夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「念の為にもう一つ聞いておきますが、兵士達は銃を撃ったり手投げ弾を使ったりしなかったのですか?
余りそれらしい形跡が無かったようですが?」
ケッペルは研究者らしく疑問は徹底的に追及するタイプの様である。
「はい、それは出来ないでしょう。何しろ私は彼等の中に入り込んで戦っていたのですからね。銃でも手投
げ弾でも仲間を攻撃する事になる。
何度も言いますが、私の姿は至近距離では殆ど見えません。コンマ一秒とは一ヶ所に居ないのですから、
狙いを定める事が出来ないのですよ」
「ふーむ、やっと納得出来ました。はははは、研究者の悪い癖でね、疑問に思うことはとことん追求しないと
気が済まないのですよ」
少しくどかったかと恥ずかしそうにしながらケッペルは言った。
「いいえ、どちらかと言えば私もそうですから、余り気にしないで下さい。あれ? 何だか見た事のある様な
場所ですよ」
車が山道に差し掛かると、遠くに白い建物が見えて来た。
「はははは、覚えておりましたか。ゴールドマン教授の研究所ですよ。いや、正確に言えば、元はそうだった
と言うべきでしょうな。
内も外もすっかり改装して、全然別の作りになっていますからね。ここはチャーリーさん貴方の手術用の
建物なのですよ。
今回の手術は今までに無い位大掛かりなものになります。ご存知と思いますが、宇宙に行って頂きます
のでね。ああ、まあそれ以上は禁句でした。
現在手術の準備をしていますが、四、五日掛ります。まあ、その間のんびりしていて下さい。ただ脱走は
困りますよ。まあ、有り得ないとは思いますが、念の為に申し上げておきます。
言い難いことなのですが、本当に言い難いのですが、我々も命を掛けて仕事をしています。貴方が大人
しくさえしていれば誰も傷つかずに済みます。しかし、もしもの時の為に我々は貴方と関係の深い者達、主
に女性を監視下に置いております。
勿論私は貴方を信じています。しかし信じない者も居るのですよ。そこでその信じない連中、例えばクラス
トファー大統領を説得する為に、我々は今回の教室、『夏休み未来教室』の参加者全員、特に女性達に護
衛と称して、屈強の監視員を複数付けました」
ケッペルは辛そうに言った。
「な、何だって。ううむ、ここまで協力しても尚信用してくれないんですか?」
チャーリーは悲しかった。
『俺はまだ信用されていなかったのか!』
そう思うと本当に辛かった。
「申し訳ない。皆君を恐れているのですよ。今回三百数十名の屈強の兵士達、彼等は完全武装をしていた
のに、貴方は余裕を持って彼らを倒した。全くと言って良いほど無傷だった。
頼もしいと思う以上に、恐怖心で耐えられないと言う者が沢山居るのですよ。実は大統領もその一人な
のです。彼はついこの間までは貴方と会いたいと言っていたのに、今では近寄りたくないと言っている。
貴方が素晴しい働きをすればするほど、その傾向は強くなっているのです。変な話ですが、最近貴方の
名を騙(かた)る偽者が横行し始めました。
マジックで鉄の棒を曲げて見せたりして豪遊したりするのです。誰も怖くて疑いをぶつけることすら出来ま
せん。おっと、そろそろ着きまたな。続きはまた後に致しましょう」
車は兵士達の守る鉄製の門の前で止った。
「失礼ですが、身分を改めさせて頂きます。これも職務ですのでご了承下さい。一応車から全員降りて下さ
い。必要事項を調べさせて頂きます」
兵士は頗る丁寧に言った。良く知っているケッペルが居たからだろう。
「貴方がチャーリークラストファーさんですか?」
他の三人は簡単に調べ終わったが、チャーリーの前に来ると兵士の顔色は明らかに変わった。良く見る
と足が震えていた。恐怖心にじっと耐えている様だった。しかし調べない訳には行かない。
「危険な物の所持は認められませんでしたが、貴方の場合には、サイボーグであることの証明が必要です。
何か一つだけパフォーマンスをして下さいませんか? 人間には出来ない何かです」
「ああ、そうですか。じゃあ、ジャンプしてみましょう。それっ!」
チャーリーは気楽に垂直飛びをしたが、三メートル以上は飛び上がった。その付近一帯は夜なので当然
暗いのだが、彼等の居る所だけは身体検査の為かやたらに明るかった。
四方から強力なライトが当てられている。チャーリーの姿はサーチライトを当てられた様にくっきりと浮か
び上がって見えたのだった。
「はいっ!」
気合を入れた着地は空中二回転をしてからで、しかも微動だにしなかった。
「オオオーーーーッ!!」
兵士達から大きな歓声が上がった。
「この位でどうですか?」
「あのう、マジシャンでもやれることは駄目なんです。マジシャンに絶対出来ない事で無いと。近頃偽者が横
行していますからね」
チャーリーを取り調べている兵士は真っ青になりながらも、その様なマニュアルがあるのだろう、一歩も引
かなかった。
「ふうん、困りましたね。近頃のマジシャンは凄いですからね。空を飛ぶ位じゃ信じて貰えないとすると、あ
のう、じゃあ、こうしましょう。
貴方の持っているその銃の銃身を曲げてみましょうか? その銃は本物ですよね? 勿論曲げたら使い
物にならなくなりますが、それだったら幾らマジシャンでも出来ないでしょう?」
「ええっ! こ、これをですか?」
「はい。貴方は銃を持ったままにしていて下さい。そのままで曲げますから。それだと銃をすり替える事なん
て出来ないでしょう? それとも他に何か適当な方法がありますか?」
「ええと、それはその……」
「皆さんが待っているんだ、早くしないか!」
優柔不断な兵士にチャーリーは少し怒ってみせた。
「わ、わ、分かりました。どうぞ、曲げてみて下さい」
「それっ!」
兵士が許可するや否や、たった一秒であっけなく銃身はUの字型に曲がってしまったのだった。
「ウオオオーーーッ!!」
更に驚嘆の声が上がった。
「これでどうですか?」
「け、結構です。どうぞお通り下さい」
鉄製の頑強そうな門が開き、ケッペルと運転して来た兵士と護衛の兵士、それからチャーリーはやっと建
物のある庭に入る事が出来たのだった。
建物に入るのには更にもう一度身体チェックがあった。何とも厳重だったが、チャーリーは今回は即刻許
可された。先ほどまでのパフォーマンスでサイボーグである事は疑いなかったからである。
少し気の毒だったのは最初にチャーリーを取り調べた兵士だった。目の前で銃身がUの字に曲げられて、
その時は耐えていたが、チャーリー一行が建物の中に入った途端に、腰が抜けて、立っていられなくなり、
病院送りとなってしまったのだった。その後、彼はチャーリーの絶対の信奉者の一人になったようである。
「いや、相変わらず凄いですな。はははは、側で見ていると、怖くて鳥肌が立つ。君を良く知っているこの私
でさえそうなのですから、他の者達にとっては正に、神の所業か悪魔のそれかというところでしょう。
さて、私も少し空腹になりました。ああ、君達はもうここで解散ということにしてくれたまえ。宿泊の部屋は
知っているよね?」
「はい、それでは明朝まで失礼いたします。明朝は八時に起させて頂きますので、宜しくお願い致します」
「失礼致します」
二人の兵士は丁寧に明日の朝の起床予定まで告げてからその場を去る積りのようである。どうやら二人
の兵士がチャーリーの面倒をみるらしい。
「ああ、ご苦労様でした」
「ご苦労様です」
ケッペルとチャーリーは二人の兵士に労(ねぎら)いの言葉を掛けた。兵士達は改めて別れの挨拶をして
その場を去ったのだった。
「中々礼儀正しいですね」
「はははは、まあ、軍隊ですからな。ああ、私の部屋にご招待しましょう。と言っても、単に今夜一泊するだ
けなのですがね。
一人の食事、夕食では味気ないし、チャーリーさんに色々とお話もありますしね。夕食と言っても大した物
は出ませんが、こっちへ来て頂けますか?」
「はい、そう言われてみれば、夕食はまだでしたね。もう夜の十時を過ぎていますから、夕食と言うよりも夜
食ですね?」
「あはははは、確かに。しかしあれだけの人を殺して良く食欲がおありですねえ、ああ、いやいや、今のは
失言です。取り消しますよ」
ケッペルは慌てて前言を撤回した。
「いや、その通りです。怖いことですが、人殺しに慣れて来ていますね。しかも今回はかなり手加減をしたと
いう自負みたいなものがある。慣れたり、自負心を持ってはいけなかったのですがねえ。
ところでそのう、車の中で言い掛けた事は何でしょうか? 私の偽者が出没して困っているとか何だとか
でしたよね。さっき私を取り調べた兵士も言っていましたけど」
「ああ、その前に、ワインで乾杯と行きましょう。ええと、そこに座っていて下さい。ここは私の部屋ですから。
今夜だけですがかって知ったる何とかで、うまい赤ワインとチーズと生ハム位しかないが、まあ、そんなも
ので良いかね?」
「それだけあれば十分ですよ。じゃあ、お任せしてイスに座らせて貰いますよ。ふう、何か疲れましたね」
ケッペルの部屋に通されたチャーリーは酷く疲れていたので、イスに座ると、もたれて直ぐに寝入ってし
まった。ケッペルはチャーリーが寝入った事には構わずに、夜食の支度に取り掛かったのだった。