夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はーっ! 間に合った。ああ、良かった」
ハルクが溜息を吐いて間に合った事を喜んだが、正美はお冠である。最新鋭のスーパージャンボジェット
機の機内に入って、所定の場所に座ると早速愚痴を言った。
「どうしてこんなにギリギリなのかしら? もっと余裕があった筈でしょう?」
三人掛けの真ん中に座った正美は、右に座ったハルクに強い口調で言った。
「お言葉ですが、何しろ後ろの席でいちゃつかれて運転に集中出来なかったんですよ。僕はまだ未婚なん
ですからね。彼女も居ないし。
時速二百キロだったら悠々セーフだったんですけど、気が散って百五十キロ位しかスピードが出せなかっ
たんです。それで予定より大分遅れました。
それと、ここの空港がこれほど広いとは思いませんでした。依然来た時はこれほどじゃなかったんですけ
どね」
ハルクは目一杯の言い訳をした。
「まあまあ、正美さん、間に合ったんだから良いじゃないですか。それよりシートベルトをした方が良いです
よ。それにしても馬鹿でかい飛行機だ。何人乗りなんですかね?」
チャーリーには乗って行く飛行機の予備知識は殆ど無かった。
「ああん、チャーリー、シートベルトが締まらないわ」
正美は直ぐ甘え声を出した。
「はははは、仕方の無い人だ。何時からそんなに甘えん坊になったんでしょうね?」
チャーリーは苦笑しながら正美のシートベルトを締めたのだった。客室乗務員が回って来て、ベルトの状
態を確認するが、
「あのう、済みません、この飛行機は何人乗りなんですか?」
ハルクはその乗務員にそんな事を聞いた。
「はい、この飛行機はスーパージャンボ1000という名前の通り、乗客乗員合わせて1000人乗りで御座い
ます」
「ああ、そうですか。有り難う御座います。チャー、いや、サンダーさん、お聞きの通り、1000人乗りだそう
です。でもかなりの美人ですね、さっきの客室乗務員の女の人」
「はははは、良く分かりました。ああそろそろ出発ですね」
ハルクとチャーリーは正美越しにしきりに話し合った。
「もう、私の前を勝手に通過しないでよ。まあ、仕方ないですけど。でもあれよね、私とチャー、その、サン
ダーさんとがキスして気に掛るんだったら、帰りは私が運転するわね。それだったら、きちんと時間内に帰
れるわよ」
「いや、あの、後部座席でいちゃついても構いません。私が運転しますから」
「そ、そうだよ、正美は私とキスをしたくないのか?」
他の事ならいざ知らず、正美の運転だけは避けたいと、男二人は必死だった。
「そ、そおね、チャ、サンダーさんがそこまで言うのだったら、私は異論は無いわ。でも少し位運転させても
良いと思いますけどねえ。まあ、それはその内にということで良いわ」
正美は運転に未練があるようだったが、二人の男性の必死の頼みでは聞くより無かった。
「しかし、一体何時まで地上をこの飛行機は走るのかしら?」
正美は怪訝な顔で言った。五分経っても十分経っても、スーパージャンボ1000は一向に飛び立つ気
配が無い。
「多分アレでしょう。図体の大きい分、長い滑走が必要なので、この空港で一番長い滑走路へ向かってい
るんじゃないんですか?」
ハルクは即座にゲルク張りの推理を披露した。
「なるほどねえ、しかし、長いね、もう二十分になるよ。ああ、漸く滑走路の端っこに着いた様だぞ。一瞬エ
ンジンの出力を落として、きっちり止ってから、最大の出力を出して滑走して飛び上がるんだよね。
ほら、音が凄くなった。ああ、どんどんスピードが上がっている。もう時速二百キロを超えたな。間も無く
離陸する!」
チャーリーは余りに巨大な飛行機なので、本当に離陸出来るのかちょっと心配になったのだったが、
「ゴーーーーッ!!」
あっけなく飛び上がり、かなりの角度で上昇して行った。幾分Gが掛って、乗客全員はイスに押し付けら
れる感じになった。
ただ、客室乗務員は乗客の方を見て座っているので、シートベルトに押し付けられている筈である。しかも
自分達は坂の上に居て落ちそうな感じになるので、顔は笑っているが気分は余り良いとは言えないだろう。
「ああ、やっと水平飛行になったぞ。ふう、これから何時間掛るんだ?」
チャーリーは直ぐ正美に聞いてみた。
「六時間位よ。この飛行機は見掛けによらず、スピードは速いのよ。まあ、他のジャンボジェット機と大差
は無いらしいですけど」
「直ぐ機内食になりますよ。しかし、その、機内ではいちゃつくのは止めて下さいね。その種の事に近頃は
厳しいんですからね。
到着した途端に、警察に逮捕される例や、引き返して下ろされたりする例がありますからね。そうなった
ら大変ですからね」
ハルクが釘を刺した。
「勿論そんなことはしないわよ。でも、相当の長旅よ。アメリカ横断ともなると五千キロ位あるんですからね。
はあ、退屈だわね」
正美はつまらなそうに言った。じき機内食が渡されてしばし歓談しながら食事をしたが、それが終ると、
後は特にすることも無い。
「トランプカードでも持って来れば良かったわね。あのう、ハルク、私達はどうしてエコノミークラスなの?
ビジネスクラスとかでも良かったと思うけど?」
「もう、私達は普通の人間なんですからね。お金持ちじゃないんですから。特別扱いは出来ないんですから
ね。手術にお金が掛るからその他の出費は出来るだけ押える方針になったんですからね、正美さん。余
り駄々をこねないで下さいよ、分かっているでしょう?」
ハルクは呆れ気味に言った。
「ふうむ、こんな時は眠るのが一番なんじゃないのかな? ロサンゼルスに着いたら忙しいんでしょう?」
「そうね、睡眠が一番ね。でも、この状態では、中々眠れそうも無いわね」
チャーリーの提案に同意しながらも、寝つきの悪い正美は面白く無さそうである。
「音楽も聴けるし、ほら、目の前にテレビだってあるじゃないですか?」
ハルクは常識的なことを言った。
「そんな事は分かっているわ。でも私は機内のテレビは好きじゃないのよ。こんな小さなチマチマした画面
には我慢出来ないのよ。音楽だってイヤホンでしょう? あの耳元で囁く様な音が嫌いなのよ。
耳元で囁いて良いのは、チャ、サンダーさんだけなのよ。それは理解出来るでしょう? サンダーさん、
囁いても宜しいですわよ」
正美はふざけた調子で言った。
「駄目ですよ、そんな事をしちゃ。冗談が通じないのが機内なんですからね。冗談を言って飛行機から下
ろされ、警察に逮捕された挙句、高額の罰金を取られた例もある位なんですからね」
ハルクはまたしても釘を刺したのだった。
「はははは、そういうことだそうですからね。じゃあ、お休みなさい。時間が来たら起して下さいよ。失礼し
ますよ」
チャーリーは数分ですっかり寝付いてしまった。その後はハルクは映画を見、正美は幸いにも付いてい
た、目の前のテレビ画面上で出来るゲームをして時間を潰したのである。
ただ数時間後には今度はハルクがゲームに興じ、正美は長編のラブロマンスドラマを見ていたのである。
意外に早く六時間が経った。
時差が三時間ほどあり、ロサンゼルス国際空港には午後四時ごろ到着した。
「お待ち致しておりましたよ」
空港のターミナルビル内で三人を待っていたのは、四、五人のややごつい体の男達だった。私服の警察
官の様である。カジュアルな服装なので、とても警察官には見えなかったが、これも敵の目を欺く為のもの
の様だった。
「お出迎え、ご苦労様です。こちらが植田正美さん、それからこちらがサンダー・ホーストさんです」
ハルクとは顔見知りの様だった。一応それなりの軽い挨拶をして、一行は二台の車に分乗して、ダウン
タウンに向かった。
「なかなか賑やかな街ですね。夕食は何処でされるんですか?」
「女の人にはちょっときついかも知れませんが、まあ、その、ホステスの居るクラブです。言って置きますが、
仕事なのでお酒は出ませんからね。
それとホステスも婦人警官ですから。奇麗だからといって、触ったり、誘ったりは駄目ですよ。一応一番出
そうな場所を選んでおりますから、ほぼ全員が警察関係者だと思って下さい」
「はははは、それだったら私の出番は無いかも知れませんね」
車の後部座席に、飛行機に乗った時と同じ配列で乗った、チャーリー、正美、そしてハルクだったが、
チャーリーが真っ先に言った。
「我々もそうしたいのは山々なのですが、正直に言いましょう、チャーリー・クラストファーが怖いのですよ。
触れただけで首の骨が折れると聞いていますし、銃で撃っても死なないのでしょう?」
「まあ、そういう事になりますわね。ですが、彼は正義の人です。無銭飲食なんて絶対にする人では有りま
せんわ」
やや憤慨して正美が言った。
「はい、理屈では分かります。しかし、目の前で鉄の棒を造作も無く曲げて見せられると、ビビって仕舞うの
ですよ。
それと、本当に失礼ですが、私の後ろの方は、サンダーさんは本当にあの方なんでしょうね? 疑っては
いけないのでしょうが、何か証拠を見せて頂けませんか。今店に入りますからその時にでも」
相当に恐縮して、助手席に乗っている私服警官のリーダーらしい男は言ったのだった。