夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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リムジンカーの中ではゲルクが運転中のアーノルドに聞き難そうにしながら、
「そのう、チャーリーさんはどの位の兵士を倒したのですか? それと私達が外に出た時には、かなり奇麗
な状態で、戦闘があったようにも思えませんでしたが?」
と言った。その問い掛けにアーノルドは少し答えるのを躊躇った。
「……、これは口外しないで下さいよ。約束を守れますか?」
やっと重い口を開いた。
「はい、勿論です。曲がりなりにも私は彼のマネージャーです。まだ彼に解雇されていませんから、当然彼の
不利になるようなことはしません」
ゲルクは僅かに嘘を付いた。ここで聞くこと自体、チャーリーにとっては不利になる可能性が有る。それを
知っていて敢て聞いたのである。全てはキャシャーンと自分の関係にとって有利だという判断からだった。
しかし車の中に居るのは殆どがチャーリーと関わりの深い者ばかりである。アーノルドはその事を考慮に
入れて、ゲルクの思惑にはさほど気付かずに話すことにしたのである。
「本当に短い時間だったのです。僅か三十分ほどの出来事だったと思います。あの場所に押し寄せた三百
数十名の兵士の殆どが死傷した時間です。
全員が死んだ訳ではありませんが、軽傷者は一人も居なかったのですよ。異変に気が付いて我々が数
十名の兵士と共に戻って来た時には、もうほぼ全員がノックアウト状態で、あと戦意喪失の十数人ほどが、
チャーリーに必死に命乞いをしていました」
「三十分ですか? じゃあ五、六秒に一人位ずつやられていたんですか? そう言えば銃声も殆ど聞こえ
てこなかった様な気がします。す、凄いですね。血だらけだったんでしょうね?」
ゲルクは声を潜めて言った。
「まあ、そうなりますね。彼らもチャーリーの噂は知っていたのでしょうが、実際に戦ってみると、全然勝負
にならないことが分かったようです。
何しろ数メートル位の至近距離で時速六十キロ以上で動き回るのですからね。変な例えですが、プロレス
とかボクシングのリングの中で、動き回るスピードというのは一番速い人でも時速にすれば三十キロかそ
こいらなんですよ。
プロボクサーの目にも留まらないようなスピードのパンチでさえも、時速に直せばせいぜい四十キロ程度
なんですからね。狙いを定めた瞬間にはもう彼の姿はそこに無くて殴られて気絶している事になるのです。
それに彼はサイボーグですから人間の何十倍ものスタミナがある。殆ど止らずに三十分間動き続けてい
たようです」
アーノルドは驚嘆しながら、しかしなるべく感情は押えて話し続けた。余り興奮しては車の運転に差し障る
からである。
「それでは、その後、死傷した兵士達を運び出したりしていたのですか?」
「はい、我々が戦闘する必要は全くありませんでしたからね。命乞いをしていた者の中で、小柄な者の軍服
を貰って、彼に着せました。
全身返り血だらけでしたからね。それで、そこいらの倒れた兵士達を車で全員軍の病院に送りました。時
間が掛ったのはその辺の掃除に掛ったのですよ。これはチャーリーさんの配慮です」
「チャーリーさんの配慮で御座いますか?」
信念が口を挟んだ。
「はい。あのままでは特に女性の人達が、精神的に参ってしまうかも知れないと言って、我々があなた方を
直ぐ救出しようとしたのを押し止めたのですよ。
良く考えて見ればその通りで、本当に頭が下がりますよ。悲惨な現場を見慣れている我々軍人はその事
に殆ど気が付かなかった」
「ほう、そんじょそこいらの宗教者よりもよほど人格者ですね。私も見習わなければなりませんな」
信念は感動すらしているようである。他の女性達もチャーリーの気遣いに感謝の念を大いに抱いたのだっ
た。一人だけ浮かない顔をしていたのはゲルクである。
『チッ! うまく立ち回りやがって!』
そういう風に思ってはいけないと理性が囁くのだが、本能が承知しなかった。
『キャシャーン! お前も感心しているのか、あんな大量殺人者に!』
そんな風に感じて堪らなくなるのだ。しかし顔の表情は何か考え深げなままだった。憎しみの表情を作る
訳には行かなかったのだ。
「あのう、命乞いをした人達はどうなったんですか? 彼は、チャーリーは勿論許したのでしょうね?」
今度はキャシャーンが聞いた。
「はい、その通りです。私も彼とは付き合いが長いですからね。襲って来ない者にはけっして手出しはしない
男です。助かった者達はまあ、捕虜ということになったのですよ。
彼等の口からゴールドマン・ジュニア将軍の裏切りが発覚しました。それとまだまだSWX教団の本体は
無事らしい事も知りました。
詳しい事は兵士達も知りませんでしたが、今後とも気を付けなければ危険だと悟りましたよ。幸いにも、
大統領は同じSWX教団の穏健派の人達によって無事解放されましたしね」
「ええっ! 大統領を解放したのは穏健派、同じSWX教団なのですか?」
正美が驚いて言った。他の者達も無論大いに驚いた。
「はい。SWX教団は過激派と穏健派と大きく二つに分かれているらしいのですよ。その正体は未だにはっ
きりしないのですが、少なくとも一枚岩で無いことは分かりました。まあ、余り良くは分からない事に変りは
ないのですがね」
アーノルドは正体不明のSWX教団に振り回されている自分を、少し不甲斐無く感じながら言った。
「しかし、どうしてそんなに簡単に捕虜になった兵士達は口を割ったのですか? 彼等は宗教をSWX教を
頑(かたく)なに信じているのでしょう? それと、命乞いも何か不自然な気がしますけど?」
ゲルクが疑問を呈した。何かチャーリーの問題点を探り出そうと考えての事だった。
「ですから、三百人も死んだり重傷を負ったりしたのですよ。しかし数の中には必ず信心の薄い者も居る。
残った十数人はその様な連中だったと考えられます。
彼等は口々にチャーリーの為に命を掛けて働くと言ったのですよ。それはそうでしょう、目の前で、SWX
教団の連中がなす術も無くやられて行くのですよ。三百人もですよ。
自分達を救ってくれる筈の宗教が、奇跡を起す筈の宗教が、全くの無力だと知った時、人はある意味で
目覚めるのです。本能的な防衛心にね。
それで彼が、チャーリーさんが彼等に誰の命令であそこに来たのか聞いたので、簡単に口を割ったので
す。そうすれば命が助かると考えたのです、多分ね。
勿論、かれは殺す気は全然無いのです。彼が守りたかった者達、つまりあなた方が助かるのだったら、も
う殺戮の必要が無いからですよ」
アーノルドはチャーリーに関して言う時には、相変わらず感動を覚えながら話した。
「チャーリーは素敵だけど、私は、そのう、お別れするわね。だって怖いんだもの。彼とのセックスは最高
だったけど、もう駄目。
怖いのは私は嫌いなのよ。彼と一緒に居たら命が幾つあっても足りないみたいだから、私はパスするわね。
正美さん、あなたに譲るわ」
暫く沈黙していたララがやっと口を開いたが、彼女らしくズバリ本音を言った。
「セ、セックスをしたの?」
聞き捨てならないとばかりにキャシャーンが言った。
「そうよ、当然でしょう? 私は美貌の秘書で、彼は、チャーリー・クラストファーは精力絶倫の男なんだもの。
ごく自然の成り行きだったわ。
激しく求められたら、嫌とは言えない性格なのよね、私。勿論イイ男に限るけど。もう、物凄かったわよ。
ふう、二度と無いでしょうね、あんな凄いセックスは。
でも、命には代えられないわ。命が無くなったら、セックスも出来ないのよ。私は死んだら当然天国に行く
でしょうけど、天国じゃ、どう考えても精力絶倫な男なんていないでしょう?
もし居るんだったら、さっさと死んで、天国に行きますけどね。でも自殺した者は天国に行けないって、お
兄ちゃんがセックスの時に言っていたから、ああ、違うわね、その、教会の神父さんだったか、牧師さんだっ
たか、何かそんな人が言っていたわよ。セックスの時に」
ララはかなり脱線しながらつい本当の事も言ってしまって、慌てて繕って、誤魔化したのだった。
「えええっ! 近親相姦! ひええっ! とんでもない女なのね、あなたって!」
この時とばかりに正美は罵った。
「煩いわね! もう身を引くんだから良いでしょう? 言っておきますけどね、私の父や兄は宗教者なのよ。
多くの人の人望を集めた、立派な人達なんですからね、悪く言ったら承知しないわよ!」
ララは最悪の父親と兄を何故かかばって言った。宗教者の一家だったことは本当だった。しかしふしだら
な行為が発覚して、今は行方が知れないのである。
「まあまあ、車の中で喧嘩はいけませんよ。さてそろそろホテルに着きますよ。ええと、結局ここで全員降り
られるんですね?」
リムジンカーは空軍の管理下に置かれている、とある小さなホテルに到着した。表向きは普通のホテル
なのだが実際には一般の人は泊れない。
チャーリーの関係者は身の危険があるというので、当分の間はそのホテルに泊る事になったのである。
ただキャシャーンは仕事があり、信念は宗教活動がある。また林果は子供の世話があるので泊まるのは
その晩だけだった。
三人とも複数の護衛が付いて明日から仕事等を再開することになる。ララ、正美、そしてゲルクはほとぼ
りが冷めるまでそのホテルに居る事になるのだが、男無しでは三日と持たないララにとっては辛い日々と
なりそうだった。
「あのう、そろそろ、打ち明けて下さっても宜しいのではありませんか?」
乗用車の中でチャーリーは行き先を聞いた。詳しい事は一切聞かされていなかったのだ。
「ああ、そうですね。NASAの、つまり航空宇宙局です。ケネディ宇宙基地ですよ。本当はケッペルスターで
行く予定だったのですが、情報が洩れてしまっていて、危険なので、宇宙飛行士として、偽名で搭乗して貰
います。その前に、手術をします。別人になる必要が有りますからね」
ケッペルは無機質な感じで言った。ケッペルスターを使えないのが相当に悔しかった事もあるのだろう。