夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「あのう、少し変ではありませんか?」
 キャシャーンは厳しい顔で追求した。
「何がですか?」
 アーノルドは顔をしかめて聞いた。クレームが付くだろう事を予想していたのだ。

「チャーリーさん達は間一髪難を逃れたと言う事です。どうしてもっと早く逃げる様に指示しなかったんです
か? 少しのんびりし過ぎていますわよ!」
 相当に怒って言ったのだった。

「ああ、そうですね、申し訳ない。実は今度の事に対応が真っ二つに割れたのですよ。私も含めて、空軍関
係者は絶対に攻撃はさせないと言い張ったのです。
 しかしそれ以外の人達、その代表者はケッペルさんですが、危険性を強く主張されました。まあ、喧々諤々
(けんけんがくがく)の議論の末、妥協案として、予定されていた午前九時少し前に住宅から避難する事で
決着が付きました。
 しかし空軍関係者の完敗です。我ながら情けない。重大な人質、大統領クラスの人質を取る事は知ってい
ましたが、迎撃ミサイルで撃ち落せると思ったのです。
 しかし、さっきの音からして、失敗したことは疑う余地がありません。本当に申し訳ないことをしました。御
免なさい」
 アーノルドは深刻な表情で謝罪したのである。

「いや、もうその辺にしましょうよ。それより、私共は今回の事件の解決に力を尽くす必要があります。ここの
奥に行き止まりの様に見える長い廊下がありますが、そこは行き止まりではなく、横の壁に押しボタンがあ
ります。
 それを押すと壁が上へ移動しますから、未来教室が終りましたら、そこから出て来て下さい。その壁も二
十秒で自動的に閉じますから気を付けて下さい」
 ケッペルが言うと直ぐゲルクが気に掛る事を聞いた。

「あのう、エレベーターがあるのですか? それとも登りの階段ですか?」
「いや、エレベーターはありません。緩やかな上り坂が五百メートルほど続きます。途中に何度か行き止ま
りがありますが、何処も同じ様に横壁に押しボタンのスイッチがありますから、それを押して壁を開けて下
さい。
 最後のドアは壁ではなくスチール製の通常のドアです。ドアには鍵がありませんから、ノブを回して簡単に
通れますから」
 ケッペルはそろそろ良いだろうと考えている様だったが、今度はララが質問した。

「ええっ! 上り坂を五百メートルも歩くの? 途中に休憩所とかは無いの?」
「ええ、残念ですが、ただのスロープだけです。ああ、そうですね、かなりきついかも知れませんね。私共は
申し訳ないが、車で行くんですよ。
 もしどうしても歩きたくなかったら、一緒に行きませんか? ああ、そうそう、動力の無い車が一台あります
よ。日本のリヤカーと言うのがありますからね。
 ここに機材を運ぶ時、下り坂だったから、まあ、楽に持って来れたのですが。以前はオートバイに繋げて
坂を登っておりましたが、今は役目を終えて、ここの倉庫に入れてあります」
 アーノルドはチャーリーや林果、信念、正美といった日本人と思われる者達をチラチラ見ながら言った。

「へえ、リヤカーがあるんだ。懐かしいね。今は滅多に見る事が無いけどね」
 チャーリーは子供の頃を思い出しながら言った。
「まあ、今思い付いたのですが、チャーリーさんのパワーは我々が乗って行く車以上ですから、貴方が
引っ張って行けば宜しいでしょう。ご苦労様ですがお願い出来ますか?」
 アーノルドは如何にも恐縮して言った。

「えっと、はははは、分かりました、やってみましょう。確かコツが必要だと思ったのですが、まあ、ゆっくり引い
て行けば何とかなるでしょう」
 チャーリーは苦笑しながら引き受けた。他の者達は、コメントのしようが無く、不思議そうに顔を見合わせ
ていた。

「それでは私共は急ぎますので。あの、一緒に行きたい方は御座いますか?」
 今度はケッペルが少し催促した。
「あのう、私はその、いいえ、何でもありません」
 ララが帰ると言い掛けたが、途中で取り消した。

「それでは、皆さん、失礼します」
 アーノルドとケッペルはいそいそと帰って行った。
「ああ、行っちゃった。えっと、リヤカーって何ですか?」
 ララは悔しそうに言った。

「はははは、ララさん、今ならまだ間に合いますよ。走って行って一緒に帰れば?」
 チャーリーは如何にも可笑しそうに笑いながら言った。
「あの、良いです、その、一緒に、皆さんと一緒に帰りますから。その、未来教室を始めて下さい。私こうい
う息苦しい地下は嫌いなんです。
 もしかして火事とかあったら、どうするんですか? 上で爆発があったんですよ。一酸化ガス中毒になった
らどうするんですか?」
 ララは酷く心配して言った。

「うーん、今の所大丈夫ですが、もしもの時は私が皆さんをリヤカーに載せて走りますから、何とかなると思
います。
 ええと人数が多いから、全員は無理かも知れないですが、ララさん、貴方は私がまあ、責任を持ってと言
うか命を懸けて助けますから、大丈夫だと思います。それでどうですか?」
 チャーリーはなるべく真顔になって言ったが、内心では吹き出していた。

『セックスにはあれだけの精力を使って、怖いもの無しみたいだったのに、意外に怖がりなんだな。もし危険
だったら、ケッペルさんやアーノルドさんが何もしないとは考えられないと思うけどね』
 チャーリーは笑いを堪えるのに必死だったし、他の者達もニヤニヤしていた。

「ま、まあ、チャーリーがそう言うのだったら、し、信じるわ。一度その、リヤカーというのに乗ってみたいわ
ね。た、楽しみだわ」
 ララは平気そうにしていたが、内心はびくびくしていた。しかし、地上では大変な状態になっていることは
皆知っている。
 それほどまでにして作った、折角の機会である。チャーリーという男、人類史上初の本格的サイボーグ
の考えをしっかりと聞いて議論してみたいという機運は高まっていた。もっとも、皆知り合いばかりだったが。

「えっと、それではぼちぼち始めましょうか。ああ、その前に、多分あると思うけど、別室に行って全員分の
飲み物を支度してくれないか、秘書のララさん。
 それとゲルク君。正美さんも手伝ってくれないか。ええと、好みを言ってくれませんか、皆さん。私は喉が
渇いたけど、ホットコーヒーをブラックでお願いしますよ」
「はい!」
 真っ先に正美が言った。
「はーい!」
 次にララが開き直ったのか陽気に言った。
「は、はい。私もですね?」
 ゲルクは自分が指名されて驚いて言った。
「ええ、勿論ですよ。色々言いたい事はあるでしょうが、貴方は私のマネージャーなんですからね。まだ解雇
もしていませんし、貴方は職を辞してもいませんからね」
 チャーリーはけじめを言った。
「ああ、そうでした。申し訳御座いません。それじゃあ早速。あの、皆さんの好みを仰って下さい」
 ゲルクは本来の仕事をし始めたのだった。

「じゃあ、全員ホットコーヒーで良いですね。砂糖やミルクは各自が入れる事にして」
 結局全員がホットコーヒーに決って、支度の為にララ、ゲルク、正美は別室に消えた。
「しかし大変な事になりましたな。まさか、ミサイル攻撃まであるとは」
 信念が顔をしかめた。

「はい。これも時代ということなのでしょう。しかし、信念さん、良く応募して来られましたね。お忙しいのでは
ないのですか?」
「忙しく無いと言えば嘘になりますが、何とか時間を作って来ました。以前、もう十年以上前になりますが、
私は、ここにおられる桜山林果さんと一緒に『夏休み未来教室』を受講したのですよ。
 桜山さんから聞いたのですが、その、貴方はその時一緒に居た、林谷昇君だそうですね? どう見ても
別人にしか思えないのですが」
 信念は信じられないという風情で言った。

「信じられないのも無理はありません。ですが、事実です。あの時私はどうしてここに来たのか、どうして最
後まで残ったのかを宝本賢三先生に聞かれて、何と無く、と答えました。記憶しておられますか?」
「ああ、その事は実は良く覚えているのですよ。何と無くと林谷君が言った。そしたら賢三先生は、……」
「はい、大変誉めてくれました。素晴しいと言ってね。とても印象的だったので、未だに覚えています。それと
昼食を食べた、ピーコックという普通の住宅の様なお店の事も覚えています。
 カレーを食べたんですよね。あの時はもう一度ピーコックに行ったけど、その時は営業していなくて、缶
コーヒーか何かを飲んだと思います」
「ああ、本当に君は確かに林谷君だ。へえー、すると、ソード・月岡、大黄河夕一郎も君だったのかな?」
「はい、色々事情があって、今は白人に姿を変えています。本当にお久し振りです」
 チャーリーと信念とは固く握手を交わしたのだった。

「お待たせしました。コーヒーとお茶請けにクッキーを召し上がれ」
 陽気なままララは戻って来た。お盆に、コーヒー用の砂糖やミルクを掻き混ぜる為のスプーン等を載せて
いる。コーヒーは正美とゲルクが三つと四つずつ、やはりお盆に載せて、零さない様に慎重に持って来た。

「さあ、皆さんコーヒーを飲みながら、クッキーを食べながら、これから午前の部、十二時位までお話し合い
を致しましょう」
 チャーリーは自分もイスに座って、コーヒーを啜り、時折クッキーなどもかじって、ゆったりと話し始めたの
である。

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