夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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何時間かが過ぎた。少しずつ分かって来たのは、ゲルクやキャシャーン達の居る倉庫は、本当は倉庫で
は無く、核シェルター的な感じの部屋だった。
「ガランとしたただの部屋だと思ったけど、バス・トイレ付きだし、冷蔵庫は無いけど、色々な保存食が揃っ
ているね」
ゲルクは精力的に部屋の中を歩き回って、食料と飲料水を持って来てテーブルの上に置いたのだった。
テーブルの上に何かの道具が数多く置いてあったが、それらを片付け、また隅に寄せてあった椅子を持っ
て来て皆を座らせた。勿論、他の者達もあれこれやったが、彼が一番動いただろう。
『キャシャーンが見ている!』
その思いが、特に彼を強く動かしてもいた様である。余り食欲の湧く様な状態ではなかったので、殆ど誰も
食べなかったが、
「皆、少し無理してでも食べた方が良いわよ。そうしないと体力が持たないわよ」
正美はそう言いながら、率先して食べて見せた。彼女の呼びかけに一番応えたのは林果だった。彼女の
場合は正美に対する対抗心からの行動だった。他の者達は殆ど食べていなかった。
正当防衛で止むを得なかったとはいえ、目の前で残酷な殺戮が行われたのである。気絶した、キャシャー
ンとララは特に食欲も元気も無かったのである。
「しっ! 足音が近づいて来ますよ」
倉庫の中はゲルクの声を潜めた一言で、俄かに緊張が高まった。確かに複数の足音が響いて来る。四、
五人はいるようである。生憎と倉庫の中には武器らしい物は殆ど無い。彼等はリヤカーの陰に隠れて、じっ
と息を殺していた。
「ギーッ!」
ドアが無造作に開いた。兵士らしい男達が四、五人部屋に入って来た。
「林果! 正美さん、チャーリーですよ」
その中の一人が一度だけ日本語で言った。
「ああ、ええっ! チャーリーどうしたのその格好は?」
出て行った時の服装ではなく、軍服を来ていたのである。
「いや、皆さん、やっと、敵は鎮圧されました。本当に手こずってしまって申し訳ない」
今度の声はアーノルドだった。
「敵を少し甘く見ていましたよ。でも、まあ、ここに我等がヒーロー、チャーリー・クラストファー君が居てくれた
ので、一時間ほどで形勢逆転となりました。
万事が後手、後手に回ってしまって、ご迷惑をお掛けしましたが、もう大丈夫です。出て来ても宜しいです
よ。ゲルク君、ララさん、良く頑張ったね」
ケッペルが彼の弟子のような二人の労ををねぎらった。他に数人護衛の兵士が付いて来ていた。
「はあーっ、ご無事でしたか」
真っ先に信念が立ち上がって姿を現した。次いでゲルク、正美、林果、キャシャーン、最後にララが依然と
して青い顔をしてゆっくりと歩み寄って来たのだった。
「チャーリー!」
林果が真っ先にチャーリーに飛びついた。チャーリーは多少人目を気にしながら抱き締めたのである。
「良かった、本当に良かった! で、でもどうしたのこの軍服は?」
林果はキスしたい衝動を堪えて、当然の疑問を呈したのだった。
「うーん、言い難いことなんだけど、余りにも、返り血に汚れてしまってね、それで急遽、その、比較的奇麗な
敵さんの軍服を拝借したのさ。
サイズが大抵大きくて、丁度良いのはこれしかなかったしね。まあ、……、随分殺してしまった。少し殺し
過ぎたかも知れない。
しかしここに居た敵さんが、万に一つも、この倉庫にやって来たら、大変だと思って、……殆ど皆殺しにし
た。多分三桁は死んだだろう」
チャーリーは言いながら顔を曇らせた。
「いや、チャーリーさんが、敵を殺さなければ、皆さんの命が危なかったのですよ。私と、ケッペルさんがこ
こを抜け出した少し後位に、敵の、つまり、SWX教団の息の掛った三百人ほどの兵士達が、怒涛のように
ここに攻めて来たのですからね。
ただこの倉庫の辺りは、場所が相当に分かり難くなっているので、まあ、万一の為に備えて、わざとそうし
ておいたのが役に立ったという訳です。
それであなた方とバッタリ出くわすのに、随分時間が掛ったらしいです。もし地下のスロープで出くわして
いたら大変でしたが、その点は幸運でした。
しかしながら、ここの建物を警備していた我々の兵士達は、多少は持ち堪えたのですが、残念ながら全
員討ち死にしました。
亡くなられた兵士達のご家族には何とお詫びしたら良いか、まさかここまで彼等が知っているとは、思っ
ても居ませんでしたので……」
アーノルドはひたすら謝罪した。
「じゃあ、兎に角もう大丈夫なんですね?」
安心した様にゲルクは言った。
「はい、もう大丈夫です。ただ、残念な事にここは当分使えません。SWX教団の息の掛った兵士が、空軍
のかなり重要なポストに付いていたらしくて、それで機密が洩れてしまったようです。
ソフィアの他にも何人かいたのですよ。ふう、危ない、危ない。兎に角ここを出ましょう。この辺りにミサイ
ルを打ち込んだ基地も発見されましたし、そこは勿論我が軍が確保しましたが、我々は大変残念な男を
逮捕する事になってしまいました」
アーノルドは少しずつ歩き出しながら、苦渋の表情で言い続けた。
「残念な男? 誰の事ですか? つまり今回の事件の言わば黒幕ですよね?」
信念が眉をひそめながら聞いた。
「ははは、まさかと思うでしょうが、ゴールドマン・ジュニア将軍です。自分の住む予定の建物を攻撃するこ
とは、通常有り得ないでしょう? それが彼の狙い目だったのですよ」
今度はケッペルが苦笑しながら言った。
「えええっ! まさか!」
キャシャーンが顔をしかめて叫んだ。助かったという安堵感からか、ララに比べれば気持ちはかなり回復
して来ていた。
「何人もの兵士の証言です。それに考えてみると辻褄が合います。彼はここの建物については知らされて
いませんでした。
自分の住む住宅に地下がある所までは知っていましたが、別の抜け道については、我々が地上に着い
てから知ったのです。我々がその報告をしましたからね。
その直後位に、この建物に兵士が大勢やって来た。彼等はチャーリーを仕留めるのが目的でした。彼等
の持っている銃は特に強力な破壊力のある銃だったし、手投げ弾も、通常の三倍以上の破壊力がありま
した。
ただ、それらを使う間も無く、やられてしまいましたがね。ああ、そろそろ外に出ますが、申し訳ないが、
チャーリーさんとはここでお別れです。彼には特別の任務がある。しかも急ぐのですよ。
さっきも言いましたが、SWX教団はチャーリーさんの殺害を企てているらしい。幸いだったのは、SWX教
団の穏健派は、今回の過激なやり方に極めて批判的で、我々にも味方した節があるのです。
ご存知の様に、SWX教団は謎の多い教団です。過激派はまだまだ多数残っていると思われますから、
チャーリーさんには、安全な場所に逃げて貰う積りです。勝手ですが、了承して頂きたい」
建物から少し外に出た所に、頑丈そうな車が二台止められていた。一台は普通乗用車位の大きさだが、
もう一台はリムジンタイプで八人乗りだった。
「私とチャーリー君とはこっちの車である場所に向かいます。皆さんはそっちの大きい方の車でアーノルド
さんと一緒にお帰り下さい」
ケッペルは残念そうに言った。色々な計画は、SWX教団の空軍基地襲撃という、とんでもない事件の為
に全て頓挫して、チャーリーはその場から別の計画に参加することになったのである。一分とは余裕が無
いようだった。
「それじゃあ、皆、お元気で、きっとまた会える日が来ると思うから、さよなら」
ざっと、皆の顔を見回すと、チャーリーは車に乗り込んだ。彼の隣にはケッペルが乗り込んだ。運転は別
の兵士がするようである。車はあっと言う間に走り去ってしまった。別れを惜しむ間さえなかったのだ。
「皆さんは私が送って行きましょう。どうぞ乗って下さい。ガソリンは満タンに入っていますから、何処へでも
お送り致しますからね」
アーノルドは運転席に乗り込んだ。隣に兵士が一人護衛の為に乗り込み、その後ろにララとキャシャーン、
更に後ろに正美と林果が乗った。
最後尾にゲルクと信念が乗り込み、夜の帳(とばり)の降り始めたフロリダ空軍基地の外に車は出て行っ
たのである。
酷い事件のあった夜だったが、星空はやけに奇麗だった。ただ、赤い火星の近くに微かに光る見慣れな
い星があった。ゴールドマン教授の死後、半ば忘れ去られていた、小惑星『ニューアメリカ』である。
しかし、ゴールドマン・ジュニア将軍の逮捕から、事態は一変しつつあった。その日を境に、一部の天文学
者ばかりではなく、マスコミもその軌道の危険性について、一大キャンペーンを繰り広げる事になる、正に
その前夜だったのである。
「いや、しかし、ご苦労様でしたね。今回の事件は貴方なくしては解決出来なかった。そのう、アーノルド君
達空軍関係者を責めないでやってくれたまえ。頂点に立つ者が裏切り者だったのだからねえ」
車の中で、ケッペルが改めてチャーリーに礼を言い、労をねぎらった。
「でも、元はと言えば、私の存在が、異常だからなんでしょうね。何と言っても、金食い虫のサイボーグですし。
しかし、大統領はご無事だったんですか?」
「ああ、勿論、と言いたいが、彼が無事なのは、SWX教団の穏健派のお陰でね。もし彼等が一枚岩で大統
領をもろに人質に取っていたらどうなっていたか」
ケッペルは首をすくめる様にして言ったのだった。