夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「どういうことなのかしら?」
 別のホステスの一人が初めて口を開いた。段々気持ちが和らいで来たらしい。
「はい、何と無くですが挑発されている様な気がします。もう何度もやっているのですから当然警察は陰で
動いていること位承知の筈です。
 一流のクラブしか相手にしていないし、毎晩場所を変えています。これは相手のプライドの高さを物語っ
ています。
 本物よ、来るなら来い! 一泡吹かせてやる! そう言っている様に感じられて仕方が無いのですよ。
今までの経験からね」
 チャーリーは金森田玄斎の作戦を思い出しながら言った。

「だったら、西海岸でうじうじしていないで、思い切って東海岸に行けば、良いんじゃないのかしら?」
 正美は常識論を言った。
「はははは、そこが今回の犯人らしい所なんだと思います。つまり非常にプライドが高い。自分が行くのでは
なく、相手に来させたいのでしょう。
 私の直感を言いますと、非常にプライドの高い凄腕のマジシャン。チャーリー・クラストファー何するもの
ぞ、自分はマジックの力でお前を一蹴してみせる。そんな感じじゃないんですか?」
「へえ、つまり、チャーリー・クラストファーに挑戦状を叩き付けて来た訳ですね」
 チャーリー達の乗った車を運転して来た比較的若い警察官が言った。

「多分ね、彼はこっちの力量を知った上での事のようだから、相当に手強いと覚悟するべきでしょう。皆さ
んがその連中に迂闊に手を出さなかったのは、きっと正解だったのですよ。それほどの連中だったのです」
 チャーリーは相手の手強さを強調した。時間は間も無く午後八時半。急にクラブの中が騒がしくなって来た。

「あれ、どうしたんですか?」
 今度はハルクが誰にとも無く聞いた。
「はい、そろそろお出ましの時間が近いので、実戦モードに入ったのです。今からは本物のアルコール類
が出されます。
 例の男に気取られない為に、ここをアルコール臭くしないとばれるかも知れませんからね。まあ、ここか
らは少々乱れても宜しいですよ。いや、少し乱れて頂かないと、拙いのですよ。
 彼の出現する時間はかなり正確に午後九時頃なんですからね。まあ、アルコールは程々に飲んで下
さい。私も一口、二口頂きますよ。
 ふう、緊張して、はははは、顔が強張ってしまっていますからね。さっきチャーリーさんから、いや、その
サンダーさんからお話を伺って、並の相手では無いと分かったからか、どうにも落ち着きませんよ」
 ケビンは余程喉が渇いていたのだろう、ビールの小ジョッキではあったが、殆ど一気に飲み干したのだっ
た。

「あはははは、そりゃ良いや、ははははは、……」
「きゃっ、何するの! うふふふ、嘘よ、もっとして良いのよ、あはん、もっと、下の方に触っても良いわよ」
 男や女の酔いに任せた戯れ合いが始まった。まるでさっきまでの上品さとは打って変わった状況になった
のだった。

「ねえ、キスして」
 ホステスの一人がチャーリーに絡みつきながら耳元で囁く。
「ちょっと、私の彼に何てこと言うのよ!」
 正美は目を吊り上げて怒った。
「あーら、御免なさい。でも、ここに来たからには、無礼講なのよ。社会的地位なんて関係なし。結婚してい
ようと居まいと関係なし。
 ただの男と女になるのよ。貴方も日頃の憂さを忘れて大いに乱れれば良いんだわ。ねえ、何だったら私と
キスしましょうか?
 あら、お酒が無くなったわね、ちょっと待っててね、今持って来ますから。高級な赤ワインにしますけど、宜
しいわよね」
 大して酒を飲んでいないのにも拘らず、見事に乱れた振りをして、ホステスの一人はその場をふらつきな
がら去って行った。

「あはははは、そうだよ、正美、君もここに来たからには肩の力を抜いて、大いに遊べば良いんだよ。ここ
はそういう場所なんだからね」
 チャーリーも即座に酔った振りをした。

「もう、男の人は直ぐそれなんだから。私が他の男性とキスしても良いの? サンダー君!」
 正美も少し調子を合わせて言った。アルコール類はどんどん運び込まれて、一応それらしい匂いが満ち
て来たのである。

 女達の化粧やら香水やらの匂いと、タバコの煙と、種々のアルコール類の匂いの充満した、この辺の高
級クラブらしい室内環境になっていた。
 更に九時も近くなると、男と女の乱れた性の営みすら始まって、宴は絶好調である。しかし見掛けの乱れ
振りとは裏腹に、心の奥底の緊張感はピークに達しつつあった。

『もう直きっと来る! こ、こうしては居られない。さ、さあ、もっと本気で乱れよう』
 緊張感に耐え切れないかのように、本番の性行為に近い状態に達してしまうものさえ現れたのだった。
しかし誰も止めはしない。
 止めたら終わりである。偽物のチャーリー・クラストファーを罠に掛けようとしての本気の演技がばれてし
まう。何もかにもが水泡に帰してしまうのだ。
 本来はそこまでする場所ではないのだが、緊張感からか、ついに絶頂に達してしまった男と女。一組の
行為が終った途端だった。

「あのう、お客様、ここは前金で、会費をお支払い頂きたいのですが……」
 かなり大きな声で受付嬢が叫んだ。
「君はこの私からお金を取る積りなのかな? 世界最強のサイボーグである、チャーリー・クラストファー様
から」
 はっきりとそう聞こえた。若々しい調子の高い声だった。

「ええっ! ですが、その様なお話は聞いていないのですが……」
 如何にも困った様に受付嬢は言った。
「それとも、その可愛い顔をぐしゃぐしゃにして欲しいかね?」
「け、警察を呼びますよ!」
「はははは、良いとも、呼びたまえ。私は警察にも一目置かれる存在だし、ましてや現大統領、クラスト
ファー氏の親戚にして最も親しい間柄なのだよ。
 警察では物足りないな、FBIでも呼べば良いだろう。もっともそれまで君の命があればの話だがね。中々
鼻っ柱が強そうだね。気に入った、今夜は君を賞味する事にするよ。
 おや、室内が騒々しいね、ははん、この私がチャーリー・クラストファーかどうか疑っているらしいね。
宜しい、皆さんに取って置きの、パフォーマンスをお見せしよう。
 君もこっちに来て見て居たまえ。警察に連絡を入れるのはその後でも遅くは無いと思うよ。さあさあ、
皆さんエッチごっこは暫くお休みにして、少しの間私のパフォーマンスを見てくれたまえ。
 少し中が暗いですね。もう少し照明をアップして貰えないかな? 折角の私の素晴しいパフォーマンスを
見なかったら、一生の損失だと思いますからねえ」
 偽チャーリーは全く自分のショーを見せる様な感じで悠々と言った。彼の注文に応じて店内は随分明る
くなった。
 特にステージは無いのだが、一ヶ所少し広くなっている場所があって、その男はそこに立って何かをする
積りの様である。

「ハリャーッ!!」
 男は造作も無く飛び上がったが、その高さは尋常ではなかった。天井がやや高く設定されている場所だっ
たので、垂直に軽く三メートルは飛び上がっている。
「それっ!」
 しかも天井にあるちょっとした出っ張りに片手の指三本ほどでぶら下がっているのだ。

「オオオーーーーッ!!」
 これにはほぼ全員が度肝を抜かされた。
「ははははは、それっ!」
 男は笑いながら空中三回転までして見せて、
「タッ!」
 気合を入れて床の上に見事に降り立った。その後は微動だにしなかったのである。チャーリーが今までし
て来たのと大差無く、いや、それ以上とも言えるパフォーマンスだった。
「す、凄い!」
 そんな声があちこちから聞こえて来たのである。

「私に対する疑いは晴れたと思うから、さあ、お前達、たらふく飲んで、女達と戯れて、目一杯遊んでくれ。
おい、そこに居る、受付君、こっちに来て、私と良いことをしようじゃないか」
 男は自信満々でそう言った。彼の指示で一緒に来たごつい男達が五人ほどぞろぞろと入って来て、その
若い男とは別の席に座った。
 何時もだったらそこで飲み食いと女達を好きにした上に、更にホテルに連れて行ってのセックス三昧だっ
たのだろう。しかし勿論今日は違うのである。

「さあさあ、他のホステスも私の側に来なさい。悪いが男のお客さんはお帰りだ。お金は払う必要は無い。
今日は私の奢りだからね。
 それと仲間の男にもホステスをあてがいなさい。さあ、どうした、私の命令が聞けないのか! 私は気が
短いんだよ。早くしないと皆殺しになりますよ。それでも良いのかな?」
 若い偽チャーリーは少し妙だと感じ始めていたが、まだ本物には全く気が付いていない様だった。

「申し訳ないが、命令は聞けないんですよ、偽物君」
 チャーリーはスタスタと歩いて若い偽チャーリーの前に立った。
「何だ、お前は。やけに人相が悪いね。この私を脅そうというのかね? 人間核兵器とさえ言われるこの私
を!」
「さあ、知りませんね。ふう、帽子は暑いし、サングラスも不要だし、付け髭もうっとうしい」
 そう言いながら、それら全部の変装道具を取り外して、近くのテーブルの上に置いたのである。

「ほほう、これは面白い。私に似た男が、もう一人居るとはね。まさか自分が本物だなんて言うんじゃないで
しょうね」
 偽物は何処までも強気である。
「いや、少し、分かって来ましたよ。ふーむ、部分的サイボーグねえ。しかし本格的なサイボーグじゃないね」
 チャーリーは偽者の動きを良く観察して、そう言ったのだった。

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