夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「そ、そうだよ。私が回復したら、いっぱいエッチしてあげるから、それだけは思い止まってくれ」
チャーリーも必死の思いだった。
『運転の不慣れな女性ドライバーがスーパーハイウェイをぶっ飛ばすだって? じょ、冗談じゃない! 命が
幾つあっても足りないよ!』
他の事はいざ知らず、それだけはハルクと気持ちが一致した。
「だけど帰ったら直ちに手術よ。その格好じゃ街を歩くことも出来ないし、当然エッチも駄目でしょうし。今度
の手術は相当大掛かりなものになるのよ。数ヶ月掛る予定なのよ」
「相当大掛かりって?」
チャーリーには手術の内容は知らされていない。
「それは、ここでは言えないわね。はあーっ、私は欲求不満よ。だって手術の後は、いいえ、それも極秘よ。
分かったわ、そこまで言われたら、我慢するわね。
でも私の人生って何だったんだろう? 最初に貴方を手術した時には、まさかこんな展開になるなんて予想
も出来なかったわ。
私達は理想に燃えていたのよ。神のマシンを作る理想にね。だけど現実はどんどんねじれて行った。金
森田があそこまでの悪党だなんて知らなかったのよ」
あら、どんどん空が暗くなって来たわね。今度は三時間時間が進むから、到着は午後九時半頃の予定よ。
うーん、星空が奇麗に見える様になったわね。
ああ、あの微かに見えるのが今大問題になりつつあるニューアメリカね。最近のワイドショーじゃ貴方の
話題かあのちっちゃな星の話題かどっちかね」
正美は車の運転を諦めたが、それと二度とは戻らないであろうチャーリーとの決別と重なって、いっそう虚し
い感情を起させたのである。
「ふーむ、ニューアメリカねえ。ところでボブのその後についての情報は何か無いか?」
チャーリーは小惑星ニューアメリカの話題を好まなかった。
『いずれ否が応でも関わらなくちゃならないんだし、その話題に関してはパスだな』
そう感じて話題を変えたのである。
「ああ、あの、言い忘れていましたが、どうやらご両親と和解したようですよ。彼は罪を償う為に、警察に出
頭したようです。
今全米の話題は、チャーリーとニューアメリカと、それからボブの警察への出頭になっています。腕利き
の弁護士が付いて、まあ何とか懲役十年位で済みそうですよ。司法取引に応じるようですからね。
彼の両親も無罪は不可能と感じて、何とか刑の軽減に全力を挙げるらしいです。それと意外かも知れま
せんが御両親ともSWX教団から脱会したようですね。無論莫大な脱会料を支払ったらしいですけど」
ハルクは口も滑らかに喋り続けた。正美が運転を諦めたのでホッとしたのだろう。
「うふふふふ、もう一つ幾つかの局が取り上げていたのですけど、ミイラ男の話題もあるわよ。偽チャーリー
・クラストファーの前に忽然と現れて、あっさりと退治して、サッと消えてしまう。
如何にも夏らしいホラー的な話題として今一大ブレーク中よ。噂に尾ひれが付いて、凄い事になっている
らしいわ。でもどうやらそのお陰で、偽チャーリー事件は一件落着のようよ」
正美はミイラ男の話題を面白そうに話していたのだった。しかし少々声が大き過ぎたのか、顔中包帯だら
けのチャーリーを見てヒソヒソと話し合う者が大勢居たのである。
「おじちゃん、顔に怪我したの?」
その真っ最中に通路を歩いていた四、五才位の女の子が、不思議そうな顔で話し掛けて来たのだった。
「あ、ああ、そうなんだ。く、車に轢(ひ)かれてね」
チャーリーは苦し紛れに嘘を付いた。
「こっちへ来なさい!」
お母さんらしい人が血相を変えて娘を強引に引っ張って行った。ミイラ男は如何にもイメージが悪い。そ
のお母さんは外見から『悪』だと判断したのだろう。
そのお母さんの態度が更にヒソヒソ話を増長した。話は段々悪い方へ悪い方へとエスカレートして行った
のである。とうとう行動を起す者が現れたのだった。
「あんた、どうして顔を隠す? お尋ね者なんじゃないのか!」
若い男がつかつかと近付いて来て、血気にはやってそう怒鳴った。
「いや、凄い傷なものですから。何だったら見せても良いのですが、気絶するかも知れませんよ。皮膚が
削(そ)がれていて下の骨が見えていますからね。どうしても見たいですか?」
「えっ、骨が見えている?」
「はい。ただ、空気に触れると、病原菌に感染する恐れがありますから、その場合の保障をして貰いますよ。
もし感染した場合、消毒やら手術やらに最低でも十万ドルは掛ります。
場合によっては百万ドル以上掛るかも知れません。それを支払う覚悟があるのでしたら、お見せしますが、
どうします? 口約束だけでは駄目ですよ。カードとか預金残高とかの提示や、或いは保証人の確保とか
も必要です。
先ずそれらのものを提示して下さい。ここにいる二人がそれを調べて確かだと言う事になったらお見せし
ます。さあ、先ず貴方の身分証から拝見しましょうか?」
チャーリーは落ち着いて相手の反応を待った。
「くっ、う、煩い! 黙って顔を見せろ! どうせ偽物なんだろうが!」
青年は顔の包帯を、素顔を隠す為の手段に過ぎないと信じて剥ぎ取ろうとした。青年の手を振り払おうと
すれば出来たが、敢てしなかった。
「う、う、う、うあーーーっ!!」
包帯が少し外れて、左目の辺りがちょっと露出した。正にそれは頭蓋骨だったのだ。頭蓋骨の上に一部
皮膚がくっついている感じだった。
青年は半狂乱になって逃げて行った。しかし、それがパニックの始まりだった。チャーリーは正美に手伝っ
て貰って包帯を元に戻したが、周囲はざわつき出したのである。
「お、お客様、その騒ぎを起さないで下さい」
恐々客室乗務員がやって来て注意した。
「それは変ですよ。私は何もしていない。さっきの青年が私の包帯に疑い持って無理に解こうとしたから、
まあ顔が見えてしまってね。
騒ぎが起きない様に包帯しているんですよ。問題が無いからこの飛行機に乗せたのでしょう? 違うんで
すか?」
チャーリーは毅然たる態度で言った。
「わ、私はそこまでは分かりません。その、本当に酷い顔の傷なんですか? 先ほどから普通にお話してい
ることが不自然に思えます。
唇も隠していますから普通に話が出来ない筈です。それなのにこうして普通に話している。嘘なんでしょ
う? す、素顔を見せなさい!」
客室乗務員は正義感を振るってそう言った。詳しい事情は知らないようである。
「じゃあ、どうしてさっきの青年は逃げて行ったのでしょうかね?」
チャーリーはその客室乗務員の心意気に感じ入りながらも、素顔を見せては気の毒だと思って言った。
「そんな事は知りません。大方、指名手配の大悪党だったので逃げて行ったのではないですか?」
客室乗務員は推測でものを言った。
「ふう、そんなに見たければ見せますが、気絶などはしない様にお願いしますよ。骨が露出しているんです
が、それでも良いんですね?」
「えっ、骨が露出? はははは、それで生きていられる人は居ませんわ。仮に生きていたとしても、入院が
絶対必要です。そういう者が飛行機で旅行など有り得ません! 早く包帯を取って見せなさい!」
客室乗務員は包帯に手こそ掛けなかったが凄い剣幕で怒鳴ったのだった。
「仕方がありませんね。後悔しますよ。じゃあ、存分に見て下さい」
チャーリーは仕方無しに包帯を解き始めた。周囲の者にも見せる積りである。そうでないと疑う者が次々
にやって来て煩くてかなわないと思ったからだった。
「キャーーーッ!」
「ウワーーーッ!」
「ギャッ!」
様々な叫び声が機内に充満した。激しく素顔を見せろと怒鳴った客室乗務員は、結局失神してしまったの
である。
失神者は他に数名。嘔吐者は十数名に及んだ。これだけの被害が出たのは、様々な噂で機内の人々の
気持ちがナーバスになっていたのと、青年が逃げて行き、更に客室乗務員まで悲鳴を上げた事による精
神的な効果によるものだった。何はともあれ機内はかなりのパニックになったのである。
そのパニックはコックピットの機長達に誤って伝えられた。広過ぎる機内がその原因である。チャーリー
の近くの者達は事情がある程度正確に分かったが、離れた所の者達には、ハイジャックされたと勘違いさ
れてしまったのである。
「オーランド管制官へ、こちらはスーパージャンボ1000PX−3、当機はハイジャックされた模様。繰り返す、
当機はハイジャックされた。
怪我人は十数名。詳細は不明だが犯人は三名と報告があった。直ちに対応を検討されたい。客室から
多数の悲鳴が聞こえる。何か強力な武器を所持しているらしい」
「こちらオーランド管制塔、ハイジャックの件了解した。先ず犯人を刺激しない様に、乗客に落ち着くように
呼びかけてくれ。
それから犯人の要求を聞くこと。ただしコックピットには絶対に侵入させるな。交渉は乗務員とコックピット
との関節交渉にせよ。
重ねて言うが犯人をコックピットに侵入させてはならない。尚犯人が要求する項目を逐一こちらに報告し
てくれ」
「了解。ああ、もし犯人が機長の私と直接交渉を要求して来たらどうする?」
「その場合は仕方ない。ただし必ず我々にその内容を伝えてから、交渉を続けるように」
「了解!」
緊張したやり取りが機長と管制官との間で取り交わされたのだった。