夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「賛成!」
場違いな位陽気にララは言った。
「はははは、何の為にここにいるのかしらねえ」
何人かがその様な批判をしたが、本人は全く動じなかった。
「ふふん、腹が減っては戦は出来ないっていう、日本の諺を知らないのかしら? さあお昼休みよっ!」
ララは殊更に大声で叫んで自分を批判する者達に反撃したのだった。
「あのう、昼食はハンバーガーと飲み物と果物、それとアイスクリーム位しかありませんけど良いですか?
冷蔵庫には色々入っていますが、調理の簡単なものといえば、冷凍のハンバーガー位です。
これは電子レンジで温めれば直ぐですし、ああ、そうそう、フライドポテトの冷凍の奴もありますけど、レン
ジで温めますか?」
ゲルクは先ほどまでチャーリーとかなり激しくやりあった事を忘れたかのように、昼食の支度を仕事として
テキパキとこなして行ったのである。
「ああ、それで良いよ。ハンバーガーには種類とかはあるのかな?」
チャーリーもケロリとした態度で聞いた。
「はい。幾つかあるようですが、個数が多くありませんので、一応全部温めますけど、それから各自好きな
物を取って食べれば宜しいと思います」
「分かった。じゃあ、そうしてくれ」
「申し訳ないがお願いしますよ」
信念やキャシャーン、林果も簡単に同意した。調理は正美、ゲルクそしてララが当然の様に担当する事と
なった。飲み終わったコーヒーカップなどはキャシャーンと林果がまとめて別室に持って行った。
「はははは、何か少し感情的になってしまいました。申し訳ない」
会議室に残された信念はチャーリーに謝罪した。
「いいえ、まあ、無理もありません。ご自分が信じているものを真っ向から否定されれば、誰しも不愉快でしょ
う。前にも言ったかも知れませんが、私の言っている事は宗教の否定ではありません。
同じだという人もあるでしょうが、私は別物だと考えています。それはまあ、そうですねえ、鏡のような物で
しょう」
「ええっ! 鏡?」
「はい。私が言っているのは鏡の向うには何も無いという、科学的な事実です。しかしだからと言って、鏡の
向うに別の世界があるという前提で作られる物語を、否定はしないのですよ」
「ふんふん、なるほど」
「ですが、それを本当だと思って鏡の中に入り込もうとしたら、大変です。ガラスが壊れて大怪我をしたり、
場合によっては命を落とす事にもなりかねません。
私が鏡の向うには何も無いのだということを強調するのは、そういう事故を防ぐ為のものなのです。それ
を、その鏡の向うを、神と置き換えれば分かり易い。
鏡の向うには何も無い様に、神もまた存在しない。しかし神が存在するという前提で作り出される、物語、
即ち宗教を否定はしません。
ただそれは科学的な事実ではありませんから、それを事実と取り違えて、とんでもない事をする、例えば
自爆テロや、神のお告げと称して、誰かを生贄(いけにえ)にする等という事は愚かな誤りだと言いたいの
です」
「ふむふむ、うーん、段々分かり掛けて来ましたよ」
信念はチャーリーが宗教に否定的な見解を持っている訳ではない事を知って、かなり安堵した。
「さあ、出来立てホカホカのハンバーガーを召し上がれ。他にオレンジジュースやミルク、それと、果物とし
てパイナップルや桃の缶詰もありますわよ。
ああ、日本のミカンの缶詰もあるわね。私は結構好きよ。その他にソーセージやチーズもあったからお出
しするわね。ああそれとフライドポテトもあるわよ。
それからバニラアイスクリームやチョコアイスクリームまであるわよ。さっき見た時には少しだと思ったんだ
けど結構な量があるから食べたいだけ食べて下さいな」
ララは大はしゃぎで言った。
「ふん、まるで子供ね。あの、チャーリーさん、ご一緒に食べませんか?」
ララを一瞥してから、キャシャーンが誘った。
「えっと、その、申し訳ありませんが、今は一人で食べたい気分なんですよ」
キャシャーンの気持ちは嬉しかったが、林果の目が怖かった。その上ゲルクの心情にも配慮しなければな
らない。更に正美やララの鋭い視線もある。
『うーん、超拙い雰囲気だな。はははは、何か四面楚歌って感じだ。はあ、疲れる!』
心の中だけでぼやきながら一人で黙々と食べた。幸いだったのは地上のミサイル攻撃は一度きりで、そ
の後全く音沙汰が無く、どうやら事件は解決の方向へ向かっているらしいと、感じられたことである。
「あのう、まだ少し時間がありますから、向うでお話しませんか?」
食事もほぼ終った頃に、林果が平静さを装って話し掛けて来た。
「えっと、何処で話ましょうか?」
チャーリーは覚悟を決めて言った。
「向こうの方にも部屋がありますわよ。ここは沢山の部屋が繋がっているようですわ。さっきちょっと調べて
みたんですけど、その、ベットのある部屋もありますから」
林果は急に声を潜めて言った。
「分かりました。私も桜山さんにお話があります。じゃあ、行きましょう」
何処までも他人を装ってチャーリーは林果と別室に入って行った。勿論他の女達が黙ってはいない。
「ちょ、ちょっと、そっちはベットルームよ。私のチャーリーに何をする気、桜山さん!」
先ずララが強い調子で言った。
「何時からあんたのチャーリーになったのよ! チャーリーは私を愛しているのよ!」
正美が激しく反発した。
「ああ、済まないけど、少しだけ時間をくれないか?」
チャーリーは努めて冷静に言った。何か言い掛けたキャシャーンはその言葉で沈黙した。ララも正美も
仕方無しに了承した。
「ああ、チャーリー! いいえ、昇!」
部屋のドアを閉めると、日本語で名前を言って、直ぐ林果はキスを求めて来た。一瞬戸惑ったが、一応
応じた。
しかし林果のキスは激しく延々と続いた。チャーリーは心苦しく、ついに途中だったが打ち切って、抱き
合ったまま顔だけを離した。
「どうして? わ、私が嫌いになったの?」
「いや、その、俺は、淫乱な男でね。向うの部屋にいる女達全員と関係を持っているんだ。呆れたろう?
だからその、俺の事は忘れてくれ。
俺と関わってもろくな事は無い。俺はこれからますます淫乱になる。もう止められないんだよ。それに命
を狙われている。
ナイフ位ならまだ良いけど、自爆テロやミサイルだぜ。お前や昇一を巻き添えにしたくない。ああ、ところ
で昇一はどうした?」
チャーリーは少しばかり本音を漏らして、気に掛る息子の事を聞いた。
「昇一だったら信頼出来る人に預けてあるわ。彼ももう二桁の年令よ。随分しっかりして来たわ。本当に順
調に育っているから安心して」
「そうか、それだったら尚更、彼を巻き添えにしたくない。勿論お前もだ。頼むから俺の事は忘れてくれ。さっ
きも言った様に、淫乱の血が騒いで仕方が無いんだよ。
何と言うのか命を狙われていて何時お陀仏になるかも知れない。だから本能的に情欲が爆発状態になっ
ているんだろうよ、多分ね」
「私は貴方と一緒が良い。死ぬ時は一緒よ。それに淫乱でも構わないわよ。貴方がララさん達と関係があ
るらしいことは直ぐ見破れたわ。
でも、不思議に嫉妬を感じないのよ。本当に愛されているのは私だっていう絶対の自信があるもの。ねえ、
今ここで久し振りにエッチしましょうよ。予定時間まで後四十分位もあるわ」
林果はそう言うなり、服を脱ぎ始めた。
「待ってくれ、ここは拙いよ。よがり声を我慢出来そうも無い。……それに昇一の為にも生きていて欲しいん
だよ。これは内緒の話だけど、俺はもう直宇宙へ行く。
十中八、九戻って来れないんだよ。頼む、生きていてくれよ。さっきも言った様に俺は命を狙われている。
爆弾を体に巻いた連中が突っ込んで来るんだぜ。
俺はそれでも生き延びられるかも知れないけど、お前や昇一は違う。一たまりも無いよ。頼むよ、堪えて
くれよ。他の男を捜してくれ。ああ、もうそろそろ時間だ。後三十分だけど、余り長いと拙いよ」
「ううううっ、どうしても駄目なの?」
服を脱ぐことを止めて、林果は泣き出した。
「本当に申し訳ないけど、頼む! 昇一の為にもお前は生きて、生き続けてくれよ。うううっ」
チャーリーも泣いた。二人とも泣きながら暫くキスをした。多分それが最後のキスなのだろう。二人の流す
涙が口の中に入って来て、しょっぱいキスになった。
そのしょっぱいキスを十分ほども続けたが、ほぼ一緒に体を離し、涙を拭き、服装や髪の乱れなどを直し
合って二人は会議室に戻って行った。勿論二人とも出来るだけ平静そうな顔を装った。
しかし二人の会話は女達全員がドアに耳を当てて聞いてしまっていた。ララ、正美、そしてキャシャーンに
とっては二人が完全に別れたらしい事が最も重要な事だった。三人の女はその意味においては安心した
のである。
「さて、そろそろ時間ですが、午後の部を始めても宜しいですか?」
深い悲しみを心の倉庫に押し込めてチャーリーはなるべく平静に言った。
「異議無し! さあ、神は死んじゃったけど、私達は永遠に生きられる。永遠にエッチ出来れば最高だわね!」
何ともはしゃいで、ララが言った。
「はははは、ララさん元気が良い。でも、人間は、いや、全ての生命は必ず死ぬのです。ああ、それでは午
後の部を始めましょう。ところで折角ですから、せめて午後の部だけでも記録に残しませんか?」
チャーリーは世界を変える程の事がこれから話し合われるのではないか、と感じてそう提案したのだった。