのかな? だけ
ど先に帰ったからといって、怒ったりはしませんから大丈夫ですよ。ただ相当に難しいかも知れない。それ
だけが頭痛の種なんですがねえ」
チャーリーは早くも義理の居残りを警戒したのだった。
「私は多分白熱の議論があって、面白くなりそうだと思うから、帰ることは無いわね。皆帰ってしまって二人
きりになれればもっと良いのですけどねえ」
何気なく正美は本音を言った。
「私も当然残るわね。誰かさんとチャーリーさんが二人きりなんて危な過ぎるもの」
ララが露骨に批判した。正美は無視した。
「まあ、残る残らないは明日にならないと分かりませんよ。僕なんて案外直ぐギブアップするかも知れない」
ゲルクは本心とは裏腹なことを言ったのだった。