夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「そうですね先ずおさらいから。私が言った二つの前提条件について、なにか異論のある人はおられませ
んか?」
「はい、その、批判しても宜しいですか?」
 即座に手を挙げたのはゲルクだった。

「はい、どうぞ」
「神は存在しないという証明は出来ますか? それと人間が物質以外のものではない、という証明が出来
ますか?」
「なるほど、それは良い質問ですね。では先ず神が存在しない事の証明をしてみましょう。ただこの証明は
神が如何なる者であるかによって異なります。
 そこでそう言う者に対しては、神の定義を聞かなければなりません。ゲルクさん、神とは如何なるものです
か? 神とは人間ですか? 生き物ですか? 何処に居るのですか?」
 チャーリーは矢継ぎ早に聞いた。

「えっと、神はつまり、超越的な存在であって、目には見えないものです。ですから時折人の姿を借りて現れ
ます。従って何処に住んでいるという言葉は意味を成しません」
「ふうん、では神は人間ではないのですね?」
「ええと、それはつまり、その、人間と関わる何かですが人間ではありません」
 ゲルクはチャーリーの質問の厳しさに脂汗を掻く思いだった。そこまで突き詰めて考えた事は無かったの
である。

「では神は生き物ですか、それとも生き物ではないのですか?」
「それはその、それらを超越した存在なのです。生きているとか生きていないとか言う事は出来ません」
 そう言うゲルクの言葉に反論があった。

「それはおかしいですわ。神は永遠の命を持つあらたかな存在であって、ですから、神は生きているので
す。ただ特別な世界に居られるので、普段私達は見る事が出来ません。しかし神は私達を常に見守って
おられるのです。
 どんな悪事もお見通し。悪いことをした者は死後に裁かれるのです。そんな事も分からないのですか、ゲ
ルクさん」
 意外なほどララが雄弁に語った。

「はははは、ではララさん、貴方が今言った事は誰に聞きましたか? それとも本に書いてありましたか?」
「えっ、その誰にって、皆そう言っていますわ。私は両親や兄からも聞きました。酷い人達ですけど、それだ
けは本当だと思います」
「なるほど。ですが、ここでは極めて厳重な証明の必要が有るのです。何故ならここは、言わば科学研究の
場なのですから。
 今、貴方が言った様に皆がそう言っているとか、本に書いてあっただけでは不十分なのですよ。まして今
は神が存在しない事を証明しようとしているのですからね。
 一つだけ確認をしておきましょう。神は何か特別な存在なのですね? その姿は見る事が出来ないもの
なのですね?」
 チャーリーは自信を持ってそう聞き返した。

「特別な存在? 確かに一言で言えばそう言えるでしょう。神は人間ではなく勿論他の生き物でもありませ
ん。全てを超越した、尊い存在なのです」
 信念が急に言葉を挟んだ。宗教者として一言言いたかったのである。

「なるほど、しかしもう一度言いましょう、例えば神は物理法則に従いますか? それとも超越しますか?」
「勿論、超越すると思います。それが奇跡なのです」
 今度はキャシャーンが発言した。

「ふうん、ではそれほどの存在が、奇跡を起す事が出来るほどの超越的な存在が、何故この世の悪を根絶
出来ないのですか? 全てをお見通しなんですよねララさん?」
「は、はい。それはそのう……」
 ララは言葉に詰まった。日頃その様な事は考えたことも無かったのだ。チャーリーは更に追及する。

「何の罪も無い幼子が、極悪非道な者達によって無残に殺されたりするのはどうしてですか? それとも神
は忙しくて手が回らないのですか? その様な限界があるとすれば、人間と何も変らないと思いますがど
うですか?」
 チャーリーの質問は鋭い。殆どの人は勝手に神を祭り上げているが、実際には何も出来ていないことを
指摘したのである。

「いつも後出しじゃんけんなのですよね。後になってからああだこうだと言うのですから、必ず当てはまる訳
です。何か良い事があれば、神の加護があったと言うし、悪い事があれば信心が足りないとか、日頃の行
いが悪いからだとか、最悪なのは前世の悪事が祟っているのだとか言う。
 前世は有り得ませんが、仮にあったとして、前世の事は全て変えようのない過去の出来事です。それを
言って一体何になるのかと言いたいですよ。どうにもならないことを言ってその人を責めるのは、残酷な差
別主義者だと言うべきでしょう」
 チャーリーはやや激高して言った。

「あのう、前世の事を言う事がどうして、残酷な差別主義者なんですか?」
 殆ど発言の無かった林果が言った。
「はい、例えば、貴方は黒人だから悪いのだ、ユダヤ人だから悪いのだと言うようなものだからです。黒人
であるという事やユダヤ人であるということは、絶対に変更出来ません。
 その変える事が出来ないものを、前世と言い換えても同じだからです。私もそうですが貴方も日本人です
よね?」
 チャーリーは林果の顔を見るのが辛かったが、敢えてまじまじと見詰めて言った。自分に対する罰の気分
だった。

「はい、紛れも無く日本人です」
「貴方は日本人に生まれたくてそうしたのですか?」
「いいえ、私の意志ではありません」
「そうでしょう。それを前世での行いが悪かったから、白人ではなく黄色人種に生まれたのだという人があっ
たらどうですか?」
「ええっ! それはどうしようもありません。それにどうして日本人が、黄色人種が悪いのですか?」
「ところが、私を狙うSWX教団の連中はそう考えているのです。白人こそが最高だとね。白人が最高だっ
たらそれ以外の人種の者達は劣れる者達だという事になる。
 彼等は前世という言い方はしませんが、自分で白人になる選択をした筈はありません。彼等は神に選ば
れた者達だという言い方をします。
 しかしそれでは神に選ばれなかった私達はどうなるのですか? どんな差別も甘んじて受けなければな
らない。彼等はそう主張するのです。
 彼等は彼等の意のままに行動して良い。つまり黄色人種である私を殺しても良いということなのですよ。
それは私ばかりではなく、貴方に対しても当てはまります。
 貴方を彼らが殺したいと思えば直ちにそれは正しいこととなる。レイプも同様です。彼等の意志は神の
意志だという主張なのですからそうなります。それは極めて残酷な考えではありませんか?」
 チャーリーは懸命に言ったが、余り分かっては貰えなかった様である。

「つまり、前世とは変える事の出来ない過去であるから、別の方向から見れば、変える事の出来ない人種等
と同様の意味を持つということですね?」
「はい」
「そして、その様な言い方をする人は、必ずこの世界において優位に立っている人達だと言うことなのです
ね?」
 信念が補足的な説明をして、漸く殆どの者が理解出来た様である。もっともそれでもララには分からな
かった。いや、分かろうとなどしていなかったのだ。
『今夜は誰とセックスをする事になるのかしらね。ああ、不安だわ、ゼロは嫌なんだけど、でもこの調子だと
危ないわね』
 そんな風に感じていたのである。

「そうです、劣れる者達をあざ笑う者は、残酷な人達だと私は言いたい。彼等がミサイルを発射してまで私
を殺そうとする意図はもう一つ良く分かりませんが、その巻き添えで白人も犠牲になることを考えないの
でしょうかね?
 ああ、少し脱線しましたね。話を元に戻しましょう。神は特別な存在だ、私達と全く同じだ、つまり神は人
間そのものだという事は有り得ない、それで良いですか?」
「異議はありませんわ。お話を先に進めて下さい。訳も分からずポカンとしている人もいるようですが、構う
事はありませんわ。どうせ今夜の男のことでも考えているのでしょうからね。誰かさんは」
 正美がきつく皮肉った。

「な、何ですって! 正美、言って良い事と悪い事とがあるわよ! 私に喧嘩を売っているの!」
 余りにも図星で、ララはカッとなって叫んだ。
「喧嘩はしないわよ。大人ですから。でも心ここにあらず、男の世界に舞飛んでいる様だったから、ご注意
して差し上げたまでよ。案外図星なんでしょう?」
 正美は一歩も引かなかった。

「ああ、正美さん、ちょっと言い方がきついね。もっと穏やかにしてくれませんか。それとララさんも」
 チャーリーは喧嘩両成敗の気分で言った。チャーリーの注意は結構効き目があった。特にララはチャー
リーが怖かった。彼のパワーは良く知っているし、元々並外れて臆病でもあったからである。

「あ、あの、済みません、静かにしますから」
「えっと、本当に、ついカッとなって言ってしまいました。その、ララさん、御免なさい」
 ララは簡単に謝罪したが正美は、他の者達の予想を裏切ってララに謝罪したのだった。そのお陰で、
『夏休み未来教室』の会場となった、地下会議室の中は幾分かでも和やかな雰囲気になった。チャーリー
に良く思われたいという彼女の狙いはうまく当たったのだった。

「さて、では、神の非存在の証明に移りましょう。実はとても簡単なのですが、逆に簡単過ぎて分かり難い
かも知れません。
 先ず、先ほど言った様に神は特別な存在だとしましょう。その神はどうやって人間とコンタクトを取るの
でしょうか?」
「そのう、特別な方法で、です。それは神にしか分かりません」
 すかさずゲルクが言った。
「しかし、人間と接触する為には何かの共通項が無ければなりません。それとも一切の関わりが無いの
ですか?」
「あああ、確かに何か共通のものが無ければなりませんね」
 今度は信念がチャーリーに同意した。

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