夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ふうむ、じゃあ、聞かなくて良いよ。まあ、どうせ時期が来れば分かるんだからね。それより、ロサンゼル
スの件がまだ片付いていないけど?」
チャーリーは正美のペースに乗せられない様にやや冷たい言い方をした。
「えへへへ、今度こそ貴方を私のキスでとろかそうと思ったんだけど、作戦失敗ね。わ、分かったわ、お楽し
みは後ということにして、ざっとの所を言っておきます。
ロサンゼルスには現地時間で時差の関係もあって午後四時頃着きます。そこでダウンタウンに行って、
夕食を取るのよ。
そこでゆっくり時間潰しをしていれば、地元の警察から私達に連絡が来る事になっているわ。ケータイに
ね」
「偽者登場の連絡か?」
「ええ、そうよ、そういうお膳立てになっているのよ」
正美はすっかり真面目になって言った。それから更に話を続けた。
「毎晩の様に偽チャーリーが現れるんだけど、場所が特定されていないのよね。毎晩違うクラブというか
キャバレーのような所に現れて、パフォーマンスを見せて、私はチャーリー・クラストファーだって名乗るら
しいの。
その後はお決まりの豪遊、最後はお気に入りの女性数名を指名して、近くのホテルでエッチ三昧よ。勿
論お金は一銭も払わないわ。
大抵四、五人で現れるらしいわよ。ごつい男ばかりがね。相手がチャーリーじゃ地元の警察は手が出せ
ないらしいわね。
偽者と分かっているんだったら逮捕すれば良いと思うでしょうけど、大抵良く似た男らしいのよ。それと
一組や二組を捕まえてもまだまだ沢山偽者はいて、対処し切れないのよね。
そこで貴方の出番になるのよ、偽者は本物が許さないって所を見せ付けるのよ。二組位退治すれば、ま
あ偽物騒動は治まると思うのよね。
本物の恐ろしさは皆知っているから。あら、御免なさいね、私はちっとも恐ろしいと思っていないのよ。貴
方は正義の人ですものね」
一気に正美は要点を言い尽くした。
「はははは、正義の人は良かったね。まあ、その通りなんだけどね。ただ最近少し甘くなったかも知れない。
随分人を殺して来たからね。
一応正義の為だと自負はしているんだけど、時々分からなくなる時がある。特に殺してしまってから後悔
する様になったし、身体障害者になるほどの怪我を負わせてから、失敗だった、行き過ぎたと思うことも
段々出て来たんだよ、例え正当防衛であってもね」
「うーん、それは思慮深くなったということじゃないのかしら? 人に銃を向け引き金を引く、引く寸前まで
行った場合には殺されても文句は言えない筈よ。完璧な正当防衛だわ」
正美はチャーリーの正当性を強調した。
「しかし、自分が死なないと分かっているんだったら、それは正当防衛じゃないですよ。過剰防衛に当たる
と思います」
運転していたハルクが初めて口を挟んだのだった。
「ちょっと、貴方は事情が良く分かっていないわ。今は運転中だからこれ以上言わないけど、例えば死なな
いと分かっていても、飛行機には絶対乗らない人っているでしょう?
それと同じ事で、大丈夫と思っていても、銃で撃たれるのは相当の恐怖心があるものなのよ。第一無傷
では必ずしも済まないのよ。
銃を乱射されたら体中傷だらけになるのよ、それはチャーリーにとってはとても危険なことなのよ、分かっ
たような事を言わないで頂戴!」
正美は言わないと言いながら、激高して激しい口調で言ってしまったのだった。
「ああ、そ、そうだったんですか。僕はまた、全く平気の平左なのかと思っていました。申し訳ありません」
ハルクは高速運転しながらしきりに謝った。
「あの、別に謝る必要はありませんよ。それより運転の方、しっかり頼みます。私が運転出来れば良かっ
たのですが、結局免許を取れませんでしたので、運転出来ないのですよ、申し訳ない」
ハルクに対してチャーリーが謝意を示したのだった。
「ああ、ムカつくけど、チャーリーは本当に優しいわね。私が悪かったわ、御免なさいハルク、チャーリーを
悪く言われたのでついカッとなってしまって。
運転はお疲れでしょう? 私と交代しましょうか? こう見えてもちゃんと運転出来るんですからね。少し
スピードは遅くなるけど、ここまで来たら、オーランド空港まで三十分位ですもの、何とでもなるわよ」
「あの、ええと、その必要はありません。少し車が混んで来ましたから、ちょっと遅れ気味なので、途中で交
代する余裕は無いようですよ」
ハルクはうまい口実をつけて断ったのだった。スーパーハイウェイでは、女性のノロノロ運転の方が事故
になる確率が、そうでは無い場合よりも遥かに高いのである。
『ああ良かった。運転出来ると言っても、ニッポンの通常の道路しか走ったことの無い正美さんじゃ怖くて
乗っていられないよ。ふう、ハルク君、感謝するよ!』
チャーリーは心の中でハルクに大いに感謝していたのだった。
「ああ、もう空港が見えて来ましたよ」
ハルクは正美に運転のチャンスを絶対に与えないように、しきりに話をして気をそらす作戦に出た。混ん
で来たと言ったのに、それは一時的なもので直ぐまたがら空きな感じになったからである。
「随分距離があるわね。それに車が空いて来たわよ。次のパーキングで交代しましょうよ。私ねえ、スーパー
ハイウェイを一度ぶっ飛ばしてみたかったのよ。
ねえ、ハルク良いでしょう? 私の愛する人はとても冷たくて、中々キスに応じてくれないから、憂さ晴らし
に丁度良いと思うわ。ねえん、ハルクう」
正美は今度は甘ったれた声を出して運転の交代をせがんだ。
「困った奴だな。ええい、ちょっとだけだぞ。チューーーッ!」
慌てたチャーリーは必死の思いで正美にキスを仕掛けた。勿論待っていましたとばかりに正美は応じた。
今度のキスは相当に長かった。多分十五分ほどは続いただろう。
『許せ林果! ハルクと正美の命には代えられなかったんだ。ここで事故ったら目も当てられないからね』
チャーリーは一時理性を失った。正美に対して愛情のこもったキスをしてしまったのである。危うく情交に
移りそうになって、やっと理性は復活した。
「近い内にエッチするから、今は堪えてくれ」
耳元でそう囁いた。ハルクに聞かれても良い様に日本語で言ったのである。
「分かったわ、その約束が欲しかったのよ。この間のエッチは気持ち良かった?」
正美も日本語で囁いた。
「ああ、とても満足したよ。またやりたいと思っていたんだよ、本当はね」
「うふん、嬉しい。嘘でもそう言ってくれれば、女は幸せなのよ、分かるでしょう?」
「嘘じゃないさ。兎に角必ずエッチするからね、チューーーッ!」
チャーリーは再び、今度は短いキスをして締め括った。それからやっと二人は抱擁を解き並んで座った
が、約束の証に手を繋いで気持ちを通わせ続けたのだった。
『えらい事を約束してしまったけど、正美にはこれからも世話になるんだからね、疎(おろそ)かには出来な
いな』
『チャーリー、貴方の心の中心には何時も林果さんと昇一君が居る事は分かっているわ。私はそれでも良
い。貴方と親密になって、時々エッチして、一緒の世界に居られればそれで満足よ。
それに林果さんとは別れたのよね、うふふふふ、チャンス到来だわ。ちょっぴり残念なのは、今度の手
術で貴方はまた別人になるのよね。でも心は一緒よね。
ああ、本当は今直ぐセックスをしたいのだけど、それは暫くお預けね。だけど私の運転がそんなに嫌なの
かしら? 変ねえ、どうして?』
チャーリーと正美は全く別の事を考えていたが、それでも握り合った手からは性愛の喜びがひしひしと伝
わって来ていた。相思相愛になりつつあったのである。
「あのう、そろそろ、スーパーハイウェイが終わりです。そこから直ぐオーランド国際空港ですので、降りる
支度というか、何時までも手を握っているのは、何かと拙いのではないでしょうか?」
ハルクは二人の関係が世間に知られるのは拙いと思って言ったのだった。
「ああ、確かに、じゃあ、仕事モードに戻ろう」
「そうですわね、少し服装が乱れていますわよ、チャーリー、帽子も曲がっていますわ。ああ、うふふふ、
唇がかなり濡れているわよ。ハンカチで拭いてあげるわね」
正美は一挙に妻の様な態度になった。気持ちはもうチャーリーの妻なのだろう。
「悪いね。ああ、正美の唇も濡れているから拭いてあげるよ」
チャーリーは正美に調子を合わせた。内心はかなり複雑である。しかし幸か不幸か、多くの男性は同時
に複数の女性を愛する事が出来るのだ。チャーリーの正美に対する愛情は、最早本物になりつつあった
のである。
「さて到着です。十二時三十分発ですから、あと二十分しかありません。急ぎましょう」
ハルクは駐車場に車を入れると、少し早足でターミナルに向かった。チャーリーと正美も後に続いた。
国際空港のターミナルはとても広い。歩いても歩いても中々搭乗ゲートに着かないのだ。
しかも途中で身体検査等があり、尚更時間が掛った。意外だったのはハルクが金属探知機の検査に
引っ掛った事である。何の事も無い、車のキーが反応しただけだったのだ。それが分かるまでかなりの
ロスタイムがあった。
「はあ、はあ、はあ、まだなのかしら?」
正美は愚痴っぽく言いながら必死になって二人について行った。その気になれば、チャーリーは正美を
抱き上げて車並みのスピードで走れるのだが、それでは変装の意味が無くなる。
何処までも普通の人を装って、ハルクに調子を合わせて早足で歩き続けたのだった。三人が搭乗ゲート
に着いたのは、出発二分前だった。