夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はい、今信念さんが言われた様に、何か共通するものが必要です。もし如何なる共通項も無いとすれば、
一体どうやって接触するのでしょうか?」
「はい、ですから、神にしか分からない特別な方法で、です。神は無限の深遠さを持っています。従って我々
人間の如何なる知恵も及ばない所に居られるのです。
それを人間ごとき浅知恵でどうにかしようなどとはもっての外なのです。だから神の存在を否定するなど、
無意味な愚かな事なのです」
ゲルクは何時に無く激しくチャーリーに抵抗した。チャーリーの性的なルーズさや、ひょっとするとキャシャー
ンがチャーリーと深い関係があるのではないかという疑念が、彼を強く駆り立てて居たのかも知れない。
「はははは、それでは聞きますが、そう言ったのは誰ですか? それは貴方が今言ったのではありません
か?
今のその言葉を神が言ったのですか? 貴方は神の声を聞いたのですか? 神にそう言えと命じられた
のですか? どうですか?」
チャーリーは予想していた通りの答えの一つだったので、矢継ぎ早に反論してみせた。
「ええっ? それは、皆がそう考えていると思った事を言ったのであって、神の声を聞いた訳ではありません。
神に命じられた訳でもありません。その、つまり、これは自分の考えです」
ゲルクは仕舞には正直に言った。
「神は一言も言っていないでしょう?」
「はい、確かに正直に言えばそうです。しかし、私はさっき言った事は真実だと思います。そう、信じています」
「問題なのはそこなのですよ。今貴方が言った事は、つまりは神は人間とは異なる特別な存在だと言って
いるのと同じです。違いますか?」
「それは、多分違わないと思います。しかし、何故そこまで追求するのですか? 人は神の存在を信じる事
によって幸福になれます。
多くの人は神の存在を信じる事によって救われるのです。それで良いのではないですか? 私はそういう
人を何人も知っています」
ゲルクは何処までも抵抗した。
「ではその救われるという偽善を打ち破ってみせましょう。しかし、余り時間がありません。簡単に済ませま
しょう。
うーん、どんな例が良いでしょうかね。例えば聖職者の犯罪をどう考えますか? 今、このアメリカでも随
分問題になっていると思いますが」
「そういう輩は神の存在を信じていない輩なのですよ。聖職者の振りをしている言わば悪魔の化身の様な
連中なのです!」
ゲルクは即座に反応した。
「では、神の存在を信じないものは全員が犯罪者なのですか? 貴方は神の存在を信じているから絶対罪
を犯すことは無いと言うのですか?」
「えっと、それは、その、絶対と言う事は有り得ないと思います。人には迷いというものがあると思います。
神ではないのですから」
「ふうん、急におかしな事を言い出しましたよ。では別の方面から追求してみましょうか。既に罪を犯したも
のはどうなるのですか?
罪を犯した聖職者はどうなるのですか? 彼等は神を信じていないからそうしたと言うのならば、その後
は?」
「神を信じれば、その、救われます」
「はははは、困りましたね、全くのご都合主義ですよ。私は前にも言いました。神に無限の知恵があるのな
らば、何故犯罪があるのかと。
神は人が罪を犯すのをただ黙って見ているだけなのですか? どうして罪を犯す前にそれを止められな
いのですか?
答えはやはり一つしかありません。そのようなものは存在しない。それで全ての説明がきっちり付いてし
まうのです。
ですが、私は厳しく言います。ゲルク君がそこまで頑なに言うのならば、もっと強く言いましょう。神は存在
しないと言うよりも、『存在してはならない!』のですよ。絶対に!」
「えええっ!!」
チャーリーの厳しい言い方に何人かが驚きの声を上げた。
「そ、それは聞き捨てなりませんよ。信教の自由を侵すものだ!」
そこまで冷静に聞いていた信念が強く反論した。
「いいえ、信教は自由です。ですが真理はただ一つ。神は存在してはならないのです。別の言い方をすれ
ば、良いですか、ここがもっとも重要な部分です。
もし神が存在しないとするならば、我々の生命は、ここで言う生命とは、広義に解釈された自存在を意味
しますが、その広義の解釈による生命は永遠に不滅になるのですよ。
しかし神の存在を認めた途端、本来この宇宙も消え去るのですが、百歩譲って、宇宙が存続したとして
も、私達の生命には、永遠の如何なる保証も有り得ないものになります。
つまり、神の存在を認めた途端、我々の生命は儚(はかな)く消え去って、二度と復活しません。どちらを
選択しますか?
神を認めて滅びるか、神を無として永遠の命を手に入れるか、二つに一つ。神の存在と永遠の命とは両
立する事は有り得ない。そんなに都合の良い事ばかりあって堪るか! ですよ。こう言ったら、どうしますか、
信念さん!」
チャーリーは一気に捲し立てて信念に迫ったのだった。
「ど、ど、どうも、言っている意味が良く分かりません。第一、我々の命が、永遠などと、そのようなことは奇
跡的にしか有り得ません。それこそ神のなせる業だ!」
信念はうろたえたが、直ぐ頭を切り替えて、より強く反発した。
「はははは、まだ全く分かっていないようですね。ではお聞きしましょう。信念さん貴方を作ったのは誰です
か? 両親だなんて答えは駄目ですよ。
これは実は以前宝本賢三先生と話したこともあったのですが、先生の残されたノートにも書いてありまし
たが、個の決定の問題になります。
ああ、林果さんとも少し話した事があると微かに記憶していますが、覚えていますか? その、桜山林果
さん」
チャーリーは他人行儀な言い方をした。
「はい、ええと、はっきり覚えていません。でも、ざっとの事は知っています。唯一性の問題になるのですよ
ね?」
「そうです。我々のこの宇宙は、部分も全体も全て唯一性を持っています。ああ、このお話はまた後にして、
話を元に戻しましょう。もう一度聞きますが、信念さん貴方は誰かに作られたのですか?」
「えっと、そのう、私を作ったのは、その、つまり、神様だと思うのですが……」
信念は苦し紛れに言った。信念SH教の教義にはその様な項目が無いのである。
「宜しい、仮にそうだとしましょう。とすれば貴方は、神によって作られたのですから、神によって消される事
も有り得るのですね?」
「ま、まあ、そうなります」
「ところが私の考え方は違います。ここでもホーキングの言葉を引用しましょう。『この宇宙の創生において
はたとえ神といえども如何なる関与も出来なかった』でしたね?」
「は、はい」
「それを貴方に当てはめましょう。貴方の創生においてはたとえ神といえども如何なる関与も出来なかった、
とね。しかし私はこのホーキングの考えにも疑問を感じているのですよ。
では私の考えを述べてみます。存在は姿形を変えることはあっても、それ自体を作り出すことは出来ない。
従って消し去る事も出来ない、ということになります。
良く考えて頂きたい。たとえ貴方が存在していなくても、貴方とそっくりの人がいればそれで如何なる矛盾
も無い。
宇宙はそれで完全に成り立ちます。その点に関して詳しい事はまた後ということにして、それはどうです
か、信念さん」
チャーリーは微かに微笑みながら言った。自信の現われでもあるのだろう。
「私にそっくりな人がいれば、それで何の矛盾も無いのですか?」
「そうです。完全にそっくりな、しかし別人がいたとしても、これは一卵性双生児が例えに使われるかと思い
ます。今時だったらクローン人間などを想像されれば良いでしょう。
勿論仮定の話ですが、さっきのお話、貴方にそっくりな別人がいれば、それで私達には見分けが付きま
せんし、何しろ完全にそっくりなのですから、誰一人それで困る人はいません。たとえ神と言えどもね」
「ううーん、そのう、それがどうしたのでしょうか?」
信念は何か窮地に立たされている気がして来ていた。
「にも拘らず、貴方はそこにいる。つまりそれが絶対の真理だと言っているのですよ。先ほど誰も困らないと
言いましたが、実はたった一人困る人がいるのですよね。つまり貴方がただ一人困るのです。
即ちそれが唯一性の概念なのですよ。もし神がいて貴方を作ったのならば貴方の存在は危ういものにな
ります。しかし如何なる方法を持ってしても貴方が作り得ないのであるならば、貴方の存在は永遠に不滅
のものになります。そしてそれが真理だと私は言っているのですよ。分かりますか?」
チャーリーは理解は難しいと思ったが一応言ってみるだけは言ってみた。
「はあーっ、難しくてさっぱり分からないわ。要するに神様が居たら私達はいずれ消え去ってしまう。でもも
し神様が居なければ、私達の命は永遠に不滅なのね?」
ララは投げやりな感じで言った。
「まあ、端的に言えばそうなるね。厳密に言えば『唯一化及び同一化概念』を理解する必要があるんだけど、
今日は時間も無いからそこまでは踏み込まないよ。
ただ一つ言っておくと、皆さんは自分が全宇宙において唯一つの存在である事を十分には認識していな
いんだよね。
それがきっちり分かれば、自分が物質と同一であって、且つだからこそ永遠に不滅でもあるのだというこ
とが分かるんだけどね。
ああ、夢中になっているうちにもうそろそろお昼だね。まだ予定時間より少し早いけど、今はここまでにし
て、お昼にしましょうか?」
まだかなり時間を余していたが、お昼ご飯の調理に掛る時間を考慮して言ったのである。