夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「た、助けてーっ!」
我先に逃げ出したのはララだった。確かに少し探すと、アーノルド達の言ったスロープがあった。やや急
勾配の上り坂である。
ララは坂道を上るのは大変だと不満を漏らした筈だったが、いざとなったら、その速い事。若いこともあっ
てどんどん走って行ったのだった。
「ああ、あのう、リヤカーに乗る人は居ませんか? 私が超スピードで地上までお運び致しますよ。勿論無料
です」
チャーリーはそう言いながら、倉庫を探した。ゲルクと信念は遠慮してスロープを歩き始めた。
「私は乗せて貰います。チャーリーさんと一緒に行きたいですから」
キャシャーンがそう言うと、林果と正美も同調した。
「ああ、ありましたよ、リヤカーが。いや、これは立派だ。それにニッポンにあるものより、一回り大きいです
ね。これだったら、人の五人や六人は軽く運べますね。えっと、ララさん、信念さん、ゲルク君、一緒に乗っ
て行きませんか!」
チャーリーは大きな声で先行する三人に呼び掛けたが、ララは振り向きもせずに一心不乱にスロープを
上っていた。信念とゲルクは振り向いたが、手を横に振って断った。
「それじゃあ、どうぞ乗って下さい。少しスピードを出しますから、座ってどこかに捕まっていて下さい。最初
はゆっくりですが、段々速くなりますからしっかり掴まっていて下さいよ」
キャシャーン、林果、そして正美は乗りなれないリヤカーに乗った。幸いなのは、後ろの部分がドアの様
になっていて、それを閉めると後ろから転げ落ちたりしない様になっていることだった。
「ふーむ、ニッポンのリヤカーと少し構造が違う様な気がするけど、まあ、兎に角走りましょう」
リヤカーは基本的に車軸が一本だけの二輪車である。動かす時は前についている鉄製のバーを引いて
行く事になるのだが、荷台の部分を水平に保つ必要があった。そうしないとしりもちをついたり、前にのめっ
てしまったりするのである。
不慣れだとバランスを取るのが難しいのだが、パワーのあるチャーリーは少し歩いただけでコツを飲み込
んでしまった。
「はははは、何かこう、人力車を変形した感じの物なんですね。何度も見たことはあったのですが、実際に
は扱った事がありません。でも、もう慣れて来ましたからさあ、飛ばしますよ! それ、えいほっ、えいほっ、
えいほっ、……」
何か昔のカゴやの様にリズムを取る為の掛け声をかけて、段々スピードを上げて走って行った。
「ああ、済みません、ちょっと道を開けて下さい」
直ぐに先行している、ゲルクと信念に追いついたのだった。
「お二人も乗った方が宜しいですわよ。のんびりしていると危ないですからね」
キャシャーンが親切心で言った。ゲルクと信念は顔を見合わせていたが、
「ドドーーーーンッ!!!」
ミサイルの第三派の音が響き渡ると、諦めて乗せて貰う事にした。
「えいほっ、えいほっ、えいほっ、……」
チャーリーは快調に飛ばす。直ぐ次の壁が迫って来た。アーノルド達の言うように横壁にスイッチがありそ
れを押すと前にある壁がせり上がった。
その向うにララの姿が見えた。懸命に走っているのだが、徐々にスピードが落ちて来ている。チャーリーの
リヤカーは第二の壁の直前で、とうとうララに追いついたのである。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……」
疲労困憊しながら尚ララは走り続けていたが、
「ララさんも強情を張らずにお乗りになれば?」
ちょっと皮肉目に正美が言った。
「ええ、嘘、どうしてそんなに速いの? ハァ、ハァ、……」
息を切らしながら、次の壁のスイッチを押してララは言った。
「はははは、サイボーグだからですよ。これに乗った方が速いですよ。どうです乗りませんか?」
チャーリーは優しく言った。
「あ、ああ、そうねえ、乗ってやっても良いわね。折角のチャーリーの頼みですからね、ハァ、ハァ、……」
息も絶え絶えながら、仕方無さそうに、壁のドアの向うに入ってから後ろのドアを開けて貰って乗った。
「じゃあ、しっかり掴まっていて下さいよ。行きますよ! えいほっ、えいほっ、……」
最初はゆっくり、次第に人間離れしたスピード、恐らくは時速六十キロ以上のスピードで走って行った。直
ぐに次の壁があり、それを超えると、その次は普通のドアになっている。もう地上に着く所まで来たようである。
「さあ、到着。ああ、横に倉庫みたいな所がある。ああ、ここにリヤカーを置けば良いのか」
ドアの向こうにはスロープよりも立派な作りのやや広い廊下があって、直ぐ横に倉庫があり、その中に、
別のリヤカーが数台置いてあった。ただそこもまだ地下一階位の感じだった。
「じゃあ、ここで降りて下さい。リヤカーはここに置きますから。しかしこの先はどうなっているのか、良く分
かりませんね」
全員がそこでリヤカーから降りると、チャーリーは倉庫の隅に、他のリヤカーと並べて置いた。ただ、人気
が余り無く、その後どうするのかはっきりとは分からなかったのである。
「何にせよ、さっきの地下の部屋が攻撃されると爆風が怖いですから、早くここは去った方が良いでしょう」
信念は年長者らしく落ち着いて言った。
「止れ! お前達は何だ!」
少し廊下を歩くと、武装した何人かの兵士が現れたのである。銃を突き付け厳しい態度で素性を聞いて
来たのだった。
「私はチャーリー・クラストファー。今地下から脱出して来たところです。アーノルドさんやケッペルさんにそう
する様に言われましたから」
「チャーリー・クラストファーに間違いないのだな!」
兵士の一人がそう叫んで銃を構えた。数人の兵士は全員がチャーリーに銃口を向けたのである。
「ウリャ!!」
その一閃だった。チャーリーの姿は気合と共に消えた様に見えた。
「ギャッ!」
「ウガッ!」
「グエッ!」
三人とも倒れて顔面を押えていたが、間も無く絶命した。顔面が潰されていたのである。顔中血だらけで、
見るも無残な姿だった。
「キャーッ!!」
女達は悲鳴を上げた。特にショックが大きかったのだろう、ララとキャシャーンは気絶してしまったのである。
「一体どうなっているんだ!」
信念は呆然として叫んだ。
「兎に角、気絶した女性達を介抱しましょう。これは一種の革命でしょうきっと!」
チャーリーはそう結論付けた。
「どこか空き部屋に連れて行って介抱する必要がありますが、この建物はひょっとすると敵に、多分SWX教
団の一派に押えられたのではないでしょうか?」
ゲルクが悔しそうに言った。そうと分かっていれば暢気に講義など開催していなかったのである。
「恐らくそうでしょう。しかも悪いことにこの建物は見た事がありません。真新しいところをみると、ごく最近建
てられた物なのでしょうね。
しかし、困った事になりました。私は自分の怒りを押えられそうも無い。相手の兵士達には悪いが、手加
減しません。そんな事をしていたのでは皆さんの命を守れない。
ここにはミサイル攻撃は今の所無さそうですが、さっきの倉庫の方が安全です。ゲルク君、信念さん。女
性達を倉庫に連れて行って下さい。
あそこは横にドアがありますから、地下からの爆風にも耐えられると思いますし、それと見るからに頑強
そうですからここよりずっと安全です。お願いします」
「チャーリー、いいえ、昇! 貴方はどうするの!」
悲痛な顔で林果は日本語で言った。
「鬼になります。全力を挙げてこの建物から敵を排除します。私のスピードは彼等には捉える事が出来ま
せん。唯一怖いのはミサイルですが、敵の兵士が入り込んでいるから、多分それは無いでしょう。
それにアーノルドさんやケッペルさんがむざむざとやられているとも思いませんからね。大丈夫、俺を信じ
てくれ!」
そこまで言ってから、チャーリーは超高速でその場を去った。まるで消えた様にしか見えなかったが、そ
の超人的能力は残った者達を安心させるのに十分だったのである。
「ギャッ! ギャーッ!」
遠くにではあったが、何度も何度も悲鳴が聞こえた。チャーリーが暴れているのだろう。その声を聞きた
くなかったことと、言われた通りにしないと、危険だと感じて、ゲルク達は地下への入り口付近にあった、倉
庫へ逆戻りしたのである。確かに頗る頑強な作りである。
『チャーリーさんはそんな事に直ぐ気付いてしまうのか。百戦錬磨、そういう人なのだな、いや、サイボーグか。
心強いけど、やっぱりとても怖くて付いて行けないかも知れない』
ゲルクはそう感じた。信念も似た様な感情を持った。
「ウウウッ! ああ、ここは何処?」
「ハーッ! ああ、私生きているのよね?」
倉庫に戻ってから間も無く、キャシャーンとララは意識を取り戻した。場違いな事を言ったのはショックの
大きさを物語っている。顔色は二人とも真っ青である。
「あ、あの、チャーリーさんは?」
キャシャーンは次第に落ち着いて来て、姿の見えないチャーリーを気遣った。
「いま、敵の兵士を片付に行っているわ。御免なさいね、怖い思いをさせて。多分彼は血だらけで帰って来
ると思うけど、優しく接してあげて。
彼は私達を守る為に死に物狂いで戦って来るのですからね。けっして、殺戮を楽しんで来る訳じゃあない
のですからね。お願いします」
チャーリーと付き合いの長い正美が深々と頭を下げたのだった。林果はその時、初めて正美に対して激し
い嫉妬を感じたのである。