夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「はははは、それは困りましたね。何時もその様に言われるのですが、何をしても、マジックだと言われる。
この間は銃身を曲げて見せましたが、銃が一丁使い物にならなくなったのですよ。
 勿体無かったと思います。結構性能の良い物だから、数十万、いや、千ドルやそこいらはするでしょうに
ねえ」
 チャーリーはお金の単位を間違えて冷やりとした。USドルに慣れている筈だったが、たまに日本円で言
う事があった。勿論その都度うまく誤魔化して来たのだが、今回は別の方面から疑われた。

「勿体無いんですか? はははは、なんだか日本人みたいですね」
 何の気なしに警察のリーダーは言ったのだろうが、正美も少しドキッとした様である。
「その、チャーリーの偽物は、他にどんなパフォーマンスを見せるんですか? 鉄の棒を曲げるだけじゃあ
ないんでしょう?」
 その様に聞いて話の方向を少し変えたのだった。

「はい、ある時は空を飛んで見せたと聞いています。これにはたまげましたし、またある時は、これはきっと、
仲間なんだと思いますが、銃に撃たれたのです。数発ね。ヤラセだろうと思っても、怖くて確認出来なかった。
 撃った男は車で来て、いきなり拳銃を乱射して直ぐ去ってしまったので、犯人の目星すら付かないので
すが、その模様を大勢が目撃しています。犯人は目だし帽を被っていたので人相も分かりません。
 全くお恥ずかしいのですが、手も足も出ないのですよ。ええと、その、見せて頂くパフォーマンスは、ああ、
そうそう、私は、家にあった、太いボルトを持って来たのですよ。
 絶対にすり替えられない様に、ペンキで色を付けて来ましたし、サインも入れてある。一応、手で曲げて
みようとしましたが、びくりともしませんでした。それを曲げられれば、信用します」
「へえ、そんな手があったのね。だったら、偽物の時にもその手を使えば良かったんじゃありませんか?」
 正美は幾分皮肉な言い方をした。

「はははは、私は今まで直接彼に会った事はありません。何時会っても良い様に、支度はしてあるのです
が会わない事にはどうにもならないのですよ。
 それに出会ってもこれを曲げてくれと言えるかどうか。警察官ともあろう者が臆病だと仰るでしょうが、私
には妻も子も居ますし、年老いた両親も居ます。どんなに罵られても、迂闊な事は出来ないのですよ」
「ああ、それは素晴しい事ですよ。私はかつてSH教という宗教団体に属していた事がありますが、その教
団には臆病の勧めという教義があった位ですからね。
 臆病は恥ではありません。今はその宗教団体とは無縁になりましたがその教えには沢山良い所があり
ました。臆病の勧めは、その中でも最も良い教えだと思っています」
 チャーリーは自信を持って言った。

「でも少し変ですよ。臆病が良いとは思えませんが」
 車を運転していた警察官が納得出来ないとばかりにやや侮蔑的な言い方をした。
「はははは、しばしばそう言われます。しかし、もしこの世に勇者しか居なかったらどうでしょうか。私は人類
はとっくに滅びていると思っています。
 勇者を褒め称えるのはその方が戦闘の役に立つからです。その最たる例が自爆テロです。もし皆が自爆
テロをしたらどうなると思いますか?」
「そ、それは屁理屈です。皆が自爆テロをする様になるとは思えません」
「そうでしょう? つまり今貴方が思った通り、多くの人には自爆テロが出来ません。だから世界は保たれ
ているのです。
 殆どの人が臆病だから世界が保たれているのですよ。私は自分が臆病である事を隠さない、こちらの方、
ええとお名前は何でしたか?」
「ケビンと申します。その、名乗るほどの者ではありませんよ」
「いいえ、ケビンさん、私は貴方を尊敬しますよ。中々自分を臆病だと正直には言えないものですよ。その
点大したものです。貴方に出会えて良かったですよ」
 チャーリーはべた誉めにした。無論本心である。ケビンは照れ臭そうにしていたが、それから間も無く車
は目的のクラブの駐車場に到着した。その周囲には何か様子の変な連中が大勢居た。どうやら殆どの者
が私服警官の様である。

「じゃあ、こちらへどうぞ。はははは、少し演技が下手ですかねえ」
 ケビンは苦笑しながら、クラブの女性に案内させて、奥まった席に全員で座った。一応形ばかりだが、数
名のホステスがやって来て、ノンアルコールのビールやウィスキーなどを振舞った。
「ああ、まだ宵の内だから、食事を頼みます。人数分ね」
 ケビンが言うと全員同じメニューの夕食が運び込まれた。ビーフステーキとサンドイッチだけである。予め
その様に決められていたらしい。

「メニューも何も無くて申し訳ない。今日はロス市警の面目に掛けても、彼を逮捕しようと意気込んでいるん
ですよ。例の男は大抵午後九時頃やって来ます。五、六人の仲間と共にね。
 我々の研究から、今日はこの付近に現れる可能性が高いと思うのですよ。用心深いのかどうか知りませ
んが、二度と同じ場所には現れません。
 主なクラブには殆ど現れてしまったので、残りはここ位しか無いんですよ。二流以下のクラブにも現れませ
ん。ここクラスの一流クラブばかり狙うのです。ああ、そうそう、食後でも良いのですが、これを曲げて見せて
くれませんか?」
 半分ほど食べ終わった所で、ケビンはボルトをポケットから出した。口径は二センチもある。しかも長さは
十五センチほど。これでは力の入れ様が無い。
 全体が真っ白に塗ってあったのには周囲の者全員が驚いたのだった。彼は用心深く、車の中でボルトの
話をした時も、その色については一言も言っていなかったのである。

「へえ、これは驚きました。全体が白いペンキで塗ってある上に太い字でサインが書いてありますけど、金
色の文字なんですね。あのう失礼ですが色写りしないでしょうね? 食事中なので、それだとちょっと拙い
のですが」
「はい、その点は大丈夫です。かなり前に着色して十分に乾かしてありますからね。布で擦っても色落ちし
ない事を確認していますから」
 ケビンは自信を持って言った。

「そうですか、じゃあ、うわ、予想以上に短いですね。しかも随分太い。これじゃあ、うまく曲げられるかどう
か自信が無いですが、まあ、やってみましょう、うーむ、そりゃっ!」
 相当に曲げ辛かったが、何とか曲げられた。奇麗にUの字型になったのである。

「オオオーーーッ!」
 チャーリーのパフォーマンスをその店の中の者の殆どが注目していたのである。余り大袈裟に騒いだの
では、目当ての偽チャーリーが逃げてしまうかも知れないので、小さめの声で驚嘆した。
 誰よりも驚いたのが、ケビンだった。目の前のパフォーマンスに食事する手が震えてうまく食べられない
位だった。

「いや、これは失礼しました。正直言って、幾らなんでも、これは曲げられないと思っていたのです。仮に曲
がったとしても、ほんの少しだと思っていました。
 いや、しかし、見事にUの字に曲がりましたね。ハアーーーッ! ハアッ! 驚きました。これだったら大丈
夫です。貴方が本物のチャーリー・クラストファーさんに間違いありません!
 はははは、ああ良かった。これで安心して、偽者を捕まえられる。まだ少し時間がありますから、偽者が
現れた時の対処法も検討しておきましょう。ああ、その前に夕食を済ませておきましょう」
 ケビンはやっと気持ちが落ち着いて来た様で、手の震えも収まり、少し急いで夕食を食べ終わった。他
の者達もほぼ夕食を終えて、見た目はホステス達と楽しく、しかもややエッチに会話などを楽しんでいる様
な風だった。

「ああ、その、少し気になる事があるのですが、聞いても宜しいですか?」
 食事の後片付けも済んで、ノンアルコールのワイン等を飲みながら、チャーリーが改まって言った。
「はい、何なりとどうぞ」
 ケビンはチャーリーが本物であると確信して、大船に乗った気分で悠々と言った。

「彼は空を飛ぶそうですがどんな風に飛ぶんですか? 普通マジシャンが空を飛ぶ時には目に見えない位
細くて丈夫な糸を使うと聞いた事があります。
 今時のマジシャンは昔みたいに背景が真っ黒という事は余り無くて、周囲が全て丸見えの状態でやると
聞いているのですが、彼の場合はどうやったのかを知りたいのですよ。飛び方が問題なんです」
「ほほう、中々お詳しい。ええと、ナタリー、君はたまたま見たそうだね。その時の状況を話してくれないかね」
「はい、それは外でのパフォーマンスでした。二、三歩走ってから高く飛び上がって、人の頭の遥か上を飛ん
で向こう側に降りました。高さは三メートル、幅は八メートル位でした。
 もう腰が抜ける位の衝撃でしたわ。降りる時も奇麗に着地しましたし、飛び方に不自然な点は全くありま
せんでした。あれでは皆さんが信じてしまうのも無理はありませんわ」
 肌も露なホステスに扮した婦人警官のナタリーは、やや興奮気味に言ったのだった。

「ほう、それは見事ですね。うーむ、となるとこれはかなり厄介かも知れない。少なくとも、並のマジシャンで
はないですね。
 ひょっとすると本物が現れることを計算に入れているかも知れない。用心した方が良いですね。それとそ
の男の仲間は見掛けよりもずっと多いのかも知れませんしね」
 チャーリーには嫌な予感があった。

「ええっ、そんなに手強いんですか?」
「はい、偽物の鉄の棒を曲げて見せる位だったら大したことはありませんが、体一つが空を見事に飛ぶ位
となると、かなり大掛かりな仕掛けが必要です。
 そこまでやって見せるのにかなりのお金が掛っている。一晩の飲み食いや女性達と遊ぶだけが目的なの
かどうか、かなり怪しいと思えるのですよ。何か別の目的があるのかも知れないのです」
 チャーリーの顔は次第に険しいものになって行ったのだった。

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